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はんざきとハル 一

*小説内ではオオサンショウウオの呼称を「ハンザキ」としています。

 

 むかしむかしの春の里山、朝早く。娘が山菜取りに来ていた。


 娘は麓の釜戸(かまど)村、百姓の家の生まれで名前もちょうど季節と同じ「ハル」という。

 歳は数えで十六歳。


「もう採られてる…」

 あたりにはまだ小さい、残しておくべき草や芽くらいしか残っていない。


 釜戸村は去年の長雨のせいで稲の実りは芳しからず、村人たちは厳しい冬を過ごした。暖かくなり山の恵みに頼れるようになってもまだ油断はできない。皆飢えをしのぐために必死なのだ。


「しょうがない、べつのところを探そう」

 ハルは小さな谷を一つ越えたところへと向かった。

 その尾根の上には、ちょうどハルの腰の高さくらいまでに石が積まれている。

 積み石の向こう側は村の死者を埋葬する場所となっていた。

 その中には戦乱で村が襲われた時に戦った者、今年の春を迎える前に飢えで亡くなった者もいる。

 ハルは積み石に向かって手を合わせた。


 祈りを終えて目を開くと、ふと妙な気配に気づいた。

 積み石の傍から黒い塊が這い出て、こちらに向かってくるのが見える。

(蛇…?)

 ハルは反射的に身構えた。

 それはゆっくりと近づいてきた。よく見るとそれは想像していたよりも大きな生き物だった。


(ハンザキだ…!)        


 ハンザキは重たそうな体を引きずりながら斜面を下りていく。

 それにしてもこんな場所でハンザキに出会うとは。

 その異様で愛嬌のある姿にハルは目が離せない。


 ハルは山菜採りはやめて、ハンザキを追うことにした。

「うまいこと捕まえられたら……どうやって料理しようかなあ」

 食べることに苦労してきただけあって、ハルも食い意地が張っていた。


 ハルはぬめった平べったい体に苦戦しながらも、なんとかハンザキを籠に収めた。籠を背負って家路を急ぐ。


 あと少しで雑木林を抜けようというところで、ハルは籠が軽くなっていること気づいた。

 籠の中をを覗くと湿った落ち葉だけが残っている。

 重さに慣れていたとはいえ、あんな大きな生き物がいなくなったことに気づかないなんて。

「どうやって出たのよ…」

 ちょうどその時、山側から六、七歳くらいの少女が駆けてきた。

 少女はハルに目もくれず、道の先をすぐ折れて木立の間に隠れてしまった。

 その少女は鮮やかな小袖を着て、艶やかな振り分け髪をなびかせていた。こんな山の中を駆け回るのには似つかわしくない姿だ。

 あっという間の異様な光景にハルは放心していた。

 そのすぐ後、道の先で何かを激しく打ったような鈍い音が響いてハルは我にかえった。


(あの子に何か起きたのでは)

 後を追い道の先を折れると、その正体はすぐに現れた。


 男が刀を握って立っていた。

 刀身からは血が滴っている。

「……!!」

(逃げないと…!)

 しかしハルの足は恐怖のために思うように動かない。

 踵を返そうとした時には既に間に合わなかった。


 ハルの首は胴から離され地面に転がった。

 首から下は道の脇へ、頭は雑木林へと投げ込まれた。

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