第15話 少女と兵器。
5866文字。
第二章の始まりです。
私的大好きキャラクター。狐耳ロリ委員長。
天風 琥珀のお話です。
体が思うように動かない。
手も足も鉛でも引き摺っているかのようにとても重く、そのせいで精神的にも辛くなり、心まで重かった。
鬱屈な気分を溜め込んだこの空間には、もうこれ以上いたくなかった。故に私は体が重く、動くことが困難な体であっても、無理に動き、外に出ようとする。
「……っう」
やはり体は動かない。いつになるのかはわからないが、一時的に良くなる次の時まで待つしかないようだった。
「はぁ……」
私は諦め、そのまま深い眠りにつく。
―――――――――――――――――――――。
再び目覚めた時、私の体は先ほどよりかは少しばかり軽くなっていた。歩くことも出来るくらいだった。
私は遂に、この鬱屈な気分を晴らすために、部屋から出て外に出ることにした。
この家は私にとっては、広すぎるだけの監獄だった。
そんな場所から逃げるように、私は家の扉を開き、外の世界の空気を味わう。
私が扉を開けた先で、ゆっくりと外の空気を味わっていると、小さな少女が行き倒れていた。
この時の私はまだ知らない。
この出会いこそ、私の世界が平和から反転した瞬間であり。
同時に、逃げ続けてきた呪いと対峙する過酷な運命の瞬間で私の未来が切り替わった瞬間でもあったことを。
※ ※ ※ ※
研究所を潰したあの一夜の事件から数日後。
俺達の平和な日常は戻ってきていた。
「あんな事があった後にも関わらず、皆元気だなぁ」
先日の学校での催眠ガスによる、生徒全員が昏倒したあの事件。
そんな大それたことをしでかしたのは、ちょうどいま登校してきた、俺の二つ隣りに座っている親友の葉隠 堅土。
国家的な犯罪集団『神王教団』の元メンバーで、数多の神伐兵器を管理していた元研究員。
「みちる、天月、おはよ〜」
「お、堅土。おはよう」
上機嫌で、にこやかにいつも通り、俺達は朝の挨拶を交わす。
「…………おはよ…」
しかし、明美は未だに堅土とギクシャクした関係を続けていた。
「明らかに険悪だなぁ…俺は朝から、明美のそんな顔は見たくないし、何より大好きな彼女と大切な無二の親友が、いつまでも険悪なのは嫌だぞ〜」
「ちょ、やふぇ、頬をひっふぁらないれぇー」
俺は明美の柔らかいマシュマロのような白い素肌の頬を軽く引っ張ると、明美は少し涙目になりながら抗議してきた。
うん。すごく可愛い。このまま食べたいとすら思えてしまった。
「……それで?日陽ちゃんのその後はどう?」
流石に堅土とは険悪でも、堅土の妹である日陽ちゃんのことは心配なようだ。
ちなみに、堅土とは険悪この上ないが、妹の日陽ちゃんとはとても仲がいい。
どうやら、眠っている時に何かあったらしく、まるで姉妹かと間違えてしまいそうになるくらいには仲が良いのだ。
「天月と翠璃さんのお陰で、だいぶ容態も良くなってきたよ。流石に十年以上寝込んでたから、筋肉の発達は徐々に進めていくしかないらしいけど、昨日、辛うじて立てるくらいまでになったよ」
「……良かった。日陽ちゃんは寝ていた今迄の分も合わせて、幸せになるべきだもんね」
柔らかな慈愛の表情で明美は微笑む。
「お前ら、席につけー」
不意に教室の扉が開かれ、紫先生の綺麗な声が響き渡る。
しかし俺達は今日も、とある一つの欠落したが為に発生したある違和感に苛まれる。
「あれ?紫先生、琥珀は今日も休みですか?」
そう。あの事件の日を境に、狐耳のロリ委員長である、『天風 琥珀』はここ数日間学校を休んでいるのだ。
「ああ、どうやらまだ、学校へは当分来られない状態らしい。さっき、本人から電話があったぞ」
「……そうですか…」
どうやら今日も琥珀は学校を休むらしい。
琥珀はあの事件の日から連日、ずっと学校を休んでいる。
「ここまで連日休んでるのは流石に心配だから、今日あたり、皆で琥珀の家にお見舞いにでも行くか」
「そうだな……今まで軽い病気程度なら学校にきて、無遅刻無欠席を貫いてた、委員長ポジションの琥珀がこれだけ休んでるってのは、かなり状態が重いのかもしれないしな」
俺と堅土は、二人して嫌な想像をしていく。
毎日いた人がいないというのは、どうやら関わっていた人のメンタルも弱らせて行くようだ。
「そうと決まれば、放課後はすぐに、お見舞いにいこう。明美も来るよな?」
明美にも聞いてみる。俺達ほどではないにしろ、あの日少しだけ関わっていた明美も来るべきだと思ったからだ。
「そうね……あんなんでもいないと、結構寂しいもんだって、この数日で嫌ってほどわかったからね。それにまだちゃんとあの日のお礼も言えてないし」
どうやら、未だに琥珀のことは苦手らしい。喧嘩しているわけでもないし、関係もまだ知り合い程度だと思うのだが女性同士、何か合わないこともあるのだろう。
『あんなん』と言った所の言葉に色々複雑な明美の感情が含まれているように思えてならなかった。
とは言え、それはそれ。これはこれ。
「よし決まり!それじゃ、また放課後に」
※ ※ ※
時はまた数日前に戻り、琥珀と一人の少女との出会いの時。
―――即ち、冒頭の琥珀の家の前に、少女が倒れている時に巻き戻る。
「あの、そこの子!大丈夫ですか!!」
私は少女に駆け寄り、安否確認をするために脈を取る。
幸い脈はあり、少女は生きてはいる。
その事にほっと安堵するも、見ている限り未だに予断は許さない状況のようだ。
「……うぅ」
呻き声をあげる少女。だかしかし。
「あれ?この子確か……昨日の確か……」
その少女の事を私はつい最近見たことがあった。
「そうだ!あの白衣の奴に、オーディンって言われてた子だ」
そして、呻き声をあげたオーディンを私は介抱する為に担ぐ。
オーディンの身体は本当に人の身体なのかと間違えそうなくらいに軽かった。
「とりあえず、家の中の暖かい所に運ばないと」
少しの間、その事に驚愕するも私は大急ぎでオーディンを家に入れて介抱するのだった。
ーーー状況が状況だったからなのか。この時の私にはこのオーディンと言う少女を『助けない』と言う考えは微塵も無かった。
※ ※ ※
私がオーディンを家の前で見つけ、介抱の為に家に担いで布団に寝込ませて数時間が経過した。
「あ、目が覚めた?」
―――オーディンは目を醒ました。
「…………っ!!」
咄嗟に自分の横から聞こえる、知らない声と状況にビックリしたのだろう。オーディンは布団からすぐに這い出て、私に対して距離を取り、臨戦態勢をとる。
「ごめんなさい。怖がらせちゃったかな。そんなつもりは無かったんだけど」
私はオーディンの顔を見て、穏やかに話しかけ謝罪する。その双眸が前髪で隠れて見えないのが、返って孤独な雰囲気とその過酷な生い立ちを物語っていた。
「貴方は……昨日の……」
すると気がついたのか、一気に冷静になっていく。
と、同時にオーディンの腹の音が盛大に部屋の中に鳴り響いた。
しかし、オーディンのその音に対する反応が更に、今までの彼女の置かれた境遇の過酷さを、私に伝えることになる。
オーディンはただ体を丸まらせて、ただ「ごめんなさい」と繰り返し呟き、うずくまってしまっていた。
そんな彼女に気がつけば私は何事も無かったこのように優しく丁寧に接することに決めた。
「……とりあえず、ご飯にしよっか。あ、でもその前に軽くシャワーを浴びて来てね。家にあげる時、軽くタオルで拭いただけだったからさ」
「………………それは、命令……?」
うずくまるオーディンには触れず、近づいて話しかけるだけに留める。この距離感でなければ始めは駄目なのだと私は理解した。
「命令じゃ無いけど、そうしてくれると私は嬉しいかな?」
「……………………わかりました」
「うん。ありがとう」
そう言って私は、オーディンと言われた少女を浴室に連れていく。
浴室の前の脱衣所にオーディンを連れてきた時、私は反転し翻して、着替えを持ってくるのを忘れていることに気がついた為、取りに戻ろうとする。
「ちょっと着替え持ってくるね」
くいっ。
「ん?」
すると、オーディンに服の裾を摘まれる。
再度私は、着替えを取りに行こうとすると。
くいっくいっ。
「……どうしたの?」
「あの………………その………………」
目を伏せながらしどろもどろに何かを聞きたそうにするオーディン。
ふと、私は摘んでいる裾の手が震えていることに気がついた。
「大丈夫。怒らないから素直に言ってごらん?」
私は腰をおろしてオーディンの目を見て穏やかに聞き返す。多分、質問することで怒られることが、恐かったのだろう。
オーディンは私の目を見て不安そうに話し出す。
「しゃわー?……の使い方……分からない…です…」
「え。じゃあ今まで、どうやって身体洗ってたの?」
私は何も考えずに単純な質問をしたつもりだった。
けれどもすぐにその浅はかさを後悔することになった。
「培養器の中で、無菌状態で常に管理されてた」
何事も無かったかのように、それが当然と言わんばかりに淡々と話す。
「……そっか。ごめんなさい」
今は、自分の無神経さに嫌気が差した。
小さいから忘れそうになるが、この娘は常人よりも遥かに過酷な環境にいたのだ。
自然と謝罪の言葉が出たのは、淡々とその環境を話させてしまったことに対するものだ。
「うん、わかった。じゃあ一緒に私とシャワーとせっかくだしお風呂にも入ろうか。あと先に、持ってき忘れた着替え、二人分持ってくるね」
「…………ん。わかりました」
結局、離れたく無かったのか、着替えを取りに行く時もオーディンと一緒に取りに行った。
ふと気がつけば、私は自分からオーディンの手を握っていた。
※ ※ ※
数分後、私とオーディンは再び着替えをもって、脱衣所に来ていた。
「じゃあ、脱いで」
「……ん」
しかし、オーディンは距離を取って服を着たまま、私に抵抗してきた。
「……服……脱ぎたくない……」
「でも、お風呂に入るなら脱がないと、身体を洗えないよ?」
「……脱ぎたくないっ」
頑ななまでのその意思。いったい何が彼女をそこまで言わせるのか。
「どうして?ちゃんと理由を教えてくれないと、分からないよ?」
私は、また質問する。
すると今度はオーディンはよくわからないことを言い出した。
「………………きっと、怖いってい……」
「あーもうっ!えいっ!」
私は無理矢理、オーディンの服を引き剥がした。
何故だか分からないが、オーディンのその後の言葉を聞くのが、嫌だったからである。
「……う……?」
露わになる未成熟と自負している、私よりも更に幼い未成熟な四肢と、僅かに紅潮した白い素肌。そして裸体。
一糸まとわぬ、艶やかにも見える年相応に整った肢体のその姿は、同じ同性でも、一部を除けば、愛くるしさを感じさせるものがあった。
「…………ふぇ?!」
初めて垣間見る、オーディンの翡翠色の透き通った瞳。
そして裸体になると嫌でも直視させられるオーディンの体に刻まれた無数の無惨な裂傷や、縫合された跡のある数え切れない程の痕跡。中には銃創や火傷の様な跡まである。
その数えるのも馬鹿らしくなってくる程の無数の傷跡に私は絶句するしかなかった。
「ふ、ふぇ……」
艶やかな肢体と対比するように無惨な傷を見られたオーディンは、今にも泣き出しそうに目尻に涙を浮かべて、その白い素肌で自分の恥部を隠し、座りこんでしまった。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
私は、オーディンを優しく包みこみ、幼い子どもをあやす様に抱きしめた。
「もう、大丈夫。痛い思いも、怖い思いも、そう言うことをさせる悪い人はもう、貴方の回りにはいないから」
抱きしめつつ、耳元で優しく囁く。
「………………ぅぅ」
私の中でうずくまり、嗚咽しながら啜り泣くオーディン。
「よしよし。つらかったよね。……いきなり脱がしたりしてごめん。とても怖かったよね」
「ううん……違うの……それで泣いてるんじゃないの……」
私の胸の中から泣き腫らした顔を出し、私を見上げながらもしっかりと私の瞳を見つめて怯えた表情で、オーディンは質問してくる。
「おねえちゃん……私のこと、恐くないの……?」
「こわい?どうして?」
不思議な顔をして私は質問に質問で答える。
オーディンは私の胸に握り拳を置いて、その理由を話し出した。
「だって、わたし。たくさんの人に化け物だって。お前は悪い悪魔なんだって、皆を傷つける化け物、兵器なんだって言われてた」
「……そうなんだ。でも私は貴方のこと、ちっとも怖くないよ?悪魔にも化け物にも見えないし、ましてや兵器なんて物騒なものにも見えない……今の私には、オーディンは泣いてる只の女の子にしか見えないよ。そんな子を怖がるなんてことは絶対にしないし、私には出来ないよ」
今わかった。この娘は暴力が怖いわけでも、怒られる事が怖いわけでもない。
他人に拒絶されることが何よりも恐く、耐え難いのだ。
「……うぅ……」
「さ、シャワー浴びよ?これから先、貴方を傷つける怖い人はもういないから、今まで辛い思いをした分、たくさん楽しいことや幸せなことをいっぱいしないと」
「いいの?私、幸せになっても……?」
困惑するものの、懇願するように質問してくる。
「当たり前だよ。幸せになりたいと願うなら、幸せになるべきなんだよ。でもそれは誰かに決めて貰う事じゃなくて、自分で決めて見つけて初めて掴み取るものなんだから」
オーディンは盛大に大きな声で泣き散らしたあと、初めて見せた笑顔で高らかに宣言する。
「……うんっ!私、幸せになる!!」
「ふふっ…やっと笑ったね。うん。やっぱり笑ってるほうがオーディンは可愛いよ」
そこには、今までの暗い影のかかった顔の面影はどこにも無かった。
「……ありがとう、おねぇちゃん」
頬を紅潮させて恥ずかしがりながらオーディンは呟いた。
「お姉ちゃん??……あ、そう言えば私の名前まだ教えてなかったね。お姉ちゃんじゃなくて、私の名前は天風 琥珀って言うんだよ」
これだけ会話をしているのに私だけが彼女の名前を一方的に知っていたという事実に愕然としていた。
「……じゃあ琥珀お姉ちゃん。一緒に、お風呂……入ろ?」
「うん?……うん。そうしようか」
お姉ちゃんではないのだが、オーディンから歩み寄って来てくれたことの嬉しさと、純粋な上目遣いと可愛いオーディン表情に負けて、私はお姉ちゃんと言う特別な意味のある呼び方を受け入れるのだった。
お風呂回はまだ続くよ……??