第13話 拒絶と言う恐怖
切り替わる視界。俺達は一瞬の内に建物の外に脱出していた。
脱出したと同時に倒壊し、大きな音を立てて崩れ去る建物。
本当に、俺達は祈っただけで外に出られたのか…。
「ガイアお姉ちゃん……」
寂しげな顔で呟く明美。
「大丈夫だ。俺達が出られたのなら助けてくれたあの人だってどこか別の場所に転送された筈だ…今はそう信じよう」
気休めにしかならないが、そう言って明美を慰める。それくらいしか今の俺には出来なかった。
「お前達!無事か!?」
心配してきた紫先生が俺達に駆け寄る。その姿は返り血によって赤く染まっていた。
向こうには黒い人達が倒れ込んで動いてはいなかった。と言う事は、そう言う事なのだろう。それ以上を俺は考えることをやめる。
「ええ、無事です。ここには俺と明美と堅土、それに琥珀と……」
一通りの面子を答えたあと、俺は言葉に詰まる。
すると察してくれたのか、一緒に転送された堅土が名前を言って引き継ぐ。
「藤堂主任だけだな……。ーーーおかしい、オーディンがいない。オーディンは別の場所に転送されたのか…?」
堅土が言い終わり、俺は見渡すと、そこには明美と同じ神伐兵器と言われていた女の子の姿は無く、藤堂主任と言われた人とボロボロの琥珀がいただけだった。
「琥珀、大丈夫か?」
「みちる。私の今の状態が無事に見えるなら、今すぐに病院に行った方が良いぞ……」
何とか気丈に軽口を叩いてはいるが、顔はとてもくるしげだった。
よく見ると、琥珀の背中の方に何やら妖しい紋章が見える。
「琥珀……その……背中で、光っているのは……?」
琥珀に質問すると、慌てて背中を隠すように俺に向かい合う琥珀。そしてうつむき、怯え、泣きそうな目で俺の質問に、確かな拒絶を持って琥珀は答える。
「……これ以上、見ないでくれ。こんな醜い今の私をこれ以上、みちるに見て欲しくない……」
「……わかった。これ以上は見ない」
「ありがとう。やっぱり、みちるは優しいな」
そう言って琥珀は紫先生に頼んで、その後いつの間に呼んでいたのだろうか。紫先生が呼んだ軍の人達によって一人家に帰っていった。
「取り敢えず、藤堂の身柄は私が預かる。軍に要請して車も呼んでおいた。追って今日の事は通達する。今日はもう帰るといい」
紫先生はそう言い、後に来た軍の人と後始末の方に回ろうとしていた。
「紫先生。その前に一つお願いがあります」
しかし、後始末に向かおうとする先生を堅土は止める。
「俺が頼めた立場じゃ無いのは分かっています。その上で、お願いします。病院にいる、妹に会わせてください。人質扱いだった妹は今回の件で、きっと命を組織に狙われています」
「ああ、妹さんの件なら大丈夫だ。今すぐ向かうといい」
「……?一体……どういう……?」
堅土は困惑しながら紫先生の言葉を受け入れ、車に乗り、病院に向かおうとする。
すると明美が俺の裾を引っ張って、言外に私も行きたいと言ってくる。
「堅土、俺と明美も行っていいか?」
「……構わない。どうせ今回の件で、俺が妹と会えるのも最後になる。この機を逃したら一生、俺の妹の事は誰にも知られないだろうからな」
驚きはしたものの、渋々と言った様子で堅土は了承してくれた。
「ありがとう。それじゃあ明美、病院に行こうか」
そうして俺と明美と堅土は、車に乗って妹さんのいるという病院に向かうことに決めた。
※ ※ ※
車の中での気まずい空気の上に、終始無言状態と言う拷問を味わい、俺達三人は病院についた。
そして、病院の入り口の前に立ったところで。
「……?」
ふと俺は違和感を覚える。何故か駐車場に止まっている車の数がこの時間にしては異様に多く、そして、何より風と言うか、空気が不気味な程に生暖かったのだ。
だが、明美も堅土も気づいていないようだった。
俺は不安を覚え、細心の注意を払って明美の手を引く。
不気味な不安を抱えながら俺は、明美と堅土とともに病院の中に入って行くのだった。
※ ※ ※
中に入ると俺達の視界に入って来たのは、死屍累々の床に転がっている数多の死体と、激しい戦闘があったと思われるロビーの光景だった。
「一体これは……」
見るも無惨な状態とはこの事だろう。大量の染み付いた血の匂いと、割かれた肉の生臭い匂いとか混ざり合い、それは死臭となって入る者を全て拒むような空間になっていた。
俺達三人は息を呑み、ただ戦慄していた。
少しして堅土が我に返り、そのままおもむろにエレベーターを使わず、奥の階段に突っ走る。
「おい、堅土!待てっ!!」
俺の声も届かず、堅土は取り憑かれたように階段を駆け上がり、そのまま上の階に向かう。
「仕方ない。明美、足元に気をつけてくれ。堅土を追うぞ」
「うん。わかったよ、みちる」
そして俺達も、数多の死体を踏み越え堅土の後を追うのだった。
※ ※ ※
堅土の後を追い合流すると、明かりのついた開かれた部屋の扉の前で、隠れるようにして壁に張り付いていた。
「おい、堅土……」
「静かにしろ。中に誰かいる」
「―――!!」
慌てて俺と明美は口を塞ぎ、静かにする。
「いいか、俺が先に突入する。その間にお前達はこの部屋にいる俺の妹を奪取してくれ。少なくとも、ここにいる奴は下の階をあんなことに出来る程の戦闘力を持った奴らだ。気を抜けば死ぬかもしれない」
素直に同意して、俺は堅土の案に乗る。
そして、俺達が部屋に突入しようとしたところで。
「外にいる者達に告ぐ。命が惜しいのなら今すぐに出てこい」
――――――ッッッッ!!??
底冷えするような冷酷な声が、部屋の中から俺達に向けて発せられる。
―――どうしてバレた!?気配は消していた筈だぞ!?
動揺が胸の中を駆け巡り、俺の手には脂汗が浮かぶ。
「クソっ。仕方ねぇ、大人しく行くしかねぇか」
潔く堅土と俺と明美は明かりのついた部屋の先に向かう。
そして、そこにいた人とは……。
「ん?なんだ。敵かと思ったら、みちると明美くんに……成程、堅土君か。ようこそ、待っていたぞ三人とも」
「どうして、ここに父さんと母さんが……?」
そこにいたのは、俺の父さん『月影 誠真』と母さんの『月影 翠璃』その人だった。
※ ※ ※
「どうして、ここに父さんと母さんが……?」
「どうしてって……俺達は『神王教団』の人質になってたこの女の子を、奴らの手から保護してたんだよ」
俺の疑問に父さんはあっけからんと答える。
「って事は、下のアレは誠真さんと翠璃さんがやったって事……?」
保護という事は敵から守っていたという事だ。となると、下にあったあの死屍累々の地獄絵図は父さんと母さんがしたことになる。
「残念ながら少しだけ違うな。アレをやったのは俺一人だ。母さんはずっとここで、この女の子の状態をチェックしていた。母さん。それでこの女の子はどう言った状況なんだ?」
父さんは母さんに話の主導権を移し、俺と明美、堅土の三人の視線を母さんに向けさせる。
母さんは大きく一呼吸した後、今のベッドの上で女の子の状況を説明した。
「本名、葉隠 日陽。年齢、十四歳。そこの堅土君の二つ下の妹さんで、十年以上前から意識はあるものの昏睡状態。所謂、植物状態が続いている状態ね。原因は恐らく、魔法に対する過度の心因性ストレスとそれによる肉体の伝達機能が上手く機能しなくなったって所かしら」
「「……??」」
何を言っているのか正直サッパリだった。堅土だけは驚いたように関心していたが、俺と明美は全く訳がわからなかった。
「つまり、使っちゃいけない年齢の時に魔法を使って、それにより身体が一時的に動かなくなってしまった。そのストレスで彼女は10年ものあいだ眠り続けているのよ」
「「あー、成程!」」
そんな俺達二人に対して母さんは、より噛み砕いて、わかりやすく簡単に伝えてくれた。今度は俺も明美も理解出来た。
概ね納得したのか、母さんは更に話を進める。
「魔法で身体が動かなくなると言う症例自体は特に珍しいものでもないわ。好奇心に駆られた子供が魔法を使って一時的に動けなくなるなんてのはよく聞く話よ。でもこの子ほど酷い症例は私も見たこと無いわ。でもそのストレスだけで昏睡状態に陥るというのは無くはないけど、あまり現実的な話では無いと思ってね。少しばかり身体の方をチェックさせて貰ったわ」
母さんは堅土と目を合わせて、堅土から『これ以上話して良いのか』と言うの許可を目で訴えていた。
堅土はその母さんとのその言外のやり取りに首を縦にふる。
母さんも了承を得られた事により、話をその先の『許可が必要』だった説明を始める。
―――それは、聞いていて、とても胸が締め付けられる内容だった。
「身体を調べた所、無数の生傷や指の一部、関節が変に曲がった場所や、脱臼してそのまま治って歪んだまま治癒された場所が見受けられた。酷い虐待にあっていた事は一目でわかったわ」
堅土は俯き、当時の事を思い出して悔しさに拳を握らせていた。
当然だろう。妹に対する両親の虐待を見ながら、それを自分の非力さ故に助ける事ができなかった。
心優しい堅土が今まで、どれ程辛い後悔と苦しみを味わっていたのかは想像に難くなかった。
「母さん、この子を治す方法はあるの?」
いたたまれず、俺は母さんに治療法を聞いた。
こんなのは残酷過ぎる理不尽だと思ったから。
しかし母さんは苦い顔をして、首を横に振り、日陽ちゃんの方を向きながら憐れみの眼差しを向けて話す。
「正直な話、難しいわね。私達は神様じゃない。それこそ奇跡でも起きなければ目覚めないレベルよ。なんせ抱えきれないストレスとトラウマによって精神が閉ざされてしまっている。生きてはいるけど、これじゃあ死んでいるのと何も変わらないわ」
時として事実とは聞かない、知らない方が幸せなことがある。
まさに今がそれだった。俺は、聞かなければ良かったと後悔していた。しかし、聞いてしまった以上引き下がる事も出来ない。もうこの子は自分にとって、関係の無い見ず知らずの他人では無いのだから。
「……日陽、ごめん……」
堅土はベッドに近づき、悔しさに肩を震わせながら、日陽ちゃんの手を握ったあと、膝をついて涙を流していた。
「俺はまだ日陽を助けられないのか…。………いったい、どれだけの人や物、時間を犠牲にしていけば、助けられるんだ……」
それはたった一人の少女の為に、十年以上と言う人生を棄てた男の、本心からの慟哭だった。
不意に、明美が母さんに近づいて質問する。
「……翠璃さん。日陽ちゃんは意識はあって心を閉ざしてる状態なんですよね?」
「ええ、そうよ。……いったい、何をするつもり?」
明美の質問を母さんは肯定する。明美のその後に言った言葉は何の根拠も無い、か細い、糸のような希望だった。
「私のチカラで日陽ちゃんの魔力を伝って心に干渉してみます。やったことは無いけれど、もしかしたら救えるかも知れない」
そして決意を固めた明美は、日陽ちゃんに近づき、堅土の握っている日陽ちゃんの手を一緒に握る。
「アルテミス……どうして……」
「……私はアンタに飛びっきりにデカイ貸しがあるのよ。それを返すだけ」
その言葉を聞いても、堅土は何のことか解らずただ困惑するだけだった。
「それじゃあ、始めるわね」
そして明美は目を閉じて、ゆっくりと日陽ちゃんの精神、心に入り込んでいく。
「日陽……戻って来てくれ……ッ!!」
堅土の発した、か細い希望の言葉はこの部屋の全員の願いを代弁していた。
※ ※ ※
気がつくと私は、真っ暗は場所にいた。
「暗い、とても暗い。一面真っ暗」
どうやら、他人の精神に入り込むと言う私のチカラを応用したこの方法は上手くいったようだ。
破壊、無効化が出来るなら、それは精神に直接干渉しているのと一緒。なら、私には出来ると思ったのだ。
そして、私は見る。
その暗い世界の中心に白く光り輝き、うずくまって泣いている日陽ちゃんの姿を。
「あの子ね。日陽ちゃんって言うのは」
徐々に私は日陽ちゃんに近づく。
日陽ちゃんは体育座りして顔を塞ぎ込ませ、静かに啜り泣いていた。
「初めまして、日陽ちゃんで合ってるよね?」
「お姉ちゃん……だれ……?」
涙を流しながら、瞳を麗わせて日陽ちゃんは問いかける。
「私は明美。貴方のお兄ちゃんに言われて、貴方をこの暗い世界から助けにきたの」
「お兄ちゃんに言われて?」
「そう」
私は反芻しながら、日陽ちゃんと対話する。
「ごめんねお姉ちゃん、来てくれてありがとう。でもヒヨはここから出ない方がいいんだ」
しかし、日陽ちゃんから出てきた言葉は寧ろ出たくないという拒絶の言葉だった。
「どうして?」
私は何故出たくないのか、その理由を日陽ちゃんに聞いた。
すると、悲しい顔をして日陽ちゃんは私の顔をみて、その理由を話し出してくれた。
「ヒヨはね、いつもお兄ちゃんに頼ってばかりで迷惑かけてた。ヒヨが、辛くて悲しい思いをする分には、全然かまわない。けれど、ヒヨのせいで、お兄ちゃんが悲しむのだけは耐えられない。ヒヨがいなくなった後、お兄ちゃんはあの酷い両親から、たぶん私の代わりに私と同じ酷い虐待を受けてた筈。……怖いんだ。お兄ちゃんが私が目を覚ました時に、受け入れてくれないんじゃないかって思うと。『お前なんかいなければ良かった』そう言われるのが本当に怖くて……辛いんだ」
日陽ちゃんの理由を聞いていて、私はとても胸が締め付けられるように辛く、苦しかった。
この日陽と言う少女は悲しい程に、兄を大切に思っているが故に、悲痛な叫びをあげて、自分が拒絶されることを恐れていた。
「もうずっと長い間、日陽ちゃんが目を覚まして無くて、堅土がその間に両親から虐待を受けてた筈だから、日陽ちゃんはお兄さんに拒絶されるのが怖いんだね……」
今の話を聞いていて、日陽ちゃんが兄をどれだけ大切に思っているかが良くわかった。
そして、拒絶される怖さ、恐怖も私は知っている。
「でも、それは要らない心配だよ、日陽ちゃん。何てったって一番日陽ちゃんに目を醒まして欲しいと思ってるのは、そのお兄ちゃん自身なんだもん。日陽ちゃん。日陽ちゃんは自分がどれくらいの間、目を醒まして無いと思ってる?」
「……分からないけど一年くらい?」
私は首を横に振り、日陽ちゃんの目を真っ直ぐにみて、正解を答える。
「残念。正解は十年以上。そして、その十年以上もの間、寝てる日陽ちゃんを介抱してくれていたのは、貴方のお兄ちゃん、堅土なんだよ」
日陽ちゃんの顔は驚きに満ちていた。
まさか自分を嫌っていると思っていた兄が、そんな長い間自分のことを投げ出さずに面倒を見てくれていたとは思わなかったのだろう。
「だから、堅土が日陽ちゃんを拒絶するなんてことは無いよ。安心してこの手を取って、外の世界に飛び立とう。大丈夫だよ。なんにも怖いことなんかもう起きないから。もし起きても貴方の、度を超えた優しさを持ったお兄ちゃんがきっと護ってくれる」
日陽ちゃんの頬を優しく撫でて、私は語りかける。
自分の兄を大切に思う気持ちに気づいているのに、どうしてその逆があるという事を、この日陽と言う少女は今まで考えられず、気づけなかったのか。
でも、私はその大切な事に気づけるか、気づけないかで、人と人との関係は変わると思っている。
だからこそ、私は日陽ちゃんに伝えたいことを伝え、外に出る為の手を差し伸べる。
―――日陽ちゃんは私の手をとってくれた。
その瞬間、一面真っ黒の世界はガラスのように砕け散り、綺麗な水平線の見える海と果てのない青空に包まれた世界に変わる。
「凄い……これが日陽ちゃんの心の中なんだね」
どこまでも続く、全てを受け入れるような優しく広がった海と青空の広がる世界を見て、私は感嘆していた。
「うん……ヒヨ自身忘れてたけどね。こんなに綺麗な世界ならもっと速くに見ておけば良かった。お姉ちゃん、私はもう大丈夫。……まずはお兄ちゃんに謝らないと」
「そっか」
短く、言葉を返す。
それだけでもう充分だった。心は、思いは伝わった。
「それじゃあ日陽ちゃん。また外の世界で」
「うん。ありがとう、明美お姉ちゃん。またね」
そうして、私達は現実の世界に戻って行く。
それぞれの大切な人の元へ帰るために。
実はこの少女の名前は最近のとあるアプリを参考にとりました。
ちなみにこの時点では私は三つ目までしか、開けていません。
二つ目の鍵を開けた時のエピソードで私が想像したのは、この状況でした。
今回のお話は自分の想像のエピソードに対する、救われて時のお話です。
―――何を言っているのか解らない?構いません。全ては私自身の想像に対する答えです。