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3話

「さてディヴァ、街の外までで良ければ一緒に行くがどうする?」


普段のグレイからは考えられないセリフだった。グレイの険しく厳しいその旅は行先が明確に決まってはいない。しかし目的だけは決まっている。

そんなグレイは他人に関わるのを酷く嫌う。もともとの性格もあるが、グレイには他人に関わる余裕ある旅路ではないのだ。

そんなグレイが言った自身が驚くような言葉を目の前の歌姫に言ってのけたのだ。


「ふふ、ボディガードですか?」

「まぁそんなとこだ。流石にもう追っ掛けもいないとは思うが。それとも夜だしおまえはこのまま街の宿にでも泊まるのか?」

「グレイは?」

「オレはこの街での用は済んだからもう行くが。」

「そうですか。それなら私も街を出るのでよろしくお願いします。」

「なら決まりだな。おまえの容姿はあまりにも目立つからとりあえずこれでも羽織っとけ。」



そう言ってグレイはローブをディヴァに着せ、フードを深く被らせる。

いくら夜だとはいえディヴァの容姿は目立つ。万が一にも彼女の追っ掛けにでも見つかれば再び騒動になりかねないし、なにより面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

ふとディヴァの方に目を向けると、彼女はローブが気になるのか、顔を近づけてみたり袖を広げてみたりと何やらそわそわとしている。


「一応洗ってはあるのだが…臭うか?」

「いえその…男の人の臭いがするなと思って。」

「嫌なら無理に着なくても良いんだぞ。」

「嫌とは言ってませんよ。」


剥ぎ取られると思ったのか、ディヴァは両腕でガッシリとローブを掴んでいる。

世界中で噂になるほど有名な神出鬼没な歌姫が、会ってみればあまりに普通な女でグレイは思わず笑みがこぼれる。



「さて、オレたちは行くよ。世話になったな鍛冶士スミス。」

「街の外までとは言えディヴァちゃんと2人なんてグレイの旦那もやるじゃないですか。そうと知っていれば料金を倍にしとくんでしたぜ。」

「そんなんじゃないさ。それよりあんたもディヴァのファンだったか。」


工房に2人の男の笑い声が響く。


「ミスミさんありがとうございます。それではご縁があればまた。」

美しい姿勢で挨拶を交わしたディヴァとグレイは、扉を開けて街に出た。





貧民街スラムを抜け郊外に出ると、夜だと言うのに多くの人で賑わいを見せていた。


「夜だと言うのに随分と賑わっていますね。」

「今年は十年に一度の祭りがあるからな。準備等で忙しいのだろ」

「お祭り?」

「知らないって事はないだろ?四大陸全土で一斉に行う祭りだ。かつて悪魔王サタンを討った四大天使に感謝を捧げる祭りで、小さな村から王都まで全ての集落が一斉に行う祭りだぞ?」

「神や天使を信じる人がほとんどいないのにお祭りはするんですね。」


そう言ってディヴァは少しだけ意地悪そうに笑う。

そんなディヴァにグレイは鼻で笑いこたえる。


「フッ、別に本気で神や天使に感謝を捧げている人間なんかいないさ。祭りの主旨なんて関係なくただ騒ぎたいだけさ、人間なんかそんなもんだろ。そんなことよりお前さっき間違って鍛冶士スミスをミスミとか言ってたぞ。」

「別に間違っていませんよ?鍛冶士スミスは職業名でしょ?ミスミは彼の名前です。」

「は?名前がミスミ?スミスミスミすみ…ん?なんか分からなくなってきた。」


グレイが1人自問自答して混乱していると、ディヴァは先ほどまでの意地悪そうな笑顔から今度は本当に楽しそうに笑った。





2人の状況が一変したのは市場を抜ける頃だった。

ローブの裾をつまみながら少し後ろを歩いていたディヴァが不意に足を止めた。

振り返ってみればディヴァはグレイのローブを握りしめたまま露店の籠を見つめている。

「どうしたディヴァ。珍しいものでもあったか?」

「グレイ…これは何ですか?丸くてプニプニしていて…甘い香りで私の心を惹きつけてやまないのは。」

「なにって…桃じゃないか。そんなのどこにだって売っているじゃないか。」


ディヴァは桃を食べてしまいそうな程に近付き眺めている。本当に知れば知るほどに彼女がよく分からない。世界中で目撃されているという事は、それだけ世界を旅しているということだ。食料を扱う店先に顔を出せば桃ぐらいはすぐに目に付きそうなものなのだが、目の前の彼女はまるで始めて見たかのように目を輝かせているのだ。

まぁ先ほどのように人目に触れれば彼女のファンに追い掛け回される日々の中でのんびり買い物…なんて出来なかったのかもしれない。

まるで少女のように目を輝かせるディヴァを見て肩の力が抜けたグレイの

「食べてみるか?」

一言にディヴァは喜びを爆発させた満面の笑みで応えた。


主人おやじいくらだ。」

「はい、1万金になります。」

「は?ボッタくるにしてもやり過ぎだろ。なんで桃が1万金もするんだよ。」


グレイの指摘は当然のものだった。国によって収穫できたり又は他国からの輸入に頼ったりと様々な理由はあれど桃の相場は総じて200金程度だ。それが1万金と言うのだから騙される人は普通いない。

しかし露店の主人は指差していう。


「しかし奥様が籠ごとお持ちになられているので…」

「籠ごと…だと」


誰が奥様だと言うのはさて置いたとして

「一個で良いだろうが!なんで籠ごと持ってるんだよおまえは。」

「だってどれも美味しそうじゃないですか。もし私が買ったものより更に美味しい桃があったらどうするんですか。私にはこの中から1つを選ぶなんて残酷なこと私にはできません。」


店先でギャーギャー騒ぐ2人は当然のごとく注目が集まる。そんななかでグレイから不注意にも名前を読んでしまった一言。


「そんなに食いたきゃ自分で買えよディヴァ!!」


そしておそろしくタイミング良く放つ露店の主人の言葉。


「奥様に優しくするのが夫の…え?ディヴァ?」


トドメに放つディヴァの悪戯。


「そんなイケズなこと言わないでア・ナ・タ♡」


辺りは騒然とし始めた。ひそひそと聞こえてくる町人達のディヴァってあの?だとか、ディヴァちゃんって結婚しているのかだの、アレが旦那?

だの、驚きを込めたドヨメキの中に明らかに混じり始めたグレイへの殺気。


グレイは店の店主に1万金を投げるように渡すと、ディヴァの手を取り街の出口へと必死で逃げだしたのだった。

桃…甘くて柔らかくて美味しい…なんて素敵な食べ物なんでしょう。これは喉にもきっと良いはずです。グレイにたくさん買って貰わなきゃですわ。

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