2.残業終了ですか!?
2話目です。
あの後、高速で資料を資料室まで集めに行ってデータをまとめ、書類を作成してようやく完成しました。
騎士様たちは王都の巡回や警備もあるので、勤務時間や休日は不定期ですが、内勤の私たち事務官は定時というものがあります。
時計を見ると、なんと夜の9時。あれから4時間も残業してしまったようです。はぁ、今日も定時で帰れなかった……。
私の仕事でのモットーは『仕事は計画的に。定時で終わらせる』だったのです。
それなのに、こうやって定時や締切ぎりぎりに仕事を持ち込んでくるんですよ、うちの団長は。今回だけではありません。何度こういう無茶ぶりを振ってきたんだか。多いときだと、週1はあるような。うーん、だいぶ早いペースですね。しかも私に対してばかりのようなんですが。私に対する嫌がらせですか、と聞きたくなりますよ。まったく。
ようやく書類は完成しましたが、薄暗い室内で作業をしていたので、目がショボショボしてきました。眉間を指で揉んでいると、
「ちびっこ、終わったか?」
どこに行っていたのか、団長が登場です。
詰襟の首元の釦を開けて寛いでいる姿を見ると、私に仕事を押し付けて休憩していたのでしょうか。
団長をじと目で非難がましく見て、デスクの書類を手渡します。
「おおー、完成したみたいだな。さすがちびっこ、仕事が早い」
パラパラと書類を確認し、団長が褒めます。
「じゃあ帰る途中で飯食ってくか」
団長のせいで残業をさせられたときは、いつもこうやってごはんに誘ってくるのです。ごはんで自分のミスを誤魔化そうったって騙されませんよ。
「近くにソーセージ料理のうまい店があるんだ。オレが奢ってやるから行こうぜ」
美形で将来有望とされている団長と二人でごはんに行ったら、団長ファンのお姉さま方に睨まれそうですが、ソーセージ料理のうまい店と聞いて心がかなり揺らぎます。
「そこのはハーブ入りのもうまいし、チョリソーも絶品なんだぜ。オムレツなんて卵がふわふわでうまいし、何食ってもうまいんだ」
むむむ、仕事後の疲れた体には、ソーセージはいいかもしれませんね。そして、オムレツは私の大好物。しかも、ふわっふわのやつ。
まぁ、どうせ、団長は私のことペットか何かくらいにしか思ってないですから、お姉さま方の視線なんて気にしなくてもいいのでしょう。どうせ団長も餌付けくらいの感覚なんでしょうから。
「いいですね。奢りならお付き合いしましょう」
仕方がないというふうに団長の提案を承諾します。決してソーセージとオムレツに釣られたんじゃないですよ?
*
「うーん、もう食べれない……」
「ったく、なんていう色気のない寝言を言ってるんだ」
呆れた団長の声が聞こえます。
言い返したいのに、頭がぼーっとして口が開きません。瞼も重いです。ふわふわしてあったかくて、なんだかとても気持ちがいいです。
「ほら、ずり落ちないようにしっかりつかまれ。もうすぐおまえんちに着くから」
ああ、このあたたかいのは団長の背中ですね。広くてたくましくて温かくて、人間湯たんぽですね。
「そうかそうか、それは良かったな。しかし、仮にも上司を湯たんぽ扱いか」
あれ、わたし、いま口に出してましたか。これでも、いちおうほめたんですよ。
「はいはい、どうも。それにしても、酒一口飲んだだけでコレって、おまえ、本当に酒に弱いのな。間違って出されたとはいえ、もう飲むなよ」
えーおさけのむとふわふわで気持ちいいんですけど。
「駄目だ。見てられない」
こどもあつかいですか。わたしだって、ちゃんとしたおとなですからご心配なく。
「そういう無防備なところが子どもだって言ってるんだ。ほら、家着いたぞ。背中から降りられるか?」
んー、からだおもくってうごきたくないです。
「仕方ない、中に運ぶぞ。おい、鍵はどこだ」
かぎ……ふわぁ。
「おい、寝るな。起きろ」
気持ちいーんですからこのままにしてくださいよ。
「そうも言ってられないだろ。鍵はカバンの中か?」
えっと、そうです。かぎはカバンの内ポケットのなかです。
「内ポケットね……ああ、あった。勝手に開けるぞ」
カチ、と金属音が聞こえます。
「ああ結構きれいにしてんのな。おまえらしい。ベッドはここか。おろすぞ」
え、だんちょう、やです。だんちょうの背中あったかくて気持ちいいので、このままがいいです。
腕でぎゅっとしようとしましたが、力が入りません。体を離されてベッドにおろされました。今まで体全体であたたかいものに包まれていたのに、なんだかさみしい感じがします。
「おまえな、無防備にも程があるだろう。酔ってそんなこと言ってたら、いつか男に襲われるぞ」
だんちょう、あきれてますか?
ふふふ、だいじょうぶですよー。そんなことありませんって。だって、わたし、めがねでちびだし、わたしをおそおうとおもう人なんていませんよ。
顔がこそばゆいです。あ、だんちょう、めがねはずしてくれたんですね。ありがとございます。
「ったく、本当、危機感なさすぎ。おまえ、本当に自分が周りからどう見られてるか知らないのな。それとも、俺が男として見られてないだけか?」
だんちょう、なにぶつぶつ言ってるんですか。だんちょうは、すごくみりょくてきだとおもいますよ。いじわるだけど、実はやさしいこと、ちゃーんと知ってますよ。ふふ。
「っ! 本当に、おまえがいつか変な男にひっかからないか心配だ。これだから、目を離せない」
だんちょうは心配性ですねぇ。そんなこと言うひとはだんちょうくらいしかいませんよ。
「……本当鈍いやつ。理性の利くやつばかりじゃないんだぞ。いっそ思い知ればいい」
だんちょう、なにかいいまし……
ん?
ふえ? なんかおでこにやわらかいのがあたったような……。
「じゃあオレは帰るから。鍵は郵便受けから中に入れとくからな。ゆっくり休め」
えー遅くなったのは誰のせいですか。ふわぁ、おやすみなさい。
ありがとうございました。