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ひまわりの夢。

気がついた時私は、青い空を見ていた。30秒ほどして、ようやく仰向けで空をみあげていることがわかった。全身の感覚が戻ってきた。

なぜ全身の感覚がなかったのか、

どうして空をみあげているのか、

自分のことを私とよんでいるのか僕と呼んでいるのかすらよくわからなかった。

こわばった肩をまわして頭をたれたままゆっくりと身を起こすとまた驚かされた。そう地面が真っ黄色だった。ゴールドのようなキンキラキンでもなく、蛍光ペンのような黄色でもなく、Googleで検索すれば1番先に出てきそうな。私のちっぽけなボキャブラリーでは、黄色としか言えない黄色。どうしてこんな色をしているのだろうか。その後自分の四肢が視界に入った。黄色かった。いや、肌の色ではない。服の色が上下共に地面の色と全く同じだった。UNI◯LOにあるジャージみたいな半袖半ズボンだが、こんな色は見たことがない。不思議に思いこわばった体をほぐし立ち上がって地面を触ったり顔を近づけたりして再度確認してみると、アスファルトのような硬さがありそれでいて表面に傷などはなくつるつるしていてとても無機質な感じだ。それが見渡すかぎり地平線まで広がっていて他に見えるものといえばこの青い空だけだった。決してふざけるつもりは無い。むしろ私が詫びたいくらいなのだが、空は空で青かった。ただ青というしかなかった。地面と空のこのコントラストは目を奪われるくらいに美しかったが、なにせ単色で塗りつぶしたような無機質さが勝りなんとも不気味な感じだ。

その不気味さに寄り添って、何か不自然さが漂っているのだが、一体それが何なのかよくわからずにいた。頭を回すことが怠くなり、地面に身をあずけるように倒れた。後頭部を打った。やっぱり痛かった。そうとうな強度がありそうだ。どうでもいいそんなネガティブな感情が胸の中で浮き沈みしている。ここがどこだとか、元の場所に戻りたいなどといったホームシックな感情は全く湧いてこなかった。それよりか、やはり思い出せないでいる自分の事について考えることにした。名前を筆頭にどこで何をしていたのかなど全く思い出せない。心は真っ暗闇で一筋の光も刺さないようなそんな心境だった。・・・そういえばこの世界には太陽がなかった。ふとそんなことを思った。それなのに周りははっきりと見えた。鮮明に見える世界は光が差すといった感じではなかった。何故かそれが自分の心のなかに似ていて、ここにいることが心地良かった。ふわふわとした感覚でいた。

と、その瞬間別のことに気づいた。「・・・。」しゃべることができなかった。声をだすことができない。50音は愚か呼吸することが精一杯で、なにかしゃべろうとするとむせてしまう。段々と呼吸が早くなる。なぜ何もしゃべれないのだ。呼吸に呼応して心拍数まで上がってくる。心臓がバクバクする。さっきまで吸っていた空気がどこかに行ってしまったみたいに空気を吸うことと吐くことの境目がわからなくなった。涙が出ていた。それは泣くなんていう感情的なものではなかった。条件反射みたいなものだった。暑い。呼吸しているはずなのに、大きく吸っているはずなのに肺に空気が入らず吐いているような感覚になる。それでも無我夢中で吸う。気づいた時には過呼吸に陥っていた。黄色い地面に額を押し付けまるで土下座するような格好でなんとか落ち着けようと両手で袋を作るように口の周りを覆いながら、ゆっくり呼吸を小さくする。また大きくむせた。それでも、本物の袋に空気が出たり入ったりするのをイメージして手を動かす。そうやって脳をごまかそうとしていると、だんだん吸う空気と吐く空気を区別できるようになった。その場には私を圧迫するように心臓の音だけが残った。汗びっしょりだった。その汗が引くのを確認しながら本来の目的を思い出した。だが、その後ゆうに10分近く試してみたがどうしてもできなかった。一体何だというのだ。喋れない。喋れないと言うより、言葉を忘れているような感覚だ。こうして頭で考える事はできるのに何故か発音することができなかった。結局しまいにはどうせこの世界で誰か人に合うことは無いだろうと諦めた。

言葉なんてなんの意味もない。そう思うと同時に本当にどうでもいいことを思い出した。以前どこか大きな駅で見た広告。砂漠に立ったドレス姿の女をバックにこんなことが書いてあった。「言葉に頼り過ぎると、退屈な女になっていく。」女でもないのにその時にピンとくるものがあり覚えていた。確かに女という生き物は男に比べてなんでも言葉にしたがる気がする。別に昨日の晩ごはんの話とか上司の悪口だとかそういったことについて何か言いたいわけじゃない。でもどうしても、感情の浮き沈みにまかせて何もかも言葉にしようとするところが苦手だった。感情全部は言葉に置き換えられると思っているところが嫌いだった。ただの傲慢だと感じていた。まだ人間には言葉というモジュールでしか誰かとコミニュケーションをとることができないのだから仕方のない事なのだけれど。日本語は特に細かい表現まで多国語に比べたら多彩な言葉、表現が存在するのは確かだ。それでも人間が思う感情の全てはいつまでたっても言葉にすることはできないのだと漠然と思っていた。そんなに簡単なものじゃないしもっとぐちゃぐちゃしたものなのだ。それなのに人は伝えようとすることを諦めない。今までだってこれでもかというほどに愛や恋を歌う歌はあった。それでも今なお手を変え、品を変え現代人に向けてそれは叫び続けられる。全く愚かな行為だと呆れていた。本当に救いの無い世界に生きていた。あぁどうして自分の過去すら思い出せないのに私は病んでいるのか。そんな風に続々と軽口を頭のなかで叩いている内に連想ゲームのように、くだらないことばかり思い出してきた。さっきっから急に話が変わっているように思うかもしれないが、誤解しないで欲しい。ここには私しかいないのだ。私が繋がなくて誰がつなぐのだ。ほら。そんなこと、思っているところだった。

不意に視界を何かが横切った気がした。この時はっきり実感したのだが感情と体は時々ずれることがある。この瞬間もそうだった。体は何故かその方角に走り出していった。真っ黄色な地面を蹴り飛ばして。目にも留まらぬといった感じで。感情はただそこであっけに取られるばかりだった。

すこしして、感情が体に追いついた時そこには黄色い地面に突っ伏した私がそこにいた。地平線をみながらこの星もまんまるなのだなと、のんきなことを考えていた。



人間は何もないこの世界に時間を作り、いつも時間を腕に巻いてせわしなく動きまわる。そこに何かに縛られるという安心感を得たのと同時に自由をなくした。確かに時間に全く縛られない生活は自由だ。何をしても誰にも何も言われない。誰にも見咎められない。それは自由であると同時に何か大事なものを欠落していた。そう、人はだれも心のなかに怪物を飼い慣らしている。いつかはそれを殺してしまおうと先の尖った武器を持ち出し、騎兵隊を組んで討伐を試みた。だが、最後の一手で躊躇らい、いつも怪物に追い返されていた。何度繰り返しても結果が変わることはなかった。そしていつからかそんな状況を楽しんでいた。失敗に依っていた。これでいいのだとさえ思い始めていた。怪物を倒すことは諦めていた。徐々に怪物に支配されていることを気にすることなく、ただ何かに歯向かう気はすり減り、散り散りに消えた。

薄暗い部屋の中、布団の中で目を覚ました。なんだか小汚い部屋だと思ったが、どう考えても自分の部屋だった。身を起こした。机の上にあるデジタル時計で時間を確認する。昼過ぎの一時になる四分前だった。頭が痛かった。もうなれた痛みだ。たしか昨日も酒を飲んで寝ていた。気持ちのいい酔い方などとっくに忘れていた。ただ口から食道を通しそして胃へとアルコールを流し入れる作業。飽きもせず阿呆のように毎晩続く作業。俺の名前は“前角たくみ”。あと少しで23になる。学歴は高卒止まり。今となっちゃ因数分解も源氏物語もどうだってよかった。まぁそんなもんなのだろう。そういえばなんか夢を見ていた気がする。いつも浅い眠りを繰り返し変な夢ばかり見ている気がするのに、起きた時にはなんの夢を見ていたのかすら思い出せないもどかしさだけが残った。考えれば考える程それは泥沼の奥に沈んでいくようだった。今日もそれだ。朝方寝て夜起き、スナック菓子を食べながらゲーム、漫画に時間をさくことしかできない生産性の無い日々。なにもないということが怖かった。一時期は夢もあった。だがそれも中途半端に投げ出した今、娯楽に身を埋めることが何よりの安心だった。希望はもう見えなかった。他人に言わせればあまりにまぶしすぎて目を逸らしたってところだ。さしてやることも見当たらないし、俺の生い立ちを話してやる。そう考えウィスキーの瓶を開けた。独特の匂いが鼻をつくまえに体内へその琥珀色の液体を流しこんだ。

上京したのは19の頃。実家は「くそ田舎」そう言ってお前の頭のなかに出てきた“そこ”だ。冷たい日本海と山に挟まれた街と呼ぶには程遠いようなシャッター街が広がるような商店街しか無い。そんなところで育った。昔はよかった。何もかもに色があって商店街もまぁまぁ活気があった。時期になれば祭りもしていたし、意外と人も集まっていた気がする。別になんの不具合も無い人生を過ごしていた。20になるまで冠婚葬祭にも立ち会ったことはなく、親も親でモクモクと仕事をこなしていた。当たり前のように時はすぎるし、当たり前のように時がすぎるのだろうなと思っていた。そんな人生がある時狂った。いやこの言い方はおかしい。この時は確かに好転したのだから。18歳当時田舎の高校に通う俺。時期は冬に入りかけた頃でその日は初雪がちらちらと舞っていた。教室に入るなりクラスで一番の友だちの川崎が熱狂していたシンガーソングライターのライブのチケットが当たったと言ってきた。とりあえずおめでとうという俺。2枚あたったから一緒に行こうという川崎。え?俺?と、すっとことんな顔をする。確かそんな会話だった。なんで2枚応募したのかとかそんなことを聞く暇もなく。じゃぁ行くよ!と軽く返事をした俺は、ライブの開催地である東京へ行くことになった。はたしてライブ参戦となったそのアーティストは最近メジャーデビューを果たしたいま売れっ子のシンガーだった。音楽の世界なんて全く知らなかった俺でも名前は知っているくらいだったから、当時結構世間で噂されていたのと思う。東京は小さいころに何回か父親にテーマパークに連れて行ってもらった事があった。その時は東京がどんなところかなんて気にしていなかったし、はしゃぎ回るのに精一杯だったのを覚えている。だから、せっかくだしつれて行ってくれるついでに東京をぶらぶらしようと思っていた。その後ライブまでは本当にあっという間だった。これは後から気づいたのだがそのライブがなければ高校生活いや、俺の人生そのものがあっという間だったのだと思う。高校二年の全過程が終わって三年が卒業し迎えた春休み。三月十二日。毎年卒業式を見送ってから花を開き始める桜。今まさに花開こうとしているたくましい蕾を見ながら乗り込んだ高速バス。片道6時間の旅。そしてここから更に加速して時はすぎる。正直言ってライブの内容は殆ど覚えていない。なんというかまだ音楽について何も知らない俺には理解しきれないことがそこで起きていて終始パンク状態だった。開演と同時に世の中にはこんなところがあるのだという驚きが俺を興奮の渦へと誘い込んだ。へいへい何浮かない顔しているんだよと言いたげに、会場を誘い出すドラムと怪しげな雰囲気のあるベース。そこへ俺を見ろとアコースティックギターのストローク。徐々に音圧を増す。それに連れて会場のボルテージも上がる。そしてついにその時を待つようにどっしりと構えたヴォーカルがその口を開いた。

行きのバスの中では都会とはどこからが都会なのかと、どうでもいいことばかりそいつとふざけあっていた。が、帰りのバスでは興奮冷めやらず、猿みたいにはしゃいでいたら添乗員に怒られた。それでも足りず地元に帰ってからも知り合いという知り合いに何度も何度も同じ話を言って聞かせた。そのたびにへぇーという歓声が沸き、なんだか勇者になったみたいですごく楽しかった。時期は三年の春。そこから将来何になりたいかを決めるまでには時間はかからなかった。俺はシンガーになる。シンガーになって夢を売る。そう決意した。いつの間にか心の中に魂があってそいつがメラメラ燃えていた。あのシンガーみたいに俺も大勢の人の真ん中でみんなより少し高いステージに立って、沢山の歌をうたうのだと。親の静止も振り切って都会へ出てきたのがちょうど一年後。全てが上手く行くはずだった。もちろん始めは苦労ばっかりするだろうと思っていた。でもある時を境に俺の努力は叶ってスーパースターへの道が切り開くのだと漠然と思っていた。

そこから先は覚えてない。ことは無いのだが今となっては霞がかかって見える。見たくない。俺の脳みそが現実を拒んだ。嫌なことにはフィルターを通して見えにくくしてしまう。まるで夢のように。まぁ話すまでも無い。この部屋を見てくれ。これが、それからの生活だ。そしてこれが俺だ。もともと窓という窓からはほとんど光は入らない。日照権等と言って保証されているのも所詮この程度だ。バカバカしい。空気だってもう三年間全く同じところにあるのでは無いか。本当にここに21%も酸素が含まれているのか、全て二酸化炭素となってはいないのだろうか。淡水を泳ぐ海水魚みたいにもうしばらくしたらパクパクと必要以上に口を動かしはじめたりしないだろうか。そのくらいどんよりとした部屋でくらしている。そのうえ厚手の毛布のようなカーテンは閉めっぱなし。布団はひきっぱなし。均等な枚数で丸まったティッシュも使いっぱなし。さっき食べたカップラーメンも出しっぱなし。この部屋の中にあと「ぱなし」はいくつあるのか。いいやもはや「ぱなし」しか無いのでは無いのか。そんなふうに感じられる。

小説というものはいいものだ。どんなどん底の状態にいても。何人の人が惨殺されたって、どんなに恐ろしい怪物がこの国を滅ぼしたって、どれだけの相手に心を汚されて自殺しようとしている売春婦がいたって。これでもかという不幸な情景を描写しておきながら、かけがえの無いものを読者に見つけさせる、のんきさ。芸術的に言ったらそれを、心を動かすとか言うのだろう。ここまで語るのは昔、自分もそうだったから、まだ世の中を知らない頃、それは世の中と=だった。小説に書いてある世界が、何度フィクションと言われようと、ファンタジーであるとわかっていても、この世界で起こることだと思っていた。とても素敵な世界に生まれてこれてよかった。将来に関しては真っ向から反対した両親だけど、産んでくれたことには感謝するべきだなと感じた。おかげで多少の文才はあるのだと勝手に感じている。だからこの遺書みたいな文を長ったらしく書いているのだし、あぁそろそろ読むのも飽きた頃か。もう少し待っていてくれ。おかしな話だがこれが読まれないということは死を意味している。これから死のうとしているのに、せっせと文をかいてその中でまだ死にたくないなんて表している俺はどこまで行ってもクズだった。


夢を見ていた。どうやら知らないうちに眠ってしまっていたらしい。話ながら自分の過去が惨めすぎたのかそれとも酒の回りが早かったのか、寝ていた。夢を見ていた。まだ寝ぼけているのか夢の内容が思い出せる。それはこんな夢だった。ベッドで誰かが寝ている。しかも姿勢がうつ伏せなのだ。まるでベッドの前で誰かに背中を刺されてそのままベッドに倒れこんだような姿勢だ。その為どうにかして覗こうとしても顔が見えない。顔だけ左右どちらかに振ってあるわけではなく、ベッドと正面衝突だ。よくこんな体勢で寝ていられるなと思った。ジーと見ていても動く気配すらない。死んでいるのか?男は青色のジャージに身を包み髪の毛はショートカットすでに寝癖がついているが綺麗にリンスされて いてサラサラだった。ふんわりと部屋の中はラベンダーの香り。見上げると時計の短針はもうすぐ5の数字に届くところだった。そんなことよりここはどこだ。こいつは誰だ。どうしてこんなところにいるのだ。見回すと置いてある家具はすべてアンティーク調でそろえられており、壁は真っ白な壁紙が綺麗に貼られている。床には塵ひとつなく、うっすらと間接照明があたりを暖かく照らしていた。カーテンの隙間から徐々に光が入ってくる。もうすぐ朝なのだろう。ふと男が寝がえりを打った。その言葉の通り“寝返り”だ。180度くるっと。瞬間私はなぜか身を隠したほうがいいと思い、ベッドの下の隙間に滑り込んだ。別に何か悪いことをしたわけではない。男を殺そうとしていたわけでも、夜這いをしようとしていたわけでもない。ただ一般的に考えてこの時間、寝ている男は家中のカギをかけてから眠りについたのだろう。ということはどこから入ったのか?なんてことは何の議論もされずに、住居侵入法が成立するだろう。だから隠れた。いい判断だ、と思ったのもつかの間だった。完全に出るタイミングを失った。このまま男がこの部屋から出ていくまでここにいなくてはいけないのか。ベッドの下に潜り込むといってもそこは大人一人縮こまってぎりぎり入れるサイズ。寝返りなんて打てないし体のどこか一部を動かそうとしても物音を立ててしまうことは明確だった。そんなことをして男にベッドの下を覗かれたらおしまいなのはよくわかっていた。唯一良かったと言える事があるとするなら男がベッドの下の掃除にも余念がなかったということだろう。それからどのくらい経っただろうか体の節々の悲鳴がついに口から出そうなほどになったとき。ベッドの上に変化があった。男が起きたのだ。ベッドから立ち上がった男はカーテンを開ける。まだまぶしいとは言えないが朝陽が部屋に差した。オレの心にも。おそらく今五時半ころだろう。男は自らのシャツとビジネススーツそしてスーツとセットになったパンツを取ると部屋を出ていった。そこから私は今日一日この男を観察してみようと思った。どうしてこんなところにいるのかわからないが、この男の前に私は現れたのだから、この男と離れてはもとの世界には戻れないと思ったからだ。それから一時間ほどして、バタンとドアが閉まる音がした。チキンハートな俺はそれまでこの部屋から出ることなどできなかった。男を見失ってはと部屋を出る。階段を下って、目の前にある玄関の鍵を開け、恐る恐る外へ出る。この家にどうやって鍵を掛けるのかという問題があるが、放おっておこう。どうせ俺の家では無い。そこは閑静な住宅街だった。遠くの方に高層ビル街が見えるということは東京のどこかではないかということがわかった。そんなことより男だ。突然頭に電撃が指すようなめまいが起こる。と次の瞬間男の居場所が手に取るように分かる。目の前のT字の交差点を左折その先の坂を登った十字の交差点を右折しようとしているところだった。よく分からなかったがこれでゲームオーバーにはならなさそうだ。頭を左右に振って、めまいを吹き飛ばすようにしながら駆け足で男を追いかける。その後は大変だった。男の姿が見えなくなって3分後くらいに頭に毎回電撃が差すようなめまいが起こった。そのたびに男の場所を教えてくれるのはいいのだが、事務所やカフェ、そしてトイレに入った時も。とにかく3分間男を視界に捉えていないとあの電撃だ。これは本当に罰ゲームのようだった。毎度ものすごい吐き気に襲われるのだが、あいにく胃の中は空っぽだった。吐きたいのに吐けない時の辛さ。あなたには分かるだろうか?こんな汚い話をしている場合では無い。その後は無我夢中で男を追った。ようやくお昼をすぎる頃、徐々に慣れてきた。午前中は事務所に入りっきりだったから、電柱にでも登ったほうがいいのか?などと馬鹿げた事を考えたほどだったが、午後になると移動も多くなり、ギリギリ見えるか見えないか程度の距離から追いかけていればいいので午前中寄りは楽だった。男はと言うと午前中はもっぱら誰かと電話そしてパソコンとにらめっこをしていた。事務所の入り口から覗いていたのだが机の向きは入り口とは反対の窓側を向いており、後ろ姿しか見えなかった。どことなく風格のある男だった。きちんと整えられた髪、そして服装の影響だと思うのだが、何か彼の周りにオーラがあるようだった。実際相手の第一印象の9割は服装で判断されるというのだから、オーラが見えるというのもあながち嘘ではないのでは無いかと思う。それ以外に男の情報はほとんど入ってこなかった。何より顔を見られてはまずいという発想から危険を回避するため10メートルほどは常に距離をとっていた。だから男の声を聴くことも顔を見ることもできなかった。結局、日が暮れる頃になっても男をつけているからと言って何か特別な事があるわけではなかった。午後6時をすぎる頃仕事を終えたのか数人の仲間と共にイタリアンレストランに入っていった。それを見送りながら、やはり相当な金持ちなのだなと思った。明け方に見た家の内装もそうなのだがほかにしっかりとした服装、移動は基本的にタクシー移動。お昼も焼き肉。普段からそういう生活ができるということは相当なお金持ちなのだろう。男みたいなやつのことを成功者と呼ぶのだろうか?なんとなくある話を思い出した。その昔に俺がその時ドハマリしていたアーティストが音楽系の週刊誌の中でエッセイを書いていて、その中にこんな話があった。「夢の話」。しかしなぜだかその話で何を言いたかったのか、どうしてそんな話をしたのかが思い出せずに悩んでいた。一時間強ほどしてレストランから男が出てきた。まだ俺は話の結末がどうだったのかをずっと考えていた。その時始めて彼の横顔を見た。ふと誰かに似ているなと思ったが思い出せなかった。そんなことも気にせず男が次に向かったのはなんとキャバクラだった。まぁ頷けないこともなかった。誰だってそういう場所に足を向けることはある。金持ちならなおさらだ。しかしイタリアンレストランはいい。窓ガラスが大きかったから通りの反対側からでもギリギリどれが男なのか分かるくらいには見えた。しかし今度は違う。どでかいガラスなんてあるわけがないし何よりその店は地下2階だった。これではどうしようもない。その男が女を誑かしている間に俺は暇を持て余しながら雷撃と戦わなくては行けないのか。そんなのまっぴらごめんだった。ということで俺もキャバクラに入ることにした。朝から1日駆けずり回り疲れていた。調査のためとは言ったもののしだいに私欲が湧き始めた。気がつくと右手に2人左手に2人。どの娘も胸元のはだけた服と素顔を隠すようなメイク。始めから気を失ってなどいなかったがドアを開けた瞬間から強い香水の匂いに惑わされていた。現実感のないテーブルとソファ。派手を飾ったようなシャンデリア。なんだか仰々しいところだった。入ったことなど一度もなかったが、たしかに座っていて心地が良いし、そりゃぁ金さえあれば毎週でも来ていいかなと思わせるようなところだった。ほろ酔いになりながら男を見張ることは続けることができた。もう既に戦闘本能のように体に染み付いていた。いつの間にかできてしまうのだから、癖ってすごい。男を見張りながら周りの女にうつつをぬかしながら、なんだか上の空だった。ふと男は幸せなのかと考えた。幸せなのだろうと思った。昼間の生活を見ていれば、少なくても今の俺とは違う。月とスッポンくらいに、だから俺よりも幸せなのだろうと思った。思ったのになぜか賛同できなかった。「夢の話」とはこんな話だった。そのアーティストはメジャーデビューを果たした、その後自分の周りを取り巻く環境がめぐるましく、変わっていった。始めは駅前の路上で歌い始めたのがスタート。そこから考えると今、夢を見ていた世界の中にいる。・・・・そう夢がかなったことになる。するとどうでしょう。毎日が夢見心地?もう死んでもいい?・・・全然そんなことはない。夢が叶って大喜びしたいところだが、大喜びするには現実的すぎる。夢の中なのに現実的?それはまだ僕自身、上があることをわかっているからだろう。夢が叶ってまた新たな夢ができたのだ。そう書かれていた。思い返すとこの話に似ていないのに似ている。うまく言えないのだけれど、夢がかなったところは、あの男もそうだろう。サラリーマンやフリーターから考えたら雲の上の世界にいるのだろう。ただ、覇気が感じられなかった。思い出していた「夢の話」の結末を。なんだか考えたくなかった。そういうときに限って頭はすごく冴えている。「夢がかなって夢見心地になる時って、上を見なくなった時だと思う。だったら僕は夢見心地になんてなれなくていいや。」

気がつくと男がこちらを見ていた。目も良く冴えていた。今まで見えなかった男の顔がはっきりと見えた。それは俺自身だった。その瞬間天と地が入れ替わった。空を自由に飛べるわけではない俺は、そのまま真っ暗な闇の中へ突き落とされていた。




気がついた時私は、青い空を見ていた。30秒ほどして、ようやく仰向けで空をみあげていることがわかった。全身の感覚が戻ってきた。

あぁそうだ私は走り続けていた。視界を横切った流星のようなものを追いかけて、もともと追いつけるわけも無いのになぜか無我夢中だった。そしていつの間にか気を失っていた。またはじめからなようだ。相変わらずの黄色い地面、青い空。いやそれだけではない。まだ遠くだが地平線の彼方に何かが見える。立体物で地面に反射しているのかもともとなのかわからないが黄色かった。そしてまた私は走り出していた。その立体物めがけて。また気を失ってしまうだとかそういうことは気にならなかった。裸足だったが、不思議と走りやすかった。前よりも早いスピードではしれている気がした。背中に風を浴びて前へ前へと押し出してくれているようだった。気持ちが軽かった。一歩一歩足が地面を踏みしめる感覚とともに、まるで走馬灯のように記憶が頭の中に流れ込んできた。私の名前。自分の呼び方。今まで何をしていたのか。まだわからないこともあった。ここがどこなのか。どうしたらもとの世界に戻れるのか。でもそのうちなんとかなるだろうと思った。何故か確かな足音がそう言っているようだった。前に走り出したときには分からなかったがこの星の半径はそんなに遠くないみたい。地平線に見えていた立体物が徐々のその姿を大きくしてきた。それは木だった。しかも例によって真っ黄色な。普通の樹木とは茶色い幹に緑色の葉っぱをつけているだろう。だが上から下まで一色でベタ塗りされたようだった。それでも何か嬉しいような気分になった。徐々に歩みを緩めた心拍数を整えながら、ゆっくりと歩いた。もうすでに俺の身長の10倍くらいの高さになっていた。見つけたときには俺のほうが10倍くらい大きかったのに。ふと背中の方から風が吹いた。まるでさっき背中を押してくれた風が本当の風になったようだった。その風は俺の心の中を通り抜けて大空へ舞い上がった。黄色い木が緩やかにしなる。その風を具現化したみたいに枝のあいだをすり抜ける。木はサラサラと揺れた。黄色い葉が空へと押し上げられた。ひどく美しい光景だった。葉は数をましてなんの法則もなくただ風の中に揺れていた。自然と視線が上がった。そこにまた新たなものを見つけた。青い空の中に今まではなかった月がポツンと浮いていた。太陽が見当たらない状態だから月に限りなく近い惑星なのかもしれないが。あなたは昼間の月を見たことがあるだろうか?夜に見上げる月とは全く違う。青い空の中、透明感のある薄い水色をした月がぽつんと浮いている。それは誰かを見守っているような暖かさと、寂しそうな冷たさを併せ持っていた。それを仁王立ちで呆然と眺めていた。ふとまばたきをした瞬間、雫が頬を伝った。涙を流していた。止める方法を知りえない涙だった。決壊したダムみたいにその出口へと我先にと押し寄せた。俺の名前は前角たくみ。当然のように自分のことを俺と呼ぶ。夢に敗れたニートだった。いつからか不安、恐怖、嫉妬、惨め、そういった感情と戦っては負け、心に黒いベールのように支配されていた。幼いころのように涙をながすことさえできなかった。心の中には何も無いと思い切っていた。でもそうじゃなかった。

無機質に生きていたのは自分だった。

全てを他人のせいにして自分を守っていた。そうすることで精一杯だった。

この世に生きることに絶望して、何かをする気力がおこらなかった。

金も気力も何もかもすり減るだけだった。

でもそれだけじゃなかった。美しい景色は確かにこの世界に不安定な規則ででも確かにその位置に間違いなく存在した。

それをちゃんと証明してくれた。この景色を見た事で満足だった。涙はそのまま足元に落ちてにじみそして消えた。この瞬間だけは忘れてはいけないものだなとそう確信した。もう一度何かを目標に歩きだそうと思えた。今この瞬間からスタートだ。立ち直ることなんてしなくてもぼろぼろなままだって進んで行ける。そう歌っていたじゃないか。それは彼が考えた僕自身の歌なのだから。きっと彼だってそうやって進んで来た。だから俺もそうやって進もう。そのスタートを記念して一枚だけこの風景にシャッターを切った。






いかがでしたでしょうか?

ふとめくったカレンダーの挿絵から浮かんだ物語ひまわりの夢。でした。

大前提に、ただのアマにもならないガキが書いた物語なので、多少推敲された程度の精錬さですし、もっと伏線を用意したかったなーとか色々ネガティブに思う事もたくさんあるんですけれど、ひとまずそういうのはおいておいて、題名から完結まで12,087文字。意外とスルスルっとかけました。それもそのはず、本に綴てもたった17ページ。いやー小説でご飯食べてる人も大変ね。と思いました。

できるだけシンプルに、伝えたい事だけを伝えようと頑張りました。伝わったのでしょうか。ここでこれ以上何かいうことはしないけれど、少しでも感じ取ってくれたら幸いです。

これは完全に後付なんだけど、今年の7月末に富士山に登ってきました。第四章を書いているあたりでなんだかあの登山と一緒だなーと思いました。第一章は入り口。ほのぼのした世界が広がっていて、第二章は山頂が見えない。ただひたすらに足元を照らす。第三章は確かに天辺は近づいているけれどまだ遠いところでみたいな感じ。で、最後は突然にその光がふいに照らすような。

とは言え書くことは嫌いでは無いようなので、コンスタントに何か書き続けられるようで痛いと思います。そんな甘々な考えですが、誰かに何か感じさせられるように、精進。

ではまた次作でお会いいたしましょうね。


ありがとうございました。


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