この刀の切れ味
ハルは岩の上に乗せたトカゲに狙いを定め、刀を振るった。
刀は狙いを外れ尻尾を切り落としただけだった。
トカゲはまだ岩の上にいる。もう一度、狙いを定めて刀を振るった。
すると今度は見事に腹の部分を両断した。
切断された面から血が流れることはなく、トカゲの上半身と下半身それぞれの切断面から透明の物質が湧き出てそれらは元の形をつくっていった。
そして二匹のトカゲになった。
二匹はそれぞれ岩の下に隠れてしまった。
「……」
ハルは村からほど離れた小山へ入り、そこで色々と試し切りをしていた。
そしていくらか刀の性質がわかってきた。
木の枝を切っても生えてくる。木の幹に傷をつけてもしばらくすると傷は消える。
ただ落ちている枝はいくら切っても再生されなかった。試してはいないが、生き物の死骸も再生はされないだろう。
この刀は生きているものであればなんでも、いくら切ってもすぐ再生されてしまうのだ。
さらに昆虫や動物の場合は、<切る部位>によってはそれらが別々に再生され二つに分裂する。その<切る部位>というのは、人間でいうと首から腹の辺りまでと思われる。手足や尻尾を切り落としても、新しいのが生えてはくるが分裂はしない。
また、刀の切れ味は不気味なほど鋭かった。
ハルのような素人の刃筋でも孟宗竹を一太刀で切り落とすことができた。
しかし自分の胴以上の木の幹や枝に挑戦すると、途中で刃が止まってしまうので、ある程度の技術や力は影響するらしい。
そして竹やら木やらを無茶な太刀筋で切りまくるなど、お侍様が見たら青筋が立つような扱い方でも、刀の切れ味は一向に落ちなかった。
(とんでもない妖刀だ…)
ハルは、この刀を誰かに見られてはならないと思った。
娘がこのような刀を差していたら目立つだろう。盗まれたり押買などに遭ってはたまらない。
そこで樹皮で包んだり枯れ枝と一緒にまとめるなどして、傍目から刀だとわからないようにした。扱い辛くはなるだろうが、そもそも人前で振りかざすこともないので厳重に隠しておくに越したことはない。
(それにしてもあの男はどうしてこの力に気がつかなかったのだろう)
辻斬りに遭ったときのことを回想してみた。しかしよく思い出してみると、ハルが斬られるより前に男の持つ刀から血が滴っているのを見ていた。
(ということは、あのときまでは普通の刀だったんだ)
あの少女は斬られたのだろうか。あの後、付近を探してみたが少女の遺体は見つからなかった。
もしかしてあの少女は妖の類だったのではないか。そして斬られたと見せかけて刀に魔力を宿したのではないか。
そんな突飛な考えを巡らしていると、ハルは泣き声のようなものが近づいてくるのに気づいた。
「うぁーん…」
人間の、少女のようだ。
ハルの方からも泣き声に近づいていく。