2話 ギルド登場
――この手の話のお約束、冒険者ギルド。依頼の仲介や職業斡旋を行う、言わば日雇い稼業の元締めだ。言うまでもなく、物事を力技で解決したがる荒っぽい人種の溜まり場と化している。
「よう、納品に来たぜ」
ここに来るとおっさんの粗野な風体が場に馴染む。似たようなおっさんが所狭しとたむろしている。郊外のスラムなら客引きの娼婦もどきが色気を添えるが、この場にはそれすら無い。
「……なんだ、あんたが締め日前に納品するとは珍しいな。金が尽きたか?」
「あれ?今日何日?……やべ、一日間違えてた」
おっさん、ついに暦すら読めなくなったか。言葉が出てこなくなる日も近いかもしれない。ご愁傷様である。
「……まあ、物はもらっとくぜ。納品検査するから待っててくれ。一時間もかかんねーはずだ」
「おう、頼むわ。分かってると思うが全力でやんなよ?壊れたらたまんねーからな」
「当然だ。一応全数検査させてもらうぞ、支払いは評価次第だ」
「了解。ああ、酒くれ酒。いつもの」
いつもの――常連客特有の、相手は自分のことを知っていて当然だという傲慢さが滲む表現。だが、ここでは誰も気にしない。おっさんのような粗野な男たちは誰もが同じものを頼む。一番安い、温いエール。発酵が進み、町の酒場では提供できなくなった余りもの。まずくて飲めたものではないが、底辺冒険者の溜まり場にはこの程度の安酒で十分である。彼らは味わうために飲むのではなく、不安や恐怖を誤魔化すために酔いたいだけなのだから。
「おいカルルォ、久々じゃねえか。景気はどうだ?あん?」
「うるせえな酔っ払いが。ぼちぼちだよ。酒場のツケもギリギリ返せる」
「うひゃひゃひゃ、そりゃぁめでてぇな。俺なんて来月も出禁確定だぜぇ。ああ、マリアちゅわんに会いてぇなぁ」
「ポルコは星になったって伝えといてやるよ。しっかしお前も物好きだよなぁ、あのババアいくつだよ」
「えいえんの17ちゃいでぇーす!うひゃひゃひゃひゃ」
……昼間から安酒を呷るおっさん達の、見るに堪えないやり取り。この酔っ払い――ポルコという冒険者、これでも一応は銀級所持者である。数年前までは一線で活躍しており、自らパーティーを率いていた経験もある。加齢による肉体の衰えに加え、去年負った足のケガが致命的だった。斥候、いわゆるスカウト担当だった彼は、とある魔力氾濫地の調査依頼で左足膝下切断の重傷を被った。仲間を逃がすために囮を引き受けた末の負傷。名誉の負傷であろうと、依頼失敗に変わりは無い。当然、失敗すればろくな報酬も無い。それが冒険者という稼業。
「……義足の調子はどうだ」
「うひゃひゃ……。……悪くはねぇよ、生活に支障は無ぇ。さすがキャルルォ大先生だ……感謝してる……ヒック」
「そうか……」
ポルコはカルロ――おっさんの作った義足を装着しているようだ。日常生活に支障はなくとも、冒険者の動きには耐えられない。言外にそう伝えているのだろう。彼の上半身は未だに筋骨隆々、往時のままか、或いは最盛期以上の肉体を維持している。相当な鍛錬を継続している証拠でもある。しかし……それでもなお、稼業をこなすには至らない。足の負傷により、彼の冒険者人生は幕を閉じた。
「カルロ!おい!あんたって奴はまた……」
受付カウンターから身を乗り出して叫ぶハゲ頭。いや、あれは剃っているのであってハゲではない。納品検査を終えたにしては少々時間が早いが……
「なんだ?……ふふ、試したか?面白いだろ」
「面白いだろ?じゃねーよ!何だこりゃ!」
「何って……炎術士向けの術式付与した魔晶石6個だが」
「あんたなぁ……依頼した術式言ってみろ!」
「耐衝撃装甲メイル対応用の熱変性術式並びに刀身保護」
耐衝撃装甲は最近の流行りだ。多層構造の金属装甲で、刀や銃弾が通りにくいらしい。刀身を加熱し、高温にすることで装甲を破ろうという狙いだ。……そんなに上手くいくものだろうか。刀身へのダメージも相当大きそうなものだが。まあ、魔法的な何かで解決されているのだろう。
「あんたが付けたのは?」
「前述2点に加えて斬撃特性向上のための硬化術式並びにフィードバック抑制のための断熱・制震術式」
おっさんは依頼に無い余計な術式まで詰め込んだらしい。ははーん、術式書き込みの時にニヤけていたのはこういうわけか。
「だよな?若いのがテスト用の耐衝撃装甲切ったら3枚全部割っちまったぞ!どうしてくれんだ!これ高いんだからな!」
「はぁ?耐衝撃装甲切るのが目的の剣だろ?いいことじゃねえか」
「……魔力ごっそり持ってかれてぶっ倒れたんだよ。毎度毎度あんたを基準に作んなって言ってんだろ」
それだけ術式重ねれば相当な消費量になることだろう。おっさんのことだから熱変性術式自体の要求魔力も相当高く設定しているはず。しかも相性イマイチの魔晶石を使ったため、漏出魔力も馬鹿にならない。……が、これが扱えない奴は鍛え方が足んねー、とか言うのではなかろうか。そういう奴だ。
「鍛え方が足んねーんだろ」
やっぱり。
「あんたの趣味ならそれで良いがな……。いいか?カルロ。これは仕事だ。依頼者の要求に応えて初めて依頼は成立する。それが分からんあんたじゃないだろう」
「……おい酔っ払い、お前ちょっとあの剣振ってみろよ」
「うん?ポルコに?何を考えている?」
「いいから。早くしろ」
おもむろに立ち上がる酔っ払い――ポルコ。足取りは重い。やはり左足の義足は最低限でしかないようだ。彼は受付のハゲが制止するのも聞かず、カウンターから奥へ。カルロも当たり前のように付いていく。ハゲも諦めたようで、成り行きを見守っている。
「これ切ってみ。丁度良く半分になってるから……6枚重ねだ。全部切れたらお前のツケも払ってやるよ」
「お?さすがはカルウォ、話がはえーな」
「おいおい、止めとけ止めとけ。そんな酔っ払いに刀持たせて――」
――スパーん。
「ふっふっふぅ。どうらぁ、見たか。足はこれでもまだまだ行けるれぇ?」
「……な……なんと……!6枚?6枚切って……魔力は……?」
「うひゃひゃ、まだまだ行けるれぇ?おりゃぁ!12枚……はさすがに無理だったか、ぐはは」
酔っ払いの太刀筋はまったくもって見事なもの。あんた斥候じゃなくて剣士のが向いてたんじゃ?とう程に。12枚重ねられた耐衝撃装甲は8枚目までが綺麗に切断され、10枚目までヒビが入っている。ポルコの魔力はまだまだ余裕。
「……な?引退間近の酔っ払いでもこれだけできるんだよ。それすら扱えない奴が戦場でどうなるか……言わなくても分かるだろ」
「……あんたの言いたいことは分かった。だが、これは依頼だ。規定外のものを納品するわけにはいかない」
「チッ……つまんねぇ奴。ああ、魔石全部よこせ……6個だったな。ここをこうして……こんなもんか。ちょっと剣借りるぞ。……ふん、妥当だな。つまんねぇ魔道具だ」
ハゲから魔晶石を取り上げ、術式を書き換えるおっさん。管理者権限は残したままだった模様……こうなることを予想していたのかもしれない。剣に装着しての動作確認も無事終了。
「何をした?」
「あんたがうるせーから調整してやったよ。要求魔力にリミッターをかけた。3段階ある。魔力量に応じて設定しろ。初期値は最低――ヒヨッ子レベルにしてあるからな。……これで文句ないだろ」
「あ、ああ。……この短時間で書き換えたのか?全部?」
「試してみてもいいぞ?まあ、そろそろ代金受け取りたいところだが」
「分かった分かった。あんたを信じる。1個当たり金貨1枚、6個で6枚だ。これは経費込みな。確認してくれ」
「どーも。これが管理者権限移譲の術式書面だ、無くすなよ?」
銀級レベルの冒険者が一か月で稼ぐ金貨は平均して10枚程度。おっさん、たった1日の仕事で6枚もの金貨を得る。――ただし、経費込み。魔晶石1個の市価は大銀貨3枚程度、6個で18枚……金貨1枚に大銀貨8枚。実際には依頼数の倍以上の魔晶石を購入し選別することになるから、金貨3枚以上の出費があったわけだ。さらに年末にはその年の売り上げに応じた税金も納めなければならない。この辺りは、装備更新費用以外がそのまま実入りとなる冒険者とは大きく異なる点。冒険者の税金はギルドが天引きしているのだ。
「ついでに依頼くれねーか?この酔っ払いのツケまで払う羽目になったからな」
「それなら丁度良い。あんたに任せようと思ってたのが3つある。全部やってくれ」
「いつまで?」
「来週末だ。全部で……魔晶石36個だな。経費は前払いで構わん」
ギルドの納品依頼で経費分前払いなど滅多にない。黄金級や白金級になれば別だが、この手の製造・収集依頼は経費込みの後払いが常だ。ちなみにおっさんの認定ランクは銅級、下から二番目。昇級審査などという面倒ごとには縁遠い人物であるためだ。
「はあ?どんな風の吹き回しだ?とんだ大盤振る舞いじゃねーか」
「……今回のは大物相手だ。頼むから期日までに上げてくれ。できる限り協力するから」
「ほう……金の匂いに釣られて貴族様でも出てきたか。みんな好きだねぇ、戦争」
「……頼んだ。詳細はこれに」
おっさん、取り敢えず生き延びることに成功。
次の依頼とは、果たして――