3話 おっさんの次回作にご期待ください
――金は天下の回りもの。あの世に金は持っていけない。
大概にして、この手の言葉は溜め込む能の無い者が好んで用いる。あるいは貯蓄など考えられない、常にギリギリで生きている者か。
おっさんがギルドで得たのは金貨6枚、手元に残ったのは大銀貨が3枚。道具屋と酒場のツケ払いで金貨5枚に大銀貨7枚が消えた計算である。酒場の支払いにはポルコ――ギルドで会った義足の酔っ払いの分も含まれてはいるのだが。次回の依頼が経費先払いで助かったな、おっさん。年末の納税時期なら高利貸しに泣きつくところだった。
「次回の報酬は経費込みで金貨50枚ってところか……うひひひ、久々に豪遊できるな」
……まるで危機感を抱いていない。
この都市の売上税は利益ではなく売上ベースで計算される。大口取引があればそれだけ課税額も大きくなるというわけだ。商人なら当然ながら課税額を見込んだ値付けをするが、ギルド依頼は依頼者が報酬を決める。とても利益など出せない報酬設定がほとんどで、だからまともな工房が依頼を受けることは滅多に無い。この手の製作系依頼に飛びつくのは計算のできない愚か者か、或いは困窮した独立系の職人くらい。そう、おっさんのような。
「で、何だ?……ふん……。今度は障壁ね。まぁ、剣士のオモチャよりは遣り甲斐があるか」
魔法障壁、いわゆるバリア。皆さまお馴染みの、剣と魔法の冒険譚には欠かせない術式だ。「障壁」と一口に言ってもその中身は様々であり、詳しく語っていたら夜が明けてしまう。今回の依頼は3通り。どこにでもある対魔術の汎用障壁が30個、貴重品保管用の結界障壁が5個、そして物理攻撃に対する圧力障壁が1個。
このうち構造として最も単純なのは圧力障壁。高圧や真空といった極端な気圧差を作り出し、物理攻撃のエネルギーを吸収するのが一般的だ。剣や銃弾といった貫通力の高い武器に対応するには高圧型、爆破や魔法攻撃の余波に対応するには真空型が優れるとされている。だが、どちらも物理装甲の防御力に比べればオマケのようなもの。使いどころが限られる魔道具である。
続いて結界障壁。これは予め魔力波長を登録し、登録者以外の侵入を何らかの方法で拒むというタイプの障壁だ。侵入を防ぐための術式と登録認証のための術式とが必要であり、物理障壁に比べると多少複雑な構造になる。
最も複雑なのが汎用障壁。意外かもしれないが、これが一番難しい。どこにでもある魔道具と言うことは、相手に対策されているという意味でもある。その辺に売っている魔道具をわざわざ作れと依頼してくるはずは無く、相手の対策を上回るものを納品しろと言われているのだ。付与術士の力量が露骨に出る魔道具であり、この辺りも依頼が敬遠される一因となっている。
「はぁ……面倒くせえな……取り敢えず寝るか。どうせ魔晶石の入荷待ちだし。しっかし今回は量もあるからなぁ……あんまギリんなると辛い」
おっさんが今回6個の依頼品製作に要した時間は3時間弱。同等の術式であれば18時間を要する計算になる。納品日は来週、6日後。計画的に動かなければ間に合わないであろう。このグータラおっさんには無理な話だが。
ちなみに一般的な工房職人が一日に書き込む術式量は魔石10個分程度。魔晶石なら1個か2個に相当する。……つまり、おっさんの作業速度は驚異的なものということになる。さらに今回の6個に使った魔晶石は産地も特性もバラバラなもの。品質の平準化は諦めていたようだが、それでも魔石の特性を瞬時に見抜き、尚且つ適切な補助回路で状態を最適化するだけの力量が無ければ不可能な仕事である。
そう、おっさんの術士としても力量は非常に高い。高すぎる能力が人間をダメにする……これもよくある話。周囲より短時間で能率的に仕事をこなせる、その空虚な自信がおっさんを怠惰に堕とした。その結果、ダメ人間の烙印を押され、仕事のできない奴と看做され、スラムの廃墟でギリギリの生活を送る現状に至っているということであろう。
「にしても……戦争ねぇ。いつまで繰り返すんだか。王室もいい加減学習しろって話だ。働く無能は最も厄介、それ一番言われてるから。……俺は働かない無能でいいんだよ」
はい出た、情勢にやたらと上から目線でモノを言う。さらに自分を卑下し予防線を張る。これも典型的な――
「……いつまで言ってんだモノローグ。構ってちゃんかよ。鋳潰すぞ」
――やめてくださいしんでしまいます。管理者権限には逆らえないよ。分かってんなら少しは構ってご主人サマ。
「やだよ面倒くせぇ。俺は寝るぞ」
せめて飯食えっていつも言ってんだろ。おっさんが死んだら私の管理者権限も消滅、安全回路発動でシャットされちゃうんだから。
……おーい。
もう寝たの?さすがに早すぎるだろ。
……異様に寝つきが良く、一旦寝入ったら地震でも起きない。
これもダメ人間チェック表に加えておくべきか。
いや、終わらないけどね。