表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスティ ~霧の中で~  作者: しんねむ
霧の中へ
3/21

03 異世界なう

方向を指し示すには、ほぼ役立たずな方位球とスマホをしまうと、山道などを越えてきた体は疲労困憊だった。


「休みたい…」


周りを見渡すと近くに座れそうな岩がある、とにかく疲れた。あそこで休もう。

マウンテンバイクを岩に立てかけ、リュックとヘルメットを降ろすと、体に掛かっていた重圧から一気に開放される。


「ふうーっ、ぅぅ」


ぐっと背伸びをしながら深呼吸をすると…腹が鳴った。

リュックに食料が入っているのを思い出し、取り出して広げてみるが、固そうなパンに干し肉が少ししかない。

パンは店で売っていたりする、表面に十字の切れ込みが入った、確か…カンパーニュとか言うそんな感じだ。

引き千切って口に入れると、噛みごたえがしっかりとしていて美味い。


干し肉は結構固く、一気に食べるのならそのままかぶりついてもよいのだが、今の状況で食料は貴重だ。

計画的に食べないとまずいだろう。

腰から短剣を引き抜き座っている岩に干し肉を置き、短剣を押しつけると簡単に切れる。

なんの肉か疑問に思いはしたが、少女の荷物なのだから変な肉ではないだろう、たぶん。

切り分けた物はかなり美味く、全部食べたくなるが、我慢我慢。


リュックから水筒を外すと、中身は半分もないようだ。ふた口程飲んで、パサパサとなった口を潤す。

そしてポーチから残り一個の飴玉を取り出して、口に放り込む。


「!? おおおっ……なんだこれ」


変な味がしたかと思った瞬間、口に含んだ飴玉が消え、体が一瞬光った気がする。

同時に体が引き締まるみたいな、シャキーンという感じがした。

でも疲れは残ったままだ…何かのアイテムだったのだろうか?


とか思いつつ、ぼーっと道の方向を眺めていたが、誰も通りかかる気配がない。

ここはそういう道なのだろう――

気が付くと心なしか日が傾いてきているようだ。


立ち上がり服の汚れを落とすように服をパンパンと叩き、荷物を纏め移動の準備を終えると、ふたたび看板の前で考え込む。

ポーチからすっと方位球を取り出す。くるくると針が回り、今度はぴたりと止まった。


「こっちかな…」


直感で方向を決め三又の左に向かって、マウンテンバイクに乗り走り出す。

暫く進むと岩だらけの山道から景色が一変し、視界の先にはうっそうとした森が見えてきた。

このまま行ってもいいのかと迷うが、道は狭いが普通に続いている。

道があるのなら大丈夫だろう、そのまま森に入って行った。


森の中は見た事もない植物などが生えているが、危険はなさそうだ。

そのまま森の道を進むにつれ、どんどん薄暗くなってくる、日の傾きが進んでいるのだろう。

走りながらライトを点けると、突然マウンテンバイクの挙動がおかしくなる。

こけそうになりながら降り、ライトを外して確認すると後輪のタイヤがパンクしていた。


「こんな時にパンクとか…マジかよ」


少しだけイラつくが、サドルに装着してあったポーチに、パンク修理キットが入っているので修理は出来る。

パンクした穴を探す為の水は…水筒を使うしかない、か。


薄暗い中、修理にとりかかろうとすると、突然気配を感じた…気がした。

周りをライトで照らしてみるが何も居ない。


「……気のせいか」


少しほっとしながらマウンテンバイクのほうに向き直すと、衝撃音と共に意識が飛んだ。


――目を開けると自分の下半身の上には、ぐにゃりとひしゃげたマウンテンバイクが被さっていた。

体中が痛いが下半身を引き抜き、なんとか立ち上がろうとする。


「痛っ、いったいなにが……?」


気配を感じ見上げると眼前には、何かが(・・・)佇んでいた。

熊?でも目が光っ…、思う間もなく切っ先が光ったようなものが迫ってくる。


やばい! 思った瞬間、頭に衝撃を受け体ごと吹き飛ぶ。

……木に叩き付けられたのか、寄りかかるように座っていた。

頭からは生暖かいものが滴り落てくる……おそらく血だろう。

ヘルメットは紐ごと千切れ、何処かへ弾き飛んだようだ。

被っていなければ更にひどい事になっていたはず。


更にそれが迫ってくる気配を感じる。心臓の鼓動が早い…それって何だよ?

ずっと右手に握りしめていたライトが、偶然それの顔を照らし出す。一瞬光に目が眩んだようにみえた。


「ちくしょう…こんな所で、訳も分からずに死んでたまるか!」


――気付くと左手に短剣を持ち、それの足の辺りを深く突き刺していた。

突き刺した短剣は輪郭が光って見える。


直後、既に暗闇となっていた森に、おぞましいほどの咆哮が響き渡り。ビリビリと周りの空気が振動した。

恐怖に怯みかけるが、ポーチの中から何か割れる音が聞こえ、恐怖も怯みも吹き飛んだ気がした。

今しかない! 突き刺したままの短剣を離し、ライトをおとり替わりに放り投げ、一心不乱に木々の間をすり抜けながら駆けだした。

後方からは地鳴りと共に、大木が倒れるような音が聞こえてくる。


追ってくるなよ、足に傷を受けたんだ。無理だろう? そうだよな?

自分に言い聞かせるように、心臓が張り裂けそうなくらい走る。

興奮していたせいなのか、痛みも荷物の重さも忘れていた。


どれくらいの距離を走っただろうか、気がつくと森の中を歩いていた。

途中で食料をばらまき、方向を変えて歩く。

辺りがやけに明るい、見上げた木々の隙間から大きな丸い月が見える。

スーパームーンてやつか?、にしてもネットで見た事がある写真より大きいし、白っぽい…。

いや……明らかに異常な大きさ。でも綺麗だ。


襲ってきた何か(・・・)が追いかけてくる気配はなさそうで、

少しほっとすると、体の節々と頭の傷がじわじわと痛み出す。


歩き疲れた……月も傾き、また暗闇が広がり始めている。色々と限界だ。

周りを見渡すと、木の根元にくぼんだ隙間が見える。入れそうだ。

完全な暗闇になるとまずい、ここで野宿するしかない…。

擬態になるかもしれないと考え、リュックから紺色のレインコートと(タオル)を取り出し、

レインコートを被り、頭の傷を布で軽く抑えると、いつの間にか眠りに落ちた。


――森に入って二日目、目が覚めると夜明け前らしく、辺りは明るくなりかけていた。

横たわっていると少しずつ明るくなってくるが、空腹感も同時に増してくる。

だが昨晩食料をばら撒いてしまったせいで、食べる物がない。

水筒には中身がまだ残っていた。それを少し飲むと頭の傷を確認した。

傷にあてた布は結構な血で染まっていたが、血は止まっているみたいだ。

体の痛みはまだ残ってはいたが、レインコートを畳み、辺りを警戒しながら歩き始める。


途中、スマホと方位球を使用してみるが、無駄でしかなかった。

どの方向へ歩けばいいのか、やみくもに歩くのはまずいのではないか?

その日は自問自答しつつ、太陽の位置を確認しながら水筒の中身を少しずつ飲み、休み休み歩いた。

薄暗くなる前に大きな木の根元を見つけると、隠れるようにレインコートを被り横たわったが、夜中に何度か微かに何かの鳴き声が聞こえてきたので、あまり眠れはしなかった。


――三日目、目覚めると空腹、疲労、眠気で起き上がるのが辛い。

その日はリュックを下ろしたままそこから動かず、最後の水筒を飲み干し横たわった。

…何気にスマホを取り出しSNSを覗いてみる。

数少ないフォローワーから、『それ、ただのぼろい看板じゃん』とコメントがあった。

そうだよなぁ…スマホの時刻を見ると18時の表示。時間がずれている?

まぁ、細かい事はいいや…スマホの電源をオフにし、そのまま横になり眠て過ごした。


――四日目、ゆっくり目を開ける。薄暗い…朝なのだろうか。

もう三日も固形物を食べていなく、空腹も限界に近い。


「腹、減った……」


呟き、横たわったままぼんやりと思った……このままだと…、死ぬ。


「…それもいいか」


いや、こんな所で死ぬのは駄目だろう。何故こんな体になったのか、何か意味でもあったのか。

結局、人知れず死んでしまったら、せっかく蘇ったこの体にも申し訳ないんじゃないか…?

この体も何処か、行き先か帰る場所があっただろうに……そう思うとここで、


「デッドエンドは無いよなぁ」


リュックを背負い、ゆっくりと重たい体を起こそうとするが力が入らない。

木の根元を掴みながらどうにか立ち上がり、歩き出す。

途中でいい感じの棒を見つけ、つっかえ棒代わりに手に持ち、ふらつきながら歩く。

今更ながら重い荷物は捨てるべきだった。と思うが後の祭りって奴だ。


何気無しにポーチから方位球を取り出して目の前にかざす……いつの間にか中身が壊れ、

透明の球体みたいな感じになっていた。

その壊れた方位球をよく見ると、森の切れ目のような景色が微かに見える。

ふと視線を上げる。遠くの木々の隙間から明るい光が見えていた。

透明となった球体に、景色が映りこんでいたのだろう。

重たい体を引きずるように歩きを早めると、森の切れ目にたどり着く。


――そこには広大な景色が広がっていた。

見上げると真っ青な青空、眼下には遠くに草原、川、街、山々などが見える。

これぞ異世界ドーン、異世界間違いなし、異世界異世界な光景だ。


「……助かっ…た?」


スマホを取り出す気力はなく、脳内で『異世界なう(・・・・・)』と呟き。

街に向かって小高い丘をゆっくり、つっかえ棒を支えに、ふらつきながら下って行く。

心なしか足が軽い…けれど足を地面に着ける度に、疲労が蓄積していくようで、気が遠くなりそうだ。


「はは、地面が…ふにゃふにゃ…」


――意識も朦朧もうろうに、城壁みたいな門を通り過ぎ、街の中を歩いていた。

行き交う人がこっちを見て何かを言っているようだ。

でも、頭がぼーっとしていて何を言っているのかが分からない。


「何を言っているのか分から……ないよ…」


体の力が抜け、地面が見えたかと思うと急に目の前が暗くなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ