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8話 幼馴染

 ギルドで無理難題を吹っ掛けられたおっさん、トボトボと自宅へ帰還。金貨30枚もの収入を得たというのに表情は曇ったままだ。それもそのはず、先ほどの受注により明日から年末まで休みなしに働くことがほぼ確定。しかも硬化付与魔石500個の取引条件は実質的な軍への技術開示であり、甚だ不条理。おっさんでなくとも嫌になる話だ。


 

 「あ、おかえりー。待ってたぞー」


 自宅の扉を開けた瞬間、待ち人が声をかけてきた。おっさんに同居人はいないが、こいつに関してはもう慣れたものだ。何度術式を変えても侵入を試み、時には家屋を破壊してでも目的を果たそうとする。ついに根負けしたおっさんは結界術式の認証キーを貸し与えたのだった。


 「待たんでいい。帰れよ」


 「そうはいきませーん。報酬もらったんでしょ?先々月からの家賃、滞納割り増し込みで金貨3枚ね。早く出せー」


 「はぁ?増えすぎだろ!」


 「文句あるなら出てけー今すぐ出てけー」


 おっさんの家は借家だ。家賃はひと月あたり大銀貨3枚、この辺りでは高額な部類である。もちろん市街の期間宿なんかに比べれば遥かに安いが、スラムの借家は銀貨数枚が相場。「取れる者からしっかり取る」のがスラムの流儀であり、スラム住人の中では高所得層に属するおっさんはここでも毟り取られることになる。まあ、家賃3か月の滞納なんてスラム以外なら追い出されて当然、収入を待ってくれているだけ優しい大家なのも間違いない。


 「チッ……。今日は散々だぜ。おいダニカ、おやっさんの調子はいいのか?それとアロンスの親分どうなった?」

 「親父はまぁ、変わんないよ。今更劇的に改善はしないだろう。あたしのことはギリギリ分かるらしい。親分は平常運転だね、例の密輸の件はカネで解決済み。ああ、右手が無いから()()大変だってさ」

 「ま、そうだよな。あれでもいなきゃいないで困る。ほら……家賃だ。おやっさんに良いもの食わせてやれ」

 「滞納しといて偉そうに……っておい、これはさすがに」

 「いいから」


金貨3枚でも法外な延滞損害金だが、おっさんは5枚の金貨を渡す。普段の詫びも兼ねて、ということだろうか。たまに大金を持つとやたら振舞いたがる……これも貧乏人の特徴だな。


 「……ありがとな。ぐふふ、せっかくだから半分はあたしが使ってあげよう」

 「お前は十分稼いでるだろうが……男娼崩れはやめとけよ、病気持ちだぞ」

 「まったくあれには懲り懲りだよ、買うときはちゃんとした店に……じゃない!」

 「ありゃー笑わせてもらったわ。くくく。あの時のお前の慌てよう」

 「火遊びしたいお年頃だったんだよ!くそ……」



 彼女はダニカ。おっさんの幼馴染であり、この借家の大家の娘。30代半ば、世間では「嫁き遅れ」などと呼ばれる年代。そこそこ整った顔立ちではあるが、世の男たちの気を引くような若さは失われつつある。父である大家はカルロと良い仲になってくれると信じていたようだが……当人たちにその気は全く無いらしい。

 数年前、スラムに流れ着いた男娼崩れから病気を貰ったダニカは大慌てでカルロに治療を依頼した。なぜカルロか?実はこのおっさん、10年ほど前にひょっこりこのスラムに帰って来たのだが、その前は王国軍に所属し戦場に出ていた。特に南部の反乱鎮圧は地獄のような戦場で、歩兵も補給兵もばたばた死んでいく。人手不足から軍医の真似事なんかもさせられていたのだ。中でも性病治療は軍医の重要な仕事の一つだったとか。若い男ばかりの戦場で性病治療、つまりはそういう……うふふふじゅるり。


 「あれから病気は貰ってないだろうな?周りの奴らも」

 「ないよ!あんたの魔道具もみんなちゃんと使ってる」

 「なら宜しい。お前が病気広めたなんてことになったらおやっさん泣くぞ」

 「わかってるっての……。こっちも仕事なんだし、弁えてるよ」


 仕事――そう、ダニカは娼婦だ。

 それもスラムに居座る娼婦崩れなどではなく、市街の大店をいくつも股にかけ、各所でしっかり稼ぐ一流の。若い頃は一晩で金貨30枚以上を売り上げたこともある、元・色街の看板娘。流石に今ではそこまでの稼ぎはないが、それでも未だに何人もの貴族をお得意様にしているらしい。市街の高級宅地にも立派な自宅を持っているのだが、年老いた父親の面倒を見るためスラムの実家にいることが多い。ちなみにアロンス一家のフェルナード親分も馴染みの太客だとか。色街は別の組織の縄張りであるため、度々親分のお屋敷へと出張奉仕している。そのため彼女は市井に出回らない裏社会の情報にやたらと詳しい。おっさんの貴重な情報源でもある。

 勘違いされがちだが、ここウニマーグの街では合法娼婦や男娼は立派な稼業の一つであり、社会的地位も低くない。成り立ちからして極圏の海獣を求める荒くれや魔石鉱山の鉱夫が集ってできた街だ。自然とその手の仕事の需要が高まる。古くから性産業をシノギにしていた反社会的勢力のシュミッチ家など、今や貴族の地位まで得ている程だ。

 

 「それにしてもお前、そろそろ引退じゃねーの?今のお前で勃つ男なんて早々いねーだろ」

 「失礼な!まだまだ技術じゃ負けないわよ。おっぱいだって垂れてないし」

 「そりゃサイズの問題――」

 「ああん?」

 「さーせん」


 まったく、仲のよろしいことで。



――ドンドン

誰かが立て付けの悪い引き戸を叩く。


 「おいカルロ!いるか?」


 「……何だ?」


面倒臭そうに玄関口へと向かうおっさん。



 「カルロ、ちょっと――ああすまん……お楽しみだったか」

 「こいつと?勘弁してくれ」

 「あら酷い。あたしはいいわよ?お金さえ払ってくれれば。プロですもの、うふふ」

 「気色悪い声を出すな」


今日は来客が多い。玄関から顔を出したのは先日の一件で登場したアロンス一家の警備兵。礼でもしに来たのか、或いは次の揉め事か。


 「すまんな。この間の礼にと思ってさ、ちょっと差し入れだ。大したものじゃないんだが……」

 「なになに?酒?いいわねぇ!気が利くじゃない!せっかくだからあんたも一杯付き合いなさいよ。カルロ、ぼさっとしないで肴でも持ってきなさい」

 「お前な……ここは俺んちだぞ」

 「あら、登記上の名義はあたしよ?生前贈与でね。つまりあたしんち。文句ある?」

 「……クソが」

 「な、なんかすまんな……」



 警備兵の持ってきた大瓶2つはあっという間にカラになった。退役軍人と現役娼婦、さらにはヤクザ者の子飼いである。酒に弱いはずがない。おっさんもギルドの安エールや酒場のボッタくり安酒以外のまともな酒は久々だ。何だかんだ言いつつ楽しそうに飲んでいる。


 「なあ、お前ら結婚しようとか子供作ろうとかしないのか?皆言ってるぞ?まぁそうなると親分は困るかもしれんが……」  

 「ぶっ……何言ってんだお前。こいつと結婚だぁ?」

 「あらぁ、結婚してくれるって言ってたわよねぇ?あ、な、た?」

 「幼児の戯言を引き摺るなっての。30年前の話だろ」

 「いいなー幼馴染、俺もそういう付き合いしてみたかったなー」

 「お前だってあいつと付き合ってんだろ?何だっけ、あそこの安宿の巨乳ちゃん」

 「パティちゃんでしょ?あたしの()()()よ」

 「いやまぁそうなんだけどさぁ、何か憧れるじゃん」

 「いいもんじゃねーぞ?他の女は寄ってこねーし」

 「そりゃね、当時のあたしに盾突こうなんて子はなかなかいないわよ」

 「俺の青春返せよクソが」

 「あら、あのころ散々突っ込んどいてその言い草は無いでしょ?うふふ」

 「あれは実験台にされただけだろ、ノーカンだ」

 「あ、やっぱそういう関係なんだ……」



 あーこいつらいつまで話してんだ。そろそろ寝たいんだが。楽しそうで何よりですねー。帰って来た時の暗い顔はどこへやら。

 

 ……ま、明日からは忙しくなるし。今日くらいはのんびりしても許してあげよう。


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