少女の妄言
「うぅっ……どうして僕が、こんな格好で街中を……」
冒険者ギルドまでの道のりを、アルトと二人で歩く。
メイド服姿のアルトは、頬を赤らめ、うつむきながら歩いていた。
ショートカットの銀髪に、紫色の瞳。
そのボーイッシュな顔立ちと真っ平らな胸を見れば、美少年が女装しているかのようにも見えるアルトだが、女の子と思って見れば、確かにそこかしこに色気がある。
湿った唇、瑞々しい首筋のライン、柔らかくてぷにぷにしていそうな手足、ほかにも──
「……おい、何を舐めまわすように、じろじろと見てるんだ」
するとアルトが、視線に気づいたのか、俺のことを睨みつけてきた。
……あー、うん。
まあ、今のは俺が悪かったですね、はい。
「悪い、ついな。健全な男子の欲望だ。許してほしい」
「よ、欲望とか、平然と言うな! ……まったく、お前はどっちなんだ。僕を手籠めにしたいのか、そうじゃないのか」
「ん? どっちって、そりゃあ……」
と、答えようとして、意外と返答に窮した。
……案外難しいな、この質問。
そりゃあ、可愛い子を見れば、欲情はするし欲望は持つ。
でもそこまでだ。
無理やり乱暴をしたいとまでは思わない。
これは倫理観の問題でもあるし、共感性の問題でもあると思う。
相手に共感してしまうと、本気で嫌がる相手を手籠めにしようと想像したところで、熱が冷めてしまう。
「……じゃあ、お前はどうなんだよ」
俺はふと気になって、アルトにそう聞き返した。
「……は? 僕が、何だよ」
「だから、お前はどうなんだ。俺と力関係が逆だったとして──つまり、やろうと思えば俺に好き放題できるとしたら、どうにかするのか?」
俺がそう聞くと、アルトは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「どうにかって……あのな、僕をお前みたいな変態と一緒にするな。だいたい男と女じゃ、そういうの、違うだろ」
「いや、そうじゃなくてさ。別にそういうセクシャルなことじゃなくてもいいよ。例えばお前、凄い力持ってたら、俺をボコボコにして殺したいとか思うか?」
「えっ……? それは……」
俺の隣を歩くメイド服姿の少女は、俺に聞かれて、顎に手を当てて考え始める。
そして少しして、答えを返してくる。
「その場合、そうする権利が僕にはある。お前をボコボコにして殺してもいいし、そうしなくてもいい。それは僕に決定権がある」
何となく予想していた通りの答えが返ってきた。
でも俺が聞きたいのは、それじゃないんだ。
「いや、その権利があるってお前の主張は分かったよ。そうじゃなくてさ、俺が聞きたいのは、そうなったときお前はどうすんのってこと」
「むっ……」
また考え込むアルト。
今度は、先よりも長考だった。
そしてしばらくの後、答えが返ってくる。
「……しないな。別にお前にそれほどの恨みはないし。特に必要がなければ、ボコボコにしたいとも、殺したいとも思わない……と、思う」
アルトから返って来たのは、そんな答えだった。
それを聞いて、俺は少しホッとする。
「俺も似たようなもんだよ。アルトのことは可愛いと思うし、魅力的だと思うけど、それと嫌がる相手を無理やりどうこうしたいってのはまた別の話だ」
「……っ! ……お、お前、あの家にいたほかの女たちも、そうやってたぶらかしたのか?」
「……? 何の話だ?」
気付けば、アルトが再び俺のことを睨みつけてきていた。
……あれ、おかしいな。
俺いま、いい話したと思うんだけど。
なんて思っていると、今度は諦めたようにため息をつくアルト。
「……はぁ。なるほどな。……にしてもお前、カイルって言ったっけ。変な奴だなお前。それだけの力を持っているのに、僕と対等に話そうとする。……僕はキミのことが不思議でならないよ」
そう言って今度は、少しだけ微笑んできた。
そう言えば、こいつが笑ったの初めて見た気がするな。
ボーイッシュなわりに、結構ドキッとさせられる可愛さだ。
「アルトお前、そうやって笑うとなおさら可愛いな。ほとんど仏頂面しか見てないから、すげぇ新鮮」
「……っ! ……ああもう、それだ。女たらしめ」
「……? けどさ、そもそも力がどうとか、人付き合いには関係なくないか? 能力って、何かをやりたいときに、それをできるかどうかだけだろ。それの大きいや小さいで人に上下つけて、何かいいことあるのか?」
「……欲望の権化なのか、理知のバケモノなのか、どっちなんだキミは……」
メイド服姿の少女は、隣を歩きながら、再びはぁと大きくため息をつく。
……何だろう、何かおかしいこと言ってるかな俺。
「何となく、キミのことが分かって来た。……ちょっとこっち、いい?」
「あ、ああ……」
アルトは何やら、俺を路地裏へと連れ込もうとする。
……え、なに、突然。
何故か今ので俺に惚れた? エロイことでもすんの?
そう思った俺は、ドキドキしながら、メイド服の少女に引っ張られるままに路地裏へと入ってゆく。
すると、行き止まりの前までたどり着いたアルトは、俺の前にまっすぐに立って、こう言ってきた。
「僕の見解を言わせてもらってもいいかな」
「お、おう」
何だか分からないけど、うなずく。
それを確認して、アルトは俺に、こう伝えてきた。
「カイル、キミは善人だ。力のある善人だから、力のある悪人の脅威が分かっていない。──単刀直入に言わせてもらうよ」
「…………」
問題児から、説教を始められた俺だった。
……まあ、相手の内側に踏み込もうっていうなら、こっちも踏み込まれることを覚悟しなきゃいかんのは道理だから、さもありなんという気はするが……。
でも、この後のアルトの言葉は、俺にとってはまったく予想外のものだった。
メイド姿の少女は、俺をそのまっすぐな瞳でしっかりと見据えたうえで、こう言ってきた。
「──カイル。キミはこの世界を統べる、王になるべきだ」




