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幕間:龍王達の胎動



 エルトラミア大陸―――そこは龍によって滅ぼされた大陸の一つ。


 その中心部には巨大な火山が鎮座している。その名を霊峰サンクリアス、この大火山の周辺が赤き鱗を持つ龍の本拠地であり、その火口が支配者の玉座であった。彼の龍は並の生物ではひとたまりも無く焼け死んでしまうような環境に身を置き、見える者はこの灼熱の地獄に、そして王の放つ威圧に耐えることができる強者でなければならないのだ。



 そして今、王は家臣の龍を前に激怒していた。



 始まりは、王の転寝を妨げる配下の耳障りな喚き声だった。


 「雷様!! 報告でございます!!!」


 彼はそれなりに優秀な将だった、溶岩の流れる火口に飛び込む事を物ともしない肉体を持ち、王の報告を買って出る胆力をも持ち合わせていた―――



 「………あ゛?」



 ―――だが、微睡を妨害された王の不興の呟きは、ほんの一瞬だが確かに恐怖で彼の意識を刈り取った。


 「……おい、報告があるんだろうが、いつまでも寝てんじゃねぇよ」


 「はっ!? ……ね……? ………す、すみませんでしたぁっ!!?」


 「いいから早くしろ」


 けだるげな王の声は影の中から響き、その御姿は隠れて見えない。


 「……そ、それが、その、我々の猿を見張らせていた斥候が紫に始末されまして」


 「ふん、ならサッサとけじめを付けて来い」


 戦争において情報は生命線だ。それを知っている王はどんな些細なことでも自分に報告させる。


 「……既に報復攻撃は行ったのですが………結果が………両軍全滅でして」


 「………紫如きに………テメェら腑抜けてんのか?」


 「滅相もございません!!!」


 「………まぁいい、一時的に町の守りが弱くなるのを付け込まれないようにしろ。空いた町は何処かが入って防衛がしっかりする前に獲っておけ………もう帰っていいぞ」


 王はそれだけ言って再び眠りにつこうとしたが、将は動かない。先程よりもさらに縮こまっている。



 「……なんだ、まだ何かあるのか?」


 「…………その、我が軍がもぬけの殻となった紫の都市を侵略にかかった際……そこは既に猿が、占拠して……いたのですが………現状では猿に手出しはできませんし………」


 「……つまり、だ。お前はこう言いたいんだな? 我々赤の龍が龍ですらない下等生物に出し抜かれ、どうしようもなく逃げ帰ってきた、と、そう言いたいんだな?」


 「………………左様でございます」



 「この大間抜けが!!!」



 龍王の怒声は溶岩をも引き裂き、確かな衝撃となって将の龍を襲った。軽々とその巨体が浮き、もんどりうって転倒した。そして王はその無様な姿を見て溜飲を下げたのか幾分か冷静な声で命じた。


 「……お前を叱るのは見当違いか………あの町に配属されてる全員を連れて来い、オレが処刑する」


 「お、王よ、どうかお待ちに!!」


 「煩い、決定事項だ。それとも、オレに意見を変えさせられる程の理由があるのか?」


 「そ、それは…………」


 「無いなら黙って呼びに行け、それとも、お前から死ぬか?」


 「い、いえ……行ってまいります。」


 「早くし……………………いや、ちょっと待て、猿が町を占拠したと言ったか?」


 「は、はい……それが?」



 「おかしいだろ、早すぎる」



 「え……?」


 「オレ達赤の龍が大陸の拠点から紫の町に進軍するのにどれだけ遅くても一日二日だ、対して猿共はどれだけ急いでも片道三日はかかる、戦争の結果を見てからでは往復六日、それも個人の話だ。どう足掻いても間に合わねぇ」


 「しかし、事実は……」


 「そうだ、猿共が追い付こうと思ったら終戦に合わせて追いつける”足”か、戦争を予見する”頭”がなきゃなんねぇ、どっちも猿が持ってるはず無いわな」


 「で、では一体………?」




 「決まってんだろ、どっかの龍が手ぇ貸してんだ。オレの予想では紫だが」




 「ば、馬鹿な!? 猿と繋がる龍など居るはずがございません!!」


 「紫のは俺と同じで”新世代”だからな、”毒の王”の思考は老害共と多少ずれている。連中ならこの事に気付いても龍が猿と仲良くするなぞ天地がひっくり返っても信じないだろうな。年寄り共に猿への援助を偶然と思わせる妙案だ……まぁ、あのダラズ者がここまで考えてしでかしたのかと言われるとそれも微妙だが…………」


 「な、何の為に!? つまり自作自演を行った訳でしょう!?」


 「そこまで知った事か……ただ、案外戦いに飢えていたとかそんな理由じゃねぇか? 事実、あの大陸はそう遠くない内に魔境になるぜ、王が進出してくるかもしれん。もしかしたら、オレが気づくと分かった上でこうしたのかもな」


 「……で、では雷様はどうなさるのですか!?」


 「そんなん一つしかねぇだろ。他所に先を越される前にオレが出る」




 一瞬、火山が凍り付いたように音を失った。溶岩の煮えたぎる音も、生物の呼吸音も、全て。



 唐突に、バン!!! と、大気の破裂した爆音が静寂を突き破った。



 地は砕け、溶岩は吹き飛び、将の龍でさえ衝撃で地を掴む足を全て折った。


 そして赤黒い雷が飛び去った後、王の姿はもうどこにも残っていなかった――――――






 所変わって、ここは雲の上。天を貫く大山の頂点。空気が薄く極寒な、生物が棲むには適さないそこに、神の社と称されても違和感のない荘厳な石造りの神殿が建てられていた。


 しかし、その”城”に住むのは神などでは無い。神をも畏れぬ傲岸不遜な龍の王唯一人である。



 「………剣様、報告がございます」


 ―――白き鱗の龍、彼らは人間の二倍ほどの体躯で直立二足歩行を行い、天使のような純白の翼をその背に生やす種族である。彼らは他の龍に劣る剛力では無く、その身体を最大限生かす”武術”によって古来より戦ってきた。


 そして今、一体の将が王の元へと進み、玉座の前にて頭を垂れた。


 城の中に灯りは無く、また彼は跪いていたが為にその全身を確かめることはかなわない。ただ、巨大な椅子に深く腰掛けるその足がちらりと見えるだけである。そして彼は、己に向けられる欠片ほどの興味も含まれない冷めた視線と別称の表す通り刃のような存在感によって身を斬られる様な思いをしながら口を開いた。


 「赤と紫の小競り合いは赤の勝利で終結しました。しかし、その赤も猿に追い出され、現状街は猿の支配下にある、と。また、依然紫の目的は見えぬままで……」


 コツ、コツとひじ掛けを叩く音が響き、叱責されている訳でも無いのに将の身体が固まる。


 「……帰ってきた斥候の話は?」


 「それが……全員紫の毒に巻き込まれたらしく、戦闘中には幻覚が見えていたと申しております」


 「……全員……? そんなことがあるのか……?」


 「体からは確かに毒が検出されております。話も聞きましたがどれも珍妙な物ばかりで―――」


 「……話せ」


 「はっ……しかし……」


 「話せ」


 「………かしこまりました。今回斥候に出した者は三名。一体は何やら形容しがたい悪鬼のようなモノに延々追いかけられ、もう一体は複数の色を持つ龍を遠くから延々見つめ続け、最期の一体は地上の死体が蠢く地獄絵図を目撃したとの事です」


 「………………二体目」


 「はっ?」


 「二体目の話を詳しく聞かせろ」


 「複数の色を持つ龍の話でしょうか」


 「それだ。……何色だったか、形状は、何をしていたのか……全て教えろ」


 「は、はぁ…………た、確か、金と紫の鱗を持っていたと……形に関してはおぼろげだったと聞いております。本人も羽と尾で龍と断定したと言っておりまして…………」


 「羽はあるのか、そして金と紫……………………………………………その、猿に奪われた紫の町は今どうなっている?」


 「は? …………どう、と申されましても」


 「……直に見て来い」


 「し、しかし……」


 「口答えするな、見て来い。……お前なら往復半日で十分だろう?」


 自分の事を見ていたのか、と将は内心で驚きながらも理不尽な命令を安請け合いはしなかった。


 「…………また無茶を……」


 「……一度として出来ない事を命じた覚えは無い、愚痴る暇があれば疾く行け」


 「………御意に」


 一礼して飛んでいく家臣の姿をぼんやりと眺めながら、王は自らの高速で回転する脳が導き出した仮説を思い浮かべ、それによってもたらされる未来を予見した。



 ――――――すなわち、龍の風上にも置けぬ愚物、ついでに目障りな猿が絶滅する未来を。






 ”龍の爪痕”からそう遠くない毒の湖沼地帯、ここの一帯は紫の龍が支配している。と言うより、紫の龍が支配するが為に毒が蔓延しているのである。



 湖の地下には巨大な洞穴が広がり、その最奥にて紫の王は―――惰眠を貪っていた。



 ほんの数分前に王の元へと報告に向かった将が二頭、明らかに気落ちした様子で洞穴の外へと這い出した。彼らの悩みはただ一つ、王が働かないのである。


 「……全く、毒王様にも困ったものだ」


 「うむ…………あのぐうたらな性格さえ直して頂けたなら、毒王様は十分世界に覇を唱えるに足る資質を持っておいでだというのに………」


 彼らは件の大陸にて赤の龍との戦争に突入、最終的には猿に町を乗っ取られたことを報告しに向かったのだが、それに対する王の言葉は余りにも簡潔だった。



 ”ふーん………任せるから好きにして”………以上である。



 「大体、毒王様には王としての自覚が足らないのではないか!?」


 「仕方あるまい、毒王様が王の資質を持ち、あまつさえ先代をあっさりと殺してしまわれたのだから。強き者に従う、これは鉄の掟だ」


 「だが!!」


 「我らの王はそれを良くお分かりになっているのだ。つまり自分が王であるのはひとえに毒が強力だからであり、力を振るうのが自分の仕事であると。事実、必要なら呼べと以前そうおっしゃったではないか………そしてそれさえ守っておけば政務などは丸投げしても構わないと本気でお思いなのだろう。」


 「だが………」


 「納得いかないのは分かる、その類稀なる才を無下にしている事に憤慨するのも分かる。………しかしだ、我々が何と言おうと毒王様の耳に入らないのはもはや実証済みではないか……っ!!」


 「…………何故、私には王の資質が無いのか。私に力があれば……」


 「滅多なことをぬかすな!! 王に意思が無いならば盛り立てるのが家臣の務めであろう!!」


 「………すまない、忘れてくれ」


 「ああ、私は何も聞かなかった…………………それで、どうする?」


 「大陸の事か? どうする、よりもまずどうなるか、だな」


 「……私は猿を殲滅する方向に話が行くと思う、そうなった時に王が近くにいないのでは出遅れる可能性が高い。毒王様には大陸に移動してもらわねば。」


 「うむ、私も同意見だ………だが、王が出向けば否応なく緊張が高まるぞ。それに、他所の連中は我々をこの大陸の外へ出さないよう結託して動いているフシがある、渡海の途中で襲われれば大打撃を受けるだろう」


 「そうは言ってもだな…………」


 「まぁ待て、ここで立ち話を続けるのもなんだ、この続きは会議で話そう」


 「……うむ、そうするか。」




 「毒王様、将の間での話し合いの結果、貴方様には大陸へ向かって頂くことが決定いたしました。つきましては今後の予定を立てる必要がありますので………」


 「……んー……あと三日ぁ」


 「一刻を争う事態です!! すぐに出てきて頂きたい!!」


 将はがなりながら、つい一歩を踏み出してしまった―――瞬間、つま先が融解した。


 「っ!!」


 「ダメだよぉ、勝手に入ってきちゃあ」


 咄嗟に足を引いた将にどこか可愛らしい、同時に神経を逆撫でする声が届く。


 もはやどうしようもなかった。彼にできるのは深く深くため息を吐き、その場を辞するのみだった。


 

 

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