第20話 回想ー少女漫画の様な出会い
「何が出来るわけも無く時間だけがすぎてしまったわけだが」
「結局、琥珀は学校にこなかったね」
琥珀の家に行った次の日。学校に来た俺達の前に琥珀は立ってはいなかった。
「やっぱり……心配?」
明美が俺の顔を覗き込んで、心配そうに聞いてくる。
「まあ……な。昨日の夜の時もまだ体調は悪そうだったしな」
最後辺りはよろついていたし、確かに不安である。
「それに、高校で出来た最初の友達だしな」
「そうなの?」
好奇心からか聞き返す明美。
俺は明美に聞かれるまま、琥珀と初めて出会った時のことを回想する。
「ああ。今思えば琥珀との出会いがなければ、この三ヶ月の間、俺の学校生活は灰色だっただろうな」
「そこまで!?……その聞かせて貰ってもいい?琥珀とどうやって知り合ったの?」
明美は驚いた後に、俺と琥珀が初めて出会った時の事を聞いてくる。
少しばかり恥ずかしいが、別段話さない理由も特にないので思い出せる範囲で話すことにした。
「ああ、良いよ。なんて言うか最初に出会ったと言うか知り合ったのは、この学校の入学受験の時だったんだよ」
「受験って……確か学校に入学する為のテストの事だっけ?」
「よく知ってるな明美。そうそれだ」
そして俺は一息ついて深く息を吐いたあと、当時を懐かしむように話だした。
「琥珀はな。端的に言うと、自分の座る所の試験会場が何処かわからなくて、学校内を彷徨ってた挙句に、階段で一人座り込んでたんだよ。で、それを見かけた俺が琥珀に『何してんの?』って聞いた所からが始まりだな」
今にして思うと、何とも情緒もクソもなにあったもんではない、酷い出逢いだった。
すすり泣いている女の子がいるから、何事かと思って話しかけてみれば、単に新しく来る学校に迷っただけ。
子供でも分かる案内標識もあったと言うのに、何故あの時琥珀は迷ったのかが、未だに不思議でしかたない。
「それで?結局受かってるってことは、辿り着いたのよね?」
明美が現在の状態から結果を推論して、結論を話してくる。確かに同じ受験生だった俺が案内したので、迷うこと無く、教室には着いた。着いたのだが……。
「ああ。でもそこでまた面白い事が起きてな。なんと受験で座った座席がな、琥珀と俺は前後だったんだよ」
「なにその少女漫画みたいなハプニング。そんなこと実際にあるもんなの?」
「現実はいとも容易くフラグを回収するんだよ。伏線も何もかもごっそりとな。けど、流石に明美みたいに『昔会ってた〜』とか、そんなことは無いから安心しろって」
明美は疑問の表情と、自分自身物語の様な出会いをしている事に気がついて何とも複雑な表情をしていた。
「話がそれたな。そこで少しだけ話しをしてその日は帰ったんだが、合格受験の日にまたばったり再会してな。その時の琥珀と来たら、いやぁ今思い出しても、本当に面白かった」
「……?どう面白かったの?」
「ヒント、小さい背丈。周りには自分よりも身長の大きい受験者達」
そう言われて明美は少しばかり悩んだあと、言いにくそうに推論して、質問に対する回答を話す。
「……受験者の人混みの中に埋もれてたとか?揉みくちゃにされてて、地面に足がついて無かったとか」
「残念、少し惜しい。正解は、人混みに揉みくちゃにされた挙句人混みの外に放り出されて、低い身長のせいでどんなに頑張っても、周りの高身長のせいで、合格者の張り出された紙が見れなかったんだ」
「あぁ……なるほどね……凄く納得したわ」
何とも言えない複雑な表情で明美は苦笑する。
初めてその状況をを見た時の俺もそんな顔をしていたに違いない。
「でもそれで諦める琥珀じゃ無くてな。何度も人混みに突貫しては、人混みに弾き出され、外に放り出されてたんだ」
「うわぁ……なんというか、よくやるわね」
明美の複雑な表情が更に何とも言えない顔になり、若干引き気味になっている。
俺も少しばかり明美に釣られて苦笑した後、その後のことを語り出す。
「で、まぁ何度かのチャレンジの後、その人混みの中から琥珀を助け出して、身長が足りないから見えないって琥珀から助けを求められてな。せっかくだから琥珀を肩車して、人混みの中に突っ込んで、一緒に合格者の貼り紙を見に行ったんだ」
「へ、へー。そうなんだ。肩車したんだ……羨ましい……」
『肩車をした』という所に明美はやけに敏感に反応して、子供が物を強請るような仕草をして、俺を上目遣いで寂しそうに見つめてくる。何ともわかりやすい、おねだりだった。
「……別に肩車くらい、言われればいつでもしてやるって」
腕を組んで真正面から言うのを照れながら俺は伝える。
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「……言質とったからね?取り消しは無しだよ?」
そう言って、明美はポケットからメモ帳を取り出して「今日〇月△日、みちるが肩車してくれるって言ってくれた。」などと独り言を呟きながら書き留める。
……一体どんな状況でやらされるのかと、戦々恐々としていたが、俺は話の本題からそれたので、明美がメモを書き終わった後、修正して話し出すことにした。
「話しを戻すぞ。その後、見事合格した俺と琥珀は入学式にも当然、再会する。そこで同じクラスのクラスメイトって言うのも同時に発覚したんだ」
ちなみにその時はちゃんと前回の失敗を踏まえて、琥珀は皆が来る前より速くに、つまり一番乗りで学校に来て確認したのだ。
「で、実はその入学式のあとな、天気予報が外れて、来る時は晴天にも関わらずいきなり大雨が降ったんだよ」
明美は「天気予報って外れる事があるんだ……」などとぼやきつつも、俺の話に食い入るように聞き入っている。
「これ自体は別に珍しい事じゃないんだけど、やっぱりいきなり降ってきたもんだから、傘もカッパも何も無くてな。しょうがないから、ずぶ濡れになって帰るしか無いかって諦めてた時に」
俺はその時のことは今でも覚えている。忘れられない、琥珀と初めての楽しく会話した時の出来事だから。
「隣で琥珀が傘を二つ持ってて『合格発表の時のお返し。』って言って、傘を貸してくれたんだ。で、途中まで一緒に帰ってる最中に色々な話をして仲良くなって、気がつけば親友の堅土と俺と琥珀で学校ではいつも一緒にいて、今に至るって感じかな」
今になって思えば、あの時、あの日、いきなり予報が外れて大雨が降らなければ、もしかしたら琥珀とはここまで仲良くなっていなかったんじゃ無いだろうか。とそこまで考えて、俺は自分の考えを自分で否定する。
多分、あの事が無くても俺と琥珀は仲良くなっていただろう。今の形とは違うかもしれないけれど、友達になっていたはずだ。そう思いたい。
「羨ましいなぁ……私にはそういった思い出がないから」
「何言ってんだよ明美。まだまだこれからだ。これから一緒に楽しい事をして、沢山思い出を作って行くんだろ?この十年間会えなかった分も含めて、せっかくこうやって出会えて、恋人になったんだからさ」
「……そうだね。これからだよね」
明美はすぐに気持ちを持ち直して、自分の胸の前でガッツポーズする。
「ああ。だからその為にまず、琥珀には何としても体調を治して、快復して貰わなきゃいけないんだよ」
そう言って、更に明美を元気にした後、教室に堅土が入って来て、俺を呼びつける。
「ん?堅土どうした?」
「話がある。明美も一緒に来てくれ」
「どこに行くのよ?」
明美は少しばかり不機嫌気味にそう言って、堅土に質問する。
「紫先生の所だよ。琥珀が寝込んでいる理由がなのかわかったらしい」
あれ?フラグじゃね?と、思った方。
正解です。
はい、現実はいとも容易く予測不可能に近い状態の時にフラグを回収します。