リコーダーはお好きですか?
あれはいつ頃からだったか。リコーダーを渡されたと同時に女子と男子に、亀裂を生み出すかのような噂話が飛び交う。
『男子って、私達が使ったリコーダーの口のところを、私達が見てない時に舐めるらしいよ。学校に置いてちゃダメだよ!』
『きゃー、なにそれ。めっちゃ怖い』
そりゃあ、都市伝説だと思いたいほど、妖怪も身震いするほどの怖い話だ。
リコーダーという楽器を貸し借りすれば、間接キスになるのは使ったその瞬間に分かること。
口づけもそうであるが、少し拭き損なえば……唾液の交換にもなってしまう。恐るべき楽器。
まるでそのためだけに生まれた楽器ではないかと、失礼ながら思う。
『お前、好きな子のリコーダーに口つけるんだろ?』
『教室でやってんだろ?』
男子と女子。その異性に溝というか、意識の違いというのができるのも、きっとリコーダーを渡された時期と一致するんじゃないだろうか?
キスとか、その先の事とか。青春が永遠だと思ってる頃、小さな恋はどこかで起きる。
「………ヨシくん」
「………ノゾっち」
男女が一緒に帰るだけでも、ちょっと目立つ時期だった。
でもそれで良い。そーいう関係になってみた。とりあえず、付き合ってみないかと。
二人きりの時は、あだ名で呼び合っていた。
でも、その二人きり。誰もが見ている、見せている外でしかなかった。離れたときにどう思っているか、分かっていることじゃない。
「……あの、あのね」
「ん?」
とても怖い話を聞いて、今から教室には帰れない。あそこに忘れたもの。
リコーダー。ケースにしっかりと入れ、ちゃんと拭いてはいるものの。やっぱり置いていくのは怖すぎる。かといって、見に行った時。誰かが使っていたらホントに怖い。
「リコーダー、私の。とってきてくれない?」
「え…………」
でも、この人ならたぶん。普通にとってきて、渡してくれる。
そのはず
「鞄を置く、ロッカーのとこ……だと思う」
「あ、ああ」
「な、名前も。書いて。あるから……」
「分かった……よ」
そうだと思う。そんなこと思ったりしない。
どーいう気持ちで受け取ろうか、どー渡されるんだろうか。教室に戻ってくれたヨシくんを校門前で待つ。きっと堪えた顔をするんだろうか?あんまり、変なことを思わずに。友達に渡されるみたいな顔だろうか。
「ノゾっち。とってきたよ」
「あ、ありがと……」
「……………」
普通に、何もされていない。ケースに入ったリコーダーを渡される。
たったそれだけだったが、その。
「ね、ねぇ。間接キスとかした?」
「い、いや。そんなことしないよ。男子とか変なこと言ってるけど、俺はそんなことしない!」
「ふーん……じゃあ」
ちゅっ
「ホントのキスと、……その先。家でしない?知っちゃおうよ」
「!………」
小さな恋が少し、二人を大きくさせた。
◇ ◇
それから4年後くらい。当時のお付き合いはたったの3ヶ月ほど。
色んなことを知るたびにノゾっちは結論を出す。
「やっぱり男は金と性格、将来性よね~」
まぁ、あの恋は甘い気持ちが多かった。互いを深く知らないからこそ、過ちに気付けるというものだ。
そして、過ちから出てきた答えに
「男は全てが揃ってなんぼよ!!きゃははははは!」
ノゾっちこと、村木望月は変わった。感情が動くほどの男に出会うこともあるが、それはその日だけの気分が多い。実際に長く触れ合い、知る事でその人の悪いところも見えてしまう。それを誤魔化せるのは、やはり金というステータス。その悪いところを消すのが性格というもの。
早々、村木が付き合おうと思う男はおらず。そんな彼女だからこそ、男は彼女と本気な付き合いはおきない。いや、むしろ。
「戦利品、ザックザク!大学生サイコー!!馬鹿な男が、それ目当てで金を貢ぎに寄ってくる!」
「サイテーの女だな……」
「敵が多くて大変じゃない?」
友達、仲間すら警戒するレベルの女。
男達が稼いだバイト代や日頃の給料で、女性と付き合えるイベントでぼったくられる。あるいは女の立場を利用し。あるいはスルをし。あるいは力づくでいく。村木望月は、魔神と化していた。
そんな生活で仕入れた金と商品を、仲間に見せびらかし、自慢することが最近の楽しみになっている。
「さぁ、飲んだ飲んだ!清金、パピィ!じゃんじゃん、いっちゃってー!」
「飲むことに躊躇いができるんだけど」
「はぁ~。ま、清金。ここは村木を立てて飲んでやれ。じゃないと、こいつ。エスカレートをエスカレーターで昇っていく」
「上手いこと言わないでよっ!」
どんちゃん騒ぎが似つかわしくない、女性メインのバー。そこで働いている修行中の男性店員。
村木は気付かなかったが、
「どうぞ、僕からのカクテルです。”ノゾっち”」
「あら、ありがとー。でさー、清金ー!あんたも一緒にやらない!可愛さならあんたもいけるからさー!2対2で男をたぶらかすの!」
「断るわ。私は今でも、束沙様一筋」
彼女にカクテルを渡したバーテンダーは、かつてお付き合いをしていた男子だった。
偶然出会って、あの時の事を思い出した。そして、あの時の彼女はもういないと分かったことが、ある一歩を踏み出せた。
「なんか珍しいな。自分から提供するなんて……」
「いえ。……その、今ので吹っ切れられたっていうか」
可愛かったんだ。ノゾっちはホントに。……でも、俺には無理だった。
バーテンダーになって彼女に振舞うとか、カッコイイ事はもう言えない。だけれど、それで。
今の人は、今しかいないんだ。
「婚約指輪、今年中に買うっす!」
「お!ついに噂の彼女にプロポーズ?」
「ええ、勝負をかけます」
あの時、ホントにしなかった事は……。
誰が言ったか忘れましたが。
当時の男子の誰かが、隣のクラスの女子に、”リコーダーのテストあるのに忘れたから貸してくれ”とか言っていた猛者がいたような気がしました。
怒鳴られたのは当然だと思います。