留置所に向かう非常識人
この第七章の内容は、現在削除を視野に入れているものになります。
かなり過激な内容が含まれておりますので、お読みになられる方はご注意ください。
(なお若干話のつながりに不自然は出ますが、この第七章を飛ばして第八章を続けてお読みいただいても、大きな問題はないかと思います)
冒険者ギルドのマスターであるターニャから、ある人物の「更生」を頼まれた俺は、街の端にある貧民街区へと向かっていた。
目的地に近付くにつれて、街の風景が、小奇麗な高級住宅街の様相から徐々にグレードを落とし、貧相で汚らしい様子へと変わってゆく。
道端で物乞いをする人の姿も増えてきて、いかにもという感じだ。
「……私、この辺りに来るの、初めてかもしれないです」
俺の背中におんぶ状態のティトが、ぽつりとそんな感想を漏らす。
「ああ、俺もパメラと散歩して、チンピラに絡まれたとき以来かもしれないな。……それはそうとティト、いつまでそのポジションにいる気だ?」
「えっと、ダメですか? 私としてはとっても心地がいいし安心するから、結構気に入ってるんですけど」
「いや、俺としても背中に当たるものが大変に柔らかくて気分がいいので、そのままでいてくれても一向に構わないんだが」
「背中に……? ──って! もう、カイルさんのえっち!」
ティトはそう言って、俺の首周りに回した腕を、ぎゅっと締め付けてくる。
抗議のつもりなのか分からないけど、完全にご褒美です。
「あたしはこの辺は、庭みたいなもんだな」
「……スラム街って様子だね。犯罪者の留置所っていうのは、どこもこういうところに多いよね。中流以上の住宅街に置くと、近隣住民から反対されるからかな」
俺の右腕にがっちり抱き着いたパメラと、左腕におずおずと抱き着いたアイヴィとが、各々に感想を漏らす。
そうした形で、相も変わらず四身合体の俺たちは、貧民街に入っても、住民の皆様の視線を浴び続けていた。
じろじろとこっちを見てくる者たちの目は一様に厳しく、中にはこっちを見て露骨に唾を吐いて不快感を表す者もいる。
その様子を見かねたのか、妖精姿が俺の胸元から飛び出し、光の鱗粉をまき散らしながらふよふよと俺の前を飛んで、俺に忠言をぶつけてくる。
「ご主人様~、うちそろそろいい加減、ご主人様も社会常識っていうものをわきまえる頃かと思うんすけど、その辺どう思うっすか?」
「奇遇だなフィフィ。俺もちょうどそう思っていたところだ。──というわけで諸君、大変名残惜しいが、そろそろ普通に歩こう」
と、俺は号令をかけたのだが──そのアクションは、ちょっとばかり遅かったようだ。
俺たちの進む道の前方から、三人のチンピラ風の男たちが、のしのしと肩で風を切って歩いてきた。
リーダーっぽい体格のいいやつが真ん中を歩き、チビで顔がひん曲がっているやつ、ヒョロ長ノッポで出っ歯のやつがその脇を固めている。
個性豊かなチンピラたちは、俺と三人娘と妖精の姿に気付くと、露骨に不愉快そうな顔を作って近付いてきた。
あー、めんどくさーい。
絶対何か因縁つけられるぞ。
かと言ってわざわざ道をよけるのもめんどくさい。
リーダーっぽい男はすぐ近くまで来ると、俺の前にずずいっと立ちふさがり、その巨体で見下ろしてくる。
「あぁん、兄ちゃん。ハーレム気取りかい。うらやましいね、俺たちも混ぜてくれよ」
さらにそこに、チビとノッポが追従してくる。
「そうだぜ、兄貴の言うとおりだぜ兄ちゃん。カワイコちゃんの独り占めはいけねぇや」
「妖精ちゃんも入れればちょうど四対四だぜぇ。ちょうどいいってもんだろぉ?」
そう言って、何がおかしいのか、三人でゲラゲラと下品な笑い声をあげた。
でも俺はそのテンプレなからかい文句を聞いて、ちょっとイラっとしてしまった。
「……あぁ? 何でテメェらに、俺の女くれてやらなきゃいけねぇんだよ。ぶっ殺すぞ」
***
──ちーん。
数秒後、スラム街の通りには、気絶した三人のチンピラが横たわっていた。
両腕がパメラとアイヴィで埋まってるから、とりあえず全員蹴っ飛ばして沈めた。
骨の何本か折れたかもしらんが、『攻撃制御』で調整したから、死んではいないはずだ。
ともあれそのチンピラたちを放置して、俺はそのまま目的地へと歩を進めた。
「……か、カイルさん? 何もあんな人たち相手に、ムキにならなくても……」
依然として背中に張り付いたティトが、そう控えめに言ってくる。
うん、わかってる、俺も自分でどうかと思った。
でもな。
「ダメです。許しません。ティトとパメラは俺の彼女です。それを奪おうなどと、たとえ口にするだけでも許されません。そこに相手の強さは関係ありません。誰も等しく有罪であります」
「ダーリンダーリン、口調が変」
パメラのその突っこみは無視。
「ねえ、その、カイル……? ボクはやっぱり、それには入れないかな……?」
一方左腕に張り付いたアイヴィは、もじもじしながらそう聞いてくる。
「ほう、アイヴィさん。あなたも入会をご希望ですか?」
「にゅ、入会……?」
「ええ。入会のためには、私と契りを結ばねばなりません。その覚悟があなたにおありですか?」
「ち、契り!? あ、あぅ……それは……もちろん、ボクは嬉しいけど……」
「なあなあダーリン、口調が変だって」
と、そんな会話を繰り広げながら歩いてゆくと、やがて教えられていた目的地に到着した。
結局、四体分離を果たさぬまま、ここまで来てしまった。
非常識人、ここに極まれりである。
さて、たどり着いた建物は、みすぼらしい木造の家屋が立ち並ぶ中に一つだけぽつんと存在する、石造りの建物だった。
建物の規模はそんなに大きくなくて、ぱっと見で中流家庭の家屋と同じぐらいしかない。
二階建てで、その外観の壁はそこかしこに落書きがあったり、小便のかけられた跡があったり、血痕があったりする。
この街で犯罪を犯した犯罪者を、一時的に収容しておくための留置所がここらしい。
そこでさすがに分離した三人娘を連れて、俺は留置所の扉を開け、中へと入ってゆく。
入ってすぐの狭い部屋に中年の看守が一人いて、彼に事情を話し、奥に通してもらう。
奥というのはもちろん、犯罪者たちを詰めている牢獄だ。
看守はかつかつと足音を立て、冷たい石の廊下を通って、その奥にある二階への階段を上がってゆく。
俺たちはそのあとに続いた。
途中のいくつかの牢部屋には、それぞれ囚人が詰められていた。
いずれも黒ずくめ姿の彼らは、通り過ぎる俺たちのことをじろりとねめつけてくるだけだ。
ティトが怯えるように俺に寄り添ってくるので、そっと肩を抱き寄せる。
パメラとアイヴィは平然としたもので、ぷらぷらと何事もないかのように俺の後に続いた。
そして二階へ上がって、一番奥の牢。
そこに目的の人物がいた。
鉄格子の向こう側、狭い三畳ほどの石造りの部屋に、体育座りをしている。
部屋にあるのは寝藁と、食べ終わった後の食器とコップと水差しぐらいのもので、ほかには何もない。
銀髪ショートカットの綺麗な顔をした、少年か少女か分からない中性的な容姿。
服装は以前に会ったときと同様の黒ずくめだ。
看守は俺たちをその牢の前まで案内すると、来た道を戻っていった。
その場に残されたのは、俺たち一行と、牢に捕らえられた囚人たちだけ。
体育座りをしてうつむいていた少年?は、そこでようやく、面倒くさそうに顔を上げる。
「キミたちは……。──って、お前は、あのときの……!」
俺を見て、少年?の目の色が変わった。
無気力そうだったその紫色の瞳に、確かな生気が宿った。




