第10話 琥珀と紫の戦い
「さて、お前らの相手は私だ」
そう言って、私は数多の黒服の警備員の前に立ち塞がる。
(とはいえ、流石にこの人数はちょっと厳しいかな……)
大見得を切って二人を中に送り出したものの、人数的には明らかな程、こちらが圧倒的不利の状況だった。
「仕方ない、出し惜しみは無しで全力で行こう」
すかさず私は魔法陣を唱える。
「魔法陣二重展開『身体強化』それに『風脚』!!」
自身の身体能力を強化する魔法と、Bランクの足に風を纏い機動力を上昇させる『風足』の上位の魔法を唱える。これで起動力と元々の身体能力も段違いに向上した。
『二重展開』―――デュアルキャストと呼ばれるこの技法は、一度に同じ魔法を二回分一気に唱えることで、魔法の効力を加算的に付与するものではなく、乗算的に付与する技法である。
わかりやすく説明するなら今の私は通常の魔法のかけ方『身体強化+身体強化』ではなく、『身体強化×身体強化』を自身に付与して、威力を爆発的に上昇させているのだ。
することは決まっている。爆発的に高まった機動力と筋力を用いて、敵である黒服の警備員に肉弾戦を持ち込み個別撃破。
「せいっ!!」
「ふんっ!!」
しかし渾身の一撃であるストレートの殴打を、黒服の警備員は真正面から受けても吹き飛ぶどころか、何事も無かったかのように、その場で受け止め耐えて見せた。
「嘘でしょ……何もしないで腕力だけで止めた?あんた、本当に人間なの!?」
「目論見が外れて残念だったな。我らは全員、常人の身体能力はとうの昔に捨て去っているのだよ」
そのまま私は男性から離れ、一歩距離を置く。
「麻薬か違法手術のどちらかね。さすがは国際的犯罪集団の一角『神王教団』。知れば知るほど、闇が深いわね。……でもこれくらいの不利、私にとっては日常茶飯事なのよ」
黒服の男性に、私は拳銃のような形を模した人差し指を向ける。
ーーー射程圏内。発動。
「ーーーばん」
「がはぁ……ッ!!」
男性の胸部に大きな空洞を空け、辺り一面に血の海の作り出した。
突如、近くにいた別の黒服が驚愕の声を上げる。
「馬鹿な、即死だと!?貴様……まさか、軍の人間か!?」
「違うわ。ただの高校教師よ」
呼吸をするように、私は嘘を吐く。それは日常的に嘘をつくことが染み付いている証拠だった。
「即死級のAランクの魔法を使えるのに何を言ってやがる!!たかが高校教師にそんなもの使えるわけねぇだろ!!」
しかし、その回答が気に食わなかったのか、黒服の男性は尚も逆上し糾弾する。
ーーーいい傾向、隙だらけね。もっと激情させましょう。
「あら?これがAランクの魔法だっていう証拠がどこにあるのかしら?」
「黙れくそっ!!魔法には魔法で対抗するしかない。風の鎧よ!」
黒服の男性は激昂しながらも冷静に判断を下し、体に風の鎧を身に纏う。
だがしかし。
「残念でした。これに対してそれは大悪手で不正解よ。0点ね」
私は妖艶に笑って、太ももから隠していた拳銃を取り出して。
「装填、火炎弾。『 ばん 』―――さようなら」
赤い色の弾丸を込め、敵に向けて放つ。魔法の言葉も添えて。
「ぐぁあ!熱い!熱いィィィ!!」
炸裂した赤い弾丸は黒服の纏っている風の鎧に着弾すると同時に燃え盛り、火だるまになって男性は転げ回る。
そして遂には男の悲鳴は途切れることとなった。
「それじゃあ、ご愁傷さま」
私は他にもいる黒服の男性達にそれぞれ拳銃と拳銃を模した指を向けて、一言ずつ呟いていく。
『ばん』
※ ※ ※
みちるが奥の部屋に向けて走り去ったあと。
琥珀と藤堂は対峙していた。
「それではいきますよ、オーディン」
「……かしこまりました」
そう言って藤堂とオーディンと呼ばれた少女は手を繋ぎ、一言。
「「『接続』!!」
するとオーディンはそのまま眩き光となって、藤堂と同化した。
そして藤堂の手に現れたのは、背丈ほど長く先端に赤い宝石の埋め込まれた杖と、時点ほどの大きさのある一冊の本だった。
「ではいつも通り、排除致しましょうか」
確かな殺気と悪意を放ち、藤堂は琥珀に宣言する。
「そう簡単にやられたりするもんか。炎よ!」
決意と覚悟をもって琥珀はCランクの炎の魔法を唱える。
「効きませんねぇ…」
しかし炎が藤堂に着弾しても、藤堂には傷一つつけられず、あまつさえ持っていた杖でかき消されてしまった。
「そんな、傷一つ無いだって……?」
その異常性に私は戦慄した。
確かにCランクの炎の魔法は元々人を傷つけるようには、火力は設定されていない。火だるまになるような純粋な火力の炎は、それこそAランク相当になるからだ。しかし、いくらCランクとはいえ、炎に違いはない。直撃すれば無傷ではすまない筈なのだ。
しかし冷静に分析している琥珀とは対照的に、藤堂は高らかな声で琥珀に話しかける。
「貴方に本当の『圧倒的な魔法』と言うものを見せてあげましょう……『弾よ《バレット》』!」
すると一瞬の内に藤堂の頭上に、数多の白くて丸い魔法弾の弾幕が出来上がる。
「これは……火や水や風の魔法を弾にしたものではない、純粋な魔力だけを弾にした弾幕…!?」
再度、私はその光景に目を見張る。
一つ一つの威力はBランク相当だろう。しかし、問題はそこではない。
そして冷静に分析した琥珀に対し、藤堂は感心したように話を続ける。
「よく観察しておられますねェ、その通りです。知っているなら対処法もご存知の筈ですね?」
「……より高威力の魔法で正面から打ち消すか、避けるしかない」
そう、問題はそこなのだ。純粋な魔力の塊故に対処法は真正面から叩き潰すか、逃げ回りやりきるしか方法はない。
だが、この数では間違いなく逃げきれない。必ず一つは着弾して私は死ぬ。対抗する守りの魔法も持ち合わせてはいないから意味がない。
「その通り。勤勉なのは良きことです。では死んで頂きましょうか」
しかし思考とは裏腹に、闘いとは非情なもので、相手は対処など待ってはくれない。
藤堂の合図と共に、数多の魔法弾は降り注がれることになった。
私はこの逃れようのない死の瞬間、一つの決意をする。
それは、自身の身体を壊してでもこの場を生き延びる覚悟。
「『呪印発動』『風足』」
そして、唱えた琥珀の背中に浮き出る謎の魔法陣と、機動力を上昇させる為の魔法により、足に纏われる風。
「聡い子だ。避けるほうを選択するのは間違ってはいない。しかし『避けきれることを前提とするならば』ですがね」
藤堂の呟きとは真逆に高い機動力を用いて、圧倒的な魔法弾の弾幕を避けていく琥珀。
それでも尽きない魔法弾。魔法弾。魔法弾。
「ほらほら、まだまだ弾は残っていますよ!死にたくなければ踊りなさい!」
「くっ……!」
しかし機動力を高めても、やはり最終的には追い詰められていき、避けきれない琥珀の目の前に最後の魔法弾が迫る。
だが、ここが琥珀にとってのチャンスだった。
「ここだっ!……『呪印発動』『水弾よ《ウォーターバレット》』!!」
「なにっ!?」
火力を高めて巨大な弾に膨張した水の魔法に相殺され、打ち消される魔法弾。
藤堂の目論見は外れ、琥珀は何とか生き延びたのだ。
「これは少々予想外ですね。まさか私の弾が相殺されるとは。要因はその背中の魔法陣ですかねぇ?」
「はぁ……はぁ……」
驚愕と言うよりは寧ろ感心した様子で、藤堂は私にに話しかける。
対するは私は息も絶え絶えの状態だった。
「ですが、その爆発的に魔法の威力を高める背中の魔法陣。相当、体に負担をかけるもののようだ」
いつの間にか、私の背中の服が破れその下にある魔法陣があらわになっていた。
ーーー瞬間、思い出される過去の記憶。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい。
「んん?何か複雑な事情がありそうですねぇ?とは言えその魔法陣は強力だ。是非とも解析して私のチカラに致しましょう」
冷静に分析される琥珀。いつでも冷静とは、こと戦いの場に置いては厄介極まりないものであった。
「くっ……!」
このままではまずい。私は背を向けてすぐに敵から逃げる。
「おや、逃亡ですか?私に背を向け逃げ出すとは。逃がしませんよ」
「はぁ……はぁ……」
追ってくる敵。それに対し、逃げて後退する私。
そうだ。そのままこっちにこい。
「ここだ、くらえ!」
ある場所にまで敵が来た瞬間、私は反転し向き合う。
「『呪印発動』雷よ!!」
「一度見た攻撃は私には通用しませんよぉ!その程度の魔法は日常的に見ていますよ!」
威力を高めた雷の魔法を使い、私の手から離れた魔法が着弾したのは敵……ではなく。
先ほどの魔法弾を相殺した時に出来た、巨大な水弾の残滓、つまり床に出来た大きな水溜りだ。
「ぐぁぁぁぁァァァァァ!!!」
感電し、悲鳴を上げ、電気によって体の自由を奪われた藤堂は、そのまま問答無用に水溜りに倒れ込む。
「ふぅー」
安心し、溜息をつく琥珀。
「く、くそ……身体が……」
感電して自由を奪われたにも関わらず、未だに諦めずに抵抗する。
加減しすぎたのだろうか。
「土よ」
そんな敵に私は情け容赦なく、土の魔法で作り出した岩で両腕と両足を潰す。
水たまりは徐々に赤く染まっていく。
「ぐあァァァァァ!!」
「………あぅ…ぅぅ………」
あまりの激痛に『接続』も解け、隣にいた少女も敵の隣に倒れ込んでいる。
少女も多少の痛みを感じていたのか、腕を抑え、涙を流しながらその場に倒れ込でいた。
「ふ、接続も解け両手両足を失った私には何も打つ手は残されてはいない……唯一の誤算にして敗因は、あなたを子供と思い侮った事でしたか…」
敵は遂に戦意を喪失し、抵抗しなくなった。
「もう、いい加減、黙っててくれない?……私も結構しんどいんだからさ」
そんな藤堂に対して、琥珀は厳しめの感想を言い放つ。
「それは無理ですな…私は科学者ですので。弁舌は私の特技ですよ」
しかし、それを科学者の性だと断じるも両手両足をを潰された激痛に耐えきれず、遂には意識を失い気絶するのだった。