その6
そうそう。
1着だけ、あるんですよ。
伝統的で格式高くて気品に溢れて間違いのない衣装が。
それは、礼装である。
宮中の公式行事や、貴族同士の正式な催事などの際に身につける、貴族の証ともいえるお召し物だ。貴族であれば、赤ん坊でも揃えるのが、この世界では常識ある。
これだけは、成長期だからって常備しない令嬢なんかいない。彼らの持ち物で一番大切なものは、宝石や絵画や調度品などではなく、礼装一式なのだ。
だからもちろん、我がアレクサンドラお嬢様だって持っていらっしゃる。
それを、あの方がいらっしゃる日にお召しになる。
…いや、別にあの方は、王様でもなければ外国の偉い方でも、他家の貴族さまでもないんだよ…な。
身内、なんだけれどな。
お嬢様の父方のおばあ様、タランティーナ・ユリア・ランドレード様なんだけれど。
忙しい日々はあっという間に過ぎ、今はタランティーナ様がいらっしゃる日の朝。
私の準備は万全である。はず。
アレクサンドラお嬢様のお召し物の準備は勿論のこと、お部屋も徹底的に掃除し、ベッドもソファもクッションひとつまで真っ直ぐに置き直し、シーツの端まで定規を当てたように整っている。…いつもやっていることだけれど。
お嬢様は、いつものお姿(今日はピンク色の、フリルたっぷりのドレス)で朝食に行っている。食後に着替えて頂き、おばあ様の到着に備える。
しばらくは可愛いお召し物に袖を通すことができないからと、今一番のお気に入りをお選びになられた。
つまり私にとっても、お嬢様のお可愛らしいドレス姿は、しばらくの見納めとなる。少し残念である。
花を届けに来たソネットさんは、急ぐからと私に花束を託し、走り去っていった。
タランティーナ様のお部屋の飾りつけに時間がかかっているそうだ。あの方は、お金をかけることはお嫌いでも、屋敷の花を部屋に飾ることは大層お好きなんだとか。
元手があまりかからないからかな?
まあいいや。
私も協力。
ソネットさんがいつもしているように、真似して活けてみた。
部屋の中央、丸テーブルに置いた花瓶に、盛大に。
壁やベッド脇の花器にも、バランスよく。
自分では、なかなか良く出来た、と思う。
やがてお嬢様が戻られた。
お嬢様はお部屋に入られると、すぐ、テーブルの花に目を留められた。しばしじっと見ている。どこかおかしい所があっただろうか。私は心配になり、声をお掛けしようとした…その時。
「お花…いつもと違うわ」
え。
つづく
私は一瞬焦り、でもすぐ言った。
「今日は私が活けました。おかしな所があれば直します」
「別に」
私の動揺とは裏腹に、お嬢様はいつもの素っ気ない調子で一言いい、ソファに腰掛けた。
「ところで、私は、まだ着替えなくてもいいの?」
つづく
次回、お嬢様が礼装をお召しになる…!