その3
アレクサンドラお嬢様と、マルセル先生とのティータイム。
今日の授業を終えられ、リラックスしたお二人が楽しく過ごされるひととき。
ここ、お嬢様専用の書斎は、ランドレード伯爵邸のなかでも北向きの静かな一角で、隣は旦那様の書斎、反対隣は読書室となっていて、いつもなら屋敷の人の気配すら感じないくらいの場所なのだ。
私はこの時間、大切な我が主であるお嬢様と、そのお嬢様がお慕いなさる方と、その給仕をする私だけが存在する世界にいるような、おこがましくも幸せな気持ちを噛み締めている。
今日のタルトは、甘酸っぱい初夏のオレンジ入り。
それと、爽やかなレモン果汁が効いたチーズケーキ。
開け放たれた書斎の窓からは裏庭の緑の香りが微かに漂う。
小鳥のさえずりが近くに遠くに、聞こえる。
お二人の話し、笑い合う声がそれに重なり…
同時に奥様の大声が響いてきた。
「……どかして掃きなさい、あと、そこの…」
今日は、いや今日から屋敷中が忙しい。
廊下に出れば掃除係が床を磨いており、庭を望めば庭師が忙しく手を動かしており、男手が集まって家具を動かし壁の絵を外しては埃を取っていたり、奥様付きの侍女たちが屋敷中をうろうろしているかと思えば、なんと当の奥様が大掃除の陣頭指揮を執られているではないか。
普段は使用人の仕事など、全く関心なさそうなのに。
今回ばかりはそうも言っていられないようだ。前回のあの方のご滞在の際、奥様は貴族の妻、屋敷の主としての自覚や力のなさをかなり叱責されたと聞いた。これからも、屋敷内になにか瑕疵があれば、使用人たちを取り仕切る立場の奥様が叱られることになろう。
奥様は、麗しきアレクサンドラお嬢様をお産みになられただけあって、とてもお美しい方だ。
そしてそれゆえなのか気質の問題か、ご自分やお嬢様を着飾ること、趣味や遊びにはたいそう熱心だが、伯爵家の領地ばかりか屋敷内の取り仕切りに対し、目を向けないきらいがある。
そんな奥様が。
使用人たちに命令する声が、お嬢様の書斎にまで聞こえてくる。
『女性が怒鳴り声を上げるのは品が悪い』というのは、貴族や良家の常識なんだけれど…
まるで外で働く庶民の女のようだ、というわけ。
「ごめんなさい、先生」
お嬢様が恥ずかしそうにそっと仰った。
つづく
嫁は大変。