第十三回 御朱印祭りと羽島みのり
六月中旬。
新入部員も加わり、だいぶ部活動の様子も様になってきた昼下がり。踊り手と地方組に判れて稽古に熱が入る。今、取り組んているのは、県大会の課題とチームで選んだ演目、もちろん”城華踊り”だ。
「にぃ・にっ・さん・しぃ~・ごぉー・ろく・しち・はち!……はい!ストップ。ふぅ~、だいぶ見れるようになってきたわね」
「ありがとうございます!」
部員に親切丁寧な所作の振り付け指導を終えた、安藤先生の額に汗が光っている。踊り手は男子三名、女子五名で、もう少し人数が欲しいと思う。特に男は少なくても二人は増えてくれないとバランスが悪い。毎日勧誘に走り廻っているが、もう少し時間がかかりそうだ。
「悠一、そろそろ稽古の時間やしの、じゃあ、行ってくるちゃ」
「そうか。わかったよ、気をつけて行ってきてくれ」
「みんな頑張ってな。特に松戸も頑張れよ」
「ノンノン!長月、俺はマッドだ。センキュー」
(な~にがセンキューじゃ)どっと疲れを感じる俺。解っているさ、このノリに付き合ってあげないとね。優しいな、俺……よろしく哀愁。
練習場の隅では、隆や松戸達が移動の準備をしている。彼等は安藤先生の計らいで、城華踊りの保存会にお囃子を習いに通っている。週二回、城華祭に参加している町内会の稽古に参加させてもらっているのだ。
ちなみにマッド…… 奴は以外と聞き分けのイイやつで、すんなりと部活に溶け込んでくれた。キャラは少し設定盛りすぎ感があり渋滞気味だが、扱いが解れば何てことはなかった。良かった、良かった。
しかし、唯一困ったのは、彼が本名をなかなか明かさなかった事だ。ずっと「マッドだ」の一点張りだった。
俺は(どうせ苗字が”松戸”だったりするんだろ)と勝手に決めつけてみる。でもこのままじゃ困るし、実害も出てきた。彼がなかなか入部届けを提出してくれないので、催促してみたら名前の欄に〔マッド〕……
駄目でしょ~う、これじゃ。ちゃんと本命書けっての!すったもんだしていたら、愛ちゃん…… 失礼、安藤先生の一言で以外とすんなり解決してしまった。
「マッドくん、”君の名は?”」
「はっ!はいっ。松戸治郎右衛門です」
しーんと静まり返った。治郎右衛門……そうきたか、松戸は解ってたけどね!てゆうか、愛ちゃん何?某国民的大ヒット作品のオマージュですか!?そんな愛ちゃんに乗せられる松戸もチョロい。そうか、お前アレだな?お前も”愛ちゃん”に魅了されたんだな。愛ちゃんは渡さん!!愛ちゃんは皆のアイドルだっ!
「長月くん」
「ふぁい!?」
「ボーッとしてちゃ駄目よ」
「はい……すみません」
(うわ、変な声でちゃったよ)いきなり愛ちゃんから呼ばれて、心臓が飛び出るかと思った。すいません、実際は”愛ちゃん”なんて呼べません。いまだにビビッているんです。それだけ”スイッチ”の入った愛ちゃんは怖い。ホント志穂といい、あの一族は大人しければ美人(美少女)なのになぁ。残念な娘達とは彼女らの事だ。おっと、志穂がこちらを睨み始めた。なんなの貴女、俺の心、読心し放題?えーなになに?(大地に咲く一輪の花!キュ○ブ☆ッ◇▽)あ~、ハイハイ……流行ってたもんね、流行っちゃってたもんね、ハー〆キ○ッチ・プ☆キЗア。懐かし過ぎるだろ。昔から好きだもんね、君。あ~あ、ポーズまで決めちゃって。大方、『お前の考えてることなんてバレバレだぜ』って言いたいんだろ?心が読めるからハートキャッチって、上手いなお前。
だが、甘いな志穂よ!今のトレンドは(H○Gっとプ#キュ☆じゃあ!)ハァハァ……おっと、つい熱くなってしまった。
大輝と志穂との熱い心理戦を、周りは知るよしもなく、変な”間”だけが練習場を支配した。
「あ、三井君ちょっと待ってて。他のみんなも……はい!注目!」
部員全員の視線が愛子先生に集まる。
「今週末、高岡で”御朱印祭”があるの。瑞龍院の奉納踊り、行ったことあるひと~?」
「私、行ったことあります。」
羽島さんが行ったことがあるそうだ。彼女の家の家業は呉服屋であり、またお祭り関係の衣装にも力を入れておいるらしい。なので色々とお付き合いがあり親御さんと出向くそうな。
「じゃあ、羽島さんは奉納踊りを観て解ってると思うけど、そこに梨平高校も参加しています。全国を目指す以上、知っておなくてはならない相手よ。そこで提案なのだけれど、奉納踊りの前座で出てみない?」
「僕達がですか!?」
そりゃあ悠一だってびっくりする。もちろんみんな驚いた。
「そりゃあまだまだ練習不足は否めないけれどね。今回、この郷土芸能部を立ち上げるにあたって、微力だけど私なりに、知り合いに声をかけておいたの。それでね、話を耳にした実行委員会の方から『是非、参加してみては』と御誘いがきました。梨平とは比べものにならないけど、せっかく人前で踊れるチャンスだし、県大会迄に少しでも人前に出ておきたいの」
「面白そうね」
三城先輩が不敵に笑う。あれ、以外と熱血タイプ?そんな三城先輩を、隣でニコニコ笑いながら見ていた清水先輩が言った。
「いいんじゃない?九月の県大会に向けて、いい予行練習になると思うよ。でも頭痛いなぁ、踊りも、お囃子も未だ未だだし、衣装だって揃えなければ……」
「だよねー。衣装大事だよねぇ」三城先輩が強く首肯ずいている。
「その事なんですが……」
スッと手を挙げ羽島みのりが提案する。
「衣装の方は安心してください。今年、南新田町の衣装を一新したので、以前使っていた衣装を引き取っているんです」
「みのりの実家は祭り用品の専門店もやってるんだよ。呉服屋が経営している強みもあって、古着の衣装のリメイクもやってるの。ほぼ新品同様になるんだから!」
「ですから、任せてください。お好きなデザインで仕立てられます。今なら‼️御安くしますよ」
胸を張って羽島さんが名乗り出ると、飾西さんが更に興奮して語り出した。どうやら彼女の”ツボ”らしい。それに乗じて羽島さんも商売人の顔が…… 実は結構商売上手?
「あと、楽器類も御朱印祭り迄には揃えられると思うから。ぶっつけ本番になるのは申し訳ないけど……」
「そんなこと無いよ、羽島さん。学校の予算を考えて安く仕入れてくれているんだもん。凄く助かってるんだから、頭を上げてよ」
灯里が羽島さんと手を取り合っている。駆け出しの部活動には、雀の涙程しか予算は与えられない。困っていた皆を見て、羽島さんのお父さんが協力を申し出てくれた。
「じゃあ、土曜日の御印祭まで気合い入れて練習すっぞ!」
俺も、皆の勢いに乗せられてテンション上がってきた。どれだけやれるか解らないけれど、アクションを起こさなければ何も変わらないよね。
城華高校郷土芸能部(仮)は、努力と時間は裏切らない!そんな根拠の無い自信に満たされて最高潮に盛り上がっていた。