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第14話 始まりのプロローグ

第一章 最終話です。六千文字。

不意に明美が目をゆっくりと開いた。


「「ただいま」」


そして、重なる二つの声。

一つは聞きなれた明美の声。

そして、もう一つは。


「ひ……よ……?」


信じられないといった様子で、堅土は日陽ちゃんの手を握り、上を見上げ、顔を見る。


「ただいま、堅土お兄ちゃん」


その場にいる明美以外の全員が絶句していた。


「……奇跡……」


母さんが有り得ないものを見たと言った様子で驚き、呟いた。


「ごめんね、お兄ちゃん……随分長い間、待たせちゃったね……」


日陽ちゃんが唐突に堅土に謝る。目覚めたばかりで弱々しい表情だが、その瞳には確かに生きている者特有の強い意志を感じ取れた。


「い……良いんだ……日陽……お兄ちゃんは……」


日陽ちゃんの手を握り、滂沱の涙を流しながら、堅土は今まで堪えていた感情を吐き出すようにたった一言の言葉を伝える。


「お兄ちゃんは……日陽が目を覚ましてくれた……。それだけで充分報われたんだ……それだけで充分なんだ」


十年以上。言葉にすれば軽いが歩んできたその人生には数え切れない程の苦難と挫折、絶望があったのだろう。


「今は手を握ることも出来ないけど…いつか必ずこの足で立ってみせるよ……だからそれまでは、まだお兄ちゃんに迷惑をかけちゃうね」


「十年以上、見てたんだ。今更、少しくらい増えた所で気にしないさ」


「ありがとう……お兄ちゃん………………」


「お、おい!?日陽!?」


「ーーーすぅ……すぅ……」


そう言い終わると日陽ちゃんは言いたいことを全て伝え終わったかのように、とても穏やかな表情で眠りについた。


※ ※ ※


「ありがとう、アルテミス」


日陽ちゃんが寝静まった後、堅土は明美に頭を下げ、謝罪していた。


「やめて。頭なんか下げないで。これは貸しを返しただけよ」


しかしそんな堅土に対して明美は酷く冷たく当たる。まぁ今まで受けてた仕打ちを考えれば当然と言えば当然である。

寧ろ普通の人なら同じ空間にすら一緒に痛くないだろう。

俺には二人のその複雑な関係がいつか修復してくれることを願うしかない。


「なぁ、さっきから聞こうと思ってたんだが、貸しって一体何の事なんだ?」


すると、明美は溜息をついて、信じられないものを見たように驚きら堅土に一言だけ伝えた。


「わからないなら、それがアンタの美点なのよ」

「???」


本気で堅土はなんのことか分からないようだった。、

この問題は、お人好し過ぎる堅土だからこその美点であり短所とも言えるだろうな。


「全く……そんなんだから、憎むに憎みきれないんじゃない……」


苦い顔をして、少しばかり自己嫌悪に陥る明美。

お人好しが過ぎるのも、人間関係を構築し付き合っていく上では足枷になる事もあるものなのだなと、俺はこの時に思った。


「それと、私の名前はアルテミスじゃ無くて『天月あまつき 明美あみ』よ。二度とその名前で呼ばないで」


明美は確かな拒絶を持って、明美は吐き捨てる。


「わかった。すまなかったな天月」


「……あーもう!!はい、この話は終わり!!良くこんなのにみちるは付き合ってられるわね」


「そりゃ、十年以上の付き合いで親友だからな。もう慣れたよ」


あっけからんと当たり前の事実を口にする。今更、堅土がいなくなる生活と言うのも俺にとっては考えにくいのだ。それだけ俺の中では、堅土と言う親友の存在はデカイのだ。ちょっとやそっと喧嘩したくらいで壊れる様な関係でもない。

しかし、堅土はそんな俺の気持ちを分かっているだろうに、それでも俺にも謝罪してきた。


「みちるも済まなかった。十年以上ずっと騙してて。天月の事を黙ってて。俺はお前が、誰よりも天月に会いたい事を知っていたのに黙っていたんだ。それは許される事じゃない。だから謝らせてくれ」


正直な話、今まで堅土とは一度も喧嘩した事も無ければ争った事もない。それ程、馬があっていたのだ。

だからこそ、思った。


「なぁ明美?これやっぱ、堅土の勘違いを正して置いた方がいいんじゃ無いか?」


「私は貸しって事で使っちゃったし、みちるがそう思うならそれでいいんじゃ無いの?」


ぶっきらぼうに明美は答える。なら、黙っている必要も無いな。

そして、俺は堅土に向かい合って答える。


「いいか堅土、よく聞け。お前の勘違いを一つ正すぞ。堅土は自分が明美のことを俺に黙っていた事を悪く思っているようだけどな。俺からしたらそれは結果的にはどうでも良いんだ。寧ろ俺は堅土に感謝こそすれ、恨む様な感情は持っていない。理由はただ一つ。堅土が研究所から逃してくれなければ、俺と明美はこうやってもう一度出会うことは出来なかったんだ」


これが明美が貸しと言っていた事の正体。研究所から逃してくれた事への感謝であり、俺にとっても恩に当たる部分である。


「確かにお前のやっていたことは国の法律にも抵触し違反している事だったのだろう。許されることじゃ無い。でもそれを糾弾し裁くのは俺達の役割じゃない。そんなものは裁判所の役目だ」


「俺を許してくれるのか…?」


懇願するように俺を見る堅土。


「俺に色々黙っていた事も、さっきの殴り合いで充分精算したし、その理由も納得している。だからもうこれ以上自分を責めるな。そこまでネガティブになるなんて、いつものお前らしくないぞ?今日はこの後、槍でも降るのか?」

「ははっ。……これ以上の問題はもう勘弁だな」


最後は冗談で片してこの話を切り上げる。正直本当に槍でも降ってきそうなくらいには、ネガティブな今の堅土は、俺には見るに絶えなかったからである。


「なら、もうこれ以上あれこれ言うのは野暮だな。これからもよろしく、親友みちる


「ああ、よろしくな、親友けんと


そう言って、俺達は手と手を握り握手する。


「堅土もそうだけど、みちるも大概お人好しよね。まぁ、そんな所も私は大好きなんだけど」


隣では柔らかな微笑みをした明美が、俺たちを見つめていた。


※ ※ ※


「さて、それじゃあそろそろ私からも良いかな、堅土くん?」


唐突に、父さんが堅土に向かって話を切り始めた。


「今回の件で君はいわゆる職を失ってしまった状態だ。お金などこれからどう、工面していく気かね?」


「それは……」


言葉につまり、言い淀む堅土。日陽ちゃんが目覚めたことが嬉しすぎて、これからの事は頭から抜けていたといった様子だった。

そんな堅土に父さんは一つある提案をした。


「もし良ければ君を、私の直属ーーー傘下の軍人見習いとして雇いたい」

「「え!?」」


堅土は驚きを隠せないでいたが、これには俺も驚きだった。

父さんは尚も話を続ける。


「あくまでも見習いといった形になるが、急務の際や人手が足りない時、私や所属すれば君の直属の上司となるゆかりの命令には従って貰うことになる。もちろん命の危険も充分にある仕事だ」


今回の件で、軍人と言う職業の辛さ、そしてこの危険さは身をもってよく分かった。堅土も悩んでいる。自分が死んでしまっては妹を守る存在がいなくなってしまうからだ。

だが、その後に続いた言葉は堅土にとっては魅惑的な破格の条件だった。


「その代わり所属してくれたなら、妹さんも国の保護の対象になる。治療費や入院費は全て国が受け持つし、給料も通常の軍人と同じく出そう。私のコネを使えばこのままでは少年院に行くことになる、君の罪を無罪放免にする事も出来る。妹さんの為にも今、少年院に行くのは嫌だろう?」


「どうしてそんな破格の条件で、俺を買ってくれるんですか…?」


訝しげな目で父さんを見つめる堅土。確かにここまで破格の条件で雇いたいと言う理由が、俺にも分からなかった。

すると父さんは堅土に対して理由を一つずつ答えだした。


「まず一つ目。君が高校一年生にも関わらずBランクの魔法を扱え、耐えられる高校生にしては強靭な肉体を持っていること。違法な手術によって手に入れたものだろうが、そもそも、その手術に耐えられているという時点で君の精神的、肉体的な強靭さは高校生のそれをゆうに超えている」


堅土は自分の身体を触り、改めて自分の身体の強靭さを確認する。

確かに俺も戦闘中、それは思っていた。高校生にしては堅土の身体能力は全般的に破格の性能である。


「二つ目。それは君の知識だ。研究者として十年以上ずっと活動していたのだろう?禁術やまだ我々が知らないデータの情報を必ず持っていると私は睨んでいる。そうでなくとも君は、明美君の様な神伐兵器のメンテナンス、管理方法、そしてそれに対する対抗する技術、知識を有している。それは我々、軍にとってはこれから『神王教団やつら』に対抗する上でも、とても重要なものになってくる。君の歩んできた十年以上と言う足跡は我々には黄金にも等しい価値がある」


俺は明美を兵器扱いされた事に少し苛立ちを覚えたが、明美を見て、その凄さを目の前で説明されることによって、改めて実感した。


堅土は特殊な兵器あみ達の管理を行っていて、知識を持っている。それはつまり、今までの未知に対して対抗する術を手に入れると言うことである。その他にもまだ知らない禁術のデータも持っていると父さんは踏んでいる。


「三つ目。これが一番の理由で、君がこなす実質の任務でもある」


「その任務とは、一体何なのでしょうか?」


恐る恐る堅土は質問する。

父さんは一つ咳払いをして、堅土の目を見て優しく答える。


「これからも堅土君にはみちる達を、ひいては神伐兵器と呼ばれているこの子達を収集、保護して欲しい。正直、人間にしか見えないこの娘達の事情を知った上で、偏見の目を持たずに接して行けるのは、現状だと、君たち兄妹とみちると私達だけだろう。この娘達には居ても良い居場所や帰るべき居場所、そして平和な日常が必要だと思うのだ」


誠真せいじさん……。ありがとうございます」


明美はただ頭を下げて父さんに感謝していた。

堅土は少しばかり、考える様な素振りを見せるが。


「分かりました。俺を軍人見習いとして、雇ってください!」


最後には頭を下げて、了承した。


「承った。後日、紫の方から話があるだろう。これから私のことは月影つきかげ 誠真せいじ中将と呼びなさい。これより貴方は葉隠はがくれ 堅土けんと国軍士官候補生となる。存分に護るべきものの為に職務を全うしてくれ」


「拝命致しました、月影中将。今後とも、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します」


背筋を伸ばし敬礼をして、父さんに向き合う堅土。

父さんはにやりと笑って。


「うむ。ではここで妻の翠璃みどりから日陽ちゃんの容態を報告して貰おう」

そう言うと、今まで黙っていた母さんが、口を開いて、今の日陽ちゃんの状態を話し出す。


「まず、意識は完全に取り戻し、今は寝ている状態。心拍数、脈、共に異常なし。十年以上ずっと眠っていたせいで、声帯以外の筋肉の回復には最低でも二週間はかかるわね。疲れて眠ってしまったのも、声帯の筋肉を久しぶりに使ったことによる疲労ね。文字通り、日陽ちゃんは全力を尽くして、思いを伝えたってことになる。心因的な後遺症も現在は見られない。まったく、目の前でみた今でも信じられない程の軌跡としか思えない回復ぶりよ。明美ちゃん、ありがとう。一人の医者として私は貴方に感謝するわ」


そう言って母さんは、堅土に日陽ちゃんの容態を伝えると同時に、明美に対してお礼を言った。

対して明美は褒められ慣れていないのか、とても照れていた。


「さて、それでは私達は帰るとするよ。下の階の処理もあるしな。この病院は閉鎖されるだろう。日陽ちゃんのこれからの治療は翠璃に任せれば問題は無いしな」


「ええ、ここからは私の仕事ね。久々の大きなお仕事、張り切っちゃうわよ」


「堅土君はどうするんだい?」


「自分は、ここに残ります。……今は、ずっと日陽と一緒にこの時間を過ごしていたいので」


「わかった。それじゃあみちる、明美君。家に戻ろうか」


各々の気持ちを優先して、俺達は解散した。

別れる時の最後の堅土の希望に満ちた表情を、俺は一生忘れる事は無いだろう。


※ ※ ※


自宅に戻った俺と明美は風呂に入った後、飯を食べずにそのまま布団に入った。

父さんはと言うと、帰ってくるなり各方面に夜にも関わらず電話しまくり、堅土に関する話を通しては捏造、偽造、圧力的な行動を起こしていた。


有言実行とはまさにこの事。職権乱用でそのうち捕まらないかと心配ではあるが、あれでも人望はかなりのものであり、人脈もかなり広い。


『俺がちゃんと家族を守り、生きていられるのは、他の皆が頑張ってくれているから。だったら俺はみんなにそれ以上の恩返しをしなくちゃならない』と、いつか父さんは言っていた。そんな事を平気で言える父さんだからこそ、多少無茶なことを言い出しても、結果的には、みんなついて行くのだろう。


不意に月明かりの差し込む部屋の中、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞー」


するとそこに居たのは、パジャマ姿の明美だった。

風呂に先程入ったばっかりで、まだ少し火照っているその表情が、今はとても艶めかしく俺の目に映る。


「どうした、明美?」


すると、明美は何も言わずにそのまま、俺のベッドに座り込む。


「……電気、つけるか?」

「ううん、大丈夫」


そして明美は一回、大きく深呼吸して、何かを決意するように呼吸を整えた後。


明美はいきなり、俺にキスをしてきた。

―――!!?

内心ビックリしながらも、俺はそのまま勢いに飲まれ、明美に口を塞がれた状態で押し倒されてしまう。


絡め合う舌と舌。混ざり合う唾液。

甘く蕩けて、病みつきになってしまうこの味は、明美の蕩けきった表情も合わせて、とても魅惑的な禁忌の味だった。


不意に明美が唇を離して、唾液が糸を引き、俺の唇に寂しさが訪れる。


そう思ったのも束の間。今度は明美はパジャマを脱ぎ初め、徐々に月明かりに照らされた明美の白い素肌が露わになる。


やがて、明美の大事な部分も一緒に見えるが、明美はそこで恥ずかしくなったようで、それらを腕や手を使って隠してしまう。


「ごめん。やっぱりここまで。これ以上は恥ずかしい」


しかし俺にとっては、それらの仕草や照らされた素肌が逆に扇情的で欲情をより煽ることとなった。


「ゆっくりと、慣れていこう。時間はこれからたくさんあるんだから」


「うん。ありがとう、みちる」


そう言って俺は明美の後ろに手を回して、今度は逆に俺が明美を抱き寄せる。

触った時の素肌の温もりもすべすべした素肌もとても素晴らしい感触だった。


「ん、んふぅ……」


再び重なる二つの唇。混ざり合う粘液と、重なり合い確かめあう身体と身体の温もり。

部屋に響く、甘美な明美の嬌声と紅潮させた頬。徐々に熱くなっていく体温と速くなる鼓動も感じ取れた。

そしてまた蕩けきった表情を作り、糸をひきながら唇を離す明美。


「今度はまた私からね……んぅ……」


何度も、何度も、俺達は自身の存在を離さないように、愛を確かめ合うように唇と唇を重ね合わせた。


※ ※ ※


何度か唇を重ねた後、遂には疲れ果てた俺と明美は、同じ布団で抱き合うように寝ていた。

明美の紅く染まった顔を見ながら、余韻に浸っていると、明美が小さくお願いのような感じで話してきた。


「みちる、これからもよろしくね…」


そう言って疲れがピークに達したのか、明美はそのまま小さな可愛い寝息を立てて眠ってしまった。


「大丈夫だ。もう二度と明美を離さない」


覚悟にも似た決意を俺は決める。

ここからだ。ここからはじまるのだ。


「だって、それが約束だからな……」


あの日誓った約束を果たすまでの物語は、ここから始まるのだから。


「おやすみ、明美」


最後に軽く優しく、約束を重ねるように口付けをして俺も眠りについた。


綺麗な満月が俺たちを祝福するように、白く明るく輝き、俺達を照らしていた。

第一章 完結。お読み頂き、誠にありがとうございます。


次回は今回の影の功労者、琥珀の物語になります。実はイラストを見せられた時、一番好きになったキャラクターでもあります。


ちなみにこの物語は400年後の未来の世界で魔法が伝来された、『日本での物語』です。

よってハイファンタジーにはならず、ローファンタジーになりました。


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