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第8話 動き出した運命の歯車

第4話です。

ここから物語が一気に動きます

出会いが突然であれば、別れも突然である。

その事件は唐突に起きたのだ。


「な、なんだこれ……!?」


午前の授業が終わり、少し教室の外に出て、午後の授業のために戻ってきた俺と明美を待ち受けていたのは異様な光景だった。

琥珀と堅土を除く、クラスの全員が一様に眠って倒れていた。


しまった―――!!


そして、俺は原因に気づく。


「口を閉じろ明美!!」

「う、うん!!」


俺は明美にそう言って口元を押さえさせ、俺自身も手で口を押さえる。

原因はクラスに充満した匂いを嗅いだ瞬間、なんなのかわかった。

すると、後ろから琥珀と堅土がやってきた。


「「な、なんだこれは…… !!」」


そう言って琥珀と堅土は青ざめていた。

俺は咄嗟に琥珀の口を片手で押さえて、堅土も気がついたようで、口を押さえる。


「ん、んー!!?」


突然の行動に悶える琥珀。

しかしすぐに理由を察した琥珀は、俺の手を跳ね除けて自分で口を押さえる。

俺はそのまま教室の窓を開けて新鮮な空気を教室内に取り込み、換気をする。


「よし、これで大丈夫だ。手を離して良いぞ明美、琥珀、堅土」


クラスメイトの皆が倒れていた理由。それは教室内に充満した催眠ガスのせいだった。

そうして安全を確保した後、俺の耳に背後からドサッと、誰かが倒れる音が聞こえてきた。

慌てて俺は後ろを振り向くとそこには、倒れた琥珀の姿と、口元を押さえ明美を拘束している堅土の姿があった。


「んー!?んんー!!!」


必死に声を出そうと抵抗する明美。


「おい……?何してるんだよ堅土……?」


しかし、悲しげな表情をして、堅土は何も答えない。

二人の間に訪れる沈黙。睨み合い。

先に口を開いたのは俺だった。


「明美を離せ。でなきゃ殴ってでも取り返す」


静かに、しかし冷酷に俺は堅土に対して怒っていた。

そして、堅土は一言だけ発する。


「済まないな。赦してくれとは言わない。でも、お前を傷つけたくはないんだ」


そして、堅土は俺の方に明美を抑えてる手とは逆の手を向けると。


拘束重力バインドグラビティ


「―――がっ…………っ!!!」


突如、俺は教室の床に身体ごと床に引き寄せられる様に押さえつけられた。

拘束重力―――バインドグラビティ。

一時的に術者の指定した範囲内に、強烈な重力場を発生させその範囲内にいるもの全ての行動を封じる魔法である。

だが驚くべき所はそこでは無い。


「おま…え、何故Bランクの魔法を……!!」


そう。この魔法はBランク。殺傷性がないが、術者に相当な負担を強いると言う、その魔法の特異さによりBとなっているのだ。そしてBランクの魔法は、Cランクの魔法しか使えない俺達生徒には、本来扱えない筈の魔法である。

明美は堅土に催眠スプレーをかけられた後、眠りについてしまった。

その後一言だけ、堅土は俺に警告をした。


「アルテミスを返して欲しければ、ここに書いてある研究所に来い。……命の保証はしないけどな」

「なん……でお前がその名前を…………」


冷徹にただ一言、そう言って、俺のズボンのポケットに紙をしまい込む。

すると堅土は俺にもスプレーをかけた後、再び教室の外に出ていってしまった。


「あ、明美……」


薄れゆく意識の中、俺は明美の無事だけを祈っていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※


目が覚めるとそこには、心配に染まった琥珀の顔があった。


「み、みちる!良かったぁ、目を覚ましてくれて……先生!みちるが目を覚ましました!」


未だに冴えない重い頭を俺は上げる。

どうやら、ここは教室のようだった。どれくらい気絶していたのだろうか。

奥から琥珀に呼ばれた紫先生がやって来て、俺に質問をしてくる。


「視界は良好、特に後遺症等も見受けられない。気分の方どうだ、みちる君?」

「そんなもの最悪ですよ。最悪に決まってるじゃ無いですか」


怒りを孕んだ声で俺は半場、先生に八つ当たりするように話す。


「だろうな…だが、それだけ話せるなら大丈夫そうだな。堅土君と明美君が見当たらないが、どこに行ったかわかるか?」


極めて冷静に、底冷えする程冷徹に、紫先生は俺に質問してきた。


「……堅土は明美を連れて、研究所と言う場所に行きました」


沈鬱な感情を引きずったまま、俺は紫先生に答える。


「―――やはりか」


しかし紫先生は驚くどころか一人納得した様子で。


「やはり……ってどういう意味ですか先生」

「そうです先生。先生は堅土の何を知っているんですか?」


俺と琥珀は紫先生に問い詰めるように話を聞く。


「何を知っているか、か。構わん教えてやる。彼は有名な犯罪集団の一つである『神王教団しんおうきょうだん』の構成員だ」

「「なんだって!?」」


俺と琥珀の顔は驚愕に染まる。


神王教団―――魔法は神が与えたと諭し、魔法を異常な程に神聖視している連中である。新しい魔法の開発や、その為の資材集め、新種の実験結果の為ならば、人であろうと殺戮し道具として扱う、非道で外道な国家犯罪集団。


先生は今、堅土はその外道な犯罪集団の一員だと言ったのだ。


「先生、それはなにかの間違いです!あいつは人殺し何てできるような人間じゃないです!!」

「そうですよ!先生だって堅土が超がつくほど優しい性格だって知っている筈でしょう!?」


俺と琥珀は先生に怒鳴り散らす。それ程までに今の話は信じられなかった。

すると先生は、胸元から一つの赤と黒色の混ざった手帳を取り出した。

俺はその手帳を見た瞬間絶句した。

琥珀はその手帳が何なのか首を傾げているが、俺はその手帳をよく知っていたからである。


「どうして、先生が親父と同じ、軍人しか持っていない筈の、その手帳を持っているんですか……?」

「それは私が、君のお父さんにこの学校へと送り込まれた諜報員だからだ」

「諜報……員……。ってことは先生が協力者……?」

「そうなるな。ちなみに情報の裏付けは既に取れている」

「なんだみちる、それに紫先生。一体なんの話をしているんだ」


琥珀は話についていけず、置いてけぼりをくらっているが、俺は信じられなかった。信じたくなかった。

先生が親父と同じ人を殺す側である軍人で、何より親友は異常な国家犯罪集団の一員だったなんて。


「それで、君はどうする?この紙に記載された所へ行かないのか?」

「……え?」


茫然自失としている俺の目の前には、さっき堅土が俺のポケットに忍ばせた紙があった。

どうやら、今のやりとりの中、いつの間にか盗られていたらしい。


「恐らくここに記載されているのは敵の本拠地だ。神王教団のメンバーである堅土君自身が忍ばせたなら、彼はまだ思想に染まりきっていない。明美君もまだあの異常者の集団から、救い出せる可能性はある。……死ぬ覚悟があるなら、ついて来るか?」


先生は俺に問いかける。

―――命を賭して、親友を、愛する人を助けだす気はあるのかと。

答えは考えなくても決まっていた。


「行きます。あの堅土バカに、どうしてこんなことをしでかしたのか、一発ぶん殴って問いたださなきゃ腹の虫が収まらない」


「それに、10年ぶりにやっと、明美に逢えたんだ。これから訪れる筈の楽しい毎日を、あんな外道な野郎共に邪魔されてたまるものか」


俺の覚悟を聞いた紫先生はにやりと笑って。


「よく言った。では行くか」


紫先生はそう言って、俺は決意を胸に立ち上がるが、立ち上がると同時に服を掴まれる感触に襲われる。


「待って!良くわからないけど琥珀もついて行く」

「良いのか?下手をしなくても、死ぬかもしれないんだぞ?」


脅すように、俺は琥珀に訪ねる。

実際問題ここから先は命を奪い、奪われる戦場なのだ。俺のように親が軍人で常日頃から覚悟している者が着いてくるならいざ知らず、平和な日常を謳歌している琥珀のような覚悟の無いものが来るべき世界じゃない。

しかしそんな考えの俺に対して、琥珀はびっくりするほどの凄い剣幕で怒鳴り出す。


「待っているだけだなんて嫌だ。自分が弱いせいで大切な人が死んで、後悔するだけは絶対にしたくない!!」


言っていた琥珀の身体は震えていたが、琥珀の意思と瞳が、断固として後悔だけはしたくないと拒絶していた。

それはまるで、願いにも似た心から叫びだった。


「だから先生、私も行かせて下さい!私は大丈夫です!少なくともみちるよりは、役にたちますから!」


先生は少しばかり迷ったように逡巡して。


「いいだろう。人手は多い方がいい。但しヤバくなったら即撤退しろ。死んでは隣にいる奴が悲しむからな」


琥珀はそう言われて、俺の方を見る。

今にも泣きそうだが、強い意思を秘めた琥珀の瞳に、俺は吸い込まれるように見つめられた。


「いいんだな琥珀。俺は守ってやれないぞ」

「何馬鹿なこと言ってるんだみちる。守るのは私の役目だろう」

「ははっ、確かに。情けないな俺……」

「いつもの事だろう。前の実技のときみたく、嫌な事から逃げ出そうとしないだけ、琥珀は偉いと思うぞ」


琥珀はそう言って、俺の手を握ってくる。

琥珀の握ってくれた手から伝わってくるその暖かさが、俺の心を落ち着かせてくれるのがわかる。

こんな非常事態なのに、変わらない琥珀とのやりとりに笑ってしまいそうだった。

そんな俺たちを見て、紫先生は宣言する。


「よし。それではこれより明美君の奪還作戦を開始する!!」


※ ※ ※ ※ ※


十字架の形をした拘束具に俺は明美をはりつけにする。


―――何をしているだろうかと俺は思った。


アルテミスを連れ去った目的は、ひとえに家族の為だ。

そうしなければ、たった一人の家族である妹が死んでしまうから。

俺が契約を守る限り、神王教団(こいつら)の魔の手は妹には及ばない。

明日も病院に行けば、大事な妹の顔はみれる。それだけで今の俺には充分、戦う理由になる。


俺はその為だけに、生きている。

俺はその為だけに、親友を裏切ったのだ。


「くぅっ……!」


不意にはりつけにされた明美―――いや、アルテミスから苦悶の声が上がる。


「やっぱりアンタ、何処かで見たことあると思ったらコイツらの仲間だったのね…!」

「ああそうだ。本当に良かったよ。研究対象が無事に戻ってきてくれて」


嘘だ。この研究所からアルテミスを脱走させたのは、俺が手引きしたのだ。でなければこの研究所から逃げ出すなんてことは、アルテミスが自力で脱出したという十年前ならいざ知らず、今では到底不可能だ。


―――俺は昔のまだ入りたての頃のことを思い出す。


新種の魔法実験の結果で、動物を扱うモルモットの実験までは良かった。まだ動物をモノとして見れていたからだ。


死体を扱った事もある。体の一部が欠損していたり、潰れてグチャグチャになっていた物を扱った事もある。正直、吐き気が止まらなかったし、事実最初は吐いていたが、それでも妹の事を思えば耐えられたし、何より時間が感情を麻痺させていったから慣れもした。

けれどある日、上司に連れられて、緑色の液体に満たされた培養器の中で眠っているアルテミスを見た時、俺は自分自身の押し殺していた罪悪感に遂に耐えきれなくなった。

例えるならそれはまるで、ダムのように長年蓄積してきた騙して来た感情という名の水の決壊でもあった。


命をこの手で奪うと言う所業に、生命を弄ぶと言う業に俺は耐えきれなかった。


故に俺は最近、アルテミスをこの研究所から逃がした。親友のみちるが、アルテミスを探していることも知っていたから。

無事に逃せた時はようやく、この地獄から解放されると思った。幸いな事に、未だに組織には、俺が逃がした事はバレてはいない。


すると不意に、アルテミスが俺を睨んで怒声を上げる。その言葉に俺は現実に引き戻された。


「私達はお前らの道具なんかじゃない!!」


胸を突き刺す、悲痛な叫び。

だが、俺は。


「黙れ。お前達は兵器だ。兵器は兵器らしく、黙って道具として使われるべきなんだ」


「……っ!! 」


泣くのを堪えて、ただ憎悪を孕んだ瞳で俺を睨むアルテミス。

不意にアルテミスは蚊の鳴くような声で、声を絞り出しながら呟いた。


「……例え兵器でも、私には帰らなきゃ行けない場所が、私を受け入れてくれたあの場所が出来たんだ」


遂に堪えきれなくなったのか、アルテミスはぼろぼろと泣き出してしまった。


「……怨むなら兵器として生まれた、自分自身を怨むんだな。感情が無ければどれほど良かったことか」


見ていられず、俺はアルテミスに背を向ける。


「おやおや、堅土研究員。駄目ですねぇ…研究対象を雑に扱っては。感情もしっかりバイタルに影響するんですからねぇ……」


すると奥の扉から、一人の白衣に身を包んだ見た目は初老の男性研究員と、まだ10歳にも満たない幼い容姿の、神伐兵器である女の子が現れる。


藤堂とうどう主任。いらしてたんですか」


雑に扱うなと言う割には、自分の連れているその女の子には、清潔ではあるものの粗悪な白い患者が着るような服を着させ、裸足のまま連れ出している。


藤堂とうどうと言うこの男の言葉は、している行動と言動がまるで一致していなかった。


「では、オーディン。アルテミスの解析をよろしく頼みましたよ」

「………………はい。かしこまりました」


オーディンと言われた、まだ10歳にも満たない容姿の女の子は怯えた様子も無く、ただ機械的に返答し、解析作業を始める。

難航してはいるが、次々と明るみになっていくアルテミスの情報。

その解析速度は、俺など足元にも及ばないくらい速く、そして正確だった。


「オーディン。解析はどのくらい済みましたか?」


藤堂主任がオーディンに解析状況を聞く。

すると今度は怯えた様子で、オーディンは解析結果を話し出す。


「…ざっとまだ5%と言ったところです。私の力を持ってしても、これだけ解析が難しいのは初めてです」


彼女は研究対象ではあるものの、元々速い処理能力に加えて、同時に並列解析を可能とするその能力で、彼女は組織に多大な貢献をしてくれた。

その並列処理能力は、世界最高のスーパーコンピューターですら足元にも及ばないらしい。


……オーディンも昔は無邪気に笑う、歳相応の子供だった。しかし、服の上からでは見えないが、あの男は自分に従順に従わせる為だけに、オーディンの体の至る所に見るも無惨な生々しい傷をつけたのだ。


その結果、オーディンから笑顔は消え、正しく文字通りの意味で機械的な道具となってしまったのだ。


不意に、研究所の入口から大きな地鳴りと爆発音が響く。


「……おや?どうやらネズミが三匹入り込んだようですね。迎撃に行きますよオーディン」

「かしこまりました」


そう言って藤堂主任はオーディンと共に、侵入者の迎撃に向かった。


「やっぱり来たか……」

「来たって……まさか、みちるが?」

「ああ、場所は教えたからな」

「どうしてそんな事を……貴方は、あの白衣の連中の仲間なんでしょう?」


俺が場所を教えたと伝えると、アルテミスはそのまま不思議なものを見るような表情で、俺に問いただしてきた。


「さあな。俺自身、何であんな事をしたのかわからないんだよ……」


自分の心を苛む数多の感情と、渦巻く偽善的な感情と行動。


「なんにせよ、来たってことはあいつももう、覚悟は出来てるんだろう」


それらの感情を押し殺し虐殺して、今日も俺は仕事をする為に、胸に一つの決意する。


―――今日は、親友を殺す決意を。

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