02 旅立ち
俯き、地面を見ながら頬をつねってみるが、普通に痛みを感じる。
夢落ちパータンを期待した訳ではないが、なんとなくそうしたかった。
暫く考え込み、四つん這いで自分の体に擦り寄り起こそうと頬を軽く叩く。
反応がない、よく見ると血の気が引いたような顔色をしている。
「――嘘、だろ…」
体を揺するとやけに重く、固く感じる…これってたぶんアレだ。
過去にそれを何度か経験した事がるので分かってしまう。
それでも顔を近付けそっと胸に耳を押し当てるが、やはり聞こえない。
鼻の辺りに手をかざしても無駄だった。
不意に赤い物が流れ出す…血だ。既に息絶えていたが鼻血が出てくる。
自分のポケットにハンカチを入れていたのを思い出すと、取り出し鼻に押し当てた。
押し当てたまま目を瞑り俯くと亡骸にぽつりぽつりと、涙がこぼれ落ち服に染み込んでいく。
自分をそんなに好きだった訳ではない、どちらかというと嫌いだったと思う。
でも自分の亡骸を前にすると、とめどなく涙が溢れ出てくる。
「俺はっ、今ここで生きているのに…死んでなんかいないのに…俺は!」
ハンカチから手を離すと、自分に言い聞かせるかのように小さく叫んだ――
どのくらいの時間が経過しただろうか、空を見上げながら思った。
この身体の元の持ち主、少女の魂は何処へ行ったのだろうかと。
死んだまま自分と入れ替わったのだろうか? 亡骸から亡骸へ。
だとしたらあまりにも不運でかわいそうだ。
そもそも魂なんてものがこの世に存在するのか?
色々考えると、どうすればいいのか分からなくなってくる……
「――けど、このままこうしていてもしょうがないよな…」
そう、今立ち止まっていても何も進まない。死にたくないのなら進まなければ。
座りながら背負っていたリュックを下ろし、元の自分のリュックを引き寄せ、
周りに散らばっている物を一箇所に集めた。
自身の腰のベルトには短剣、ポーチにはお金だと思われる物、球形の方位磁石っぽい物、鍵、見た事もない文字で読めないメモ帳とペン、飴球が二つ、服のポケットに布(ハンカチ?)。
リュックには外側に携帯用スコップ、水筒(中身入り)、ピッケル、ゴーグル、中には手袋、布(タオル?)、食料が少し、水晶みたいな物、薬草らしき物などが入っていた。
元の自分のリュックにはレインコート、ティッシュペーパー、軍手、モバイルバッテリー、充電器セット、イヤホンが入っている。
亡骸からはヘルメットと財布を、落ちていたライトは消えていたが、スイッチを入れると問題なく点灯した。
いつの間にかスイッチがオフになっていたみたいだ。
スマホとライトは今着ている服の、別々のポケットにすっぽりと入った。
集めた物を前に暫く考えたが、やる事は決まっていた。
軍手を手にはめリュックから携帯用スコップを取り外すと、適当な場所を見つけ地面に勢いよくスコップを突き刺す。
亡骸を埋める為の穴を掘り始めたのだが、携帯用スコップでそれだけの穴を掘るのは、かなりの力仕事になる。
「ザクッ…ザクッ…ザクッ」
晴天の中、汗をだらだらと流し、息を荒げつつ黙々と掘り進めていった。
数時間後、亡骸が入るだけの穴を掘り終えた頃には、喉がからからに渇ききっていた。
リュックから水筒を外し、蓋を開け少しずつ口に含む。
「……おいしい」
水分が口の内側に染み渡り、また涙が溢れそうな気がして、暫くの間上を見上げる。
掘った穴から出ると重たい亡骸を引きずり、ゆっくりと穴の中に引き入れた。
集めた荷物の中から飴球をひとつ、食料をほんの少し、元の自分の財布からお金と、ポーチの中からお金だと思われる物を、少しずつ亡骸の傍らに置いた。
そして腰の短剣を引き抜き、自身の三つ編みの先の毛を少し切り取り、丁寧にティッシュペーパーで包み、亡骸の胸の上に乗せ呟く。
「これは俺と、君が出会った標…」
少しの間を空けて亡骸の上に、掘った時に積上がった土を戻し埋めていった。
自分で自分の亡骸を埋めるのは、現実感が薄れていくような変な気持ちだ。
こんな気持ちを体験する奴はまずいないだろう。
埋め戻しの作業は掘る時の何倍も早く終わった。
柔らかく土が盛り上がっていたが、携帯用スコップで押す様に固め一息つき、
休憩がてらに改めて回りを見渡す。
そこは崖下の谷底みたいな感じの場所で、見上げると岩だらけの崖や山が見えるだけだった。
一体ここは何処なんだろう、と思いながらも離れた場所に、崖上に登れそうな場所があるのに気付く。
あそこから登ろう。
そう思い立ち荷物を整理すると、少女のリュックに元の自分が持っていた荷物がなんとか入ったが、ぎっしりで元の自分のリュックは置いていくしかなさそうだ。
メットなどをリュックにくくりつけると背中に担ぐ、結構な重さだが…なんとかなるだろう、たぶん。
ひとしきり準備が整うと墓の前に寄り、元の自分のリュックと軍手を傍らに置いて、目を瞑り両手を合わせ、『俺の体と、少女の魂?……安らかに』と、拝みながら思った。
一瞬またあの現象に襲われるかも、と頭をよぎったがそれは起きなかった。
墓の中で生き返ったら堪ったものではないだろう。きっとそのまま死んでしまうはず。
目を開けると登れそうな場所へ向かって歩き出した。
登り口に差しかかると墓の方向へ一旦振り返るが、振り切るかのように登り始める。
――崖上で乱れた呼吸を整えようとしていた。
この体で結構な重さのリュックを背負い、急勾配を登り切ったのだ。息も絶え絶である。
俯きながら息を整え終え、周りを見渡すとこれぞ山、ザ・山道という景色が広がっていた。
マウンテンバイクの場所へ行き、倒れていたのを引き起こし、ライトを取り付けるともう一度周りを見渡す。
……あの霧は何処にも見えない。
「さてと、ここは何処で、この身体は誰で、何処に行けばいいのやら…」
とりあえず何処か、人の居るところに向かったほうがいいだろう。
「そういえば、方位磁石みたいな物が有ったな、」
と、ポーチから取り出し使ってみる。
いくつもの奇妙な形の針がくるくると動くと、特定の場所を指し示したが意味が分からない。
「立体かよ…分からん」
と、方位球を見つめていると、マウンテンバイクが向いている方向へ行けば良いような気がした。
その方向は微妙な上り坂になっている。下ったほうが楽ではあるが……
「まぁ、直感を信じて行こうか」
暫くマウンテンバイクを押しながら歩いて行くと、不意に平坦な道になった。
ここぞとばかりにリュックからヘルメットを外して被る。
サイズが合わないが紐を調整すると一応固定は出来た。
そしてサドルの高さを限界まで低く、サスペンションを一番弱く調整してみる、なんとか乗れそうだ。
「よいしょっと……」
「あ、やばい。こけそうかも」
サドルに座ると、両足のつま先しか地面に着かず、安定感がない。
「うおおっ、なんだこの体勢は…リュックも重いし…ぎ、きつい」
「マウンテンバイクが大きいのか、この身体が小さいのか……両方だな」
かなり乗り辛いが、なんとか勢いをつけて走り出す。
走り出せばなんとかペダルは回せるので大丈夫だろう。
暫く進むとまた微妙な上り坂に差し掛かったが、前後のギアをローに落としペダルの回転を軽くすると、くるくる回して上って行く。
「はぁっはぁっ…ケイデンスを!」
息を切らし汗を垂らしながら上り切ると、下り坂と遠くには急勾配の上り坂が見える。
下りはいいがあの上りは無理、と思いながらそのまま下って行く。
路面はかなり粗いがサスペンションが上手くショックを吸収し、颯爽に下って行ける。
マウンテンバイクの本領発揮だ。
――流れる風が汗を吹き飛ばし、疲れた体に心地いい。
束の間、上り坂に差し掛かりコケそうになりながら降りると、ゆっくりと押して歩きだす。
マウンテンバイクはそれ程の重さはないが、リュックのほうは結構重い。
両方を一片に持って上るには辛い坂だ。
時間を掛け息も絶え絶えにやっと上り切ると、そこは三又の別れ道になっていて、
古そうな看板がこの先の三方向と、今上って来た道へ。計、四方向へと向け掲げてあった。
看板を見るが見た事もない文字で、何と書いてあるのか読めない。
暫く見つめていると街、村、ヴッドなんたらと読めたような気がしたが、文字が欠けたりしていて結局分からず。
ポーチからすっと方位球を出して見るが、針がくるくる回ったまま止まらない。
ならばとポケットからスマホを取り出し、コンパスを起動してみるが、こっちも針がくるくる回ったまま止まらず。地図も起動してみるがエラーの表示。
今になってコンパスと地図アプリの存在を思い出したが、結局役に立たない。
「……どれも駄目じゃん」
――おもむろにカメラアプリを起動し、古そうな看板を写真に撮りそのままSNSに投稿した。
文章は『異世界なう』これぞ異世界ドーンというような感じではないが…
スマホを見ると電波が圏外に変わり、バッテリーは半分にまで減っていた。