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第1話 パラレルワールドへようこそ

 どうしてこんなんなるかな。パパはうちのこと自由にさせてくれるて言うてたのに。うちには荷が重すぎるんよ。ヒデヤにいもヒデヤにいやわ。もっとしっかりしてくれんと。


 ──パープルワールド


 リホは初めて入った居酒屋のカウンターで、一人焼酎の水割りを飲んでいた。ここならきっと誰にも見つからない。ここはシンジュクカブキ町の地下にある居酒屋。リホの友人はこういうところには来ない。もっとオシャレで華やかな店で飲むのだ。今日は誰にも会いたくないし、この辺にいるサラリーマンのオヤジたちのように、ぐだぐだとクダを巻いて飲んでみたかった。それにはいつものワインとかクラフトビールとかじゃなく、焼酎の水割りが似合うと思ったのだ。


 何か食べたいんやけど、アヒージョとか、パテとか、カルパッチョとか、そういうのは無いんかな。塩辛とかカラスミって聞いたことあるけど食べたこと無いし。串焼きってなんやろ。何の串焼きなんやろ。

「すみません、あの、この串焼きの盛り合わせってどんなんですか?」

 カウンター越しに、料理をしている白い割烹着に白い和帽子をかぶっている店員に話しかけた。

「この店の一押しでっせ。豚に鶏に野菜に、それはそれは盛りだくさんでさあ。そうそう、お隣のお兄さんが食べてるのがそうでさあ」


 リホが横をみると、三十歳くらいの髪の長いイケメンが、大きな肉の塊に食らいついているところだった。イケメンは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になってリホに応えた。


「これ、いけるよ。絶対頼んだ方がいい」

 イケメンは、口の中の塊を飲み込むと、その塊が一つ消えて二つの塊が付いている串をリホに力強く見せた。

「そうですか? ほな、それくださいな」

 カウンターの中でリホの反応を伺っていた店員は、それ正解、という顔をして「あいよ」とリホに返した。

 イケメンはリホの反応の良さに感心した。

「お嬢さん、最初から焼酎なの? 串焼きならビールの方が絶対いいぜ」

 イケメンはリホのグラスを見て、もったいない、というように助言した。

「お嬢さんはやめて」

 リホは笑顔を急に険しくして、眉間にしわをよせて強い口調で返してきた。

「でも確かに、ビールの方が合いそうやわ」

「そうだろ。お嬢さ……じゃなくて」

「リホでいいわよ」


 いきなり知らない男に自分の名前を明かすなんて、よっぽど自分に自信があるのか、それとも世間知らずの ”お嬢さん” なのか、なんにせよ面白い子だと思った。


「じゃあ、リホちゃんで。店長、リホちゃんにビールね。生でね」

 イケメンが叫ぶと、さっきの料理人が「あいよ」と勢いよく応えた。

「へえ。あの人が店長さんなんや。あなた、詳しいんやね」

「そ。常連だからね。ってか、リホちゃん、いくつ? 随分フレンドリーだよね」

「何? 歳気にするの? 小っさい男やわー」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。二十四、五くらいかな? おっと、来た来た。じゃあ、かんぱーい」

 そう言うと、イケメンは勝手にリホのジョッキと自分ジョッキをカチンと当てて、残っていたビールを飲み干した。そして「店長、生お替り。それと獅子唐とミニトマトね」と言ってジョッキをカウンターに置いた。


「あの」

「ん? 何?」

「歳聞いといて、確認せえへんの?」

「ん? ああ、そっか。いくつなの? 二十九くらいかな?」

「二十四です!なんで上がってるん?」

「ほら、当たりじゃん。俺、結構そういうの当たるんだよね」

「もう! で、お名前は!?」

「ん?」

「ん? じゃなくて。わたしだけ名前言うてんの不公平やわ。教えて」

「あ、そう。そうね。俺は……」

 イケメンは、右手の人差し指を上に向け天井を見ながら考えていた。そして、その指をリホに向けドヤ顔をしてこう言った。

「ジョー」

 リホはあっけに取られた。いくらイケメンと言っても、もろ日本人の顔だ。それでジョーってのは無いだろう。

「ジョー? ジョウイチロウとか、ジョウタロウとか?」

「いや、ジョーだ。J・O・E、ジョー。君がアンだったら良かったのにな」

「何それ?」

「オードリーでもいいんだがな」

「何言ってるん? よく分からへんわ」

 イケメン:ジョーは、そりゃ残念、という顔をした。


「ところで。何か悩んでるみたいだけど」

 ジョーは突然真面目な顔をして、リホの顔を覗き込んだ。

「な、何よ。大きなお世話やわ」

「んー、そうだな。人間関係だな」

「なんで分かるん? 占い師やの?」

「俺、結構そういうの当たるんだよね。で? どんな悩み?」


 リホはどうせ話しても解決しないと思いながら、年齢と悩みを当てたこの男がちょっと面白くなってきて、話してみることにした。


「パパが……父がね、家を継げって言うの。本当は兄が継ぐはずだったんやけど、”あいつはダメだ。お前が継げ” って」


 どうせ ”大変だね” って同情されるか、興味本位に ”それってどういうこと?” って聞かれるかのどっちかに決まってる。さあ、この男はどっちで答えるの?


 ジョーは、ちょっと考えて、思いがけない言葉を口にした。

「じゃあ、継がなくていい世界に行ってみる?」

 ちょっと待って。何の話?

 ジョーはにこやかに、 ”どう?” という顔をしている。

「あれ? お気に召さないかな?」

「お気に召すとかそういうことじゃなくて、何の話してるんか分からんわ。……継がなくていい?」

「そうだよ。継がなくていい。例えば、そうだな……いや実際やってみようか。その方が理解できるだろ」

「だから、何の話?」

「こういう話」

 ジョーは、左手をリホの肩に置き、しばらく目をつぶって、右手の指をパチンと鳴らした。ヒュンと風が吹いた。


 ジョーはニヤッと笑って立ち上がった。

「マスター、お勘定」

 カウンターの中で、白いYシャツに黒いベストのロマンスグレーが頷いた。

 あれ? 何か違うような……

「行くよ、リホちゃん」

「え? あ、ちょっと」

 リホは慌ててジョーの後を追って店を出た。─Bar Anker─、そう書かれた木彫りの看板がかかっていた。こんな名前の店だっただろうか。

「さあ、これで君は家を継がなくても良くなったわけだ。しばらくこの状態で暮らしてみる?」

「あの、何を言ってるか分からんのやけど」

 リホはジョーに怒りの目を向けた。指を鳴らして店を出たら、家を継がなくて良くなった? それってなんやの?

「試しにお父さんに電話かけてごらん。家を継がなくてもいいんですか? ってね」

「そんなん、怖くて聞かれへんわ」

 と言いながら、リホは試してみようと思った。何だかよく分からないが、何か変だと感じていた。リホはスマホを取り出し、父親に電話を掛けた。


「あ、パパ。リホやけど……うん……あの、家を継ぐ話なんやけど」

『は? 何の話しとるんや』

「え?」

 ジョーを見ると、ドヤ顔をしてこっちをニヤニヤ見ている。

「いや、昨日、ヒデヤにいじゃなくてあたしに継がせるて、言うたやろ」

『何寝ぼけとるんや。そもそも家を継ぐも何もあらへんやろ。お父ちゃんサラリーマンやし、なんか継がせるもんあったか?』

「ええ??パパ、いつからサラリーマンになってん?えええ???」

『その ”パパ” ってのもなんやねん。気色悪いな。ちゃんと ”お父ちゃん” って呼びや』

「ええええ???? お父……いやいや……また掛けるわ」

 リホは電話を切った。

「何これ……なに?」

「だから、家を継がなくて良くなったんだって」

「どういうこと?」


「簡単に言えば、別の世界に翔んだってことだ。ここはさっきまで君がいた世界とは別の世界なんだよ」

「何言うてんの?」

「俺はこういう仕事をしているんだ」

 ジョーは胸ポケットから名刺を取り出した。そこには ”パラレルトラベル・エージェンシー” と書かれていた。


「ようこそパラレルワールドへ」

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