第1話 約束の始まり
十年前のある少女との夏の日のことを思い出す。
大切な約束であり、呪いのような出来事を。
少女の腕が変質し、拳銃や剣、弓や槍、その他たくさんの武器に変化する姿に魅せられた当時六歳の出来事。
けれど、他人から見ればおぞましい出来事も当時の俺からしたら些細なことでしか無く、どうでも良かったのである。
「こんな兵器を好きになってくれるの…?」
子どもの頃というのは特に感情に素直になりがちだ。例え好きな人の醜い部分を数多見せられようとも『好き』という感情が全てを跳ね除けてしまう。
少年は少女の涙を拭き、満月が照らす満点の星空の下、たった一つの約束をする。
「もし、もう一度出会えたなら…」
頬に涙を伝わせ、それでも懸命に笑顔を作り、少女は少年に約束事を告げる
「その時は私を、あなたのお嫁さんにしてください!」
それっきり少女の姿を、今に至るまで少年は見ることは無かった。
※ ※ ※ ※
「忘れた事は一度も無いけど、これまた懐かしい夢を見たな」
昼休み、欠伸を上げながら俺こと『月影みちる』は机から体を仰け反らせる。
「もう、十年も前になるのか」
俺の初恋と同時に人生が歪められたあの日から、もう十年ほどだろうか。
「取り敢えず、次の授業の準備でも……って、そっか……次は魔法実技か」
『魔法実技』という単語を目にした瞬間、苦虫をかみ潰したような顔に様変わりする。
月影みちる、今年十六歳。高校一年。
座学の成績一位という優秀さと、それに反比例するかの如く魔法の実技が万年最下位なのを除けば、生来、生まれつきの銀髪だけがトレードマークの普通の男子高校生。
俺の在籍しているここは、アルテミス魔法高等学校という、地球の日本に存在する国立の高校だ。
『魔法』―――その昔、今から約四百年前。科学が発達した日本の千葉の上空に突如、黒い穴が開き、そこから平行世界の住人という子ども達がやって来た。その子ども達はその時の日本の首相に遭うなり、当時、未知の力であった魔法を首相に教え、日本に魔法という文化を広めた。
そして世界はその夢の様なチカラの解明に国を上げて研究し、遂には科学的に魔法を解明するまでに至った。
つまり、今の日本では、もっと言えば地球では『魔法』というものの殆どは、科学的に説明出来るのである。
もちろん中には未だに解明出来ていない魔法も存在する。しかし、その殆どは使用者自体に害を及ぼすものだったり、生き物やその魂を贄として発動する、所謂『禁術指定の魔法』である。
「どうしたのさ。そんなに苦虫をかみ潰したような顔をしてー。ってあーそっか。次は魔法実技か」
隣の席から狐耳の俺よりも遥かに小さい女の子が声をかけてきた。
「あぁ本当に欝になるわ。サボっちゃ……駄目だよなぁ…はぁ……」
「わかっているのなら良し。さぁ行くぞ、みちる」
この狐耳の少女の名前は天風琥珀。身長が明らかに身長が低く幼児体型で、幼い女の子にしか見えないが、れっきとした同い年。しかもこのクラスの学級委員長でもある。こんなにちっちゃい女の子なのに、立派に毎日を過ごしている。
出会いは入学当初まで遡るのだが、その話はまた別の機会に。
「にしても、ホント、琥珀の狐耳はもふもふするなぁー」
「や……やめぇ……やめろぉー!!」
「痛い痛いスネ蹴るな!……ごめんわるかった」
蹴られたスネを擦りながら琥珀に謝罪する。
―――魔法が発展すると同時に、科学も解明の為に発展していった。今では人間ではない獣人や妖精、悪魔などといった昔ではファンタジーの中の住人も地球に移り住み、こうして一緒に暮らすまでに至った。
日本人のいい所は様々な文化を分け隔てなく、偏見なく愛せる部分だと俺は思う。
「仕方ない、授業に向かうとするか」
「仕方ないもなにも、琥珀がいる時点で欠席出来るとみちるは本気で思っているのか?」
「……無理だな」
魔法の使えない俺は、言い換えれば魔法を使える人達からすれば弱者もいい所。赤子そのものである。
そんな環境にいながら、性格が歪まなかったのはひとえに親と友達のお陰だろう。俺は少なくとも人生には恵まれていたと思う。
ふと気がつけば俺はまた、琥珀の頭を撫でていた。
「だから何でいきなり頭を撫でるんだぁー!!」
「……感謝してるんだよ。ありがとな琥珀」
「い、い、いきなりなんだ、みちる!気色悪いぞ」
顔を真っ赤にしながら、講義の意を表す琥珀。
そうやって、何気ない日々を俺たちはこれからも送っていくのだ。