第十二回 新入部員説明会
井田川高校での一件から数日が経った。その後は特に大きなトラブルに発展する訳でもなく、井田川側も概ね好意的に思っていてくれているそうで、みんなで安堵の息を漏らした。進むべきビジョンも朧げながら見えてきて、郷土芸能部は部員募集の案内を出しつつ、落ち着かない日々を過ごしていた。
「うぅヴヴぐぐがるうう○△◇✕☆……」
志穂が机に突っ伏して、なにやら唸っている。
「おはよう、何なんだ?あの猛犬は?」
「おう、悠一。登校中からあんな感じだ」
「随分とやさぐれているじゃないか。大輝、あれは近付いても大丈夫なのか?」
「……多分ほっといた方が良いと思うぞ」
見学会が終わってからというもの、志穂はすこぶる機嫌が悪い。黒姫さんとのトラブルも、売り言葉に買い言葉だった理由だしそろそろ機嫌を直して欲しい。
「なあ、志穂……そういえば、お前確か環水公園のシュラバ行きたいって言ってたよな?俺の事で黒姫さんとトラブった埋め合わせするよ」
「……スコーン」
「えっ?」
「スコーンチョコとシフォンロールで勘弁してやる」
「ふ……二つも食べる気かよ」
「はぁ?!ショコラグランデも追加するわよ!」
「わかったから、ごめん、ごめん。奢るよ、奢らせてください」
「解ればよろしい」
不機嫌な顔から、コロッと得意気な表情になった志穂は、今までの事が嘘だったかの様に笑顔を見せた。
(喜んでくれるのなら、まあ……いっか)
「ところで悠一、今日の新入部員説明会どんな感じなん? 」
「ん? まあ新歓の時期を逃した割には、良く集まったんじゃないかな」
「大輝君、関部長、私の方でも三人紹介してあげますよぉ」
「え、ほんと!助かるなぁ。さすが灯里さま!! 」
「灯里、どんな人達なのかな?うちのクラスではないのだろう?」
「ふふぅ、まだ秘密でーす。でもヒントをあげましょう。わたしたは会ったことがあります」
「むむっ!有力な情報のようで、全くヒントになってない!」
アンタッチャブルな志穂に、何処までも我が道を往く隆、今日も”ほわっほわ”な灯里。そして皆んなを何とかまとめようとする悠一を見て(嗚呼、なんかこういうの久しぶりだな)と思った。なんだかんだで朝の一時は過ぎ、いつもと変わらない授業風景が広がる。俺は放課後の説明会にどんな人が来てくれるのか、気になって仕方が無かった。
放課後の郷土芸能部(同好会)の部室。俺は落ち着かない手を持て余し、ソワソワしていた。うん、かなりソワソワ。
「何ソワソワしとるがけ!少しちんとしとられま!」
「お前な、富山弁だからって何使っても許されると思うなよ!」
「こんのだらぶちがっ!富山のもんが富山弁使って何が悪いが! ちよっと、そこにおちんちんかいとかれ!」
「ふぁあ!そんな言葉使ってる奴初めて会ったぞ」
「なら覚えとかれま!何時も会話がだんこちんこしとるやがいね。ちゃんとしられま」
「お前に言われたくないわ!何だよ、その熱い”ちんこ”推しは!わざと使ってるだろ」
(ああ、いくら方言とはいえど、隆からゲスなオーラが漂ってるのは気のせいでは無いよな。お前、女子がドン引きしてるの気づいてないだろ。なんか俺まで巻き添えくらいそうだ)
「成敗!」
「ごふっ!!」
そんな”ちんこ教”に入信した信者には、志穂からの鉄拳制裁で昇天…… いや、アレは地獄に落ちた類だと思う。骸になった。
部室の空気が最高に気まづい感じになって、これどうするんだよ的なタイミングで、新入部員の人達が入ってきた。俺だったらこんな雰囲気の部活、不審がって逃げちゃうね。速攻で入部取り下げちゃうかも。”ちんこ廃部”…… なんとしても避けたい!
「し、失礼しまーす」
入って来たのは大人しそうなセミショートの女の子だった。キョドキョドして落ち着きがない。思いっきり警戒されてる…… ごめんなさい、変な空気で。
『ようこそ、郷土芸能部へ。じゃあ好きな所に座って下さい』
悠一と灯里の誘導で、新入部員が席に着いていく。パイプ椅子を並べた部室内がどんどん賑やかになっていった。知った顔もちらほら来てくれて期待で胸がふくらんだ。
『皆さん、我が郷土芸能部に入部してくれてありがとうございます。部長の関 悠一です。』
悠一が部長として、簡単な挨拶と創部のいきさつ、目標など必要な情報を説明している。勿論、小寺澤 麗奈に対してリベンジする為に立ち上げたなどとは言えないので、そこらへんは上手く濁した。まあ今はそれだけじゃなくて、”フェスティバル”への出場が俺や悠一達の目標になって来ているのだ。
『じゃあ皆さん、自己紹介をしていきましょう。私は副部長をしてます一年A組朝比奈 灯里です』
灯里に続いて部長の悠一、俺の後に志穂、隆と紹介が進んでいき、新入部員達の番となった。俺は書記を買って出て議事録の様な物でも書き留める事にする。最初に入って来た女の子から始まるようだ。
「一年C組の種田 真由美です。踊り手希望です。よろしくお願いします」
(C組といえば、隆と同じか)
――城華高校は特に進学校という訳ではないが、A組とB組が進学コース、C組とD組がその他のコースに分かれている。これは成績等ではなく、入学時に希望を受けて分けているそうだ。
「同じく一年C組の羽島みのりです」
「同じクラスの飾西 燕だよ」
「蓮華寺 菫でっす!ここに来たら天下が取れるんだって?踊り子王にオレは成る!!」
「ちょっと、すみれちゃん!変な事言わないの!……すいません、私達も踊り手希望です」
(はい、バカ枠一人確定……っと。ある意味間違ってはいないが…… どうせ蓮華寺を焚き付けたのは志穂だろう。羽島は三人のまとめ役なのか。飾西はマスコットだな。踊り子王って何だよ?)
「一年B組、野方 豪、地方が良いです」
(やたら香水の匂いしてますけどぉ。パーマがカチッときまって怖そうだな、おい。GUCCIの財布パンパンだよ。FENDIのマフラー巻いてるし……バブリーかっ!)
「チョリーッス!一年の府川 学でっす。マジ、パーリーな部活したいんでよろ〜。あ、D組っす!マジ卍」
(チャラいの来たなぁ。もう疲れた。ドロンしていいですか?)
「二年D組の井手内 健一郎じゃ。踊りをやりたいんで、頼むわ、ワレ」
(背が高いなぁ!何処の方言?滅茶苦茶怖いんですけど、先輩!)
少し不安な気持ちになる大輝達。しかし気持ちを入れ替えて進めていかなくてはならない。
「こんにちは〜。二年A組の清水 茉莉花です。よろしくね。あ、みんな!井手内君は、見た目怖いけど優しいお兄さんだからねぇー」
「おう、ワレ!見た目怖いは余計じゃ!ワレ!」
(おおっ!こんな綺麗なお姉さんが毒吐いてる。でも良い人そうだな、二年生の顔役ってところか)
「なによぅ〜、超〜怖いんですけど……コホン!、私の名前は三城 花梨よ。二年B組で学級委員長をやってるわ。私の事は”花梨さん”てお呼びなさい」
「ミッキー」
「う!……うるさい!井手内、覚えてなさいよ。あ、あんた達!”ミッキー”なんて呼んだら許さないんだからねっ!」
(つ……ツインテでツンデレだとっ!しかも華奢な体型で結構カワイイときた。どんだけ設定盛るつもりだ。でもこれは……使える!)
これは思わぬ収穫だ。自然と笑がこぼれる。残りはあと二人、地方希望だと聞いている。
「いっ……一年びぃ…………Bくみの……白鳥 美羽…………です。……」
「大輝くん、美羽ちゃんはかなりの人見知りなの。だけどね、胡弓の演奏が凄く上手なんだよ」
灯里が必死でフォローしている。前髪でほとんど顔が隠れてて、表情をうかがい知る事は出来ないが、ちらっと見えた耳先まで真っ赤だったので本当なのだろう。真面目そうで期待出来る。
(さて、最後は……ん?、締太鼓なんて準備して演奏しようってのか?いいねぇ、即戦力は大歓迎だよ)
「一年D組、マッド・スミスだ。聴いてくれ……」
「えっ?外国人?滅茶苦茶ゴリゴリしてるけど」
「大輝君、人を見た目で判断しちゃ駄目だよぅ。きっとハーフかクォーターさんなんだよ」
「語るのではなく、演奏を聴いて判断しろって事だね。面白いじゃないか」
オーディエンスの興奮がどんどん高まっていく。締太鼓をこんなにも格好良くセッティングしている人を見た事が有るだろうか?これはかなりの腕だと悠一が唸る。そんな地方が我が部に入ってくれるのか。しかも国際化をちゃっかり果たしている。
マッドが姿勢を正し、大きく息を吐いた……
「聴いてくれ、”Kokkiriko”BUSHI!」
(おお、なんかロックぽいな。しかし奏でる音色は伝統的なこっきりこ節を踏襲し、静と動を表現した格式高い演奏に違いな……)
{タンタタ、タンタタ}
妙に軽やかな太鼓……
《コッキリコッノゥー》
――魂を込めた太鼓サウンドが炸裂する
「なっ?!」『はぁ?』
――すっと目を閉じたマッドが力の限りシャウトした
《オタケワァー》
「ちょ……」『ザワザワ……』
――マッドの心の声(愛してるぜベイベ達!)
《サンシャクウ!ゴ・ス・ンー!》
「ちょっと待てーい!」『ストーップ!!』
余りの演奏のぶっ飛びぶりに、マッドを除いたその場の全員がツッコミを入れた。多分、全米も入れた。
強制的に止められたマッドは不機嫌そうな顔で、こちらの反応を眺めている。
「おい!なんでハイテンポのエイトビート刻んでやがる?」
周りからの当然の指摘に、表情を和らげたマッドが得意気に答える。
「だからロッケンロゥールゥだろ!ヒャッハー!」
会場が一体となった。
『うわぁー…… なんか変なのキター!』