第十一回 私、黒姫 晃っていいます
あれから数日が経ち……
あの日起きた富山駅での拉致未遂事件は、その日の県内ニュースを飾るには充分過ぎた。高校生が犯人を取り押さえ、女子高生を救ったという漫画みたいな事件をマスコミは放って置くはずが無い。学校名と名前は伏せておいてもらったのに、学校までマスコミが取材に来た。怖っ!
結局、志穂の叔父さんや両親、学校側とも話し合って、マスコミには”県内の高校生”迄でお茶を濁して貰うことにした。叔父さん曰く『犯人の仲間からの報復に備えて』だそうだ。確かにテレビは善良の市民ばかりが観ているとは限らない、名前を出すメリットとそれに伴うリスクを天秤にかけたのだ。これには地元のマスコミも渋々理解してもらえた。全国ニュースにまで発展したが主に犯人像に焦点を当てる事で落ち着いたらしい。
――因みに富山中央署から感謝状が出るそうなので、志穂の叔父さんが話をつけてくれた。後日非公開で両親と感謝状を貰って来る予定だ。
学校でも当然その話題で持ち切りだったが、先生方や悠一達の計らいもあり何とか沈静化に漕ぎ着けることが出来た。そんな騒ぎも落ち着いた感のある土曜日、改めて井田川高校からのお誘いを受け見学会に向かう事にする。
(今度は全員揃って移動しました)
井田川高校に到着すると、男女二人組の生徒が駆け寄って来てくれた。あの女子高生と同じ制服だったので、あの娘は井田川の生徒だったのかと知った。
「城華高校の皆さん、ようこそ井田川へ。郷土芸能部部長の東雲 美咲、二年です」
「僕は地方班班長をしている諏訪 奏、同じく二年です。よろしく」
「本日は再度のお招きありがとうございます。しっかりと勉強させていただきます」
井田川の部長さん達と悠一が挨拶を交わしている。そこに安藤先生も加わって見学が始まった。
「愛ちゃんいらっしゃい」
「洋美、先週はごめんね。色々と……」
「気にしないでいいよ。電話で何度も言ったじゃない。それにうちの方も色々とあったから」
廊下を歩いていると、前から一人の女性が声をかけてきた。
「あちらはうちの部の顧問をされてる中上先生です」
当事者としては耳が痛く肩身の狭い思いだ。せっかくだから開いてもらった見学会に集中しようと思う。
練習場は流石、井田川だけあって綺麗な和室の大広間が与えられている。聞けば校内一の活動費が支給され、部のOBやOGの協力、それと支援してくれる企業もあるそうで資金は潤沢らしい。ウラヤマー!
部室にも案内してもらうと、これから練習が始まるので部員が鮨詰め状態でびっくりした。
「部員の方はどれ位居るんですか?」
「うちは踊り手が三十二人、地方が十五人、サポート班が五人の合計五十二人です」
「おおー、うちの十倍やがいね」
部員数に圧倒されていると、間も無く練習が始まった。基礎体力トレーニングにも、余りの厳しさに言葉を失う。
「文化部の体育会系と言われるだけのことはあるでしょ。もうドン引きだよね」
地方班の諏訪さんが笑っている。そんな彼でさえ、笑いながら腕立て伏せやってるんですけど。
(マジで此処とも競うんだよな……勝てるのか?俺達)
散々ポテンシャルを見せ付けられた挙句、極めつけは全体練習だった。越中緒花節 の完成度の高さに舌を巻き、地方のお囃子に圧倒されてしまった
「洋美、今日は本当にありがとう。とても参考になったわ」
「どういたしまして。城華に郷土芸能部が出来るんだもん。OGとして協力するのも当然よ。それに……」
「それに?」
「ライバルは多い方が燃えるじゃない!」
「むむっ!勝者の余裕か。その思い上がった天狗の鼻、へし折ってくれるわ!」
「きゃあ♪逃げなきゃ」
「待ちなさい洋美!あ、みんな自由にしてて良いよ。十分くらい中上先生と話して来るわ」
適当な指示を残して、安藤先生と中上先生は部室を出ていった。
(因縁の相手という割には凄く仲が良さそうだ)
呆気にとられていた両校の部員達も、少しづつ言葉を交わす様になり、時間が経つにつれて打ち解けてきた。悠一は熱心に井田川の部員達に質問を投げ掛けている。必要な情報はしっかりと押さえておく、その姿勢が悠一の良いところだ。だから安心して部長を任せられると思ったんだ。灯里の周りには井田川の男子勢が群がっており、横で志穂がバッサバッサと斬っている。
「ハイハイ、悪い虫は近寄らないでくださーい」
(志穂はホント、容赦ないな。相手が気の毒だ)
隆も井田川の男子生徒と楽しそうに話してる。身振り手振りから察するに、剣道の関係者なのだろう。
僅かな時が流れただろうか。そんな皆の様子を眺めていると部室の外が騒がしい。何だ何だと注目を一身に浴びて、一人の女生徒が駆け込んでくるではないか。
「みんな、遅くなって済まない。思ってたより生徒会が長引いてしまった」
『黒姫ちゃん遅いよ!ああ、城華の皆さん紹介しますね。我が部の副部長の黒姫です。当校の生徒会長でもあります』
「遅くなって申し訳ありません。副部長の黒姫 晃です。我が部も至らぬ点が多く参考にな……」
お辞儀を返した彼女と眼が合う。その刹那、「あっ!」とお互いに声をあげ、彼女が俺の前まで駆け寄って来た。
「ねえ、キミ……私の事憶えてるかな?」
忘れる訳が無い。先日、富山駅の北口近くで助けたのだから。顔はよく覚えて無かったが、長い黒髪が印象に残っている。
「私、黒姫 晃っていいます。この前は助けてくれてありがとう!」
『えぇっ、じゃあこの方が晃様を助けてくれた王子様ですか』
『きゃああああ!運命の人ですよ、晃さん!』
『すごい、すごい』
井田川の女の子達が黒姫 晃を取り囲み黄色い声をあげている。よく見れば綺麗な顔立ちの彼女が、こちらを見てハニカミながら微笑んでいた。
(うわっ……めっちゃカワイイんですけど……)
美人が照れ笑いするギャップに、思わず見とれていた。”華がある”と言う表現は、この人の為にあるのかも知れない。思わずニヤけてしまうのも致し方ない事だ!男子ならば誰もが同じ反応をするだろう。美人なのに子供っぽい表情をする方が悪いのだ!俺は悪くない、悪くな〜……
「痛でぇ!!」
激しい激痛が左足の甲を襲った。志穂の右足が思いっきり踏みつけている。
「……バーカ!」
そう小声で呟くと、痛みでしゃがみ込んでいる俺を横目に志穂は黒姫 晃へと視線を向けた。
「うちの馬鹿が御騒がせして御免なさい。例の件は人として当然の行為ですから、お気になさらずに!」
「いえいえ、大輝さんは命の恩人です。あのまま拉致されていたらと思うと涙が出ます」
「あのー?えっと……大輝さんって?何時からそんな間柄になったのかしら?」
「何も不思議なことはないだろう?私は敬意と最大限の親しみを持って大輝さんと呼んでいるのだ」
「だ〜か〜らぁ、そこが解らないの!名字で呼べばいいじゃん!長月って!」
「君には関係ないだろう?はっ?もっ……もしかして君達付き合っているのか?」
(!!?)「ちっ……違うわよ……」
いきなりだったのでびっくりした。何でそんな話になるのか理解に苦しむし、志穂も声が冷たい。(本気で嫌がっているのか?ちょっとショック)さり気なく傷付く俺。
「なら何と呼ぼうと君には関係無いな。あと、君は一年生だろう?二年生の私は少しぐらい敬われても……」
「辞退申し上げマス!一年早く生まれたからって敬えと言われても無理なものは無理!」
「ほう……。大輝さん、貴方も苦労しますね。こんな無作法者が身近に居られてお気の毒です」
「い……いや、別にそんなんでも……」
言葉に詰まった。いきなりで驚いたから。それだけ……でも、志穂のスイッチが入るには充分だったようだ。
「なにおぅー!ちょっと話しようか、先輩!」
「ふっ、いいだろう。私も君には一言、言いたい事が……」
『まあまあ、晃さん。ここは穏便に』
「志穂ちゃん駄目だよぅ。落ち着いて話そうよ」
二人の間に両校の部員が割って入り、二人を引き離そうとする。いきなり始まったキャットファイトに男子勢は困惑気味だ。お互い苦笑いをしながら相手校に気を使っている。何でこうなった?
「コラァ、何熱くなってるの貴方達」
「黒姫さん、貴方もらしくないわね!」
騒ぎを聞きつけたのか、先生達が部室に戻って来た。周りの生徒から事情を聞いて、半ば呆れ気味の先生方をよそに見学会はお開きになった。
”雨降って地固まる”とはよく言ったもの。いつの間にか両校の部員はお互いに
「申し訳ない。こちらの事は気にしないで下さい」
『そんな、気にしてませんから。そちらも気を落とさずに』
などなど、相手を気遣える程にしっかりと交流を深めていた。
二人を除いてだが。