04 ラスティ
――目覚めると見慣れない天井が見える。
疲れはまだ少し残っているが、体に痛みは感じられない。
そっと頭に触れてみる…不思議と傷は消えているみたいだ。
視線を動かすと傍らには、魔法使いみたいな格好をしたおばあさんが座っていて、少し驚いた。
どうやらベッドに横たわっているようだ。
目覚めたのに気づいたのか、おばあさんが話しかけてくるが言葉が分からない。
なんとなく今喋るとまずい気がする…
無言で首を横に振ると、おばあさんが少し訝しげな表情になる。
とりあえず上体を起こそうとすると、おばあさんが手伝ってくれて、そのまま体を後ろにずらし、背中を壁に押し付け楽な体勢になった。
自分の体を見ると、かけられていた布がずれていて胸が見える。
胸には崖下で見た物と同じ、布を一枚巻いたような物だけを着けていた。
意識を失っていた間に服を脱がされたのだろう、下半身も下着のみになっている感じがする。
周りを見渡すと部屋の壁際にリュックが、ベッド脇には引き出し状のタンスが、窓際の方向には机と椅子が見える。
机の上にはポーチとスマホなどが置いてあり、椅子には血や土などで汚れ、所々破けた服が掛けてあった。
スマホはたぶん服を脱がされた時に取り出されたのだろう……。
状況を確認していると、不意に腹がぐぅと鳴りだす。
と、おばあさんは何かを言いながらドアを開けて部屋を出ていった。
改めて周りを見渡すと、初めて見る部屋にしては既視感を感じる…何故だろう。
暫くするとおばあさんがトレイ状の物を持ってきて、ベット脇のタンスの上に置いた。
それには木のお椀にスープが、木のコップに水のような物が入っているみたいだ。
見で追っているとお椀を渡してくれた。
お椀に入っていたスプーンを掴みおばあさんを見ると、首を縦に振るのが見える。
食べてもいいのだろう…ゆっくりとスプーンを口に運び、放り込むと凄く美味しい。
二口目を食べようとした時、スープの中には透明な液体が滴り落ちていた。
自分の瞳から涙がぽろぽろと溢れ出していたせいだ。
おばあさんがわしわしと頭を撫でてくれたが、頭を撫でられるのはあまり好きではない。
が、それは不思議と心地よく感じた…。
落ち着きを取り戻し、ひとしきり食べ終えお椀を渡すと、代わりにすっとコップを渡してくれる。
少し飲んでから返すと、何かを話し始めるが、やはり何を言っているのか分からない。
無言で首を横に振る…少し間があいて、横になるように即された。
おばあさんはトレイにコップを残し、お椀と自身が座っていた軽そうな椅子を持って、部屋を出て行いくのかドアを開ける。
目で追うと出て行く間際に振り返って、一言なにか言い放ち…ドアがパタンと閉まった。
よく分からないけれど、
「親切なおばあさん…ありがとう…」
腹が満たされほっとしたせいか眠気を感じ、瞼を閉じた。
――目が覚めると天井が見える。
「長くて変な夢だったな……」
呟き周りを見渡すと、窓から部屋に光が差し込んでいた。
起き上がり頬をつねるも、やはり夢ではなく現実、紛れもなく現実。
ならばとふっと下を向き、なだらかな丘陵を確認する…
「ありがとうございます!」
と…現実逃避をしている場合ではない。
とりあえずベッドから出よう。
何か着る物はないのかと周りを見渡す、汚れて破けた服がかけてあったはずの椅子に、綺麗な同じ服と一通り着る物が用意してあった…。
寝ている間におばあさんが用意してくれたのだろう。
ベッドから出、ニーソ、スパッツ、スカート、ベルト(短剣の柄とポーチ付属、着脱可能)、長袖、ジャケットを着てブーツを履く。
そして机の上のスマホをポケットに入れ、窓の外を見てみる。
不思議な感じがする綺麗な町並みだ…眼下には人が行きかっていた。
どうやらここは二階らしい。少しだけ外を眺め、部屋を出て階段を降りていく。
一階にはカウンターが有り、色々な物が並べて有る。
ここは何かの店なのだろうか?
「おや、起きてきて大丈夫なのかい。ラスティ?」
声の方向を見るとカウンターの奥におばあさんが居て、視線が合う。
後ろを振り返ってみるが誰も居ない。声を掛けられたのは自分なのだろう。
「あ…おはようございます」
「ああ、おはよう。で、体は大丈夫なのかい?」
「は、はい大丈夫です」
「やだね、何をかしこまっているんだいこの子は」
「え、はい、すみません」
「…とりあえずリュックを持ってきておくれ」
「はい」
ぎこちない…怪しまれた?
この体の名前はラスティっていうのか……、てか普通に会話が出来ていたし、言葉が分かる。
即晩まで分からなかったのに、不思議なものだ。
「そして何故か感じる、この部屋の既視感」
と、部屋のドアをバーンと開け言い放った。
ずばり、ここはこの体の持ち主の部屋、そしてあのおばあさんは祖母なのだろう?、か。
なんとなく、タンスの一番上の引き出し開けてみる…
見知った物ではない小物や小箱など、いろいろと入っていた。
その下の段を引いてみる。!?、今着ている服と同じ服が綺麗に整頓され、ぎっしりと何着も入っている。
その下を引いても同じ、かと思ったが一着だけ違う服が混じっていた。
更にその下を引くと下着が丸めて整頓され入っている。
……ありがとうございます、そっと引き出しを閉めた。
「ていうか、なんだこいつ、同じ服ばかり持ち過ぎだろ」
突っ込みを入れていた。――とかやっている場合じゃない。
リュックの中からモバイルバッテリーなどを取り出し、タンスの一番上へ押し込み。
外側にくくりつけていた物を外し、リュックを担いで下へ降りていく。
一階ではカウンター越しにおばあさんと、体格のいいおじさんが話し込んでいた。
降りてきた自分を見るとおじさんが話しかけてくる。
「おう、大丈夫かいラスティ」
「騒ぎを聞いて駆けつけた時は驚いたぞ。大事にならなくて良かったな」
「お前を担いで二階へ運んでくれたのがダリルなんじゃ、お礼を言っておき」
「あの、どうもありがとうございました。ダリルおじさん」
「ダリルおじさん?」
ダリルは少し怪訝な表情をしたように見える。
呼び方でも変だったのだろうか?
おばあさんのほうを見るが表情は普通だ…。
「ラスティや、リュックをここへ持ってきておくれ」
カウンターにリュックを載せると、おばあさんが中身を広げながら調べ出す。
「まぁまぁじゃな…」
最後の一個を取り出した時、おばあさんとダリルがぎょっと驚く。
それは水晶の形はしているが、中は黒い霧が封印でもされたかのうような不思議な物だった。
「ほう、暗黒霧水晶か? これまた珍しい物を仕入れてきたもんだ」
「見るのはえらく久しぶりだな、だいぶ高かっただろう?」
「……」
とダリルは言うが返答に困る。
「お前に渡しておいたお金じゃ、到底買える代物じゃないさね」
「何処で手に入れたのか本当の事をお言い」
「……」
本当の事とか言われてもさ、何も分からないんですが。あと言い訳も思いつかないし…。
てか、ラスティは、んな物何処で手に入れてきたんだよ、マジで。
「あの…分かりません」
「分からない? 分からないとはおかしな事を言うね、この子は」
「……」
「暗黒霧水晶は試しの山でしか取れないとされている代物じゃ、お前はそこへ入ったのじゃろう?」
「…分からないです」
「ふぅ…怒らんから本当の事を言いな」
「本当に、分からないんです」
「おいおい、どういうこった? まさか、あの山に入ったのか…」
「十中八九そうだろうさね」
「なら、逆に分かる事を言ってみな」
って、言われてもなぁ…本当の事なんて今言えないっしょ…。
「……記憶が」
「記憶が?」
「……半分くらい?」
「半分くらい?」
「無くなっちゃったかなぁ~なんて」
何故か、咄嗟に変な嘘を付いてしまった。が、致し方ない。
「ほう……、記憶が半分くらい無くなったとはのう……」
「って、お馬鹿! 本当に馬鹿な子だよ、この子は」
「試しの山は危険じゃて、あれほど近寄るなと言っておいただろうに」
「記憶を落として帰ってくるとは、この馬鹿娘が……」
記憶どころか命まで落としていたんですけど…この体の元の持ち主は。
なんて言えない。ていうか、なんか理不尽な気分だ…俺のせいじゃないのに。
「あの山はなぁ……まぁ、生きて帰ってこれただけでもマシだと思うしかなかろう」
ダリルの微妙な擁護のあと少しの間が開くが、おばあさんが再度問い詰めてくる。
「で、帰りが何日も遅くなった理由は言えるのかい?」
「…はい」
掻い摘んで話せる事だけ正直に話した。
「ふむ、それで帰るのが遅くなったのかい…わしをあまり心配させないでおくれ」
「ヴッドストックのかなり奥の方か…恐らく、ラッシュ・ベアウルフだろう」
「奴に遭遇し、生きて帰ってきた者はほとんど居ない。奴だけは駄目だ」
「シェリスの親父も奴に遭遇さえしなければな……」
「にしても奴に遭遇して、よく生きて帰ってこれたものだ」
「まぁなんだ。ラスティは運がいいな、ははっ」
ダリルは両手を組みうんうんと頷く格好をしているが、微妙な空気が流れている。
不意にドアの音がチリンと鳴ると勢いよく開き。
背中に剣を担いだ能天気そうな女性が入ってくる。
「やっほー、回復球、五つくださいなっ!」