はんざきとハル 四
ハルが辻斬りに遭ってから丸一日が過ぎた。
家に帰り着いた方のハルは、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
ハルは近くの小川で洗い物をしながら、自身の腕を見た。
いつ付いたのか憶えがない擦り傷は幾つかあったが、大きな傷はない。
-あのとき確かに私は首を斬られた。だけどしばらくすると意識が戻っていて、首もしっかりつながっていた。
そのまま起きてしまったけど、辻斬りの男はまだ近くにいた。
私を見た男は驚いて再び私に斬りかかる。
避けようとしたが、背中を斬られてしまう。
私は叫び声をあげた。今度こそ死んだと思ったから。
だけど死を見たのはその一瞬だけだった。
背中を深く斬られても、まだ私は生きていた。
そのとき背を見せていた敵に忍び寄って、めいいっぱい鎌で打ちつけて…-
そのときに斬られたであろう背中も母に見てもらったが、やはり斬られた痕はなかった。
(私がお化けになったわけではないはず。試しに刃物で指をちょっと刺したらちゃんと血は出たし…)
「ハル」
後ろからハルの兄がやってきて声をかけた。
「その、辻斬りの仏さんは出なかったぞ」
「……」
昨晩、あの状態ではどうにも言い訳ができず、ハルは素直に辻斬りに遭って闘ったことを話した。ただし、自分と同じ顔の者が現れたことはうまく隠した。
話を聞いた家族は冗談だと思っていた。兄は笑っていた。
話半分に聞きながらも兄は念のため、この日の朝早くに辻斬りに遭ったという場所へ出かけた。ハルの話が嘘でも本当でも、村に変な噂が広まらないように確認はしておかねばならない。
そしていざその場所に来てみると、男の遺体はなかった。
「きっともう野犬にでも食われたのよ」
ハルは何気なく言う。しかし兄はこの程度の言動はもう慣れたものだった。
野伏や山賊などに遭うような世の中では、村に住む者も自然とそういったならず者の類に対しては容赦のない姿勢が生まれてくる。とはいえハルは娘であるし、そういう覚悟を持つにしても気持ちが強すぎるきらいはある。
「まあ、ハルはもう元気そうだし…何もなかったことにしていいが」
むしろ何事もなく済ませたいのは兄の方だった。ハルのおてんばぶりが心配なのだ。
「にしても本当に辻斬りとやりあったのか?」
兄はまだ信じられない。当然だ。ハルにしても「辻斬りは嘘でした」と言ってもよかった。
しかしハルも言い訳の続きを既に決めていた。
「助けてくれた人がいたの」
「何?それはこの村の人間か? 」
「…違う。知らない人よ。きっと山の狸様が助けてくれたのよ」
ハルはこう云うことにして、もうこの事件を終わらせてしまいたかった。
家に帰りたい…
堂々と私の姿をした者がいては家に戻れない
だけど私を化け物だといったあいつ…
あいつこそ化け物ではないのか
いっそ亡き者にしてしまうべきか?
手元にある刀を抜いた。
小傷のある使い込まれた感じのカタナ。
化け狸扱いされてしまった方のハルは、そのまま神社の隅で一晩明かした。
まだ行くあてはない。
ハルは境内の奥にある竹藪に入った。
試しに一本の竹を切ってみる。竹は思いの外するりと切れた。
ハルが刀を振るったのはこれが初めてだった。
初めてでも切れ味が良すぎるとわかった。
あと幾つかの竹を切ってみた後、ハルは辺りを見渡してみた。
ハルの腰のあたりの高さで切られているはず桿が一本も生えていなかった。
(確かに切り落としたはずなのに)
その切り落とした桿はその場に落ちていた。が、その桿とつながっていた切り口が見当たらない。
ハルはさらに一つ切り落としてみた。そして、その桿しばらく眺めていた。
すると驚くべき光景を見た。
桿の切り口から透明の物体が湧き出てスッと高く伸びていく。
それはやがて元の竹の形を作り、色もそのまま元の通りになった。
一方切り落とされた桿は、やはり地面に倒れたまま変化はなかった。
(この刀だ…!)
ハルが首を切られても生きていたのは、刀の魔力によるものだった。
ハルの胴体もこの竹のように切り口から再生されたのだろう。そう思うとハルはゾッとしないでもない。
しかし腑に落ちないことがある。
辻斬りの男がこの刀の性質をどうやら知らなかったこと。
そしてあの私そっくりな女はどうやって生じたのか。
この刀の能力をもっと確かめる必要がある。
ハルは神社をあとにした。