ようやく笑ったね
俺は三人を連れて、家を出て、暗くなりかけた夜道を歩く。
『探査』が指し示した方向と距離は、驚いたことに、俺がアルトを連れ込んだ路地裏の、その場所だった。
途中、俺は逃げ出したい衝動に駆られた。
でも、それをしてどうなるという想いが、それを押しとどめた。
俺の後ろを歩くティトは、アイヴィやパメラに何かを耳打ちし、アイヴィやパメラはそれにうなずいていた。
『超聴覚』を発動してその内緒話の内容を聞きたいとは、到底思えなかった。
その路地裏にたどり着くと、そこではアルトが、膝を抱えて座り込んだ姿勢で、もくもくとパンを食べていた。
あちこちが破かれたメイド服姿が、痛々しく映った。
アルトは、そこに俺たちがやって来たのを見て、おやというように視線をあげて、それから立ち上がった。
彼女は平然とした顔で、服についた砂を払う。
そのアルトに、ティトが声をかける。
「アルトちゃん、私、カイルさんからこういう話を聞きました。内容を確認してもらっていいですか」
そう切り出すと、ティトは先ほど俺が話した内容を、綺麗になぞって説明した。
そして全部を説明しきってから、アルトに向かってこう聞いた。
「今の内容で、大丈夫ですか? 付け加えることあります?」
「いや、ないよ。──すごいな、全部話したんだ。感心するね」
そう言ってアルトは、ははっと笑った。
俺はその声に、胸が食われるような痛みを覚える。
するとティトが、アルトのほうに向かって歩いていった。
そしてアルトの前に立つと、そのメイド服姿のボーイッシュな少女に──
──パンッ!
ティトはアルトの頬を、勢いよく張っていた。
「えっ……?」
俺はその光景を見て、とっさには何が起こったのか分からずにいた。
一方アルトも、何が起こったのか分からないという表情で、叩かれたままの姿勢で呆然としていた。
そのアルトに向け、ティトが口を開く。
「うちの旦那様に何してくれてるんですか? このクソビッチ」
その言葉は、最初誰の口から出たのか分からなかった。
でも、それは確かに、ティトの声だった。
「なっ……!? 何だよっ!? 僕は被害者で、加害者はカイルだろ!?」
アルトはようやく我を取り戻して反論する。
でもティトは鼻で笑って答える。
「はぁ? どこが? 笑わせないでほしいんだけど。だってあなた、全部計算してやったんだよね? それでカイルさんを誘惑したんでしょ? 誘惑の手段はちょっと普通じゃなかったけど、それだけだよね? それで人の家の旦那の心を縛って奪って行こうとか、いい度胸してるよね? そこだけは感心するよ。『僕は戦士だ』とか言ってたくせに、びっくりのビッチぶりだよね」
「ち、ちがっ……! 僕はそんなつもりじゃ……! カイルには、どんな手段を使ってでもこの世界の王に──」
「あ、違ったんだ。へぇー。でも大義があったからって、泥棒猫を許すつもりはないよ。私の──私たちのカイルさんだもん。お前なんかに絶対渡さない」
ティトの声のトーンは、俺が過去に聞いたことのない、激情の込められたものだった。
そしてそこに、パメラまでもが近付いてゆく。
「なぁティトっち、あたしも一言言わせてもらっていい?」
「ん、どうぞ」
ティトは横手に退いて、パメラにアルトの目の前というポジションを譲る。
そしてパメラは、アルトの前に立って、こう言った。
「──あたしのダーリンいじめてんじゃねぇぞ、バァァァカッ!」
それは完全に、子どもの喧嘩の言い分だった。
俺はそれを聞いて──不覚にも、くすっと笑ってしまった。
同時に、目頭に涙が浮かんでくる。
その俺の様子を見て、隣にいるアイヴィが声をかけてくる。
「良かった、ようやく笑ったね、カイル。心配したよ。もう大丈夫だね」
そう言ってアイヴィは、俺の背に腕を回して俺を抱き寄せ、よしよしと俺の頭をなでてきた。
……何だこりゃ、完全にいつもの逆の立場だ。
でも、心地いい。
それに涙が溢れ出てきて止まらなくなり──情けない話だが、アイヴィの胸を借りて、嗚咽を漏らして泣いてしまった。
なお、その後。
俺は家に帰ってから、ティトからガチ説教を受けた。
曰く、「あのクソビッチの自業自得だから後悔は必要ないですけど、猛烈に反省はしてくださいね。次に同じことやったら私、カイルさんでも許せないかもしれません」ということだった。




