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第4話 持たざる者の意地

―――気づくと、俺は家のベッドに寝ていた。


「……っは!!」


咄嗟に目が覚めて、俺はベッドから飛び起きる。

稲妻に貫かれ胸に開いた筈の穴は無く、時刻は次の日の朝になっていた。


「どうなっているんだ……?」


俺はただただ困惑した。


それ以上に、俺は街中で自分に使われた魔法の正体が信じられなかった。


雷鳴ブリッツの稲妻(ドンナー)……』


指先から自身の体に流れる微弱な静電気を極限にまで圧縮し増幅した後、どんな物でも貫通する稲妻を一直線に放ち、相手を殺す軍用魔法。そのランクは紛うことなきSランク。


およそ凡百の一般人が使えるような魔法ではなく、使えるのは軍隊の中でも特に魔法に精通した一部の人間だけである。


しかし、それよりも俺にとっては重要なことがあった。


「確かに俺はあの時に死んだ筈……。それに、あの女性は結局どこに行ったんだ?」


せり上がった二つの懸念。


一つは単純になぜ生きているのか。正確にはなぜ傷がこんな短時間で塞がっているのか。


二つ目は助けた筈の女性はあの後どうなったのか。あの絶望的な状況から逃げれたのだろうか。


それとも捕まってどこかに連れていかれてしまったのか。


ぐるぐると頭の中を巡る思考。


結局、いくら考えても答えは出そうに無かった。


「ん……?」


よく見ると時計は午前8時30分を指していた。


「……やべえ!遅刻する!」


もやもやする感情を押し殺し、俺はいつもの日常へと向かうのだった。


※ ※ ※


ところ変わってアルテミス魔法高等学校。


何とかぎりぎり遅刻せずに間に合った俺は朝から汗ダラダラの状態で授業を受講することなった。

隣で琥珀が珍しいものを見るように俺のことを覗き込んでいた。

座学の午前は何事も無く、午後から実技授業が始まる。


「大丈夫か、みちる?何か今日変だぞ?」


隣で琥珀が不安そうに俺を見てくる。


「んー、大丈夫。むしろ、何故かわからんが普段よりも冷静な上にすごい元気が有り余ってるんだ。今なら多分、走り込みなら紫先生おにきょうかんにも負けを取らんくらいには元気だ」


「どこからそんな無謀な自信が湧いてくるのかは分からないけど……無理だけはしないでくれよ。みちるは魔法が使えないんだから」


上目遣いでトレードマークの狐耳を揺らしながら、潤んだ瞳で心配してくる琥珀。


気持ちは有難いが、今は本当に絶好調なのだ。


「大丈夫大丈夫。心配いらないよ」


※ ※ ※


時間はすぎて、午後の魔法実技の時間がやって来る。


「あれ、堅土。今日は紫先生じゃなかったっけか?」


隣にいる堅土にこの場にいるはずの人物がいない疑問を投げかけてみる。

教職をサボるような人では無かった筈なので何かしらの理由はあると思うのだが、理由がまったく思いつかない。


「さあ?俺にもまったく想像つかないな。と言うか、誰が紫先生が休むなんて想像出来るかよ」


投げかけた疑問の答えは堅土も知らないようで、疑問が氷解することは無かった。


そこでクラスメイトの誰かが実技担当教師に、紫先生のことを質問した。


すると担当教師は素っ気なく、理由を説明した。


「えー。紫先生は別件の用事でそちらの方にかかりきりになっています。明日には復帰致しますので心配しなくて大丈夫です」


何事もないように淡々と、冷徹に話し終わる。


「なら、大丈夫か」

「おやぁー?鬼教官呼ばわりしてた癖にやけに心配してるな。もしかして惚れたか!?」


肘でつつきながら冗談混じりに、俺をからかってくる堅土。


「ンなわけあるか。単純に紫先生がいなかったら俺が一方的にお前らに痛い目に合わされるからだよ」


「あ、そっちの心配ね」


先生に対する心配も無くは無いが、大丈夫だと言っているなら大丈夫なんだろう。それ以上は心配するだけ無駄というものだ。


それよりも俺は、これから起きる痛い思いを覚悟するべきなのだから。


「みちるの相手は……ああ、琥珀か。何とまあ運の悪いことに。俺だったら単純な肉弾戦で済んだのに」

「仕方ない。こればっかりは自分のクジ運を呪うしかない」


俺はどうやって琥珀の魔法から逃げきろうかを考えながら模擬戦の準備に取り掛かる。

目の前には可愛い狐耳をした琥珀が佇んでいる。


先生の号令が入る。


「模擬戦、開始!」


※ ※ ※


「みちるには悪いが、本気でいかせて貰うぞ」


琥珀はまず風の魔法で、風を操り自身の足に纏わせ機動力を格段にあげる。


Cランクの風の魔法『風足ウィンディア』。四百年前より存在する古い魔法の一つ。原初の風の魔法の一つと言ってもいい。


原理は単純。その場で風を起こしたあと、その風の向きを足に集めて移動方向に合わせて風を操り、機動力を向上させると言ったもの。


人によっては、その場で浮いたりもすることが出来る便利な魔法の一つでもある。


「やぁっ!」


続いて琥珀は炎の小さな塊を生み出し、相手を攻撃するCランク魔法の炎の魔法『ファイア』を使う。


空気を振動させ、その摩擦熱を上昇させた上で発火、空間に固定化し、敵を攻撃する魔法。


炎の魔法は総じて大きさや威力によってランクが変動する傾向がある。爆発などではAランク。火災レベルの炎や塊ならB。小さな火の玉や展示用の炎など害が少なければCランクと言った具合である。


「おい、まて琥珀!俺、耐性レジスト魔法一切付与してないんだけど!?」


やられたら火傷では済まなそうな炎の玉を何個も避けながら俺は琥珀に講義する。あれ本当にCランクなのか!?


「安心しろ。加減はしてあるし、着弾した瞬間にすぐに消してやる。安心してやられるといい!」


「馬鹿言ってんじゃねえええええ!!!」


しかし攻撃しようにも近づけない為、今は逃げ回るしかない。


「ちょこまかと……。みちる!そんなに負けたくないのか!」


「当たり前だろ!こちとら出席点だけじゃ赤点なんだよ!魔法実技を舐めんな!」


「……みちるが言うと凄い切実な問題に聞こえるな」


琥珀は俺を憐れみの目で見てくる。


ど、同情なんか要らないからな!?いくら筆記が良くても1勝も出来なかったら実技の点数は赤点なんだよ。出席点は最高で20点らしいからな。まったく、優しくない。ちくしょう!高校生はつらいよ!


「うおおおおおおお!!」


琥珀の魔法を避けて、逃げて、避けて、また逃げる。


普通の人なら1回受けても大丈夫な魔法でも、俺が受ければそれは即敗北の技になる。

負けられないのだ。勝てそうにない戦いでも勝つ為の勝率を1%でも高く上げる為に死力を尽くしてその果てに勝利を掴む。

そうしなければ、俺は勝てる戦いも勝てはしないのだから。


まずは逃げて逃げて逃げまくる。そして琥珀の機動力の要である『風足ウィンディア』が消えて一瞬が勝負の時。消えたその瞬間に俺は琥珀に対して攻撃を仕掛けなければならない。

その為には多少危険でも、逃げながら間合いを詰めなければならない。


これが容易なことではない。絶えず動き回る相手に対して、こちらの作戦を悟られず、且つ気づかれないようにしなければならないからだ。


一発食らったら終わりのこの戦い。


「あーもう!さっさと倒れろ!」


そして琥珀が火の玉を出そうと瞬間、無理をしすぎたのか琥珀の『風足』の効果時間が消える。


「あ、あれ……?」


効果時間が切れたのは一瞬。


しかしそれまで『風足』に頼っていたせいで、琥珀の体制が一気に崩れる。

そして同時に再起動するまでの時間も含めれば、その時間は一瞬ではなく数秒。

戦いの場でのその隙は、充分な程の好機である。


「うおおおおおおお!!」


俺は琥珀に真正面から突進していき、身体全体を使って琥珀の腹に向かっていき抑えこむ。


「あぐっ!」


間髪入れずに俺はそのまま琥珀を地面に押さえつける。奇しくもその方法は昨日、紫先生にやられた方法と同じ抑え方である。


「これで勝てたと思った?」


「え?」


瞬間、空いていたもう片方の手に微弱な静電気が集まっているのが見えた。


しまった―――!


後悔しても、もう間に合わない。

琥珀の指先には圧縮された静電気が集まっていく。


「油断したな、みちる。雷よ(サンダー)!!」


琥珀の魔法によって、その瞬間に負けが確定したと俺も琥珀も恐らく試合を見ていた皆が思ったことだろう。


「は……?」


しかし、琥珀の唱えたCランクの雷魔法は、突如として俺と琥珀の間に現れた白色の金属によって阻まれ、俺に届くことは無かった。


呆気に取られた俺と琥珀だったが、俺はすぐさまもう片方の手を制圧し、今度は体全体でのしかかるように琥珀を抑え込む。


「痛い痛い!みちる痛い!降参だ!降参する!!」


こうして不可思議な謎を残して実技の授業は俺の勝利で幕を閉じた。

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