告白
「あ、お帰りなさい、カイルさん。どうでし……た……?」
家の玄関で俺を出迎えるティト。
でも俺は、その横を素通りする。
後悔と、自己嫌悪ばかりが、俺の中を渦巻いていた。
その中で、ティトの温もりを求めてしまいそうになるが、それだけはどうにか制御する。
「あの、カイルさ──」
「──来るな」
ティトが心配そうに寄り添ってくるが、俺はそれを拒絶する。
いま優しくされたら、溺れてしまいそうだ。
でもティトのことを気遣ってやるだけの余裕なんてどこにもなくて、俺はそのままふらふらと、二階にある自室へと向かう。
部屋に入ると、部屋の鍵を閉め、それからベッドに倒れ込んだ。
ぐるぐると、負の想念が頭の中をめぐる。
自我の崩壊。
自尊心の喪失。
アルトの言ったとおりだった。
俺はあのとき、激情のままに、アルトを襲った。
そのことは、俺の胸の中に、消すことのできない悪徳として居座ることになった。
挑発してきたあいつが悪いんだと、自己正当化の理屈が湧いて出てくる。
でも、それは言い訳だ。
挑発されようが、俺がそうしなければ、それで済んだ話。
そうできなかったのは、俺の中に獣のような暴力的な欲求があったからにほかならない。
ぶちのめしたい。
やっつけたい。
こいつを酷い目に遭わせたい。
屈服させたい。
支配したい。
逆らえないようにしたい。
そして──×したい。
全部俺の感情だ。
俺はその感情のままに、衝動のままにアルトを×した。
でも、それも全部、アルトの自業自得だ。
俺が気に病むことじゃない。
そんな甘美な合理化の理屈が、ぐちゃぐちゃになった俺の心の中を、綺麗にまとめ上げてゆく。
そのとき──コンコン。
部屋の扉をノックする音がした。
「……カイル、いるの? 大丈夫? ティトちゃんが、心配だってボクのところに相談に来たんだけど、何かあった?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、アイヴィの声だった。
『透視』の能力を発動させて扉の向こうを見ると、そこに立っていたのは、アイヴィ、ティト、それにパメラの三人だった。
「……放っといてくれ。少ししたら、降りていくから」
「…………。……そう、分かった。じゃあ、ボクたちリビングで待ってるね」
アイヴィがそう言って、三人の足音が扉の前から遠ざかってゆく。
俺は再び、独りになった。
もうすぐ夕食時だ。
「……はぁ」
どんな面して、あいつらに会えばいいんだ。
全部なかったことにして、何も言わずに、知らん振りで済ますか?
それがいいかもしれない。
幸い、アルトは家にはもうついてきていない。
事が済んだあと、そのまま別れた。
今はどこで何をしているかも分からない。
でも──
チクリと、後ろめたさが俺の胸を刺す。
黙って、隠して、三人に内緒で押し通す。
そんなことができるか?
できたとして、本当にそれでいいのか?
──いいわけない。
今までどおりに、楽しく暮らせるわけがない。
「──くそっ、何なんだよあいつ!」
アルトの姿を思い浮かべ、力任せに枕を叩く。
すると、枕は粉々に吹き飛び、衝撃はベッドを貫いて、さらに部屋の床をもぶち抜いて破壊した。
俺のベッドの上三分の一が消滅し、その下の床に風穴があいていた。
「あっ……」
やってしまった。
力加減も考えずに、苛立ちのままに叩いたらこのザマだ。
「えっ……ちょっ、カイル……?」
下の階、リビングにいたアイヴィの姿が、空いた風穴の向こうに見えた。
「へっ? これダーリンがやったの?」
パメラがアイヴィの横に並んで、こっちを見上げてくる。
そして、その横にいるアイヴィは、下の階から俺の顔を見るなり、眉をしかめた。
「カイル、ひどい顔してるよ。とりあえず降りてきてよ。何があったのか分からないけど、一緒に話そう」
そう言われて、引きこもれる部屋もなくなった俺は、観念してリビングに降りてゆくことにした。
「……あれ、フェリルは?」
俺がとぼとぼと食卓につくと、そこにはアイヴィ、ティト、パメラの三人だけがいた。
食事時だからフェリルもいておかしくないんだが……。
「ボクの部屋で待たせてる。立て込んだ話になりそうだから、いないほうがいいかなって。……いたほうがよかった?」
アイヴィがそう言って微笑みかけてくる。
不思議と、今日のアイヴィは頼れるお姉さんって感じだ。
ちなみに、ティトは何を思っているのか、視線をあちこちさせて落ち着かない様子。
パメラは何を考えているのか、テーブルに肘をついて、俺と視線を合わせずに座っていた。
俺はアイヴィに向かって、短く答える。
「……いや、助かる」
「そう、良かった。──それで、アルトちゃんと何かあったの? それとも何か、別のこと?」
アイヴィが単刀直入に聞いてくる。
俺はそれに、どう答えていいか分からずに、ついぽろっと、核心的なことを口に出してしまった。
「……俺、アルトに──乱暴した。……無理やり、やった」
俺のその言葉に、ティトがびくっとし、パメラが俺から視線を外したまま目を見開き、アイヴィも驚いた顔をした。
「……何があったの? 詳しく話してくれる?」
アイヴィはそれでも、特に声を荒らげることもなく、優しく問いかけてきた。
俺はうなずいて、自分の意志でもなく、ただ楽になりたい一心で、流されるままに出来事を語った。
三人は、途中で口をはさむこともせず、俺の話を聞いていた。
そして、俺がすべてを語り終えると、最初に口を開いたのはティトだった。
「カイルさん──アルトちゃんは、いまどこにいるんですか」
そう言うティトの目は、これ以上ないほどに据わっていた。
俺は答える。声が震える。
「……分からない。そのあと、別れたから……」
「カイルさん、誘拐された私を見つけてくれたときは、どうやって見つけてくれたんですか?」
「あっ……」
そうだ──『探査』。
『探査』の能力を使えば、アルトの今の居場所を割り出すことは、簡単だ。
「……ごめん、やっぱり分かる」
「そこまで案内してもらえますか」
「ああ……」
我ながら、抜け殻のようだった。
アイヴィの、ティトの言うままに、操り人形のように動いていた。




