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4話 悩むおっさん


――他人の評価に惑わされるな。よく聞く言葉であり、真実その通りであろう。しかし、評価とは常に他者から与えられるものであり、自己評価など本人以外に価値は無い。それもまた事実である。



 「はぁ……カルロの奴にも困ったもんだ。あれで腕はいいんだが、あの性分じゃぁろくな仕事も紹介できねぇ」


 営業時間を過ぎた冒険者ギルドの受付奥で、禿頭のおっさんが独り言ちる。先立ってカルロの納品を受領し、貴重な耐衝撃装甲板を八つ裂きにされた可哀相なおっさんだ。名はケビン、年の頃はカルロとそう変わらない元冒険者、独身である。鋼級……銀級の一つ下、ほとんどの冒険者の最終到達点までは昇格し、その後肉体の衰えから運営側へと回った身。ギルド運営には彼のような元冒険者が数多く在籍するが、長続きする者はごく一部。離職率の高さから、ギルド側も冒険者の再雇用枠を年々狭めている。当たり前だ。その日暮らしを長く続けてきた者たちに組織運営など務まるはずもない。……受付の職に就いてはや数年、この禿頭は頑張っている方であろう。



 「ケビンさん、アレ、やばいですよ。先月入荷したばっかりなのに……」

 「だよなぁ。はぁ……俺、クビかなぁ。カルロの心配してる場合じゃねぇな」


 禿頭に声をかける若い女はこのギルドの花形受付嬢ミーシャ。世の男どもの欲望を具現化したような童顔巨乳……外見の整った彼女は朝夕の混雑時間帯に高ランク依頼専用カウンターを担当する。彼女が扱うのはBランク以上、熟練者であっても死亡する可能性のある危険な依頼。彼女と会話するためにはそういった依頼を受ける必要がある。そうなると彼女目当てで無謀な依頼を受けようとする輩も出てくるが、大抵は失敗して死ぬか引退、或いは逃げ帰り依頼キャンセルで懲罰金か。身の程を弁えないアホが死んだところでギルドにとって痛手にはならないし、バカ発見器としても有用なためむしろ推奨している気配すらある。


 「部長が引き攣った顔してましたから……この後呼び出しでしょうね。頑張ってください」

 「ミーシャ、長い間世話になったな。はぁ……次の仕事見つかるかなぁ」

 「どうせカルロさんですよね?なら、ケビンさんをクビにするなんてことは無いと思いますけど。あの人の手綱握れる相手なんてそうそう居ませんから」


 カルロはギルドでも有名人だ。スラムに住む怪しい付与術士、腕は良いが仕事は毎回期限ギリギリの怠け者。粗野な風体に似合わぬ理論派で、ギルド側が言いくるめられることもしばしば。要は面倒くさい相手である。ケビン不在時の納品受領は皆が嫌がる貧乏くじ。

 それでも工房を通さない製作依頼はギルドの得る仲介料が非常に美味しく、しかし受けてくれる職人は滅多にいない。ましてや術式付与ともなれば頼れるのはカルロくらいだ。街にはカルロ以外にも数人の独立系術士がいるが、彼らは彼らで工房と委託契約を結んでおり、よほど暇なときにしか仕事を受けてはくれない。


 「だと良いんだけどなぁ……お、噂をすれば。――部長、呼び出しですね。分かってます、今行きます」

 「部長、ケビンさんクビにしたら私も辞めますから。私たちにカルロさんの相手なんて無理です」

 「……ああ、分かってるよまったく……。ケビン、ちょっと来てくれ。……そう構えるな、クビなんてあり得ないから安心しろ」


 どうやら禿頭のおっさんはクビを免れたようだ。ミーシャもハゲの手を取り嬉しそうにしているが、これはハゲへの好意とかそういう意味では全く無い。単にカルロの相手をしたくない、面倒を避けられた安堵からくる笑みだ。いい歳こいて童貞のような勘違いをしてはいけない。



 「……カルロの納品、また凄いことになったな」

 「私の監督不足です。申し訳ございません」

 「それは良い。怪我人が出なくて幸いだ、新人に試し切りを任せたのはいただけないが」

 「今月は育成重点月間でしたので……」

 「おお、そうか。……そうだったな。今後はカルロの納品は例外としよう。マニュアルの不備だ」

 「承知しました」


 受付のハゲは剃ってるハゲだが、部長のハゲは天然ハゲだ。頭髪の後退限界に達し、山頂から7合目付近までが無毛地帯と化している。とは言え間もなく定年という年齢もあってか、本人はまるで気にしていない。後退を悟り、それを隠すように自ら剃り上げたケビンとは器が違う。……この部長、加齢に逆らうようながっしりした肉体に穏やかな人間性も相まって、実は受付嬢からも密かな人気がある。


 「で、だ。実は……カルロに頼みたい依頼が相当量入ってくる可能性が高い」

 「戦争ですか」

 「……ああ。いよいよ本格的にやりあうらしい」

 「ご存知の通り、カルロは戦争を毛嫌いしています。受けてくれるかどうか……」


 「そこを君に頼みたい。戦争が本格化すれば通常依頼は激減するだろう。ギルドの生命線は製作依頼になる。頼むよ、ケビン」

 「……できる限りやってみますが……」

 「済まないな。まずは月末、200個程度の依頼が入る。経費先払い、何なら追加の人件費も用意する」

 「そこまでですか?魔晶石の入荷が間に合わないのでは?」


 「鉱山ギルドに掛け合っているところだ。月に500程度は確保できる見通しだ。もっとも、規格外品ということになるだろうが」

 「それはまた……承知しました」


 魔晶石は貴重品だ。魔力濃度が相当に濃い場所でしか産出しない。王国内の魔晶石鉱山は10か所程度、一つの鉱山の産出量は月に1000個がいいところ。容量を平準化した流通品は更に少ない。ギルドはこの平準化過程で弾かれる規格外品を流してもらう算段らしい。当然ながら術式付与の難度も上がり、まともな職人が引き受ける可能性は無い。おっさんの出番というわけだ。


 「では頼んだよ、ケビン君。私はこれで……この後ちょっと予定がね」

 「はぁ。……部長、そういうのはほどほどになされた方が……」

 「分かっているとも。しかし向こうから誘ってくるのだ、致し方ない。ふふふ」


 どうやら定年間近のハゲオヤジ、この後デートの予定らしい。恐らくは受付嬢だろう。ミーシャには危険な熱狂的ファンも多く、さすがの部長も手を出すまい。今年入った新人受付嬢か、あるいはパートタイムの人妻か。面倒な仕事は部下に任せ、自分は自分で余暇を楽しむ……これができる大人というやつか。



 「……どうでした?」

 「ああ、問題なかったよ。面倒は押し付けられたが……」

 「良かったぁ!ケビンさんいなくなったら本当に私辞めますから」

 「そりゃ責任重大だな。俺のせいでミーシャが辞めたら……お前のファンに殺されちまう」

 「ふふふ。そうならないように頑張ってくださいね」


 このやり取りだけでも死罪認定されそうなものではある。ちなみにミーシャ、実は結構いい年齢。既に勤続15年、若手がどんどん辞めるここのギルド職員では部長に次ぐ古株だったりする。若い頃は馴染みの冒険者と遊んだりもしていたらしいが、固定ファンの増えた近年では迂闊なことをすれば自身の命すら危ない。同世代の友人たちは既に家庭を築き、子育てに翻弄されている。そもそも有望な冒険者に唾を付けたいがために選んだ職種、これでは本末転倒……と、このところ盛んに退職を仄めかしている。ケビンどうこう言っているのも単なる理由付けであって、何かのきっかけがあれば今すぐ辞めたいというのが本心だ。しかしプロである彼女は明日もまた、無謀な冒険者たちに笑顔を振りまくのであろう。

 


 「じゃ、私はこれで。……家まで送ってくれても良いんですよ?」

 「……外の出待ち連中に何されるか。気をつけてな」

 「はい。お疲れさまです、……また明日」


 うらやま死刑。

 ギルドの外では数人の冒険者が彼女の退勤を待っている。「お疲れ様」の挨拶を交わすためだけに。家まで着いていこうなどという不届き者は古参のファンにより直ちに制裁される――彼らの中にも厳格なルールがあるらしい。

 以前、ギルド側が出待ち禁止の対応を取ったところ、彼女の自宅周辺で待ち伏せするファンが相次いだ。ミーシャは転居を繰り返すことになり、ギルドも苦渋の決断で出待ちを許可することとなった。交換条件として、追跡当為や付き纏いが発覚した場合は直ちにギルド資格剥奪の上に罪状張り出し、その場に居たもの全員を連帯処分という規則を課した――厄介な取り巻きたちに相互監視させたのである。

 それ以降問題は起きていないが、結果としてミーシャは異性との接点をほとんど失ってしまい、まるで好みでは無い同僚のハゲにまで色目を使う羽目になっている。見目麗しく皆に好かれる花形受付嬢、触ることすら叶わぬ高嶺の花……そんな女にも欲望はあるのだ。童貞諸兄は覚えておくように。ワンチャンあるで。



 「……汎用強化術式200個……絶対無理だろ……。あのナマケモノにどうやって依頼受けさせるんだよ……」


 ハゲはハゲで悩んでいた。汗臭い見た目に似合わぬ繊細さを併せ持つ彼にとって、仕事の責任は投げ出せるものではない。かといって受注者が好まぬ依頼を無理にやらせるのも気が引ける。ミーシャの誘いは認識しているが、今の彼にとっては仕事の重責の方が優先すべきこと。もちろん彼女は容姿以外も魅力的な女性であり、後先考えずホイホイ付いていけたらどんなに楽しいか……そう思いつつも、難題をこなす方策で頭がいっぱいの真面目な禿頭であった。



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