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龍との邂逅



 「じゃあな、エドガー。」


 「ああ、お疲れサイモン。」


 夕暮れ時、俺はパーティーメンバーのサイモンと別れ、街の外れのねぐらへと足を向けた。あいつはこれから酒場へと繰り出すらしいが、俺にはとてもそんな気力は無い。そもそも、いつ死ぬとも分からん城壁の外から帰って来て未だに遊ぶ元気があるのがおかしいのだ。だが、龍が現れて早七年、人間の暮らしは苦しくなる一方だ。酒も飲めなくなる日が近いというし、飲めるうちに飲んでおけというのも正しいのかもしれない。当然、酒が尽きる前に人間が全滅する可能性だって十二分にあるのだが。むしろそっちの確率の方が高いかもしれない。



 疲れ切った頭でマイナスな思考を展開する事数分、気が付けばボロボロのわが家へと帰ってきていた。前の持ち主が外で死亡し、立地の関係もあり捨て値で売っていたのをコツコツ貯めた貯金を当てにして購入したのだ。当然貯金は吹っ飛んだ上に借金まで負わされたが、そんな苦労をしてまで買った夢のマイホームはベッドだけで唯一の部屋の半分を占めるほど狭い。



 疲れ切っって力の入らない手で鍵穴に鍵を突っ込んで気付く、鍵が掛かっていない。取られて困るものなど置いてないが、一応施錠はしっかりしている。今朝もちゃんと確認して家を出た。泥棒か―――即断して腰の剣に手を掛ける。殺す気は無くとも脅すには十分だ。未だ家の中に居残っている可能性は低いと思うが、一応な。



 バンッ、と玄関の戸を勢いよく開き、部屋の内側に剣を向ける。物音一つしないのは、やはり既に逃げられた後なのだろうか。息をつめて部屋の中に踏み込み、一歩一歩、足元を確認するように歩く。



 そして部屋まで踏み込んだ時、人を見下す怪物の眼を見た。



 咄嗟に握った剣を振るい、その刃が砕け散ったことに驚愕する。だが動きは止めず懐に手を入れる―――直前、鉄の刃を砕いた拳に手首を掴まれた。


 「落ち着け、敵意は無い。」


 誰の声か即座には分からなかった。だが、この部屋には自分以外には一人しかいない。


 「………お前は…………何だ。」


 俺は人を真似た化け物に言葉を返した。


 敢えて似せたのか、金に紫のメッシュを入れた美しい髪や陶器のような肌をした美少女のような姿をとっているが、一対の角や尾、所々に見える鱗、そして何よりもその眼が―――白目が無く、金と紫の虹彩と縦に割れた瞳孔しかない人外の眼が、彼女は人間ではないと明らかに示している。そして、何故か全身傷だらけで、致命傷になりそうな物こそないが、既に俺の寝床は血塗れである。勘弁してくれ。


 だが怪物は自らの傷などに興味も無さそうな様子であっさりと俺の質問に答えてのけた。



 「私か? 私は龍だ。」



 疑う理性を他所に、直感がその言葉を真実だと断じた。体が固まり、恐怖で息ができなくなる。


 「さて、猿。貴様はこれより私の僕だ。感謝しろよ、本来貴様のような下等生物は私に見えることすら許されんのだからな。」


 勝手に話を進めていく龍の様子に我に返る。


 「ちょ、ちょっと待て、僕ってどういうことだ、なんでそんな話になった。」


 俺の疑問に対してキョトンとした顔の龍。その表情は場違いにも少し可愛いと思ってしまった。


 「この猿は頭が悪いな。私がここに住む、ならば私より弱い者は頭を垂れて隷従するか、それとも死ぬかの二択だろう。死にたくは無いだろうから、お前は僕だ。」


 言ってることは全然可愛くない。


 「……どうしてここなんだ? 似たような空き家ならこの辺にはいくらでもある。」


 不法に住み着いた奴がいるかもしれないが、とは言わないでおいた。


 「む、そうか、そうだろうな。だがそれでは駄目なのだよ。私は住みかとだけでなく手駒も必要なのだからな。敢えてしっかりと鍵の掛かった家を選んでいる。そちらの方が住人のいる確率が高いからな。猿を使うなど情けない事だが背に腹は代えられん。」


 「……………他の家にも住み着いている奴はいると思うぞ。」


 「今更面倒だ。」


 左様で。


 「それに、だ、猿。お前にもう私から離れるという選択肢は無い。猿相手ではこの状態であっても後れを取ることはないが、他の龍との兼ね合いもあり戦う気は無い。今、猿と必要以上に事を荒立てる意思が私に無い以上お前には黙っていてもらわねば困る。私が恐ろしいのは分かるが、諦めろ。


 …………それとも、死んでここを明け渡すか?」


 殺気が全身を嘗める。漏らさなかったのは奇跡に近い。


 もはや抵抗は不可能だった。



 「……………………………………ならせめて、何らかの益を提供しろ。」


 諦めた。苦々しく言った俺に対し、龍は苦笑した。


 「龍の僕という栄誉を受け取っておきながら更に要求を重ねるとは業突張りめ。だがそうだな、一方的に押さえつけるのは暗愚な王の行いか。………よし、猿、名乗るがいい。」


 「………エドガー・アルゼス。しがない冒険者だ。」


 「ふむ。」


 頷きながら、龍の腕が発光し始めた。だがそれも僅かなことで、光が収まるとそこには人間大の龍の腕があった。龍は躊躇なくそこから金と紫の二枚の鱗を剥がし、その鱗が巨大化した。おそらく元々の大きさなのだろう。


 鱗を持った龍は目を閉じ、重々しく口を開いた。


 「我、金、そして紫の鱗を持つ王の龍、ラピスファズマ。人間、エドガー・アルゼスに対し、その身を、降りかかるあらゆる厄災より、一方の命尽きるまで、我が力の限り守ることを鱗に誓う。」


 言葉を重ねるごとに謎の光が二枚の鱗に纏わりつき、輝きを増してゆく。だが、言葉を最後まで紡いだとたん光は吸収された。


 「ほら、受け取れ。」


 「………………何があったんだ?」


 「”鱗の誓い”だ。龍は、その鱗に誓ったことはその誇りに掛けて守り抜く。これでお前は絶対の安全を手にしたわけだ、良かったな。」


 「誓い…………そうか、さっきのは儀式か何かか。」


 「略式だがな。………さて、益は提供したぞ。」


 「ああ………………。」


 正直納得いかない。誇りにかけて、と言われても龍がどれほど誇りを重んじるのかが分からないのであれば空手形と同じだ、役に立たない。


 「そうむくれるな。この誓いを破った龍は己の逆鱗を相手に手渡さなければならないという暗黙の了解がある、それほど重い誓いなのだよ。」


 「…………それは強制か?」


 「……違うが………疑り深い奴だな。」


 「こっちは命がかかってるんでな。」


 「………まぁ仕方ないか。だが、それ以上私がやれるものは無いぞ。」


 「……………………………あらゆる厄災ってのはどこまでだ?」


 「私に可能な範囲内だ。病を防ぐなどは流石に無理がある。力の限りという文言もあったはずだ。」


 「………じゃあ、お前はどれだけ強いんだ。」


 「ほぼ全ての生物よりは強い。」


 「………傷だらけなのに?」


 「”ほぼ”全てだ、同格は何体かいる。格上はいないがな。」


 「―――その同格がお前を追っているんじゃないのか? お前が厄災を呼び込んでるじゃないか。」


 「クフフ、”奴”にここは分からんよ。私が恥を忍んで猿の元に身を寄せるなど思いもつかんだろうしな。」


 楽しそうに笑った龍。巻き込まれたこっちは堪ったもんじゃない。


 「……………………………………………………大丈夫、なんだな?」


 「誓った通りだ。」


 「………分かった。」


 とうとう屈した俺に、龍は満足げな笑みを浮かべた。




 「では、お前は今日から私の僕だ、エドガー・アルゼス。」


 「……僕、か。」


 「ああ僕だ。奴隷の方が良かったか?」


 「いや、協力者、とか。」


 「………まさかとは思うが、お前は私と同格のつもりか?」


 脅すように龍の眼差しが俺を刺す。とても逆らう気は起きない。ただ、素直に従うのも癪だった。


 「……………確かに戦闘能力だけで言えば下だろうな。」


 「ほぉ? ならお前は何か私に勝てる物があると?」


 「さあな、だが少なくとも、力でしか己を誇示できないのなら猿よりよっぽど野蛮だろう。」


 怒りのせいか、物理的な圧力を錯覚してしまうほどに龍の存在感が増す。思わず膝を付きそうになるのを必死に耐える。


 「…………それは俺が言ったことの証明じゃないのか?」


 俺の言葉にピクリと眉が動き、威圧が止まる。堪らず俺は膝から崩れ落ちた。そんな俺の痴態を眺めた龍は面白く無さそうに鼻を鳴らした。


 「ふん。………………何か私に勝るものを思いついたなら言え、その都度私の方が上位だと示してやる。……だが、ネタが尽きるまでは、一応、貴様を………………………協力者としてやる。」


 心底悔しそうにそう言ったこいつは内心で早々と誓いを立ててしまったことを全力で後悔しているだろう。ここで怒りに任せて手を出せば自分で立てた誓いを自分で破ることになる。


 思っていたよりも、龍の誇りとやらは信頼しても良い物かもしれない。


 「だが忘れるなよ。――――――力が無いお前は、何時でも殺され得るのだ。」


 その脅し文句は―――言外に調子に乗るなと伝えようとしたのであろう―――今までの恐喝とは一線を画した恐ろしさで、俺はただ首を振るしかなかった。あっ、ちょっと股が濡れた。




 どうしようもないと分かった以上、肚を括ることにした。よく見れば可愛らしい顔だ、可愛い女の子と同棲していると思えばいいのだ。ただ、中身がちょっと猛獣なだけで………無理があるか。


 「おい、エドガー・アルゼス。」 


 「……エドガー、で良い。」


 「む、そうか。ではエドガー、これからの予定を決めるぞ。」


 「予定?」


 「そうだ。まず、お前は冒険者と言ったな? 冒険者というと、あれだ、集団で森の中を歩き回って薬草を摘むのが仕事の連中だな。」


  大きく間違ってはいないのだが、ムカつく言い方であるのは確かである。さっきの事を根に持っているに違いない。


 「……まぁ、そうだ。薬草を摘むだけではないけどな。」


 「そこはどうでも良い。よしエドガー、仲間と別れろ。」


 「はぁ?」


 ビシッと俺を指さし、名案だと言わんばかりにドヤ顔をかます龍。


 「お前はこれから私と行動を共にするのだ。仲間は邪魔にしかならん。」


 「…………いや、そうだけど。」


 「なに、適当な事を言ってしまえばいいのだ。親が危篤で、だの、お前らにはほとほと愛想が尽きた、だの。ま、明日の朝のうちに別れておけよ。」


 こいつが言ってることは間違っていない。俺も肚を括った時点で仲間はおろか冒険者家業を続けていくことさえも半分諦めていた。ただ、頭越しに命じられるのは非常に不愉快だった。逆らえないが。


 「………分かったよ。」


 盛大に嫌そうな顔をして答えてやると、龍は満足げに頷いた。こいつの眼は節穴だったらしい。



 「お前が仲間を説得している内に、私は傷を癒しておく。お前が帰ってきたら、行動開始だ。」


 「具体的には?」


 「手駒を増やす。お前だけではあまりにも戦力として役に立たない。」


 「……当ては?」


 「無いな。」


 「駄目じゃないか。」


 「分かってはいるのだがな。結果として猿共と対立する未来しか見えん。何か良い考えは無いか?」


 「……………対立する先を支配してしまうのは?」


 「ふむ、悪くないな。で、どうやって?」


 「…………………………思いつかん。」


 「駄目だな。」


 やかましい。



 結局良い案は思いつかないまま日が落ちた。貴重な油を使ってまで夜に行動する気が無いのは向こうも同じだったらしい。程なくして作戦会議は終わりだと言い出し、疲れ切った俺もそれには諸手を挙げて賛成した。


 しかし、ここで一つ大きな問題が発生する。


 「お前、何処で寝る気だ。」


 「ここに決まっているだろう。」


 「……じゃあ俺はどこで寝ろと?」


 「床しかないだろう。」


 「おかしいだろ。」


 なんで家主が床で寝て、何処で寝ようと問題無さそうな超生物がベッドを使うんだよ。


 「私は床で寝るのは御免だ。それに、お前は血だらけの寝床で寝たいのか?」


 グッ、と答えに詰まる。確かにそれも嫌だ。


 「私はそんなこと気にせん。だからお前が床で寝ろ。」


 勝ち誇ったような声だった。


 「……せめて掛布団はよこせ。」


 無言で布の塊が放り投げられた。 



 「………なぁ、龍。」


 「なんだ。」


 「名前、ラピスファズマって言ったか?」


 「ああ。それが?」


 「龍って呼ぶのもな。」


 「………好きにしろ。」


 「じゃ、ラピスで。」


 「………………………………………………好きにしろと言ったのは私だ、今回は許す。だが余り名を弄ぶようなことはするな。名を重んじれん奴は早死にするぞ。」


 「お、おう。」


 危なかったらしい。 




 朝、日が昇ると同時に目が覚める。ラピスの方も同様らしい。傷は八割方塞がっているように見えるが異常な回復能力だ。


 「さて、エドガー。昨夜言った通りだ。行ってこい。」


 「飯を食う時間位くれよ。」


 いきなりな命令を下す暴君に答える。


 「……………ああ、猿は食事をとらねば死ぬのか。」


 「龍は死なないのか?」


 「うむ、必要無い。」


 衝撃の生態である。結局硬い黒パンをもさもさと食べた後家を出た。



 冒険者ギルドに向かうと、リーダーであるサイモンを含めたいつものメンバーが俺を待っていた。


 「遅いぞ、エドガー。………剣はどうした?」


 「あー、それがな。昨日手入れしてたらへし折れたんだわ。ずいぶん長いこと使ってたからな。すぐに用意できそうも無いし、すまんが俺は暫く抜けさせてもらえるか?」


 「何ぃ? ………………剣が無いなら仕方ないか。いつ頃復帰できる?」


 「最近鉄高いだろ、それに家を買った時の借金もあるし、結構時間かかるかもしれん。他の奴と組んでてくれて構わん。」


 「そうかよ。お前が良いなら別に良いが……………戻って来た時お前の居場所は無いかもしれんぞ?」


 ガハハと冗談めかして笑うサイモンだが、俺には全く冗談に聞こえない。結局、連中はギルドで人員を補充して外へ向かうことになった。


 「皆、悪いな。」


 「気にすんな、復帰できるようになったら連絡くれや。酒でも奢ってもらうからよ。」


 そう言って肩をバシンと叩き、サイモンたちは門へ向かっていった。持つべきものは良い友だ。ただ、復帰はできそうにないし、改めて仲間に入れてくれるとは思えないのだが。



 部屋に戻ると、球状の物体がベッドの上に鎮座していた。ラピスの姿は影も形も無いが、十中八九この謎物体の内側だろう。どうしようもないので暫く眺めていると、球体に罅が入り始め、あっという間に粉々になって中から傷一つ無い状態の少女(仮)が出て来た。……全裸で。


 反射的に目を逸らしたが、ラピスは全く気にする様子を見せない。


 「む、早いな。」


 「ああ……とりあえず服を着ろ。」


 「ん? ………ああ、そうか。」


 龍に服を着ろとは俺は一体何を言ってるのだろうか、そんな自問には気付かなかったかラピスは変な顔一つせず胸に手を当てた。するとそこから光が生まれ彼女の身体を包んでいく。


 「おお………? ……そう言えば昨夜も、その光、何だ?」


 どこから、どうやって、なぜ発光しているのか。ふとおかしいことに気付いた人間の問いに、龍は困ったような顔をした。


 「何、と聞かれてもな。魔力を消費するときに発生する現象としか言えん。特別な物じゃない。」


 「魔力………?」


 「そこからか……あぁ、猿は魔力を持たないんだったな。龍の持つ特殊な力と思ってくれれば良い。得手不得手は種によってまちまちだが、これは大体どんな龍も使える。」


 「服を作る能力を、か?」


 「たわけ、見た目を変える能力だ。」


 光が収まると、全体的に黒い服が着用されていた。パッと見凄く高級そうな服である。買うとすれば金貨三枚は軽く飛んでいくだろう。一枚あれば剣が買えるというのに。


 


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