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元の鞘、されども違う鞘

 昼食後、俺たちは例の少年が監禁されている牢獄へと向かった。


 それは街外れの、かろうじて市壁の中といった様子の貧民街にあり、俺たちの家がある高級住宅街からは少し離れている。

 俺は目立つフェリルを留守番させつつ、ティト、パメラ、アイヴィの三人とフィフィを連れて、その場所へと向かった。


 ──のは、いいのだが。

 天下の往来を歩いているというのに、俺たちの姿は、大変に破廉恥なものであった。


「えっへへー。ダーリンダーリンダーリ~ン♪」


 俺の右腕には、パメラがぎゅーっと抱きついていて。


「むー……パメラちゃん、それはちょっとくっつきすぎだと思うな、私」


 一方の左腕には、ティトが控えめに抱きついていて。


「うぅ……いいなぁ。ボクも温もりがほしい……」


 後ろを歩くアイヴィは、羨ましそうに指をくわえている。


「ご主人様。往来をその姿で歩いてて、恥ずかしくないんすか」


 そして俺の前をふよふよと飛ぶフィフィは、呆れた様子で俺を眺めていた。


「いや、恥ずかしくないかと聞かれたら恥ずかしいが、その恥ずかしさも含めてやぶさかではない。むしろ大変に幸せなのでそっとしておいてほしい」


「ご主人様……なんか悟ったみたいな感じになってるっすけど、肉欲と情欲にまみれているのは忘れたらいけないと思うっす」


「肉欲結構。情欲結構。人はみな、欲求の充足を求めるものなのだ」


「……ダメっすね。完全に手遅れっす……」


 匙を投げたフィフィは、きゅりりりんっと光の鱗粉をまき散らしながら飛んできて、俺の胸元、いつもの定位置にフェードインする。


 フィフィが目立つと面倒くさいことになる、という本来の意図からすると、フィフィがそこに入り込む必要はもはやないと思うのだが。

 フィフィ曰く、「ここが落ち着くんすよ」とのことらしい。


 まあそんな感じで、歩くハーレムという様相で街中を歩いているわけなのだが、そんな俺を見て、街の人たちは道を開けるように、自然と脇へ退いてゆく。

 まるでモーゼの十戒か、大名行列かという様子だ。


「おい、見ろよ。あれがカイルさんだぜ……」


「えっ、カイルさんってあの、Fランクから数日でSランクまで上り詰めたっていう、最強無敵の冒険者のあのカイルさんか……?」


「いやいや、本当の実力はSランクどころじゃないって聞いたぜ。魔族を一捻りで奴隷にして、ドラゴンをワンパンチで吹っ飛ばして、邪神降臨を目論む邪教徒たちを鼻息で吹き飛ばしたって」


「マジかよ……それにしてもなんだよあの超可愛い子たち。一人でいいから俺にくれよ」


「ホントだよ、爆発しろよ。いやむしろ爆発しろよ」


「ねーママ、あの人たちなぁに?」


「しっ、見ちゃいけません」


 街の人たちのひそひそ話が聞こえてくる。

 噂話に尾ひれは付き物だというが、尾ひれがほとんどなくてだいたい事実っていうあたりがまた何とも言えない。


 露骨に生えたのドラゴンぐらいだろ。

 今度ドラゴンと戦いに行って、それも事実にしてやろうか。


 ……アレだな。

 俺いま、完全に増長してるよな。


 怖いなー。

 幸せ絶頂のときって、一番怖いよなー。


 絶対何かこの後に大きな落とし穴が来そうって思うのは、物語の見すぎなんだろうな。

 頂上まで上り詰めたあとに破局するって、そういう定番を見続けてきたから、パブロフの犬のようにそういう未来を思い浮かべてしまう。


 良いことがあったら悪いことが起こるに、因果関係はない。

 一度幸せになったら、ずっと幸せなままでいろ。

 とあるアニメで聞いた言葉だが、名言だな。


 そんなことを思っていたら、ティトが何やら後ろのアイヴィを気にしているのが見えた。


「カイルさん、私、アイヴィさんにここ、譲りますね」


 そう言ってティトは、抱きついていた俺の左腕から離れて、アイヴィのほうに向かってゆく。


「私、みんなが幸せじゃないと嫌なんです。どうぞ」


「いやいやいや! ボクなんかがティトちゃんの場所を奪うとか、それはないから!」


「大丈夫ですよ。私にも考えがありますから。ほらほら」


 ティトがアイヴィの背中を押して、強引にアイヴィを俺の横に張り付かせる。


「ど、どうしよう、カイル……。ボクなんかじゃ、ティトちゃんの代わりにはなれないよね……?」


 おどおどびくびくとしたアイヴィの様子。

 こいつの自己評価の低さは最初どうなんだと思ったけど、最近こいつはこれでいい気がしてきた。

 なんか可愛い。


「そりゃ代わりにはならないだろ。アイヴィはアイヴィで、また別の可愛さだからな」


「──ひゃあっ!?」


 俺はおっかなびっくりな様子のアイヴィを、その肩の後ろから腕を回して抱き寄せる。

 するとアイヴィは顔を瞬時に真っ赤にして、あわあわし始める。


 ちなみに周囲からは、「おおー!」と歓声が上がっていたりする。

 これもう完全に見せモノだな。

 まあいいか。


「はわわわわわっ……カイル、ぼ、ボク、こんなの……」


「ん、嫌か? ご主人様のやることが気に入らないと?」


「ち、違っ……! い、嫌じゃないけど……むしろ、嬉しくて死んじゃいそうっていうか……」


「だったら死んじゃえばいいだろ。今までのお前は死んで、全部俺のものになれよ」


「はわわわっ……! カイルがワイルドモードだよぅ……」


 そんなこんなのやり取りをしながら、俺の腕の中にぽふっと納まるアイヴィ。

 そして──


「──おわっ!」


 突然、後ろから衝撃が来た。

 何かやわらかいものが、俺の首周りに巻きついてくる。


 いや、やわらかいものは、背中にもあたっている。

 やわらかくて、温かくて、大きい。


「えっへへー。パメラちゃんのポジション、一度私も体験してみたかったんですよね~」


 耳元から、ティトの声が聞こえてきた。

 再び周囲からの歓声が巻き起こる。


 ティトが、俺の背中にダイビングおんぶしてきたのだ。

 少女のお胸にある、とても立派な二つのものが、俺の背中にもろに直撃してくる。


「カイルさん、どうですか? パメラちゃんのときと、何か違います?」


「立派すぎる」


「……? 何がです?」


「ノーコメントで頼む」


「はあ……」


 そんなこんなをしながら、往来を歩く。


 俺はこの異世界で、目立たず慎ましく幸せに暮らしたいと願っていただけなのに、どうしてこうなったんだろう。


 そんな疑問を抱きつつ、新たなるミッションへと向かうのであった。


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