7話 繁忙期
「汎用30、結界5、物理1。間違いねえな?」
昼下がりのギルド。受付には禿げ頭のおっさん、対面には無精髭のおっさん。今日は付与依頼の納品日である。今回は日付を間違えなかったようで、納品日の午後というギリギリのタイミングで持ち込んだ。
「ああ、確かに。動作確認するが……注意事項はあるか?」
「汎用障壁は普通に使えば問題ない。結界もだ。物理障壁は突っ込む魔力量で強度がだいぶ変わるから――おい酔っ払い、手伝ってやれ」
カルロが指名した酔っ払いは義足のポルコ。前回の納品時に耐衝撃装甲をぶった切った元剛腕冒険者だ。膝下切断の大怪我で燻ってはいるが、未だに魔力量も剣の腕も相当なもの。ちなみにポルコというのはあだ名らしい。顔が娯楽作品の登場人物に似ているとか。本名は知らない。
「うひゃひゃ、カルリョ大先生のご指名とあらばよりょこんで」
相変わらず足取りは怪しい。この酔っ払い、前回酒場のツケを払ってもらった手前、カルロには頭が上がらない。
「おいおい……大丈夫かよ……。それじゃカルロ、あんたは小一時間待っててくれ」
「あいよ。間違ってもポルコに切らせるなよ。腕が飛んでも責任持てん」
「わかってるよ、借りるのは魔力だけ。じゃ、頼む」
動作確認の合間、おっさんは銅貨を払って安いエールを飲み干す。時間帯的に依頼報告の冒険者が顔を出し始めるが、カルロに声を掛ける者はほとんどいない。若い冒険者からすれば、たまに酒場で一杯引っかけてるおっさん、くらいの認知度なのだろう。一方でギルド職員たちはカルロをよく知っているらしく、視界に入ると慌てて目を背ける。まさに腫れ物扱いだ。
今回は動作確認の時間が長い。まあ、合計36個もの納品なのだから当然ではあるが。結界障壁はストックからあっさり作ったカルロだったが、残りの二種には意外なほどに時間を掛けた。30個の汎用障壁はもちろんだが、たった1個の物理障壁に丸二日没頭していたのには驚かされる。あの怠け者が、二日間夜明け前に起きだして夜遅くまで働いていたのだ。いったいどんな術式を込めたのだろうか。
ようやく二人が戻ってきたのは二時間近くが経過し、カルロが10杯目を飲み干した頃だった。この不味い酒をよくそんなに飲めるものである。
「……待たせたな。文句なしだ!それどころか」
「ひゃひゃ。ギルドの剣が折れちまったぜ!ケビンはまた始末書だな、うひゃひゃ。なぁ、これ俺にもくれよ先生」
「どうだ?今回のはすげーだろ。酔っ払いにはやらん」
「ああ、さすがだ。あれほどの防御障壁を即時展開できるとは……凄い性能だな。いや冗談抜きで高位術士の障壁並みじゃねぇか?知らなきゃ特級品って言われても納得しちまうぜ。とはいえ使用者依存だからなぁ……この性能が依頼者に伝わるかどうかは分らんが。いやいや、良いもん見せてもらった。報酬は総額で金貨55枚。5枚は仕上がりに対するギルドからのボーナスだ。先払い経費を差し引いて30枚ある。確認してくれ。ポルコ、あんたもありがとな。手間賃は大銀貨1枚だ」
「ありがてぇ。これで今夜もマリアちゃんに会えるぜ、うひゃひゃ」
「……お前はどうせツケ払いじゃねぇか」
検品に協力した酔っ払いはもとより、受付のケビンまでもが珍しく興奮気味だ。ギルドの取り分を減らしてボーナスまで付けている。頑張ってよかったな、おっさん。
「あいよ。毎度」
「待ってくれ。次の依頼だ。頼む、あんたにしか頼めない」
……なるほど、ボーナスは次の依頼への布石だったというわけだ。これは断りにくい。
「断る。戦争には関わりたくない。知ってるだろ」
あっさり断る。こういうメンタルは強いらしい。
「そこを何とか……頼むよ。物理障壁200個なんてあんたじゃなきゃ無理だ。さっきの障壁、凄かったよ。あれのコピーでいい。経費先払い、魔晶石もこっちで持つ。な、頼む!」
「コピーだぁ?お前あの障壁がどんなものか分かるだろ?俺の労力もな。……今回ばかりは使い道も推測できる、だからそれだけの仕様を用意したんだ。それを量産?とんでもない。御免だね」
「……分かった。性能指定は今回の半分、いや三分の一だ。それでも要求性能は満たす。それなら外郭展開分の術式コピーでいけるはずだ。そうだろ?それから通常報酬に加えてあんたの今年の売上税分を追加で出す。全額だ。……これでどうだ?」
魔晶石200個分の依頼ともなれば、量産効果を差し引いても金貨100枚は下らない。更に売上税をギルドで負担すると。――とんでもない大盤振る舞いだが、それだけギルドも切羽詰まっているのだろうか。ちなみに……おっさんの今年の売り上げ総額はここまで恐らく金貨100枚程度、現状の税額は金貨30枚といったところだろう。つまり、このままだと先ほど受け取った今回の報酬がすべて税金に消えるわけだ。まったく、商売というのは恐ろしいものである。
「くっ……はい喜んでー」
ちょろい……が、背に腹は代えられないのだ。依頼を受けなければ冬は越せない。「税」という単語でカルロはそれを思い出したのだろう。
「良かった……。あんたが受けてくれなかったら俺はクビになるところだった」
「どうせ次もあるんだろ?いっそまとめて言ってくれ」
「いいのか?なら言うが……現時点でこの物理障壁200に汎用障壁150、精神対抗障壁50に硬化付与が500で――」
「殺す気か!」
「――遠征用の飲料水浄化に使う大型魔道具が4、防具用の金属修復が20、防具素材への刻印依頼が50……」
「そんなもん工具屋か刻印士だろ!何でもかんでも俺に回すな!」
いくらカルロが魔力転写の凄腕だろうと、さすがにその数は無謀であろう。刻印依頼はそもそも無理だし。中規模の工房が一か月に受ける仕事量よりも多い程だ。精神対抗障壁あたりは装着者との調整が不可欠であり、到底こなせる量ではない。
「……だよなぁ。俺も無理とは言ったんだが」
「依頼者は全部同じか?無茶振りにも程がある」
「いや、全件バラバラだ。お偉方はもちろん、そっち関係の出入り商人からの依頼もある。戦争景気ってやつだな」
「俺に名前出して構わないって奴だけ受けてやる。他はお断りだ。ってか硬化付与なんて既製品で良いだろ」
兵装の備蓄は専門職を除き、基本的に禁止されている。出入り商人などは「偶然手に入れました」という体裁で貴族に売りつけるわけで、製作者に名前を知られるのはまずい。貴族ならば尚のこと、反乱を疑われれば取り潰しの憂き目まであり得る。あくまで魔道具製作の仲介であるギルドはセーフだが、納品された魔道具を兵装に取り込んだとなれば、その依頼者はアウトと判断される可能性が高い。おっさんは暗に「当局にチクるぞ」と脅しているわけだ。それにしても「硬化付与」の依頼とは珍しい。硬化は単純な術式であり、カルロの言う通り既製品が巷にありふれている。汎用障壁と違い、さほど技量の差が出るようなものでもない。
「それがなぁ。あんたの言いそうな条件はもう伝えたんだが……前回の品が相当気に入ったらしくてさ。その硬化付与はあんた指名で来てるんだよ。指定武器への調整込みだ。これは断れない、どうあっても受けてくれ」
まさかの指名依頼である。硬化術式を銅級冒険者に指名依頼とは……なかなか面白い客のようだ。確かに特定武器への調整まで含めれば特注品にする意味はあるのかもしれない。しかし依頼数は500個という大量、これほどの同一武器を揃えられる組織となると――
「クソが。出元はどこだよ。伝えて良いんだろ?」
「……言うなよ。耳寄せろ…………東部防衛軍だ」
――やはり、軍か。それもメルツェ王国軍東部方面防衛隊、通称「防衛軍」。王国の南東方面、バイソン自治州連合国に相対する前線部隊である。現在進行している紛争のまさに当事者、最前線だ。「前回のが気に入った」と言うことは、あの熱変性付与もここの依頼だったと。……あまり嬉しい話ではない。
防衛軍を含め王国軍の装備は名目上、一部貴族の専売となっている。専売と聞くとボロ儲けしていそうな雰囲気だが、「利権の塊」みたいな扱いではない。むしろ、どちらかと言えば貧乏くじ。軍の無茶振りに応えるために認定工房をいくつも抱え入れ、その維持費で没落したなどという貴族も一人二人ではない。「王国軍御用達」の名誉は大きいが、しかし相応のリスクを払って戴く名誉であり、当然ながらヤミ納入には厳しい罰則が設けられている。
まぁ、軍も実際には試験採用という形で別ルートの新型兵装を試したりしているわけだが……これもその一環ということだろう。納品した装備は細かく解析され、後々正規ルートで、つまりは専売権を持つ貴族お抱えの認定工房で量産される運びとなる。当初納入した工房へのパテントなどは一切存在しない。もちろん、ゴネればヤミ納入扱いとされて牢獄行きだ。実質的に製作技術の強制開示であり、受けるメリットは無い……が、受けざるを得ないだろう。なぜなら――
「……無理だ!この話はなかったことにしてくれ」
「そうはいかない、今はギルド登録者には戦時協定が適用される。知っているだろう?戦時下での軍への協力は拒否できない。しかも今回は指名依頼だ。背けば……国務背信行為で国外追放、最悪極刑だぞ。技量的に不可能というのであれば言い逃れもできるが、あんたの技量は先方に知られている」
――はい詰んだ。冒険者はギルド登録による恩恵享受の代償に、戦時協定によって軍への協力を強制されている。要するに徴用である。やるしかない。
「クソが!クソ!なんなんだよ一体……」
「そういうわけで、硬化付与500個は確定な。と言ってもレベルはC級、通常魔石で構わないそうだ。あんたなら楽勝だろ?これも素材はギルドが持つ。ああ、指定武器は22式ロングソードだ。後日サンプルを届けよう」
「C級!?クソ……利益にもならねーじゃねーか……技術だけ見せろってか……クソが!ああもう!さっきの200と硬化500、それが限度だ。今年は打ち止め!分かったな?あと納品持ち込めないから取りに来い」
「ああ、助かるよ。これが依頼書だ。期限は障壁200が来月10日、硬化の500は来月末だが前倒しの可能性もある。なるべく急いでくれ」
「クソクソクソっ!!」
この禿げ頭、なかなかのやり手である。最初からこの2件だけを受けさせるつもりで依頼書を用意していたのだろう。つまり、他の依頼は断られることが前提……いや、既に断っている、或いは架空依頼という可能性もある。無理難題を吹っ掛け、譲歩させたように思わせて当初の目的を得る――商人の常套手段だ。ここでおっさんが並み以上の商人であれば、軍依頼分を優先させる代わりに代金上乗せを交渉したり、通常依頼の200個に繁忙期の割増料金を適用させる交渉なんかもできたはず。おっさんも商売人なら気付くべきだが……商売しているという自覚自体が希薄なので無理な話かもしれない。これだからスラム暮らしから抜け出せないのだ。ま、あそこも嫌いじゃないけどね。
ともかく。禿げ頭……受付男子ケビンの思惑通りに依頼を受ける羽目になったおっさん。しばらくは怠けていられない日々になるだろう。