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RPGっぽい異世界でだらだら冒険者生活する  作者: いかぽん
第七章 邪教の信徒、あるいは最低で無力な俺と我が家の天使たち
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毒蛇

「……嫌だね。どうして俺が、そんな面倒なこと。王様なんて、ほかになりたいやつがたくさんいるだろ。そいつらにやらせればいいんだよ。──ほら、行くぞ」


 俺は、それで話は終わりだという意志を乗せて、路地裏のメイド服の少女に背を向けた。


 俺は別に、地位にも名誉にも権力にも、さして興味はない。

 そういうのが大好きなやつが世の中にはごまんといるんだから、そいつらに任せるのが世の道理っていうものだ。


 でもアルトは、納得してはくれなかった。

 頑としてその場から動こうとせず、俺の背中に言葉をぶつけてくる。


「そいつらじゃダメなんだ。カイル、キミじゃなきゃダメだ。分かるだろ」


「分かんねぇよ」


「僕の両親は、僕が幼い頃に、村を襲った盗賊団に殺された。どうにか生き延びた僕が、必死になって街の前までたどり着いても、ポルプト教団の人たちが僕を拾ってくれるまで、誰も幼い僕を助けてはくれなかった。──僕はそれで知ったんだ。弱者には、生きる権利なんてないんだって」


「…………」


「なぁ、カイル。地位を、名誉を、権力を欲するやつに、善政が敷けると思うのか? 違うだろう。キミみたいな力ある善人こそが──」


「──ああもう、何なんだよお前!」


 俺はアルトに向かって振り返り、我知らず怒鳴りつけていた。

 アルトの言葉を聞いていると、何故だかイライラしてきたのだ。


「アルトお前、でかいことばっか考えすぎだろ! 俺らただの一般人がそんなこと考えてどうすんだよ」


「……ただの一般人? キミが? ──キミはそれを、本気で言っているのか」


「ああ、そうだよ! 現にただの一般人だろ? Sランク冒険者だろうが何だろうが、別に王様でも貴族でもない。俺はただ──ただ、毎日楽しく暮らせればそれでいいんだよ。それの何が悪い」


「……そうか。どうやら僕は、キミのことを買いかぶり過ぎていたみたいだ。……幻滅したよ」


「ああそうかい。勝手に幻滅してろ。……でもお前、俺に負けたんだから、俺の言うことには従えよ」


「──ふん。まるで子どもだな」


「……っ!」


 ついに頭に血が上った俺は、アルトを無理やり地面に押し倒した。


 人気のない路地裏のつきあたり。

 そこで俺は、メイド服姿の少女にのしかかり、地面に押しつけ抑え込んでいた。


 でもアルトは、押し倒されても、冷たい目のまままっすぐに俺を見ていた。

 つまらないものを見るような、あるいは蔑むような眼差し。


 そして少女は、まるで俺の心を食い破るバケモノであるかのように、にぃっと口元をゆがめてきた。


「へぇ、化けの皮が剥がれたな。僕にそうやって、無理やり乱暴をする気かな」


「……弱肉強食がこの世の真理だって言ったのはお前だろ」


「そうさ。──さあ、やるがいい。それはキミの理念の敗北だ。僕が正しかったんだってことを、いまキミは証明してみせようとしているんだ」


「…………」


 ……さすがに頭が冷えた。

 俺はアルトから離れ、彼女を解放する。


 俺が距離を離すと、アルトも立ち上がって、服の汚れをパンパンと払う。


「……今のは、俺が悪かった」


「そう。でもこれで分かっただろ。今のが人間の本性さ。キミのような善人でもそうなるんだ。いわんやほかの人をや、だよ」


「その、俺が善人って言い方をやめてくれ。俺はそんなんじゃない」


「いいや、やめない。さっき僕は、キミに幻滅したって言ったね。キミという善良で有能な個人に、僕が勝手に幻想を抱いていたんだ。でも今は違う。しっかりキミを、人間なんだって認識した。その上で──やっぱりキミは、善良だよ」


「……くそっ。勝手にしろ」


 俺は路地裏から立ち去るべく、アルトに背を向けて歩き出す。

 正直もう、アルトに干渉しようっていう気は、まったくなくなっていた。


 このままここで別れてしまってもいい。

 ターニャとの約束は破ることになるが、もうそんなのどうだっていい。

 冒険者ギルドに行って、アルトのことをどうするかターニャに報告してやりにいこうと思っていたけど、それもどうでもよくなった。


 それよりも、この落ち着かない気持ちをどうにかしないと。


 家に帰って、ティトやパメラに慰めてもらうか?

 いや、何だそりゃ。

 言い訳もできないぐらいのクズだろそれじゃ。


 俺はどうも、自分のことをダメ人間だとは思っていても、本当のクズとは一線を画しているつもりでいるらしい。

 そこまでは堕ちたくないという気持ちがある。


 でも、アルトの言葉は。

 そんな俺に、突きつけてくるんだ。


 実際大差ないぞ、と。

 お前もそういうものと同類なんじゃないか、と。


 だから苛立つ。

 違うと否定したくても、否定できるだけの材料がない。

 アルトの言葉は、俺という人間の醜さの、本質を突きすぎた。


 責任が嫌いだ。

 義務が嫌いだ。

 強制が嫌いだ。


 俺は、俺の両腕に抱えられるだけの世界を抱えて、心穏やかに暮らしたい。

 ティトやパメラやアイヴィぐらいだったら、今の俺の力があれば、抱えておけると思う。

 その小さい世界だけで、俺の幸福は完成するんだから、それでいいんだ。

 そう信じていたかった。


 ──でも、もうダメだ。

 アルトは俺の心に、猛毒を宿した牙で噛みついてきた。


 馬鹿なのは俺だ。

 好奇心で藪をつついて、出てきた蛇に噛みつかれて、毒に犯された。

 俺の増長が招いた失態だ。


 つまり、アルトはこう突き付けてきたのだ。


 お前が幸福を享受しているその間に、この世界のいたるところで、不幸な出来事が起こっている。

 不幸になっている人がたくさんいる。

 お前にはそれを救う力があるのに、見ぬふりをして、自分だけの楽園に浸っているのか、と。


 本音では、そんなの知ったことかと言いたい。

 世界中のすべての人を救おうと思うなんて、おこがましいにもほどがある。


 だいたい、世界中の不幸をなくそうなんて考えたら、RPGのラスボスまっしぐらだ。

 どこかで絶対、目的のために手段を拗らせるに決まってる。


 ──でも。 


 俺がいま持っている力を使えば、もっと多くの人を不幸から救えるんじゃないかって言われたら、ぐぅのねも出ない。

 そのぐらいの異常な能力を、確かにいまの俺は持っている……気がする。

 俺に与えられた力は、俺自身の幸福を実現するだけのために使うには、あまりにも過大なんだ。


 そして、アルトの言う「この世界の王になれ」というのも、理屈としては、分かってしまう。

 草の根的に人を救って回ったって、そんなものには限界がある。


 根本から何かを解決するには、世界を統括・統治をしている世界のトップにアクセスするしかない。

 それがつまり、王という存在。


 そしておそらく、今の俺には、その気になれば、それになるだけの力がある──


「……くそっ」


 気が付けば、街の大通りの、人の雑踏の中を歩いていた。


 周囲を歩く人たち、露店で客を呼ぶ人たち、色んな人がいる。

 俺はその気になれば、この人たちをまとめて、虫けらを潰すように命を奪うことだってできるだろう。


 そんなことをしてどうなるって言えば、俺の今のむしゃくしゃが少しは晴れるかもしれない。

 そしてそんなことが頭に思い浮かぶ程度には、今の俺はテンパっていた。


「カイル」


 後ろから、アルトの声。

 俺は立ち止まることなく、振り返ることもなく、通りを歩き続ける。


「……ついてきてたのか」


「ああ。僕はキミを、この世界の王に押し立てることに決めた。キミみたいな逸材を、誰が逃がすものか」


「ざけんな。何で俺が、お前の意のままに動いてやらなきゃいけねぇんだ。犯すぞクソガキ」


「やってみなよ。僕を陵辱すれば、それはキミの烙印スティグマになる。もう後戻りはできなくなるよ」


「……舐めやがって。来いよ、お前が浅はかだってこと、思い知らせてやる」


 ──イライラが、頂点だった。


 俺はアルトの手をつかみ、先とは別の路地裏へと連れてゆく。

 アルトはただ、俺の為すがままに従った。


 理性が働かなかった。

 感情と、暴力的な衝動だけが俺を突き動かし──




 ──俺はそのまま、取り返しのつかないことをしてしまった。


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