龍の戦争
「やっぱり根本的に人員が足りないんだよな。諦めさせるには速やかに国の人間をこっちに移動させてこないと。報告と移動で何日かかるよ」
「仕方がない、猿の集団を出撃させて紫どもを刺激する訳にもいかないが、今猿一匹での旅など襲ってくれと言っている様なものだ。主に汚い猿の盗賊どもにだが、龍に遭遇しないとも限らないだろう」
「僕だけで帰るのは?」
「いくらリュシオール様でも早馬で三日かかる地点から騎士団本部まで歩いて往復するのは無謀かと。食料も足りません」
時間は流れ、今は夜。人間組が各々持ち込んだ携帯食料を食みながら全員でラピスの案の修正中である。問題は町を乗っ取ることでは無く、乗っ取った後のこと。龍に手出しを躊躇させるには大量の人民を送り込んで人間が火事場泥棒によって領土を確保したと思わせなければならないが、現状では騎士団に手早くその指示を出せないがためにどうしてもラピスの存在が明らかになってしまう。無論報告の為とラピスが町を空けるのは論外である。
「………ラピス、決着からどこかの将が来るまで速くて何日だ? 斥候は全部始末する」
「ふむ…………そうだな、噛み合ってしまうと、決着から二日もかからないだろう」
「二日、か………時間も無いな」
「二日だ。まぁそうそう起こりはしないはずだがな、言った通り、噛み合えば、だ」
「最悪で仮定するのは当然だろ。それと、何処が来るんだ?」
「灰か白だ、奴らは空を飛ぶからな。拠点も比較的近く、将の飛行速度はかなりのものだ」
「空を飛ぶ……か、他にはいないのか?」
「金がいる。だがアレは他と違う。勢力図に興味が無いのさ」
「そうか、ちなみに二日の内訳は?」
「決着まで遅くとも丸一日、これを過ぎて一日経っても斥候が帰ってこなければ巻き込まれて死亡した可能性が濃厚だ、空中に居たはずの兵が殺される規模の戦争なら両軍全滅の可能性が高い、そして今なら乗っ取れるともう一日で進軍してくる」
「随分と乱暴な推論だな」
「龍の思考などこんなものさ、お前が言った通りだよ。良くも悪くも愚直なんだ」
ラピスの口から龍を、暗に自分を卑下する言葉が聞けるとは思わなかった。一体どんな心境の変化があったというのか。だが、龍が愚直すなわち単純だと理解したのは良い傾向だ。これを機に単純な奴は騙しやすいという事も学んでくれれば――――――
「――――――ん? ……騙す、か」
「どうした、何か思いついたのか?」
「……ラピス、質問だが、お前の毒は何ができる? 殺すだけか?」
「まさか、麻痺やひたすら苦しめるだけの毒だってある。王の毒を嘗めるなよ」
「じゃあ、毒を撃ちこんだ相手の意思を操ることは?」
「……それは毒の領分じゃないだろう」
「……それもそう……………………いや待て、そもそも洗脳する必要があるのか?」
「はぁ? お前そんなことを考えていたのか?」
「……そうだ、別に洗脳じゃ無くてもいい、こっちに有利な報告をしてくれれば………戦力に関しても……」
「おい、龍の話はちゃんと聞け。おーい、聞こえt「ラピス!!」わっ!!?」
夜の闇で見えないが、驚いた様子のラピス。こいつが目を白黒させる様子もそれはそれで見て見たい気がするが、そんなことより聞かなければならないことがある。
「いくつか質問するぞ、いいか、絶対に答えろ。リュシオールさんも後で聞きたいことがある」
「お、おう、どんと来い」
「わ、分かったよ。」
「まず――――――」
俺は質問を、そして考えと作戦の概要を説明し終えた際のラピスの言葉を一生忘れることは無いだろう。”お前は本っっっ当に、クズで外道最低な糞野郎だな、だが、最高の協力者だ”というこの上ない褒め言葉を。
そして六日後の明朝、見張りをしていたリュシオールさんの声が俺達を叩き起こした。
「龍の群れが東から来たぞ!!」
「群れでは無い、軍だ」
そこは割とどうでも良いと思うが、
「案外遅かったな」
「予想の範囲内だ、斥候が殺られた旨の情報が行き渡るのが遅かったのだろう。あの脳筋共が他の斥候も消されていると気付いたかどうかは別としてな。この争いを観戦に来た連中は気付いていることになるが」
途中で言葉を切ったラピスはゆっくりと天を仰いだ、昂っているのが一目で分かる凶相を浮かべながら。
アーシェリーさんも、そして俺も崖に集い”軍”とやらを確認した。もうもうと上がる土煙の中から、そいつらは姿を現した。
それは、前日見た龍と同じ四足歩行の巨大生物が一丸となって進行する壮大なシーンだった。連中が進んだ大地は踏みしめられて雑草の一本すら残らぬ更地と化し、奴らの鬨の声が遠く離れた俺達にまで聞こえる。
赤い鱗の龍が近づくにつれて街の方にも変化があった。城門から、そして城壁から一匹の巨大な蛇のような動きで紫色の物体が這い出してきたのだ。よくよく見ると、それは蛇などでは無く、紫色の鱗を持った無数のヤモリのような生物が低い体勢から滑るように進んで行っていたのである。
「お前たち、よく見ておけ」
ラピスの呟きは、その声量に反して激突寸前の両軍の雄叫びにもかき消されること無く伝わった。
「これが、龍の殺し合い、これが龍の戦争だ」
そしてひときわ大きく鮮やかな赤い鱗を持った龍の咆哮により、戦争が始まった。
見た目通りの肉体派であった赤の龍の鋭い爪が紫の龍の首を引き裂き、牙が肉を抉る。あちこちで血飛沫が飛び、頭を失った死体が転がる。だが、紫の龍が吐く明らかに有毒な気体や、時にその血を浴びた赤い龍もまた力尽きていく。始まって五分も経たない内に両軍の二割は死んだのではないかと思われた。
だが、仲間がいくらくたばろうと龍はどちらも攻め手を緩めない。元々は生物だったグチャグチャの肉塊を踏みにじって敵の首に喰らいつき、毒を吐き出して命ある限り敵兵の命を奪い、そして死ぬ。まさしく戦争、直接目の当たりにするのは一応冒険者たる俺でも少々辛い。
「ペースが遅いな」
「これで遅いのか!? ……あ、お帰りラピス」
”仕込み”の為に開戦とともに姿を消したラピスだったが、しれっと戻ってくるなり俺の隣に陣取り解説を始めた。
「ああ、早ければもう決着がついていても良い頃だ。将が突っ込んで皆殺しすればいい……まぁやらないだろうと踏んでいたがな、決して低くない確率で将が逆に打ち取られるし、そもそもあれでは力不足だ。そういう意味では紫の方が有利だったな。防衛戦であればその戦力を最大限使える」
「お前が介入しなければ、な」
「クフフ、まったくだ。運の無い連中だよ」
「お前が言うのか」
ラピスは返事をせず、ただ口元の邪悪な笑みをさらに深めた。
「さて、やるか」
そう呟いたラピスの全身が発光し出した。突然のことに思わず吹き出す。まばゆい光の中からその音を耳ざとく聞き取ったラピスに睨まれた。
光が収まるとそこには人型だったラピスの姿は影も形も無く、代わりに人間大の黄金の龍が居た。しかし完全に全身金色かと言うとそうでも無く、所々に紫の鱗が見えている。ただ、その風格は遠目に見える将と思しき龍とは比べ物にならない程であった。
「……綺麗ですね」
{良く言った}
アーシェリーさんの感嘆の言葉に、ラピスは人間の言語ではない、だが意味の通じる謎言語で愉快そうに笑った。龍が笑う姿は何処か不気味である。
ひとしきり笑った後、ラピスの強靭そうな咢がガパッと開いた。その中に紫色の球形の物体が形成されていく。一目で分かる危険物質である。
そしてそれが口の中に納まるギリギリまで膨張しきった瞬間、乱戦の中に勢いよく射出された。
戦争のど真ん中に着弾したそれは、毒々しい色の爆風を振り撒いて戦場を蹂躙した。
爆発の衝撃は俺達の元まで届いたが、何らかの力が働いていたのか毒風はこれっぽっちもやって来なかった。龍を殺せる毒物に人間が触れれば即死することは想像に難くない、気を回してくれたラピスに感謝である。ただ……
「やり過ぎじゃないか?」
{仕方ないだろう、私の姿を見られるわけにはいかないのだから}
「いや、でもこれだけのことができる龍があの場にいるのか?」
{中位の将の毒程度だ。いない方がおかしい。}
「……そもそも、斥候殺してないよな?」
{お前達を毒から守ったことで察せ、範囲もある程度調整可能だ。……いやそれにしても良く思いついたな、斥候を生かして帰すなど}
「お前が殺す事に拘り過ぎてるんだよ。殺したら面倒だ、なら殺さなければ良い。ただし、大事な所は一切見せずに帰還してもらうけどな。連中が知るのはこの戦いの結果だけでいいんだ。幻覚の毒はきっちり入っているんだろう?」
{抜かりはない。今連中は夢うつつでふら付いている。さっきの爆発も見えていないだろう」
「よーし、今の所計画通りだ。後は赤の動きだが……さっきの爆発で死んだんじゃないか?」
{その場で最も強い将のレベルは見ている、この程度じゃ死なん上位の将がいたからな。}
「上位の将……紫側には?」
{今の所確認できていない}
「……となると三つ目の案か」
{…………なぁ、本気か?}
「先に決めた通りだろ、うだうだ言うな」
{それはそうだがな…………}
やがて毒は流れ、戦場は明るさを取り戻してきた。うっすらとだが見えてきたそこは、地獄と呼ぶのも生ぬるい凄惨な光景だった。
まず、ラピスの毒は酸でも混じっていたのか死体は軒並み鱗ごと溶解して腐肉の様になっている。それが地面に敷き詰められているのだ、これだけでもかなり精神的にクるものがある上、高い実力があったため死を免れられたと思われる連中の大部分も身体のあちらこちらが腐食し、欠損した状態で蠢いている。さながら地獄の住人であるそいつらの苦痛は楽に死ねた(?)下級の兵より大きいかもしれない。
そして、この地獄の中にあって無傷で毅然と立ち続ける龍が赤と紫に一頭ずつ。それと運よく範囲外に逃れた兵が少数。
{………紫にも生き残りが居たか}
「じゃあ、二番目の案になりそうだな」
「……あれを見てよくそんな平然と話せますね」
いつもの白い顔を更に白くしたアーシェリーさんが化け物でも見るかのような目で俺達の方を向いた。リュシオールさんは幾らか慣れがあるのかそこまで情けない顔はしなかった。
「胸糞悪いに決まってるだろ。……だがこれは戦争、命の奪い合いだ。一々青くなってたり申し訳なさそうな顔してたらこっちの精神が先にイカレちまう。それとも、他でもない武力で飯を食ってる騎士様はそんな修羅場をくぐった経験が無いってのか?」
「……ここまで大規模な戦闘に参加した経験はありません。ですが、それはあなたも同様でしょう」
「………何も知らない他人の過去について決めつけるのは良くないぜ」
「そr「アーシェリー君、そこまでだ」……リュシオール様」
「それは今話すことでは無いだろう? アルゼス君も、彼女を挑発するのは止めて欲しいね」
「わーってる、ちょっとイラッとしただけだ」
アーシェリーさんはバツが悪そうに戦場に目を戻した。未だ青い顔をしているが俺と目を合わせるよりはマシだという事か。
「…………ごめんなさい、アルゼスさん」
謝られても。どう返事すればいいんだよ、言い過ぎたとはこれっぽっちも思ってないぞ?
結局、何も言い返さなかった。
{………茶番は済んだか}
俺が黙ったのを対話の終了と受け取ったかラピスが口を挟んだ。つーかお前、人の過去についての確執を茶番て。いや、龍にとっては猿の一生とかどうでも良いかもしれんけど。
{集中しろ、動くぞ}
向かい合う二頭の龍。その間の空気が張りつめて今にも破裂しそうな様子を幻視した。
「奴らが喰い合うか……」
{そのようだな。だが仕方あるまい、謎の乱入者を攻めるには目の前の敵が邪魔なのだから。頭の固いあの間抜け共には共に協力するという発想など在りはすまい。}
「なら案一か三にもなり得るな、完全に結果次第だ」
{三は嫌だな}
「なら紫が勝つことでも祈ってな」
{………確率は低いだろうな}
「龍のお前が言うならそうなんだろうが……」
そうこうする内に、状況が動いた。
先に駆けだしたのは赤い龍だった。初速からとても目では追えない速度で敵に襲い掛かり、そしてそれを紫の龍は自らの周囲に液状の毒の膜を張ることで迎撃した。劇毒らしきそれに頭から飛び込むのを避けた赤が急制動を掛け、その隙に紫は追い打ちをかける。膜から毒の触手を伸ばして赤を攻撃、ステップで回避した赤い龍の元いた場所を酸性らしき毒が抉り取った。
「……紫が優勢に見えるが」
{ふむ、紫の奴、地力は劣るが技術がある。あの膜にむやみに突っ込めば痛いじゃ済まんだろう、間違い無く攻撃を届かせる前に命を落とす。決して赤が未熟な訳では無いが………}
俺達の会話の間も攻防は続く。触手の攻撃を飛んで跳ねてで回避する赤の龍だが、あれでは体力が削りきれるまで一方的に嬲られ続けるだろう。
攻め手に欠ける現状に業を煮やした赤い龍がとうとう奇策に打って出た。一度後ろに大きく距離を取り、足元の死体を口に咥えたのだ。だが、死体は持ち上げられた瞬間にボロボロと崩れ去った。それを受けた赤い龍は更に後方、ラピスの毒の外まで下がり、味方であるはずの生きた兵の首に喰らいついて再び毒の霧の中へと突っ込んだ。
咥えられた兵は首の骨を噛み砕かれて既に絶命していたが、毒の内側に入った瞬間にその遺骸が綻び始めた。加える側はそれを意にも介さず目にも止まらぬ速度で毒の膜に駆け寄ると、勢いを付けて死骸を敵の防御へと叩きつけた。
当然死体は一瞬で溶けてしまうが、その一瞬があれば赤い龍には十分だった。死体を腹から突き破って赤い龍は僅かな負傷と引き換えに膜の内側への侵入を果たした。
{ほう! 赤の方閃いたな!! もはやその勝ちは揺るぐまい}
その言葉が終わるのを待たずに紫の龍の毒の膜が霧散した。そして中には、首を失くした龍とその首だったものを踏みしめる赤の龍がいた。
「………えげつない戦い方をするね。自分の兵すら捨て石にするなんて」
{龍同士の殺し合いなどそんなものだ。敵に勝つためなら王以外の全てを捨てられる。兵はおろか自分の命さえもな}
「……私、人間に生まれてよかったです」
アーシェリーさんの言葉は人間三人の総意だったように思う。
そこからは早かった、頭を失った紫の龍達は一目散に逃亡、しかし赤の龍はそれを許さず皆殺しにしここにハルフラムの町は赤の龍の手に落ちた。
そして、城壁の上に陣取る赤の将がこちらを見たのが分かった。
「……ラピス、斥候の毒はまだ有効だな?」
{個体にもよるが二時間はもつはずだ。}
「そうか………速やかに済めばいいが。」
俺の祈りを知ってか知らずか龍は軽々と城壁から飛び降りこっちに歩を進めてくる。ラピスが身構えるのが分かった。
そして龍はある程度の距離を保って止まった。こちらをじっと見つめている。
{……そこに隠れる何者か、姿を現せ。}
謎言語による対話の用意がある、いきなり戦闘をする意思は無さそうだ。
「…………ラピス、三つ目の案だ、文句は受け付けん」
{……分かった。だが、戦いになれば殺す、良いな?}
「任せる」
ラピスの身体が再び光に包まれ、巨大化していく。そして瞬く間にゆうに先程の五倍を超える巨体を持つ黄金の龍となり、ゆっくりと崖の上、赤い将を見下せる位置に陣取った。
{……王への命令とは、お前、自らの位階を理解していないのか?}
{………王だと? ………こそこそと隠れ益をかすめ取ることを企むような卑怯者の何が王だ。それに、我が王はこの世にただ雷様のみよ。貴様を王として扱う必要が何処にある}
{戦争に規則があるわけでもなし、戦術を卑怯としか受け取れぬ弱者が戦場に出てくるな。力ある者に敬意を払えぬ痴れ者も同様だ}
{口だけは達者だな。}
{力であってもお前に負けることなど無い。}
……何かラピス、わざと喧嘩腰で挑んでないか?
{………悔しいがその通り、か……見れば分かる、王の資質を持つ者に私が勝てる道理は無い。…………それで? 貴様が王の資質を持つならば町の一つや二つ乗っ取ることなど容易かっただろう。…………目的は何だ}
{それをお前に教える必要は?}
{…………………………}
龍が黙った、きっと腸煮えくり返っていのを理性で抑えているに違いない。
{ま、別に教えても構わんが}
これはムカつく、やられたらぶん殴るレベルだ。だが龍はその驚異的な精神力で耐えきった。
{私はできる限りひっそりと町を乗っ取りたかったのだよ。新たな潜伏先にするためにな}
{………他の龍共が貴様しかいない町を見逃すと思えんが}
{ちゃんと策を練っているとも………エドガー}
出番だ、せいぜい上手く引っ掛けてやろう。
{なぁっ!? 人間だと!! 名も知らぬ二色の王よ、貴様は龍の誇りを捨てたのか!!?}
俺が現れた驚き様を見る限り気付いていなかったらしい、それだけラピスの存在感が大きかったという事か。
{馬鹿を言え、誇りは今も健在だ。……だが貴様とは多少感覚がずれているのかもな、恥とは思うが、誇りを汚したつもりは無い}
{その貴様の行いを誇りを捨てたというのだ!!}
{お前がどう思おうと勝手だ。だが、私には最終的な目的がある、それを達する為であればこの恥辱にだって耐えてみせよう。
……さて、赤の将よ。お前はどうする? 人間に町を明け渡して去るか、それともここで一戦交えるか? 私はどちらでも構わない}
{…………背を見せて逃げる者を見逃すと言うのか?}
{ああ、望むなら見逃してやろう。
そして雷の、赤の王に伝えろ。二色の王はここにあり、とな}
{………………そうか、それが真の狙いか。しかし、雷様は決して貴様の思い通りに動くまい。そして、私は敵前逃亡の不名誉を被るくらいならばここで貴様を喰らい生還する塵よりも小さな可能性に賭ける道を選ぼう}
そう告げ、もはや語る言葉は無いと臨戦態勢に入った赤い龍。
{…………残念だ}
言葉とは裏腹に、ラピスは少しも残念だとは思って無さそうだった。むしろ、赤い龍の選択を喜んでいるようだった。
決着は一瞬で着いた。赤い龍の突撃をラピスは造作も無く体で受け止め、容易くその首を引きちぎったのだ。そして漸くラピスは人型に戻った。
「見上げた奴だよ、今時あれほどの誇りを抱ける将も少ない」
穏やかな微笑さえ浮かべ、ポツリとラピスは呟いた。
「さて、三つ目の案、赤の王とコンタクトを取るのは失敗だ。当初の予定通り大人しく街を獲ろう。連中の報復は怖いが……」
「安心しろ、赤の王は暴君だが愚王では無い、今猿に手を出す事のリスクは十分に把握しているだろう。高々一つ他の龍の町を攻め落とすのとは訳が違う……だが、赤の王と手を組むのは不可能だな。あの将もそれを察していたようだが」
「そうだな。……それで、兵の方は―――」
「まぁ待て、まだ来ていないだろう。毒も解けていない」
先走る俺をラピスが諫めた。町では将を失った兵が、しかしそれに気付くことなくうろついているようだった。
「それに、やることだってあるだろう、気が逸り過ぎだ」
「アレが見えるか?」
斥候に掛けた幻覚の毒が解ける二時間をとっくに過ぎて宵闇が広がり始めた頃、ラピスが後方を指さした。その先では、人間の視力でも捉えられる程にもうもうと粉塵が上がっていた。
「来たか!」
「そのようだな、よく無事で来れたものだ」
粉塵の正体は国の兵士の軍勢だ。俺が呼びよせた。
初日の夜が明けてすぐラピスを町まで走らせて増援の要請をしたのだ。ラピス一人であれば陸路でも片道二時間掛からない。恒例のラピス馬車で途中まで距離を稼ぎ、馬を借りれる町に少しより道をさせてまで無茶な行軍を要請した。結果は十分出ている。
ラピスが俺の元を離れることについては、ラピスの予想する赤の龍の行軍予定と紫の龍の生態、そして守ってくれるリュシオールさんの戦闘能力と相談した結果少々なら問題無いと判断した。
「皆、これを着けてくれ」
到着した兵士の面々に赤い龍の鱗を提示する。ラピスが将の遺骸からはぎ取った物だ。将の鱗は硬くて俺達にはとても引きはがせなかったためラピス任せである。
集団が低くどよめいた。明らかに位階の高そうな龍の鱗だ、騎士団所蔵の一品さえ見たことが無かったであろう彼らが狼狽えるには十分すぎる代物だ。
「龍の鱗は身に着けるだけでも効果を発揮する、猛き将の鱗であれば数人がかりで危なげなく兵を狩れるだろう。だが目立ちすぎるのも考え物だ、万が一龍に目撃され猿を脅威と認識させないためにも数十人規模で一体に当たれ、おそらく四、五匹しかいないから十分に足りるはずだ。」
ラピスが説明しながら俺達が配布し、程なくして全員に行き渡った。
「では貴様ら、行くぞ、町を陥とすのだ!!!」
ラピスの掛け声に呼応して鬨の声が荒野に響き渡った。