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ラスティ ~霧の中で~  作者: しんねむ
霧の中へ
1/21

01 霧の中へ

――その日の朝。


ヘルメットを被り、スマホを胸ポケットに入れリュックを背負い。

マウンテンバイク(自転車)で田舎のちょっとした山道を、バイト先へ向けて颯爽と走っていた。

胸ポケットのスマホからは小さな音量で音楽が流れている。


バイト先の町までは車が行き交う大通りの道もあるのだが、山道にしては割りと平坦なこの道は

ショートカットになる。

一応舗装はされているが、道幅もかなり狭く近くに家はない。

たまに散歩やジョギングをしている人などを見かけるくらいで、人気も少ないがいつも好んで通っていた。


ふと前方に散歩をしているであろう一組の老夫婦が見えてくる。


『おはよう』『おはようございます』 

「おはようございます」


すれ違いざまに軽く挨拶を交わすと微妙にほっこりとした。

余韻に浸りつつ、そのまま若干の下り道を走っていると、前方に薄い霧が見えてくる。

うぇ…雨上がりでもないのに霧とか怖いわーないわーと、冗談ぽく思いながらも

バイトに遅れる訳にはいかないので、ペダルを軽く回しながら霧に入って行く。


霧の中を暫く慎重に走ると、急に霧が濃くなり、――視界が奪われた。


「!? うおっ、なんだこりゃ…」


霧でホワイトアウト(視界不良)したようだ。

すぐにブレーキを掛けマウンテンバイクから降り、周りを見渡すが何処を見ても真っ白だ。

慣れた道ではあるが少し不安に思い、スマホの音楽を止める。

暫くその場で佇むが、全く霧が晴れそうな様子がない。

仕方なく道路端の白線を頼りに、マウンテンバイクをゆっくりと押しながら歩き始めた。


暫くの間マウンテンバイクを押し歩くと、道路の白線が途切れる。

道は舗装道路ではなくなっていた。

砂利道?……いや、この道はほぼ舗装道路で、この場所で砂利道になるとかありえない。

と思った瞬間、濃霧のうむからすっと抜け出す。



――真っ白な景色から一転、そこには一面に暗闇が広がっていた。


目を瞑り片手の掌で瞼を擦り、目を開てみるがやはり暗闇である。

目の異常ではないようだ。


「は?、何これ…皆既日食?、いや有り得ないっしょ……マジかよ…」


状況的に危険を感じ、来た方向へ戻ろうとするが暗闇で周りがほとんど(・・・)見えない。

リュックの小ポケットに夜間走行用のライトを入れて置いたのを思い出すと、

背負っていたリュックの片側を外し、小ポケットに手を入れた…

瞬間、片足の地面への接地感がなくなり、バランスを崩したと思う間もなく、

落下していく感覚に襲われる。


――体中が痛い……どうやら仰向けになっているようだ。

頭は被っていたヘルメットのお陰か痛みはほとんど感じられない。

足と左腕と左脇腹が痛むが骨折はしていないみたいだ。


暫く動かずに居ると、痛みが治まってきたのか少し落ち着いた。

ふと、右手でライトをぎゅっと握りしめているのに気づく。

横たわったまま周りの様子をライトで照らし出すと、体がびくっと反応した。

自分の顔の間近に白い顔っぽい物が浮かび上がったからだ。


まだ痛みが残っているのも構わず、慌ててごろごろと回転しながら距離を取った。


「ふぅー…ふぅー」


息遣いと心臓の鼓動が荒い…幽霊を見るかのように恐る恐るライトを向ける。

――と、そこには人らしきものが横たわっていた。


「人?…かよ、びっくりした…」


少しほっとしながら近づきよく見ると、少女がうつ伏せに横たわっているみたいだ。

背中にリュック、上半身はジャケットに長袖、下半身はスカートにニーソとブーツ。

ぱっと見、そこそこしっかりとした厚手の服装のようにも見える。

ちょっとした登山か旅の途中みたいな格好だろうか?


こんな暗闇で寝るとか無用心だろう…声をかけようかと迷うがおかしな事に気づく。

顔をよく見ると、少女の口元から赤黒い液体が流れ出していた。

地面にも少量落ちているが、乾ききっているように見える。血…なのだろう。


「あの…大丈夫ですか?」


数回声を掛けてみるが起きる気配がない。自分の耳を少女の口元に近づけ、澄ましてみる…

――息吹が感じられない。少女は既に息を引きとっていた…


「マジ、…かよ」


動揺しながら暫く少女の亡骸を見ていたが、ふとライトを上に向けてみると、

そんなに高くもない所にマウンテンバイクの車輪が少しだけ見えている。

それで今居る場所が崖下なのだろうと理解した。


自分が崖から転落したのは確かだが、状況的に見ると少女も崖から転落したのだと思える。

自分は軽傷だけで済んだみたいだが少女は頭でも強打したのか、原因は分からないが残念だ…。

そう考えながら少女の亡骸の前で地面に膝を着き、両手を合わせ目を瞑った。

『こんな若さでかわいそうに…亡骸はなんとかするので、成仏してください…』

と思いながら拝むと、前触れもなく意識が途切れた。


――頭が痛い…体というか主に背中の辺りが重いし、何が起きたんだ…。

瞼も重い…目をゆっくりと開けると、眩しい光が飛び込んできた。


「!?、……っ」


目が光に慣れると地面が間近に、視界の端には青空が見える。

どうやらうつ伏せに倒れているようだ…。

どれくらいの時間が経ったのだろうか、周りは既に明るくなっていた。

とりあえず起き上がろうとするが、やけに背中の辺りが重い。

が、そのまま両手を地面に着けゆっくりと起き上がろうとしたその瞬間――、

ピピピッとスマホの聞き慣れた呼び出し音が鳴りだす。


体が重いが、ぐっと起き上がりながらスマホの呼び出し音の方向へ手を伸ばし、

素早くキャッチすると発信元を確認しつつ通話ボタンを押す…やばい店長からだ。


「○○君?、出勤してないけど、どうしたのかな?」

「は、はい遅刻してすみません実は出勤途中に――」

「あれ?、○○君の携帯スマホですよね?」

「はい、そうですが…」


――!?、店長の対応で自分の声がおかしい事に気づき、自身の体を確認するように顔を下へ向けた。

向いた方向には何故かなだらかな丘陵が、丘陵の下にはスカートとニーソに、ブーツを

履いた足が見えている。


「…………」


反射的に無言で服の首周りをぐっと引っ張り覗き込む……見えた。

有るはずもないものが何故か見える。

一旦服を戻し、確認するかのように再度覗き込む…(ブラ)超しではあるがやはり見える。

『おいおいおい、ちっぱいかよ!……だがそこがいい!ありがとうございます!!』

脳内で軽く興奮すると頬が赤く染まった気がした。


「って、それどころじゃないだろうが!」


小さく呟くと、何も無い空間に向かって突っ込みを入れていた。


「…もしもし、あのー。」


やばいやばい、どうしたらいいんだ。どうしよう…ぐぬぬ。

目を瞑り両腕を組みながらその場でくるくる回りだすと、

背中の方向へ引っ張られた感じがして、バランスを崩し仰向けに倒れた。

――のもお構いなしにスマホを耳に当て通話を再開する。


「あ…すみません。初めまして、私○○の妹です」

「兄がいつも大変お世話になっています」

「今、兄の部屋を覗いてきたのですが、熱を出して寝込んでいまして」

「起こそうとしたのですが、中々起きなくて、ですので」

「今日の出勤は無理…なのではと思うのですが」

「連絡も入れていなかったみたいで…誠に申し訳ありません」


咄嗟とっさにつらつらと口から出任せに言い訳(嘘八百)を並び立てる。


「いや、そんなに妹さんが謝らなくてもですね……」

「まぁ…、今回は仕方が無いか…な、○○君にこうお伝えして頂きたいのですが」

「あ、はい」

「お大事に直ったら一旦連絡を下さいとお伝え下さい。では失礼致します」

「は、はいっ。どうもすみません。ごめんなさい。失礼します」


プッと通話が切れた。

 

「ざけんな、俺の無遅刻、無欠勤と店長の信頼がだだ下がりじゃないか、

くう…てか、スマホが壊れてなくて良かった…」


しがないフリーター(バイト)だが、今の職場スーパーでは無断欠勤や遅刻などをした事

がなく、長期間働いていたのでそれなりに思うところがあった。


「もしかして、クビ…かなぁ?」


青空を見上げなら呟くと、口の中でレバーのようなトマトのような変な味がする。

その違和感をきっかけに、はっと少女の事を思い出し、慌てて起き上がろうとするが体が重くて

起き上がれない。

おかしい――ふっと後ろを振り向き目でそれを追うとリュックが見えた。

今まで重く感じていた原因はこれか…


「……いつの間に背負ったんだっけ?」


体を横に捻り地面に手を着けようやく起き上がり、うーん…と考えながら口の中の違和感を

下を向いてペっと吐き出す。

すると赤黒い液体が地面に落ちる…それを目で追うと視界の端に何がか見えた。


その方向へ向くと、すぐ間近に人がうつ伏せに倒れていた。

瞬間、悪寒が走る…見覚えがあるヘルメットに服装と、傍らにはリュックが。

恐る恐る屈んで覗き込んだ。


両手で拝むような格好で倒れている――凄い既視感デジャヴを感じる。

何故こんな間近に倒れていたのに気づかなかったのか…分からない。

確認の為に頭をぐっと捻ろうとするが、メットだけがずれてしまう。

ならばと地面に膝を着き、両手と自身の体いっぱいに力を込めながら


「どすこーい!」


と、声を上げ仰向けにする…やはり自分だった。


「嘘……マジかよ、意味が分からない」

「俺はここに居るのに、どうして俺がそこに居るんだ…」

「あの少女は…一体何処に?」


少女の姿を探しながら考えようとすると頭に痛みが走り、頭に手を当てふと下を向くと、

自身の胸にはなだらかな丘陵がしっかりと有った。


「なんで…だよ…」


混乱しながらもようやく事の重大さを理解し、その場にぺたんと座り込む。

――何故か可愛らしい女の子座りで。

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