悪役令嬢は泣かされました
個人的な事情により感想、誤字報告等は受付ておりません。あいまいな設定や適当な台詞などもスルースキルでご容赦ください。
思えば長いようで短い道のりだった。ボーンフィールド王国の第一王子であるイーサンの婚約者となって六年。
乙女ゲームのヒーローとしては今一つのキャラで、顔は整っているもののチャラだけの王子様だった。実際、選択によっては第二王子ディランが王太子となってしまう。そちらは真面目を絵に描いたような好青年。
同じ黒髪に黒い瞳なのに対照的な兄弟だった。
ゲームでは頼りないキャラだったが、この世界でのイーサンは立派な王太子となっている。
成績も優秀、魔力の扱いも完璧、見た目もまったくチャラくない。
誰からも尊敬される王子様となり、何故か私の目の前で跪いた。
ここは学園のダンスホール、卒業パーティの真っただ中。断罪イベントが起きるとは思っていなかったが、それでも多少の警戒はしていた。
そんな中、イーサンが私の手を取り…。
いや、待って、何故?
混乱する私の目の前でイーサンは優雅に微笑み。
「改めて申し込もう。我が妃となり私を、そしてこの国を支えてほしい」
その言葉を私が理解するよりも早く、成り行きを見守っていた周囲からどっと歓声があがった。
この世界が乙女ゲームの世界と酷似していると気が付いたのはいつの頃だろう。
六歳の時に超絶美少年のジョシュアが家に引き取られた時か、王宮のお茶会でイーサンと初めて会った時か…、時々、記憶が混乱することがあり、幼少の頃は私自身も病弱で妄想癖のある娘だと勘違いしていた。
そして十歳。前世の記憶がほとんど戻り現実と分けて考えられるようになったので、記憶と事柄を整理している時に気づいた。
アルヴァレズ伯爵家の長女ジェシカって悪役令嬢ポジションじゃん…。
イーサンの婚約者となり、ジョシュアが止めるのも振り切ってヒロインのデイジーをいじめまくる。
ゲームのエンディングではお決まりの断罪があり、修道院エンド。
良かった…、死亡フラグはない。
魔物と戦うのはヒロインと攻略対象達で私は安全な場所からヒロインをののしるだけ。国防も討伐もヒロインが中心となり、私は救援物資を横領したり他国に情報を流したりヒロインに冤罪をふっかけるために兵達の食事に毒を混ぜたり。
うん…、よく修道院行きで済んだな、これ、処刑でもおかしくない。
修道院に行くことは嫌ではない。この国は魔法のおかげでかなり近代的な生活を送れている。慰問のために修道院に何度か行ったことがあるが、水洗トイレにお風呂もある。魔力を貯めた石で着火するし、水も出る。洗濯も水をはった桶に放り込んで洗剤洗いした後は、浄化魔法で殺菌して乾燥魔法で乾かす。
井戸水を汲んで、寒い中、冷たい水で手洗いなんてよほどの田舎でもしていない。
幸い魔力はそれなりにあり生活魔法なら苦も無く使える。普通に生活をする分には困らない。
婚約破棄された娘に良縁など望めない。ワケあり物件や老人に嫁ぐくらいなら修道院のほうが快適に過ごせる。
もちろん恋愛結婚には憧れている。前世では結婚する前に病死しているため、恋愛の知識はあるが経験が圧倒的に不足している。
だからこそ不幸な結婚など絶対にしたくなかった。
政略結婚なんて百害あって一利なし。
逆に独身でいることに抵抗はない。むしろ修道院とか天国だ。貴族令嬢としての礼儀作法はそこまで求められないし、窮屈で重いドレスも着なくていい。食事は質素になるが、それだって工夫次第でなんとでもなる。
娯楽は少ないけど刺繍や裁縫は嫌いではない。思った以上に器用で、ジェシカが持つ基本スペックは悪くない。
金色の髪に青い瞳で勝気そうな美人。真っ赤なドレスが似合う顔だ。
どう見ても悪役顔なので、そこは諦めた。
あとは…、破滅フラグの回避だけど、別に回避しなくてもいいじゃない?
王子様との婚約は立場上、断れなかった。うち、伯爵家だから格下すぎると思うのだが、政治的なあれこれがあるらしい。
婚約が決まるとジョシュアが心配そうに聞いてきた。
「姉様、お嫁にいっちゃうの?いなくなっちゃうの?」
ジョシュアは遠縁の息子で我が家に男子が生まれなかったため養子となった子だ。十二歳となった私とは一歳違い。可愛がってきたせいか、少々、あまえたさんだ、かわゆす。
ゲームではジョシュアを引き取った三年後に弟が生まれ、それによりジョシュアの扱いが微妙になる。ジェシカも張り切っていじめていたが、もちろん私はそんなことしない。弟は二人とも可愛い天使だ。
跡継ぎ問題に口出すことはないが、母には無邪気を装って告げてある。
『ジョシュアが来てくれたから、ジェイクも来てくれたと思うの。ジョシュアは我が家に幸運を運ぶ天使ね』
跡取り息子を産め。というプレッシャーは相当なもので、中でも母方の祖母は相当、きつかった。ちなみにジェシカはこのおばあ様の若い頃にそっくりで、性格の悪さも引き継いでいる。気が強く短絡的なところが特に。
前世の知識によると、精神的な問題でも妊娠が難しくなるらしい。経験はないけど、なんとなく想像はつく。お母様はおばあ様の圧力のせいでなかなか妊娠しなかったのだろう。一旦、諦めてジョシュアを養子にしたことでプレッシャーから解放された。
ちなみに私が生まれたのは結婚五年目で、お母様が嫁いだ年齢は十六歳。むしろすぐに出産しなくて良かったよね。そんな若さで出産するほうが怖い。
なんとか第一子が誕生したが女の子。次は『絶対に男を』とおばあ様の圧力再び。ちなみにおじい様は空気で、お父様方の祖父母は常識ある人達だった。
うん、おばあ様だけが異質なのだよ。
おばあ様だけが『実子を』『男子を』と文句を言っていたが、伯爵家当主としてお父様が会う機会を減らしてくれた。
おばあ様の厭味攻撃については私がお父様に密告した。顔を合わせた時にチクリ…程度ではない、お母様が可哀相だ…と。最初のうちは半信半疑だったが、家の者にこっそり盗み聞きをさせて、その異常性にすぐに出入り禁止とした。
貴族はいきなり家を訪ねたりしない。先に手紙のやり取りや先ぶれを出す。おばあ様からの『行くわよ』という知らせに対してお父様の名前で『その日は都合が悪い』と返事を出せば無理に訪問できない。家人も徹底しておばあ様を排除してくれた。
結果、ゲームでは陰気でひきこもり気味のお母様が、清楚で穏やかなお母様となった。
跡取りも今のところジョシュアのまま。本人は遠慮しているが、攻略対象の一人になる程度には優秀なので家督を継いでも問題はない。ジェイクが継いだとしても良好な関係ならば争いにはならない。
それよりも問題は私のほうで、修道院に行くのならば早めに準備をしておきたい。
面倒なことになる前にバッサリいっておくか。
イーサン王子殿下の婚約者となり王妃教育が始まった。行きたくはないが王宮に通わなくてはいけない。ここでも魔法が大活躍で、我が家に王宮への転移門が設置された。
これ、宰相とか騎士団長とか大臣等の重鎮にしか許されていないものだ。
私専用の転移門で、他の人間は使えない。メイドは連れていけないため、一人で王宮へ行き学習を終えたら一人で帰る。
最初の頃は王宮内でメイドと護衛が用意されていたが、通い始めて一年で単独行動をもぎとった。
メイドがいなくても自分の事は自分でできる。
護衛がいなくても自分の身は守れる。
それを証明してみせた。
「行動を許された範囲内の地図は覚えております。王宮内で迷子になどなりません。お茶やお菓子は持参しておりますのでいちいちメイドを呼ぶ必要はございません。また防御魔法を常に展開しているので、暴漢が現れたとしても一人で対処できます」
にっこりとほほ笑みながら余計な一言を付け加える。
「イーサン殿下とは違いますわ」
イーサンはカッと頬を赤くして勢いよく椅子から立ち上がった。
「暴漢が複数で襲ってきた場合はどうする気だっ?そんな細腕で…」
「私の防御魔法は反撃のためのものではございません。逃げるためのものですから、当然、第一撃を受けた後は逃げますわ。戦うわけがございませんでしょう?」
やれやれ…とドレスと同じ真っ赤な扇を広げて口元を隠す。『だから貴方は駄目なのよ』とギリギリ聞こえる声で呟く。
「なっ、どっ、どこが……」
「あら、聞こえてしまいました?申し訳ございません。私のように口の悪い女とは婚約を破棄してくださってかまいませんのよ?」
「そんなことはどうでもいいっ。説明しろ、私のどこが駄目だというのだ?」
いや、婚約破棄は大切なことじゃない、破棄されるのならば早い方がいいのに。と、思いながら容赦なくダメ出しをしていく。
王子なのに王宮内で迷子になる。従者がいなければ一人で歩けない。家庭教師の授業をさぼる。美人メイドの後をふらふらとついていってしまう、そしてまた迷子になる。
「最も駄目なところは弱いところでございましょうか。私よりもイーサン殿下のほうがよほど心配ですわ。剣技は二つ年下のディラン殿下よりも劣り、魔法技術は私よりも劣っているのですもの」
才能はある。努力もしていないのにそれなりの成績で要領が良い。その器用さがアダとなり『そこそこの努力』しかしない。
ディランは何倍も努力してこの域に到達したというのに、同レベルで満足しているとか、努力がまったく少しもカケラも足りていない。
ちなみに私はもちろん努力している。普通の貴族令嬢のままでいられるのならばそこそこで良かったが、婚約者となってからは真面目に頑張っている。ってか、真面目に頑張らないと家庭教師が怖い。そしてお父様達にも迷惑をかけることになる。
「イーサン殿下は天才ですから私達凡人のような努力は必要ないのでしょうが、結果、凡人以下では…、口先だけのペテン師ですわ。できるできる詐欺?やれば凄い、的な?やり遂げてから言ってほしいものですわ。最も本当に凄い方は自慢などいたしませんが」
イーサンは涙目でぶるぶる震えていた。
「まぁ、お泣きになるの?泣いてしまうのですか?嫌だわ、私がいじめたみたい」
実際、いじめているが、婚約破棄のためだ、イーサンにはこの後、もっと可愛くて素敵なヒロインが現れるから。
「これ以上の会話は無駄でしょう。失礼させていただきます。婚約破棄は早めにお願いいたしますわね。私にも次の準備がございますから」
イーサンとの『二人の仲を親密にするためのお茶会』はこうして最悪なものとなった。
私の手により。
可哀相だけど許して、ごめんなさい、決して嬉々としてやっているわけではないの。と、言いたいところだがおばあ様の気質を受け継いだせいか、ちょっと楽しかった。
ジェシカ、恐ろしい子…。
地雷気質の恐ろしさを再認識したため、その後はおとなしく過ごした。過ごす努力をしたが、ちょいちょいトラブルを起こしていた。
王宮内で若く可愛らしいメイドが野蛮な騎士に無理に誘われていたため、カッとなって騎士を魔法で吹っ飛ばしていた。
「まぁ、王宮の騎士ともあろう者が小娘の魔法一つで地面に寝てしまうなんて、まさか、そんなねぇ。所属は…、その鎧の色と紋章は第四歩兵中隊の方かしら?イーサン殿下にご報告しなくては」
こういった時は王子の婚約者ってのを振りかざすよ、当然だ。大人の男に本気で襲ってこられたら撃退…できるかもしれないが面倒だ。
後に若いメイドは王妃様の知り合いの娘で行儀見習いとして来ていた子爵家の令嬢と知った。この縁でメイドが必要な時は、この子に付き添ってもらうようになった。
不埒な騎士の行いについても。
「騎士団は男所帯で人数も多いですから仕方ありませんわ。王宮内でか弱い女性を襲うような獣が現れても。えぇ、私はまだ子供ですが理解しているつもりですわ。己の欲望を抑えられない野蛮な騎士がいたとしても…、王宮内にケダモノがいるのならば、そのケダモノを退治する騎士団も必要となりますわね。あら、その騎士団も男所帯で…、やだわ、解決策はないのかしら」
第四歩兵中隊の中隊長は三十代半ばのイケメンだったが、その顔は真っ赤になりヒクヒクと引きつっていた。
そんな中隊長にイーサンが同情的な声をかける。
「言い方はアレだが…、間違った事は言っていない。普段、女性と接する機会がなくとも、騎士たるものは己を律しなければ。そしてどれほど人数が多かろうと、部下が不祥事を起こせば上司たる中隊長の責任だ。幸い今回はジェシカのおかげで大事に至らず、母上も内々の処分で我慢すると言ってくれた」
メイドに何かあれば王妃が黙っていなかった。そして王妃が動けば中隊長も良くて降格処分。役職がついたものはもれなく巻き添えをくらっただろう。
「まぁ、イーサン殿下、幸いとは聞き捨てなりませんわね。見知らぬ大男に覆いかぶされた乙女の気持ちがわかりますの?あなた方も一度、自分よりも大きな者に襲われてみれば良いわ」
そのままネチネチと嫌味を言う。
イーサンと中隊長、そして同席していた副隊長と書記官、イーサンの従者、護衛まで何故かおとなしく私の厭味を聞いていた。
ここまでしても婚約破棄はされなかった。
騎士団に楯突く令嬢とか駄目だろう。令嬢たるものもっとたおやかで清楚、可憐でなくては。
ジェシカは年齢とともにあちこち成長し、魅惑の悪女ボディになっていた。顔は相変わらずで騎士団では『真紅の苛烈姫』と呼ばれている。可憐ではなく、苛烈。
熱心な信奉者がいるとかいないとか。
ま、下僕となるのならののしってあげても良くってよ。
などという趣味はないため、よほどの用がない限り騎士団には近づかないことにした。
イーサンに『あまり騎士団に近づかないでくれ』と頼まれてコロコロと笑う。
「私が騎士団へ行く理由はございませんわ。騎士や文官の中には女性もいらっしゃいますが、私自身が混ざろうとは思いません」
女性の地位向上のためになら動くけど。実際、見かけたり耳にしたりした時は現場に乗り込んで徹底的に厭味を炸裂させた。彼女達はおまえの憂さ晴らしのためにいるわけではない、対等な仕事仲間だ、仕事の邪魔をするな、無能共。という事をわりとストレートに伝えている。
言われた方は憤慨するものの、その場では私に言い負かされて終わり、そして信奉者となるか、信奉者たちによって粛正されるか。あまりにひどい時は騎士団をクビになるが、その後、復讐のために私の元へ現れた者はいない。
いつか報復されるかもとお父様に相談をしたら『心配しなくても大丈夫だよ。おまえはそのままで良いとイーサン殿下からも言われているからね。そのまま自分が正しいと思った道を真っすぐ進みなさい。本当に駄目な時は言うから』と。
いや、すでに駄目でしょう。毒舌すぎでしょ?
「そんなことより殿下、まだ婚約を破棄してはいただけませんの?」
「破棄する理由がないだろう?」
「いいえ、ございますわ。まず我が家は伯爵家。王族に嫁ぐのならば公爵家か他国の姫君が望ましいはずですわ。それに私のこのふるまい。苛烈姫と呼ばれていることはご存知でしょう?」
「真紅の苛烈姫だね。ジェシカは赤が似合うから」
「赤しか似合いませんのよ、残念ながら、この派手な顔には」
「他の色も似合うと思うよ?例えば…、白とか」
目を細めて笑う。
「私のために早く純白のドレスを着て欲しいな」
「白ならデビュタントの時に着ましたわ」
「そうだね。とても似合って可愛かった」
目がおかしいのか、頭がおかしいのか、困ったものだ。
「ともかく、婚約破棄はいつでも受け入れますから決心したら早めにお願いいたします」
「ジェシカ…、私はまだ君にふさわしい男になれていないかな」
漆黒の髪と瞳のせいか、真面目で落ち着いた雰囲気だ。優秀すぎて家庭教師が『教えることがない』と予定の半分の日程で退散し、今は専門知識に特化した教師が交代で来ている。
学園生活でも成績優秀で、剣技も魔法技術も他の追随を許さない。
文句なく、最高の王子様だ。
「殿下…、ふさわしくないのは私の方です。私に王妃は務まりません。どうかご賢明な判断を」
イーサンは困ったように笑い『君は謙虚だな』と言った。
どうして、そうなる。
物語は順調に進み、貴族ばかりが通う学園に平民であるヒロイン、デイジーが途中入学してきた。
全属性の魔力を使いこなす天才だ。
栗色の髪に薄茶色の瞳。これってヘーゼルの瞳ってやつかしら。緑がちょっと入っている気がする。
今、私は真っ赤になったヒロインの顔をまじまじと覗き込んでいた。
そして、くるりと振り返る。
「この子に向かって箒のような髪と雑巾のような瞳とおっしゃったのは貴女かしら?」
デイジーを取り囲んでいた公爵令嬢以下、五人は私の迫力に押されつつも頷いた。
この五人は皆、色に差はあれば大きなくくりで金髪、碧眼。貴族の中では多い色合いだ。
公爵令嬢がずいっと前に出てきた。
「何の御用かしら、ジェシカ様。貴女は確かにイーサン殿下の婚約者だけど、伯爵家でまさか公爵家である私に意見するつもりではないでしょうね?」
貴族内での階級は絶対だ。ただし学園内では階級を振りかざすなと言われている。
学びの場では対等に。
実際、難しいけどねっ、公爵家に喧嘩売るとか無理すぎる。
ゆえににっこり笑って頷いた。
「もちろんですわ。ただ…、えぇ、私も『真紅の苛烈姫』などとありがたくもない異名を持つ者。箒のような髪と雑巾のような瞳と聞いて、黙ってはいられませんでしたの。よろしいですか?厭味というものはもっとえぐるような、心臓を突き刺すような、弱点を容赦なくつくようなものでなければダメージなどございませんのよ。お手本をみせましょう」
にっこり笑って、右端の子爵令嬢からつつく。
「子爵家の三女で卒業後は六十歳になる侯爵様に嫁ぐとか。五人目の妻として。私にはとても務まりませんわ。初婚で四十歳以上も年上の方に嫁ぐなんて。あら、でも愛があれば大丈夫かしら。素敵な旦那様なのでしょうね。年齢よりもお若く見えるのかしら。禿げ上がっても太ってもいなければ、四十歳上でも全然、オッケーですわね」
もちろん女性関係でイロイロと問題のある髪が寂しく巨漢な老人だということは承知の上である。
はい、次。
「貴女は私と同じ伯爵家ね。イーサン殿下の婚約者候補の一人…ではなかったわね。ごめんなさい。同じ伯爵家なのに…、候補には入らなかったわね。どうしてかしらぁ…。まさかお家が借金まみれで火の車、なんて理由じゃないわよね?」」
ここの当主は有名なギャンブル狂いで、賭けが始まると我を忘れてつぎ込んでしまうため、そのうち娘も借金のカタで売り飛ばされるのではないかと言われている。
三人目は男爵家で容姿に少々、難ありだった。容姿を貶めることは人として最低だが、このご令嬢は強奪系の食欲魔人。かの有名な『妖怪一口ちょうだい』であり公爵家令嬢と仲が良いことを武器に、気弱な少女たちからは一口どころか丸ごと昼食を貢がせている。わりと最低な女なので手加減はしない。
そして四人目はサクッと後回しで。
最期に公爵令嬢である。
「あらあら、お友達があれこれ言われているのに反論しないのかしら。意に染まぬ婚姻を止めてはあげないの?父親がギャンブル依存で明日にも潰れてしまうかもしれないお家を助けてあげないの?弱き者から強奪を繰り返す方を見て見ぬふりして放置しているのは何故?それから…、四人で常日頃から一人をいじめているなんて随分と高尚な趣味をお持ちなのね」
四人目が真っ青な顔で崩れ落ちた。
「貴女、座り込んで泣いているだけでは何も変わらないわよ。嫌なら家族に訴えなさい。退学して自領地に引っ込めばいいわ。長女なのだから領地経営の勉強をして婿をとり、いずれ家督を継ぐ弟を助けるのよ。結婚のアテがなければ修道院でもいいわね。この学園に残るのならばこのご令嬢達と離れられるようにイーサン殿下に頼んであげる」
婚約破棄されるまでは、王太子の婚約者で未来の王妃だ。公爵家が何か仕掛けてくるのならば、戦ってもらおう、イーサンに!イーサンは正義感も強く公平な人だから悪いようにはしないはず。
四人目の令嬢には言った方法以外にも選べる未来がいくつでもある。家族と相談をして自分で答えを出すようにと告げると、涙を拭いながら何度も頷いた。
「で、公爵令嬢様はどういった答えを出すのかしら。そうね、私なら…、あんな素行の悪い老人との結婚は全力で潰すわ。今後の夜会では裕福で優しい商人の息子が狙い目よ。侯爵との婚約破棄で発生する違約金を商人が払ってくれたら一番、良いけど、難しければ侯爵の素行調査をするわ」
軽く情報収集しただけでも悪い噂が集まってくるような相手だ。ほぼ間違いなく犯罪にも手を染めている。
「ギャンブル依存のお父様はきっともう駄目ね。でも立派なお兄様がいるもの。お兄様には早く結婚していただいて、お父様には隠居してもらったほうが良いわ。田舎に引っ越して地元の人達と競馬やポーカーをする程度なら、許容範囲ではないかしら。ギャンブルの相手を最初から伯爵家で用意しておけば、なお、安心ね」
決められた範囲内、金額内で遊ばせるのだ。田舎ならば掛け金はたかがしれている。王都で散財されることを思えばまし。
家を潰したくなければ親戚一同で動いて、代替わりさせるしかない。
「それから貴女は…、他人の食べ物を強奪するって相当よ?自分の頭がおかしいってわかってらっしゃるのかしら?きちんとどこかで食生活を管理してもらい、規則正しい生活を続けなければ長生きできないわ。こんなことを続けていれば、周囲に誰もいなくなるわよ」
最期に公爵家令嬢をもう一度、見つめる。
「おわかりかしら?箒のような髪と雑巾のような瞳って…、お粗末すぎますわよ。それにこういった平民の子はこの程度の嫌味など言われ慣れておりますもの。そうね、困らせるのなら…」
デイジーの瞳を正面から覗き込んだ。
「柔らかな栗色の髪に光が溶けてとてもきれいね。ヘーゼルの瞳も素敵だわ。あら、震えているの?顔も真っ赤だわ。可愛らしい子猫のようね。そうだわ。子猫ちゃんなら私が飼ってあげてもいいわ。いいこと?今後、私以外の誰かが貴女を傷つけようとしたら、私が飼い主として守ってあげるから報告するのよ、いいわね?」
デイジーはコクコクと素直に頷いた。
いや、ここは頷いちゃ駄目でしょ、子猫ちゃんって、我ながら寒いわッ。
デイジーは本当に子猫のようになついてきたので、邪険にするのも可哀そうでとりあえず学園生活に必要なものを用意してあげた。
制服があるが、靴や鞄、筆記具等は自前だ。その他、授業に必要な教材など。学食は無料で使えるが、嗜好品は用意されないためおやつは持ち込んでいる。
いじめで壊され紛失されると勿体無いため、我が家の家紋入りのものを持たせた。この家紋が入った物を壊そうとすれば防御魔法が発動する。貴族の家では一般的に使われているものだ。
おやつも欲しいよね、貴族文化はお茶文化。魔法で保温水筒を作ったが、入れたてのほうが美味しいに決まっている。
そしてお茶にはお菓子、絶対に必要。
デイジーと居れば自然と攻略対象達も寄ってきて、和やかなティータイムとなる。しかし長くは続かなかった。
王都近くの森で魔物が大量発生し、戦える者達が集められた。デイジーとイーサン達も学園からの要請で出立の準備をすすめていた。
生きて帰るとわかっている。
バッドエンドでも誰も死なない…はず。
「しばらく会えないけど…、必ず君の元へ帰るから」
「私の元ではなく、皆様の元に帰ってきてくださいませ。イーサン殿下は王太子ですもの。この国の王となるのはイーサン殿下しかおりませんわ」
私の言葉を受けてディラン殿下が笑いながら言う。
「兄上は私が全力でお守りいたしますよ」
「まぁ、ディラン殿下はデイジーと協力して魔物を倒していただかないと。守りならばジョシュアにお任せください」
「はい、お姉様。お姉様直伝の防御魔法は魔法学の先生からも高く評価していただいております。必ず皆様をお守りし、無事、お姉様の元に届けますよ」
イーサンにきゅ…と手を握られた。
「君の不安そうな顔は珍しいな」
「………気のせいですわ」
「毒舌も鳴りを潜めて」
「失礼な。私は常に本当のことしか申しておりません」
「そうだな。君はいつも真っすぐ正直で…、なのにねじ曲がったひねくれ屋だ」
真っすぐなのか、ねじ曲がっているのか、どっちよ?そっちこそ、ののしられても婚約破棄しない変態(疑惑)のくせに。
「君の正直な気持ちをまだ一度も聞いたことがない気がするから、必ず戻るよ」
「………私はいつも正直に申し上げておりますわ」
婚約破棄してほしい。
一日でも早く。
イーサンは笑って、私の瞳にたまった涙にキスをした。
そんなこんなで魔物討伐も無事に終わり、卒業パーティの真っただ中。
周囲が盛り上がる中、私の頭の中は真っ白になっていた。
破滅は回避された。
でも…、イーサンと結婚は?
結婚は………。
「ジェシカ、今日だけでいい。正直な気持ちを聞かせて」
ガクガクと膝が震え始めると立ち上がり、抱きしめて支えてくれた。
「ジェシカ…、私の愛しい人………」
婚約破棄された後の人生設計は完璧だった。いずれ世話になるのだからと修道院への慰問や寄付もマメにしている。生活魔法と防御魔法を覚え自炊もこっそり練習中。
あとは………。
「私、うちのおばあ様にそっくりなの。独善的で支配的で口が悪くて…、男の子が生まれなかったら責められるわ」
「それは厄介な人だな。子供の性別は選べるものではないのに」
「弟が生まれるまでずっと『女なんか政略結婚くらいしか使い道がない』って言われてきたわ。だから政略結婚は嫌なの」
笑ったのが体の揺れでわかった。
「私達は政略結婚ではないだろう?政略ならば…、君にすすめられた時に婚約破棄していた。君のことが好きだから、君に好きになって欲しかったからずっと待っていた。さぁ、答えて。私のお嫁さんになってくれる?」
返事はできなかった。恥も外聞もなく大泣きしてしまったから。ただ…、イーサンに抱きしめられて、その腕は振りほどかなかった。
イーサンからのプロポーズを受け入れ、改めて嫁ぐ準備をした。結婚式には親戚一同が集まり、まだ健在な両家の祖父母もいたが…、あんなに強烈だったおばあ様が一回り小さくなっていた。
「お前たちに会えなくなって…、社交の場からもあっさり退いた。憑き物が落ちたようにおとなしくなってね。今日の結婚式も欠席すると言っていたが、孫娘の晴れ舞台だからと連れてきた」
おばあ様に花嫁衣裳を見せに行くと、ふっと笑われた。
「純白が似合わない子ね」
おとなしくなっても、これか。
私も笑って。
「仕方ありませんわ。私、おばあ様にとてもよく似ておりますもの」
「失礼な子ね。私が若い頃はどんな色のドレスも着こなしていたわ」
「でも肖像画は全て赤い衣装ですわ」
「たまたまです」
「まぁ、十枚以上ある肖像画のすべてが偶然、真っ赤なドレスだなんて」
「それは………」
「おばあ様、私、恋愛結婚なのよ」
おばあ様は一瞬だけ目を見開いて『私もよ』と呟いた。
結婚式は盛大に行われ、祭りは三日間続いた。結婚式の後もお披露目の行事がぎっしり詰め込まれているため、なかなか二人きりでまったり過ごせない。
ちなみに二日目以降のドレスは赤だった。こんな攻撃的な色合いで良いのだろうかと首を傾げたが、似合っているから良いらしい。
「そういえば…、結局、ジェシカからプロポーズの答えを聞いていないな」
「今さら…、もう結婚もしたのに」
「聞きたいな」
「はいはい」
「聞かせて?ね、お願い」
首を傾げて可愛くお願いされても…、言える性格ならばとっくの昔に言っている。
困って軽く睨むと。
ちゅ…と目元にキスされた。
「困ったな。今、すぐにでも泣かせたくなった」
いや、困るのはこっちだから、何、その不穏な発言、泣かせるって…、泣かせるって。
笑いながら私を抱きしめたイーサンの背中をバンバンと叩き、無言で抗議する。
やっぱり言葉にはできなかったが、イーサンはとても満足そうだった。