第25話 願い
「殺して欲しい……か……。もとより琥珀を助ける為に俺達はここに来たんだ。願ったり叶ったりだ」
俺は明美の手を繋いで。
「やるぞ。明美」
「――――うん」
呼吸を鎮めて、二人の意識を同調させて。
「――――接続」
そう呟いた。
瞬間、俺の体が光に包まれ、手に武器が現れる。
――いや違う。正しくはこうだ。
『明美が俺の体の中に入ってきて、明美の放った光が武器へと変化した』
生まれて初めての奇妙な感覚なのに、不思議とその感覚に抵抗が無かった。
「これが……武器?」
「そうね。それがみちるにとって一番使いやすいように設定してある武器よ」
俺は手に現れたのは、物騒な形をした銃剣だった。
無骨な凶悪にそった刃に、刀身の代わりに備え付けられた特有の長い銃身。
持ち手には『引き金』と、剣としても持てるように調整された、持ち手に柄の部分がある。
「大きな片手剣のようにも見えるけど、先端に銃口がある。始めて見た、こんな武器……」
「近、中、遠距離全てにの武器の設定に対して、みちるが想像したらそのイメージが武器に反映されるように設定してあるんだけど、大丈夫?重くない?」
「いや、全然。むしろ見た目に反して軽すぎるくらいだ」
そう言って俺は片手でその武器をブンブンと振り回す。感覚としては枝を振り回しているのと同じような感覚だろうか。
「良かった。それなら速いところあの神様を殺して、琥珀を救けるとしましょうか」
「――ああ」
そう言って、俺は狐の神様のもとまで一気に距離を詰める。
どうやら、身体能力まで大幅に強化されているらしい。
そして俺は銃剣を持ち上げて、神様に対して振りかぶり、縦一閃。
ガギッッッッッン!!!!
しかし俺の銃剣は神様に到達する一歩手前でかん高い音を鳴らしながら、突然現れた白く光る謎の魔方陣によって阻まれる。
「――――――駄目だよ、みちる」
そう言って阻んだのは、これから助けるべき友人の筈の、琥珀本人だった。
※
「琥珀っ!?どうしてここにいる!?」
俺は突如現れた琥珀に驚愕していた。
いや、俺だけじゃない。堅土もそうだし、守られた本人である神様自身も驚愕していた。
しかし、琥珀はあっけらかんとした表情で。
「忘れたの?ここは私の世界だよ。私が現れても、何もおかしく無いよね?」
論理的にそう言い切った。
しかし、俺にはそれ以上に重要な事があった。
「琥珀。どうして止めたんだ。せっかくお前を苦しめている元凶である、そこの神様を殺せたかも知れないのに」
そう。倒すべき相手を、被害者である筈の琥珀が守った。その事がどうしても納得できなかったのだ。
その言葉に対して、琥珀は首を横に振って否定する。
「違うよ、みちる。元凶はこの人じゃないんだよ」
「―――は??」
そういった後、琥珀は神様の方に向き直り、神様の手を握りしめる。
「神様。私ね、貴方に伝えたいことが二つあるんだ」
「この期に及んで、なにを伝えようと言うのか…恨み辛み、怨嗟なら、もう充分なほど聞いてきたぞ」
そう悲しげに呟く神様に対して、琥珀は誰も予想しなかった言葉を口にした。
「神様。――――私がはりつけにされた時、私を救けてくれてありがとう」
感謝を。琥珀はただ純粋に頭を下げて感謝を告げた。
「…妾はお前に恨まれさえすれ、感謝される覚えはない。それにあれは、偶然起きたことだ」
「ううん、違うよ。あれは偶然じゃない。偶然で人に神様が降霊するなんて事は有り得ない。それは神様である貴方が一番良くわかっている筈でしょう?」
しかし琥珀は神様の言葉を否定する。
そして、琥珀は告げる。神様を労るように。
「私と同じ、人身御供という方法によって、殺されて神になった貴方なら」
その言葉に神様は今度こそ呆気に取られ、絶句してしまった。
少し間をおいて、神様は琥珀を睨みつけながら詰問する。
「何故お前が私の過去を知っている?それを知っていると言う事は私が……いいや私達が『そもそも何なのか』を理解していると言う事だぞ?」
「うん。全部、私は知っているよ。貴方の苦痛も、嘆きも、孤独も、悲哀も、愛情も。全部知っているんだ。変な話だけど、貴方が私の所に来てからずっと、夢で貴方の過去を見ていたからね」
神様に対して優しく、琥珀は語りかける。
「ねぇ神様。ううん、元は私と同じ普通の狐の人間だった神様?私は神様と同じ、似たような運命を辿っていて、神様と言う存在に耐えられるだけの肉体になっていたからあのとき神様は私を依代として降霊出来たんだよね?」
「……私とお前は皮肉な程に運命が似すぎている。唯一違うとすれば、私は両親にも疎まれて人身御供となり、そのまま死んだ事だがな」
自身の末路を語り出した神様の目に映っていた感情は俺にはわからない。
けれど、琥珀が神様にとっても大切な人である。それだけは他人である俺にもわかった。
「同じ末路を、その結末を別の誰かにさせたくなかった。繰り返えさせたくなかった。だから貴方は私を助けてくれた。自分を殺した運命に抗うように」
そして力強く意思を込めて琥珀は言う。
「だから神様。ううん『狐白さん』。今度は私が、貴方を救ける番だよ。」
「何を言うかと思えば…まったく冗談も程々にしておけ」
そう言って神様は自分の腕の袖をまくりあげる。
「なん…だ?それは…」
そして、俺達に対して、自身のおぞましく濁った黒い腕を見せてきた。
「これは今迄に死んでいった、お前の先祖の怨念。つまりは呪いそのものだ。私に纏わりついてしまったこの呪いは私を殺すまで、絶対に消えはしないだろう。そろそろ、私の意識も途切れて呪いに支配されきって自由が効かなくなる頃だ」
溜息を大きく一つ吐いたあと、覚悟を決めた眼差しで、神様は心情を吐露する。
「その前にどうか殺してくれ。私はもう、誰一人として私のせいで、死んで欲しくはないんだ……!」
『狐白』と呼ばれた神様は、琥珀に対して、一筋の涙を流しながら懇願するように言う。
しかし、琥珀は首を横に振って、代わりに強く言い放つ。
「大丈夫、心配しないで。ここには私が一番大好きな人達がいる。だから必ず、私達が貴方の運命を変えてみせる。あの時、貴方が私の運命を変えてくれたように!」
琥珀は神様に向かってそう伝えると、神様は少しばかり微笑したあと、突然苦しみだして。
黒く濁った闇が神様を包み込み。
「ぐっ…………ああああああああァァァァァ!!!!!!!!!!!」
その黒く濁った闇に、支配されていった。
黒い影に支配された神様は一言。
「…………塵芥共よ」
「「「ーーーーーー!!!???」」」
瞬間、俺達は全てが凍りついたと錯覚するほどの殺気と、おぞましい程の冷徹さに絶句し。
神様に似たナニカは絶対な死―――自分の真上に、大量の火球を顕現させる。
「死 ぬ が よ い」
その言葉が発せられた瞬間。俺達は業火に焼き尽くされ、完全に燃え尽きた。
※ ※ ※
「ーーーあ、え?」
今確かに俺は燃え尽きた筈――なのに、俺の体には傷一つありはしなかった。
困惑する俺をよそに、隣から琥珀の声が聞こえてきた。
「言ったでしょ?ここは精神世界。どれだけ焼かれても死ぬような攻撃を食らっても、死にはしないよ」
そう言って、琥珀は未だありえない体験に上の空の俺の頬を思いっきりはたく。
「でも、この世界だって万能じゃない。みちる見て」
そして、琥珀は周りを指さして、意識の戻った俺と堅土に、今の精神世界の現状を見せる。
「な、なんだよ……あれ……」
堅土の、恐怖に引き攣った声が漏れる。それほどに目の前の光景はおぞましいものだった。
黒い呪いに文字通り、世界が塗り潰されている。
それは神様を包んだ黒く濁った呪いが、この世界を徐々に侵食していっていく光景だった。
琥珀は、焦っているような表情で、俺と堅土に伝えてくる。
「ここは私の精神世界。呪いが侵食しきる前に何としても、狐白さんから、あの黒い呪いを引っペがさなきゃならないの」
堅土が震えた声で琥珀に伝える。
「いったいどうやって?少なくとも俺にはそんな事は出来ないぞ」
「確かに堅土には出来ないよ。当然だけど私にも出来ない」
そして琥珀は俺の銃剣を見つめたあと。
「それが出来るのは、みちるのその武器だけ。その武器だけが唯一、魔法と言う概念そのものを断ち切る事が出来る」
「――――――は?」
呆気に取られる俺と堅土。しかし、琥珀は俺達の絶句受け流して、作戦を伝えてくる。
「まず、私と堅土で攻撃を仕掛ける。その後、私が神様と同化する。同化したあと、神様の呪いを私が内側から呪いを切り離す」
「そして剥がした後、みちるの持っているその武器で呪いを消滅させればそれで終わり。簡単でしょ?」
作戦を言い終わった最後に、琥珀は俺と明美に対して申し訳無さそうに、呟く。
「神を殺す為に生み出された兵器。神伐兵器のアルテミスにならそれが出来る。だからお願い。力を貸して欲しい」
「ーーーどうして、琥珀が……明美の事を知ってるんだ?」
しかし、琥珀は苦笑して言いにくそうに、答える。
「……その理由はまた後でね。今は時間がないから信じてとしか言えない」
俺は少しばかり悩むが、琥珀の救けたいと言う覚悟に気圧されて、今は一旦考えるのを辞める。
「…………わかった。やってやるよ」
そうして俺は自分の武器となった明美を強く握りしめて。
「堅土。琥珀。あの神様を救けよう。――行くぞ!!」
意気揚々と、腹をくくるのだった。
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