その9
アレクサンドラお嬢様のお支度は、最終段階に入っていた。
いつもにも増して丁寧にブラシをかける。普段なら、奥様に頂いた花の香りのオイルをお付けするが、今日は絶対だめだ。
梳いて整えたら、衣装と同様、礼装用の帽子を被せるだけ。
帽子は小さくつばがない、筒の形。勿論ランドレード家の刺繍入り。これを顎にかける紐とヘアピンで固定する。
お嬢様はじっと、鏡を見ていた。帽子に手を遣る。
お気に召さないかな?
と思ったら、
「痛い」
一言おっしゃった。しまった…!
「申し訳ありません。ピンでしょうか」
「わからないけど痛い」
お嬢様は眉をひそめた。元々目尻が上がっている方のお嬢様が、ちょっと怖く見えた。
「すぐに直します」
私は言い、帽子を外した。
そして、今度は1本ずつ、お嬢様が痛くないかとお聞きしながら付け直す。
「痛い」
「申し訳ございません」
これか。後ろを止めるピン。
私は慎重にそのピンを外すと、少し場所を変えて挿してみた。
「今度はいかがでしょうか?」
どうだろう。
お嬢様は少し頭を振り、
「これならいいわ」
おっしゃった。
よかった。でも、痛い思いをさせてしまった。気を付けなさい、エリー。
お支度が終わると、お嬢様は立ち上がり、鏡を見たまま横を向いたり正面に向き直ったりした。
こうして完成してみると、前回の時より礼服がお似合いになった気がする。それだけお嬢様が成長されたということだろうか。
「まるで肖像画になったみたい」
お嬢様の言葉に、私は頷いた。
同じような礼服姿のご先祖様の肖像画が、幾つも屋敷には飾られている。あのタランティーナ様の絵もある。いずれはお嬢様の絵も加わるのだろう。いや、今すぐにでも加えていいのではないか。
伝統的なこの衣装すらも馴染んでしまうお嬢様のこのお姿を。
ご自分で「肖像画のよう」と仰っているけれど、まさに絵のモデルにふさわしい麗しさ。
実は普段のお召し物での絵は数点あるのだけれど。礼服はまだない。
私が絵描きなら、今すぐにでもキャンバスを広げ、パレットを握りしめるのに!
私はお嬢様にお仕えできて、本当に幸せだ!
…待ってエリー、落ち着かなきゃ。
タランティーナ様からの使いが到着し、じきにお見えになることが伝えられた。
お嬢様に付いて、私も1階のロビーに下りた。
つづく
髪の毛は引っ張られるとすごく痛い。