騎士団の秘術
「とりあえずここの部屋で過ごしてください、内装はご自由に。」
「結局この部屋なのか……。」
騎士団の長に配下宣言をさせた会談の後、俺とラピスはアーシェリーさんに再び最初の部屋を紹介された。一時的にでもここが俺達の城となるらしい。部屋が空いてないと言っていたし仕方ないのかもしれないが、あまり気分の良い物では無い。ラピスは露骨に不満げな顔をしている。
「あ、アルゼスさん、ちょっと来てください。」
「なんだ、ラピスと別々にして刺すつもりならお断りだぞ。」
「いえ、別に暗殺するわけでは………。」
「信用できない、ここで話せ。」
「出来ません。」
「………こいつに聞かれちゃマズいのか?」
「望ましくは無いです。」
「…………分かった、そこの部屋の外だ。それと、武器の類は置いて、俺を戸の近くにして話せ。」
「ええ、それで構いませんよ。この部屋は防音はしっかりしていますから。漏れませんし、入りません。」
…………龍の感覚器は相当優れている。小部屋にいて屋内の人間がどれだけいるかを察知できる程度には敏感だ。そのラピスであれば、万が一は起こらないだろう。
「おい、何で私を置いていく方向で話がまとまっているのだ。」
「「え?」」
「え? じゃないわ阿保共。」
「……向こうは俺をご指名だ。お前が行くとややこしくなる。」
「だからと言って私に聞かせるとマズい話をしますと目の前で言われてハイそうですかと行かせるはずが無いだろうが。吐いて貰うぞ。」
「嫌だと言ったら?」
「ダルマだな。」
「それは嫌ですね、では話しましょう。」
それでいいのか国家騎士。
「アルゼスさんを仮騎士に叙任しようと言う話が持ち上がってるんですよ。」
「仮騎士?」
「つまり見習いです。」
「ほぉ! 良いじゃないか、エドガー。」
朗らかにラピスが話すと、アーシェリーさんは不思議そうな顔をした。
「あの……言っといて何ですが、良いんですか? 一応国に所属する扱いになるんですが。僕を取られると龍の誇りに関わるとか………。」
「別に、私の僕であるということは変わらんだろ。今でさえどちらの、いや、誰の味方か分からんような奴だ。大して気にすることでは無い。」
「それはそうですけど…。」
困ったような顔をしたアーシェリーさんだが、一瞬チラリとこちらを見たその目の光で俺はこの話題がフェイクであることを悟った。
「ま、良いなら良いです。それじゃ私はこれで。」
「あ、ラピス、俺も便所に行ってくる。」
「好きにしろ。」
二人で揃ってドアを潜る。扉が閉まる瞬間に見えたのはラピスがベットに飛び込む光景だった。
「……で?」
「お気遣い感謝します。………話というのは貴方の事です。悪い話ともっと悪い話、どっちから聞きたいですか? ちなみに、良い話はさっきの仮騎士叙任の話です。」
「とりあえず、悪い話から。」
「そうですか。……あなたは暫く命を狙われる可能性があると思って下さい。」
「……命令でも出たか? 騎士団長はそんなことしないと思うけどな。」
「龍の強さを解っているあの人はそうでしょう。取り巻きまではそうとは限りませんが。」
「だから可能性か。」
「です。」
「ちなみに、あんたも始末される可能性は?」
「大いにあります。今この瞬間にでも。……ま、取り巻きが現状で動かせる駒の性能は知れてますからね、よっぽどの予想外でもない限りは大丈夫です。」
「……ラピスみたいなこと言いやがる。」
「止めて下さい、心外です。」
「そうか、そりゃあ悪かった。それで? もっと悪い話ってのは?」
「……先に言います、まず、私は密告者だという事を忘れないでください。」
「場合によっては守れ、と? どっちから?」
「両方からです。」
「そうか。」
暗に騎士団からも、そしてラピスからも敵視されることをほのめかした。よっぽどの一大事らしい。
「……………騎士団には龍を使役する秘術があるんです。」
「……ほぉ、それは確かに、密告がばれたら騎士団に消されるな。」
「流石ですね、一瞬でことの重要性が分かりましたか。」
「褒めても何も出ないぞ。ちなみに原理は? 魔力とやらをあんたらも使えるのか?」
「まさか。しかし、実は龍は上位者には逆らえないという習性があるのです。これを利用します。」
ラピスに聞いた生まれついての順位の話だろう。
「詳細はぼかしますが、騎士団には龍に上位者だと認識させるとある方法があるのです。ですが、それはあくまでも低位の龍を使役する術。自らを王と称する彼女は限りなく高い位階を持つのではないかと私は推測しています。」
正解だ。彼女は実力差を直感的に肌で感じ取っていたのだろう。
「ま、つまり効かない訳だ。」
「効かないどころか敵対と取られて滅ぼされるでしょうね。百害あって一利なしです。」
「……で、それを俺に話したということは?」
「上層部の一部がそれを行動に移そうと主張している、ということですよ。下まで合わせると相当数がいるので団長も無下にはできません。」
「……………………なぁるほど。そりゃあんたに損しかないな。密告がばれて騎士に裏切り者として消されるか、キレたラピスに騎士の一人として消されるか、どっちにしても死ぬしかない。」
「ええ、こんなご時世ですけど、私も死ぬのは嫌なんですよ。でも同じぐらい他の人が死ぬのも嫌ですから、どっちも助かるのに一番確率が高そうな手を取ったまでです。あなたとしても騎士が壊滅するのは都合が悪いはず、これが”もっと悪い話”ですよ。」
……言い方は癪だがその通りである。あの直情径行な暴君であれば即刻殺しにかかるのは火を見るより明らかであり、現状そうなる確率が非常に高い状態にあるのというのは、確かに先の話よりよっぽど問題だ。
「……今でも俺に見張りがついていないはずが無い、あんた、もう断頭台に首差し出した状態だぞ。後は紐から手を放すだけだ。」
「ええ、ですから協力してもらいます。言ったでしょう、私も死にたくないんです。騎士団を守るのに手が限られているのは貴方も分かっているでしょう?」
「…………ちっ、ちゃちい罠に引っかかった気分だよ。損した訳では無いんだがな。」
「罠自体は何の事無くとも後の命取りになりかねませんよ。それでは部屋に戻りましょう。」
そう言ってアーシェリーさんはにっこりと微笑んだ。美形なのも相まって美術品のように美しかった。もっとも俺には芸術の良さなんて分からないがね。
「遅かっ…………何でまたお前がいる?」
「大事な話があるからですよ。」
「……さっき済んだのではなかったか?」
「別件です。」
ベットで横になっていたラピスの顔が曇る。そんなに嫌か。
「……エドガーもいるということはそれなりに重大な案件なのだろう、よい、話せ。」
むくりと起き上がり、ベッドに腰掛ける状態となったラピス。聞く姿勢を見せたことを確認したアーシェリーさんは細心の注意を払って龍を狙う計画を語り始めた。
「よし、殺そう。」
「話を聞いてましたか?」
暗殺命令の事も含めてアーシェリーさんは最後まで語り終え、ラピスに意見を求めてから熟考すること0秒。敵=死刑が頭の中で完全に成立してしまっている暴君は躊躇無く殺害を決定した。
「聞いていたとも。魔力も扱えぬ下等な猿風情が私を操るという妄言を吐いたのだろう? そんな痴れ者、たとい敵で無くとも処断すべきだ、異論は認めん。」
「ですから……。」
「くどい。」
完全にぶち切れたラピス。こうなっては騎士の言葉など聞く耳持つまい。
「ラピス、そこまでだ。」
「……エドガー、お前もか。私はてっきりお前もこの愚者について話に来たんだと思ったがな。漸く私の事を理解してきたと認める所だったんだが。」
こいつの中では、誇りを汚す存在の情報は随分と重要事項らしい。
「なに、お前が気に掛ける事も分かる。私が騎士団を皆殺しにすることを憂いているのだろう、今駒を私情で使い潰す訳にはいかないとな。」
その通りだが、その言い方ではなんだ、俺は随分と効率主義者に聞こえるが。
「だが安心しろ、私は寛大だ。消すのは首謀者だけにしてやる。洗脳行為は十分な敵対行動だろう?」
「あら優しい、とでもいうと思ったかバカタレ。」
「………なぜ私は詰られたのだ?」
「今お前に人間を殺されるとそれだけで不利益を被るんだよ、始末は騎士に任せろ。」
「…………お前が言うんだ、そうなんだろう。」
……素直だ、それほど信頼されたという事か。
「だが、私にも退けぬことはある!!」
「それは今か? 違うだろ。」
残酷かもしれないが、ラピスの意思を冷静に切る。退けないのはお互い様だ。
「なぁ、分かってくれ、エドガー。龍の誇りは何人たりとも汚すことを許されん。相応の罰を与えなくては私の沽券に関わるのだ。……それに、悪いことだけでもないだろう? 龍の力を理解せぬものが集団の上層部にそう何人もおるとは思えん。そいつを消せばお前の敵も消えるのではないか?」
「誇りがどうこう言うならまず名を侮辱した俺を殺して見せろ。それに、それは騎士団に任せても同じことだ。ハイリスクでローリターン、お前がやることでは無い。」
「分からず屋が!!」
「何とでも言え。」
一触即発、当然爆発すれば死ぬのは俺だけだが。しかし、この緊張に第三者が水を差した。
「……なら、騎士団で処刑の判決を待って殺せばいいんじゃないですか?」
およそ騎士の口から出たとは思えない言葉が場の空気を一気に冷ました。
「……処刑の判決は出るのか?」
「今回の件だけでは責任を負わされての更迭が良い所でしょうね。おまけで余罪がどれくらい付いてくるかです。正直言って首謀者の目星は付いてますし、あまり良い噂を聞かない人ですから可能性は無くもないといった所かと。ただ、騎士団が割れるのを防ぐために公に処罰するということはしないかもしれませんが……………この辺が妥協点じゃないですか? どちらかが折れるまで終わりませんよ?」
「………………だそうだが?」
「…………………………………………仕方あるまい。ここでお前と言い争うことに意味は無い。」
心底嫌そうな顔で認めたラピス。元々殺す意味合いが薄いことは分かっていての事だろう。
「そうか、分かってくれて良かったよ。それじゃ行くぞ。」
「……何? 何処にだ。」
「決まってるだろ、その恥知らずの所に殴り込みにだよ。あ、でも観客はいた方が良いな。」
「失礼。」
数時間と経たない内に再び会議室の戸を潜った俺達。騎士団長殿には渋い顔をされた。
「…………この会議にお前達を読んだ覚えは無いが?」
「だろうな、大丈夫、あんたの記憶は正常だ。」
「……なら帰れ。」
「そうもいかないんだな。俺達はあんたらの会議の議題に用があって来たんだから。」
「何………?」
怪訝そうな顔をする騎士団長、しかし付いて来ていたアーシェリーさんの姿を捉えるとその細い目を見張った。
「………アーシェリー、お前、まさか……っ!」
「お察しの通りです団長。私はこの方達に騎士団の秘術について伝えました。騎士団の破滅を防ぐために………。」
衝撃的な告白に会議室がざわつく。その中で一つ鋭い声が上がった。場に似合わず太り気味の、決して戦場になど出たことの無さそうな男だった。
「アーシェリー!! 貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!!?」
「ええ、龍の怒りを買ってむやみに死人を出さぬ為の最善手を取ったのですが、それが?」
「愚か者が!! 支配をすれば怒りも何も無いであろうが!!!」
「貴方はこの龍を知らないからそんな見当違いの戯言が言えるのです。」
「この私の策を戯言と称したか!! 無礼者めが!!!」
「誰が練ろうと愚策は愚策、それ以上でもそれ以下でもないと思っておりましたが?」
ヒートアップしていく二人の口論を見て徐々に落ち着きを取り戻すその他大勢。誰が練ろうと愚策は愚策のフレーズでは噴き出した者すらいた。彼が日頃どう思われているのかがよく分かる光景である。
ラピスはというと”支配する”と男が言い放った瞬間表情が消えた。頭の中で憤怒と決断がせめぎ合った結果だろう。結局大きな大きな溜息を吐いて静観を決め込んだ。
「そこまで!!」
唐突な団長の大声が二人の丁々発止な掛け合いを一刀両断した。二人の声が止まる。
「アーシェリー、お前の言い分は分かった。確かに、龍の強さは直接相対したお前にしか分からない物もあろう。」
「団長!!?」
「黙っていろ!! ……だが、龍を首輪も付けずに野放しにすべきでは無いとの意見にも私は一理あると思っている。」
「……そうですか。」
「そこで私は一つ提案をしようと思う。龍よ、支配の秘術を受けてみてはくれないか?」
「………何?」
成り行きを静かに見守っていたラピスに水が向けられた。こいつは不満そうだが、俺にとっては最良の進み方だ。騎士団長殿も分かっているな。
「そう大した問題ではあるまい? お前が魔法を跳ねのけられると言うならばな。」
「………………エドガー、お前、最初からこのつもりで……。」
「そうかもな。ほれ、あっちは返事を待ってるぞ?」
「…………………………………分かった、やってみるが良い。だが、私からも要求させてもらうぞ。」
「……内容は?」
「龍を使役するなど妄言をぬかした猿の処断。それで貴様らの翻意は見なかったことにしてやる。」
「……………………了解した。おいマルコ、アレを持って来い。」
またしてもどよめきが起こる会議室。すぐさま団長に命じられた下っ端が奥の部屋へと下がっていった。 数分で戻ってきたその手には白い布の包みが握られていた。
「……………鱗か。」
「ほう、見なくても分かるのか。」
「無論だ、色までは分からんがな。」
「ふむ。だが、流石は龍、といった所か。」
口と手を同時に動かし、白い布を解いた団長。布の中からは鮮やかな赤色の鱗が姿を見せた。
「……赤、色合い的に中位の将か。それでは私を操ることはできんぞ。」
「やってみなくては分かるまい。」
「やらなくても分かるが………まあ良い、早くしろ。」
言われた団長は真面目くさった顔で龍の鱗を両手で持ち高く掲げて目を閉じ、精神統一の様相を見せた。
そして、暫くして開かれた目からは異様な光が溢れていた。
「我、オーフィラが命ず、汝、強き者に従いその支配を受けよ!!」
言いきったとたん、鱗が突然発光した。光は筋となってラピスを取り巻き、紐の様に縛っていく。
だが、ラピスはそれを平然と引きちぎった。
微妙な空気が会議室に満ちる。次に響いた音は騎士団長が膝を付いた時の鎧が鳴る音だった。
「ふむ、貴様は猿にしては魔力との親和性が高いのか。誰にでもできることでは無いな。」
支配の鎖をいとも容易く引きちぎった龍王様は一人考察を重ねている。
「さて、示してやったぞ。…………お前が私を支配するなどほざいた愚物だったな。」
ラピスの優しさの欠片も無い瞳は正確に作戦の立案者を――――――アーシェリーさんとの口論を行っていた太めの男を射抜いていた。男の顔は真っ青である。
「あ……いや、知らん、私は何も知らん!! 私は何も提案していない!!!」
「それが通ると思うか? 自分で声高らかに宣言していただろう。」
「あ、あれは………。」
「……おいラピス、決裁を待つんじゃなかったのか?」
「そいつから言質は取った、処断してよい、とな。」
未だ蹲ったままの騎士団長を指さして言ったラピス。これはもう止めようがない。
「お、おい、お前ら、そいつを止めろ、私を守れ!!! 私はムメン家の者だぞ!!」
可哀想な位取り乱す男、だが、周りの騎士は誰一人として動こうとしない。命を掛けて守るべき価値が男に無いのか、ラピスが怖いのか、はたまた両方か。
「ひっ、くっ、来るな、来るなぁ!!」
汗、涙、その他流せる体液という体液を流して後ずさる男、だが、当然壁がある。
「お前のような汚物、触る気などない。」
そう言ってラピスは机の上の羽ペンを手に取り、それを無造作にひょうと放った。羽ペンはしかし、その適当さとに反して超高速で突き進む。
そして、羽ペンは男の耳に掠って壁に突き立った。
「む? 外したか。」
男はとうに恐怖で泡を吹いて気絶していた。
心底嫌そうな顔をしながらも近づいたラピスが男を手に掛ける前に、一般の兵士と思しき若い男が壊れた扉から飛び込んできた。
「た、大変です、龍です!!」
「……? 龍ならここに居る。」
「へ? いや、そういう冗談じゃ無くて、本物の龍が来てるんです!! ………ひぃっ!!」
暗に偽物扱いされたラピスを見た兵士が恐怖で尻もちをついた。とてもじゃ無いが怖くてその顔は見れない。
………………いや、それより、龍だと?
「………馬鹿な、早すぎるだろう。」
ラピスの呟きはしかし、騎士団の再三の喧騒に紛れて消えた。