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国家騎士


 「さて、どうする?」


 ノープランかよ龍王(仮)。俺の疑惑の視線に気が付いたか、ラピスはバツが悪そうにそっぽを向いた。


 「な、何か文句でもあるのか?」


 「ここまでやって何も考えて無いってどうなんだよ。」


 ムグッ、と聞こえた気がした。



 ふてくされるラピスとジト目の俺。この微妙な緊張を破ったのは第三者のコン、コン、コンというノックの音だった。ほぼ同時に二人の眼が玄関に向けられる。


 「……俺が出る。見つからないようにな。」


 「ああ。」



 ノブに手を掛け、ゆっくりと玄関の戸を開く。日の光が何かに反射されて俺の目を焼いた。


 「朝早くに申し訳ありません、エドガー・アルゼスさんですか?」


 目が慣れた俺の前に立っていたのは、白銀の鎧を身に着けた騎士様だった。それも相当な美人。銀色の髪の毛を短く切り揃え、目はパッチリと、鼻筋はスラリと通り、肌はきめ細かく美しい。正直騎士の鎧なんかよりドレスの方がよっぽど似合っている。


 「あ、はい。エドガーは私ですが。」


 「そうですか。私は国家騎士フェルミナ・アーシェリーという者です。」


 ここで漸くなぜ騎士がこんな町の外れまで足を運んだのか、という疑問に行きついた。しかし、俺が答えを思いつく前に騎士様が教えてくれた。


 「では、エドガー・アルゼスさん。貴方を龍を匿うという大罪により断罪します。」


 「は?」


 返事を言う前の俺の首に抜き打ちの一撃が走った。俺の眼ではとても追えない速度の一太刀。


 次に認識したのは、それをラピスが指で摘まんで止める光景だった。


 「…………へ?」


 「何を呆けている、早く下がれ!!!」


 「邪魔を……っ!」


 目にも止まらぬ速度で振るわれる騎士の剣を手の平や甲ででいなしていくラピス。初めこそ慣れない剣の相手に手間取った様子だったが少しづつ余裕を取り戻していった。対照的に騎士の顔には焦りが滲み始める。狭い立地では不利というのもあるのだろうが、それを差し引いても圧倒的である。


 そして俺自身はだんだん落ち着いていくにしたがってやっと状況が飲み込めてきた。



 ばれた、それもこんなにも早く。



 「うわっ、わわっ。」


 我ながら情けない声を漏らして部屋の奥へ逃げ帰る。剣と拳の打ち合いは続いている。


 「ヴィトー!!」


 騎士が剣を振りながら一言放つ。すると窓をかち割って何者かが飛び込んできた。その手には刃物の光が。


 咄嗟に腰に手をやって気付く、剣を帯びていないことに。硬直した俺はすぐさま関節を極められて取り押さえられた。


 「いきなりでゴメンなぁ。」


 場違いな気の抜けた声で謝りながらも短剣を俺の喉に当てるヴィトーと呼ばれた男。


 「猿! そいつから離れろ!!」


 「やりなさいヴィトー!!」


 玄関先で争う女二人の全く真逆の指示に、男はユラリと頭を振った後短剣を掲げ一気に―――



 「私は離れろと言った!!!」



 ―――振り下ろそうとした所で、龍の命令、否、咆哮によって反射的に飛びじさった。見れば、騎士の方も膝を付いている。彼女に向けた言葉では無かったはずだが。


 「………おいおい、こりゃやっちまったかぁ?」


 男が皮肉気に笑って肩をすくめる。しかし、その額には球のような汗が浮かんでいた。


 「……何ですか、今のは。」


 相変わらず膝を付いたままの騎士がそう問うた。この場にいる全員の意思を代弁したものであるのは間違い無いのだが、立場としては聞ける位置に無いと思う。


 「ただの命令だ。だが王の言葉に下郎が逆らうことなど出来ん。」


 ラピスは律儀に答えた。平静を装ってはいるがどこか自慢げに見える。そして乱暴者二人は絶望的な顔をした。言葉一つで動くことさえままならなくなるのだから当然と言えば当然かもしれない。


 「………私達を、どうする気ですか。」


 勝ち目が無いと悟ったのだろう、言葉には諦念が含まれていた。


 「む? 殺すぞ? 敵だからな。」


 なにを当たり前のことを、と聞こえてきそうなラピスの声。しかし、こいつにとっては当たり前でも俺にとってそれは困るのだ。


 「はーいラピスちょっとこっち来てー。」


 片手を振り上げてとどめを刺そうとする暴君を呼びつける。すると嫌そうな顔を隠しもしないが一先ず呼び声に従ってこっちに来た。


 「なんだ、手短にしろよ、もう一人も残っているんだからな。」


 「あのな? そいつらを今ここで殺しちゃマズいだろ?」


 「む?」


 駄目だ、全く理解してない。


 「今そいつらを殺すと国との敵対は不可避だぞ?」


 「そうだな、それが?」


 「昨日と言ってることが違うだろ?」


 「そうだな。だが契約の履行のためにはこいつらは排除すべきだと思うが。」


 「うん、目的より契約を大事にしてくれるのは嬉しいぞ? だが殺してしまうとまた命を狙われることになると思うんだが?」


 「問題ない、守ってやる。」


 あら頼もしい。………いや違う。


 「そうすると俺の居場所が無くなっちまうんだよ。」


 「私の後ろがあるじゃないか。」


 「この国に、無くなっちまうんだよ。」


 「猿の社会で過ごすより私の後ろの方がよっぽど安全だぞ?」


 「それはそうだけどね?」


 「ああもう、分からん奴だな。私は貴様との契約としてあらゆる厄災を排除しなければならないのだ。そしてこいつらは厄災。なら排除して当然だろう。」


 とうとうラピスが痺れを切らした。こいつには厄災の芽を摘むという考えが無いらしい。


 しかし、俺には既に一つ妙案があるのだ。



 「もう厄災じゃ無さそうだが。それにだラピス、考えてみろ、これはチャンスだぞ。」


 「……ほう? 何の?」


 「いずれ敵対することになるはずの組織から接触があったんだぞ、手駒にするには丁度良い機会じゃないか。」


 「……………ほう! なるほど、よくそんな悪だくみを思いつくな。」


 「分かったか? それじゃあとりあえず話し合いだ。手を出すなよ?」


 「分かっている、私を誰だと思っているのだ。」


 その言葉には答えず、ポカンとしていた二人を手招きで呼び寄せる。恐る恐ると近寄った二人に目で危機は去ったと伝えてやった。今のやり取りを丸め込むための方便だと認識していない場合は最悪国家反逆罪に問われるかもしれないが、龍を囲っている時点で正直今更である。


 それと、龍王(仮)は意外とチョロかった。



 ただでさえ狭い部屋に四人も入れば許容限界は容易に超過することを改めて知った俺と、鼻からそんなことはどうでもよさそうなラピスがベッドに腰かけ、王国側の二人が立ったまま緊張の面持ちで言葉を待っている。


 「……えっと、まず自己紹介してもらっていいですか?」


 「………あ、はい。私はフェルミナ・アーシェリー、先程も名乗りましたが国家騎士です。それでこちらが……」


 「ヴィトー・ブロン、暗殺兵だ。」


 「あ、はい。お…私はエドガー・アルゼス、冒険者です。」


 「おいエドガー、こいつらを敬う必要があるのか。」


 「こじれるから少し黙ってような。」


 「なんだと!?」


 「………アルゼスさん、普段通りに話してくださって構いませんよ。」


 「……しかし……いや、そうさせてもらう。」


 ラピスに睨まれた。 


 「私は龍だ。名はあるがお前ら如きに名乗るのは勿体ない。」


 そしてこいつは不遜な態度を崩さない。こいつの中では二人は格下として固定されてしまったのだろう。



 「じゃ、じゃあアーシェリーさん。まず、あんた達二人でここに来たのか?」


 「……いえ、他にもバックアップとして数人待機しています。大人数で来ても無駄になりそうでしたので私だけがお邪魔しましたが。」


 少し言いよどんだのは話していいかを逡巡したためだろう。本当かどうかを確かめる術は今の所無いのだが。


 「龍がここに居ると分かっていたのに一人で来たのか?」


 「この大きさの家に入る大きさの龍なら間違い無く幼体………のはずでしたから。」


 幼体なら勝てるのか。で、実際は化け物だったと。


 「じゃあ、どうやって龍がここに居る事を発見した?」


 「それは……………ごめんなさい、言えません。」


 「言え!!!」


 「ひっ!」


 「脅すな脅すな。」


 ラピスがドスのきいた声で騎士を脅すと、可哀想なくらい怯えた顔になって身を引いた。トラウマになってしまったらしい。


 「言えないなら良い。………じゃあ、そろそろ増援の騎士たちがこの家に集まってる頃だよな?」


 「……何のことですか?」


 殆ど表情を変えずにしらを切ったアーシェリーさん。


 「別に隠さなくてもいい。お前らがこの話し合いに応じる理由なんて時間稼ぎ以外にないだろ。捕らえらえて舌を噛めない人間は騎士になれないって聞いたことがあるからな。」


 「………だいぶ偏見が入ってると思いますよ、それ。」


 「そうか? まぁそれはどうでもいいんだよ。……で、ここで俺達から要求があるんだけどな、形だけでいいからこの龍をサンプルとしてでも騎士団に連れて行ってくれないか? 俺は保護して欲しい。」


 「「……は?」」


 揃って理解できないと言う顔をした騎士と龍。俺はラピスに黙って見てろと目で語って騎士の説得に挑戦する。失敗は許されない。



 「いきなり斬りつけてきたあんたは知らないだろうが、俺だって被害者だ。なんせ昨夜いきなり部屋に来てお前は私の僕発言だぜ? 龍に俺みたいな一般人が逆らえるかよ。」


 「では、その主を売ったあなたはこの場で殺されても文句が言えないのでは?」


 「そりゃ内心怒り狂ってるだろうけどな、生憎”契約”がある。あらゆる厄災から俺を守るのと、俺達に害をなさない人間には手を出さないってのがその契約内容だ。これを守る代わりに俺は一生かけてこいつの僕になる訳だ。互いに誓った内容は魔力によって強制される。


 ……ま、僕の定義を詰めて無かったのは間抜けだと思うけどな。今俺はこいつの僕だと名乗るだけで良いんだ、自害命令とかも聞く必要が無い。」


 八割嘘だ。魔力の存在も知っていると考えて明かした。そして予想通り疑問の声は無かった。


 「……証拠はありますか?」


 「この鱗でどうだ? 龍は鱗に大分誇りを持っているみたいだし、褒美にしちゃあ豪勢だろう。」


 「………確かに、龍の鱗です。ですが、これだけでは証拠として弱い。」


 「だろうな。だが信じてもらうしかないぜ? あんたらはここで俺を始末できない以上手元に置いておくのが最良だ。監視を付けても良いが………何が害に当たるのかは分からないからなぁ?」


 あっ、睨まれた。


 「………手元に置くメリットより、手元に置くことのデメリットが大事です。最悪貴方の言うことが全て虚偽の可能性もあります。内部に呼び込んで大暴れでもされては堪った物ではありません。」


 「それなら放っておいてくれ。」


 「………無理です。」


 「だろ? それに、龍からすれば町の端も中心も大して変わらん。」


 「町の外は?」


 「ご主人様が嫌がるんでな。龍がわざわざ人間の町の中に潜り込んだことから推して知るべしだろ。」


 アーシェリーさんは完全に沈黙した。まぁ、たかが一騎士の独断で決められるとは思っていない。


 「本部に連絡でも何でもしてくれ。それまではここで待たしてもらう。」


 そう言ってアーシェリーさんと、ついでに忘れられてたブロンさんにあっち行けのサインをする。二人は顔を見合わせて逃げるように部屋から出て行った。



 「………エドガー、お前、相当な悪党だな。」


 「人間命がかかりゃ何でもできるんだよ。」


 「そのようだな。…………それで? 裏切られた私はお前を殺せばいいのか?


 「………冗談だよな?」


 「本気だが。」


 「ごめんなさい。」


 即座に土下座した。



 俺の最大限の謝意を表する姿勢を見て溜飲を下げたのか、ラピスは鼻を鳴らした。


 「フン、もう良い。だが誓いを詐称するなど相手によっては一瞬で成敗されてもおかしくない蛮行だ。私も目的が無ければその首を刎ねていたぞ。


  ……で、どうするつもりだ?」


 「………とりあえず騎士団の庇護の下につく。」


 「おい。」


 「まぁ待て。騎士団としても確保したお前を遊ばせておくはずが無い、俺を利用するなり何なりして命令を聞かせようとするだろう。だが、お前が納得いかない作戦は拒めば向こうとしても最後は折れざるを得なくなる。暴れさす訳にもいかないしな。


  結果としてお前を使おうと思ったらお前が納得する作戦、つまりお前が立案したか、よっぽど優れた作戦通りにしか動けなくなる……手駒のいっちょ上がりだ。」


 「お、おう………やはり悪党だな、お前は。」


 「悪だくみに関しては格下と認めるか?」


 「阿保抜かせ。」


 強情だな。



 


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