閑話と言ったな。あれは嘘だ。
一通りの話と朝食を終えると、ターニャは帰っていった。
件の少年は、今はこの街にある囚人一時滞在用の牢に禁固状態とのことで、そっちにはあとで会いに行くという話になった。
本人に会って話を聞かないと、取っ掛かりも何もない。
ひとまずは会って話をすること、そこからだ。
──が、俺にはその前に、どうにかしておきたい問題があった。
パメラの事だ。
俺は朝食後、パメラの部屋に向かっていた。
パメラのやつ、朝食中はついに、一言もしゃべらなかった。
ずっと不貞腐れたようにむすーっとしながら、黙々と食事して、食い終わったらご馳走様だけ言って、食器を片付けてそそくさといなくなってしまった。
ティトは今のパメラの状態を、拗ねていると表現していた。
そういえば、パメラが拗ねたことは以前にもあったなと、ふと思い出す。
最近分かったことがある。
パメラはあんな風でいて、意外と不器用なんだということだ。
パメラが不器用で、俺も不器用では、うまくいきっこない。
パメラのことは、好きか嫌いかで言ったら、好きだ。
いろいろ困ったところもあるやつだけど、笑顔のパメラと一緒にいると楽しい気分になるし、仲良く喧嘩するのも好きだし、さらにすんごくしょーもないことを言えば、パメラとべたべた引っ付きあっているのもたまらなく好きだ。
フィフィの言うとおりだ。
俺ってやつは、どうしようもなく浮気性で、一人に対して一途になることなんてできやしないんだ。
みんなと仲良くしたいし、みんなとイチャイチャしたい。
それが俺の本音の欲求だ。
だからパメラが不機嫌なままでいるのも嫌だ。
パメラには俺の傍で笑っていてほしいし、いつもみたいに引っ付いてきてほしい。
俺のわがままだろうか、と考えれば、わがままなんだろう。
でもそれなら、俺のわがままを満足させるために俺が動くのは、至極真っ当なことだ。
そしてパメラが不器用なら、俺がパパとして、お兄ちゃんとして、あるいはダーリンとして、パメラの不器用を包んでやれるぐらいおおらかに、そして大きくなることだ。
俺は俺のために、大人になろう。
──パメラの部屋に行くと、部屋の扉は空いていた。
俺は『盗賊能力』スキルの「忍び足」の能力を活かして、パメラに気付かれないように扉の前まで忍び寄る。
そして音を立てないように、こっそり部屋の中を覗き込む。
自室にいたパメラは、窓から外を見ていて、たそがれているようだった。
俺はこっそりと部屋に入り、少女の小さな背中に向かって忍び寄る。
そして、彼女の背後から、そっと抱きついた。
「パ~メラ」
「わっひゃあ!?」
パメラは飛び上がるようにして驚いた。
俺の今の動きは、若干犯罪臭のする行動だった気もするが、今更手段についてどうこう気にするつもりもない。
「なっ、なななななっ、ダーリン!? な、何だよ!? ……何か用かよ」
驚いてテンションが上がったパメラだったが、それがすぐ後にはローギアへと切り替わる。
……ちっ、手強いな。
「パメラ、なんか昨日あたりから拗ねてるだろ。どうしたんだよ」
「別に、拗ねてるわけじゃ……いや、まあ、そうかもだけど。……ダーリンさ、嫌いなやつにも、そうやって抱きつくの?」
「んん? いや、そんなことはしないと思うが。少なくともパメラのことは好きだぞ」
「……ウソだろそれ。ダーリンはティトっちみたいなほうが好きなんだろ。あたしのことは邪魔で、いつもまとわりついてきて、鬱陶しいって思ってる。……だろ?」
「……はあ?」
なんだそりゃ、と思った。
まあティトのことを好きなのは、合ってる。
でもその後がおかしい。
どうしてそうなった。
そんなことを思っていると、パメラはさらにわけわからないことを言ってきた。
「……あたしさ、この家出てくよ。ダーリンたちと一緒にいると楽しかったからずっといたけど、最近なんか、楽しくないんだ。逆にむしゃくしゃしたり、胸が苦しかったりしてさ。それにダーリン──カイルだって、あたしなんかいないほうがいいんだろ?」
……なんだそれ。
ホントなんだそれだった。
っていうか、出て行く?
パメラが? うちを?
俺のもとから、パメラがいなくなるってこと?
そんな、そんなの──
「……そんなの、嫌だ」
俺はパメラを抱く腕に、ぐっと力をこめた。
少女を後ろから、強く抱きしめる。
「……は?」
「俺、パメラがいなきゃ嫌だ」
「な、何で。ダーリンあたしのこと嫌いなんだろ」
「だからそっちこそ何でだよ。俺がいつそんなこと言った」
かみ合わない言葉の応酬。
でも次にパメラが語ったそれは、俺に彼女を理解させるに十分なものだった。
「だって……ターニャからの仕事持ってきたときだってダーリン嫌そうにしてたし、ティトっちにばっか優しくしてあたしのことなんて邪魔そうにしてるし──あたし、ダーリンが嫌がることばっかりやって、それで、ダーリンはあたしのこと嫌いなんだって。そもそも最初から、あたしが勝手にダーリンに付きまとってるだけだし」
俺が驚く中、パメラの声は、だんだんと泣き声のようになってゆく。
後ろから抱き着いている俺には、パメラが今どんな顔をしているのか見えないが──
「あたし、全然ダーリンの役に立たないし。今もうみんなの中で一番弱いし、ティトっちみたいに料理とかすごいうまくできないし、あたしダーリンのために何にもできないし。あたしなんてダーリンの傍にいてもダーリンの邪魔するだけだし、あたしだってそんなの苦しいし、だったらもう、ダーリンの傍にはいないほうがいいんだって……!」
後半はもう、完全に泣きじゃくっていた。
ぐすぐすと鼻を鳴らし、腕の袖で涙をぬぐい、想いを語るパメラ。
……パメラがそんなことを考えていたなんて、全然思いもしなかった。
言ってくれなきゃ、分からないだろそんなの。
──でも、そうかと気付く。
それはお互い様なのかもしれない。
そう思ったから、俺はパメラを背中から抱いたまま、彼女に自分の想いを伝える。
「……全然見当違いだよ、バカ。俺はパメラのこと、大好きだ」
「えっ……?」
「パメラとじゃれ合うのが好きだし、パメラの笑顔が好きだし、何ならパメラのおバカなところだって好きだぞ。こうやってパメラに抱きつくのとか、最っ高に好きだしな。役に立たないとか、そんなのわりとどうでもいいし。俺はパメラが俺の傍で笑っててくれれば、それで嬉しいから」
「えっ……で、でも、ダーリンはティトっちが好きなんだろ……? あたしは、だから……」
戸惑うパメラの声。
しかしそれは、俺にとっては痛いところだ。
でも、ここで退くわけにもいかない。
っていうかもう、本音で勝負するしかなくねこれ?
そう思ったからもう、ぶっちゃける。
「ティトのことも好きだけど、パメラのことも好きだ。……それじゃ、ダメか?」
「…………」
沈黙するパメラ。
我ながら、とてつもなくクズいことを言っている自覚はあったが、しょうがない。
事実だし。
「……だったらさ、ダーリン」
少しして、パメラが口を開く。
「……キス、してよ。そうしたらあたし、信じられるから」
…………。
パメラの言葉に、俺は胸をドキュンと突かれた。
……マジっすか。
マジっすかパメラさん。
だってお前、あれだけチューするの嫌がってただろ。
だいたい、そもそも。
「……信じられるって、何を」
「ダーリンが、ティトっちだけじゃなくて、あたしのことも好きだってこと。多分、キスしてくれたら、あたし信じられる」
……おかしい。
パメラが俺の中で、とんでもない核兵器になりかかっている。
可愛い。
超可愛い。
何こいつこんなに可愛かったっけ。
いや見た目が可愛かったのは元々だけど……ヤバくねこれ?
どっきんどっきんと心臓が鳴る。
パメラ相手に、こんなにドキドキする日が来るとは思わなかった。
後ろから抱いていた少女の身を、一度離す。
するとパメラが、俺のほうを振り向いた。
パメラが一瞬だけ俺のほうを見て、次には頬を染め、視線を逸らす。
……ちょっと待て、誰だこれ。
無茶苦茶可愛いんだけど。
俺が知ってるパメラじゃない。
俺が知らないパメラだ。
朝日を背景に、窓際に立つ、栗色の髪の少女。
それはもう完全に、完膚なきまでに綺麗で、俺は──
「パメラ」
「ダーリン」
俺はその少女の両肩に手を乗せ──彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
そして、その唇の感触を惜しく思いながらも離すと、少女はにへっと笑いながら言う。
「……あたし、ダーリンのこと好きだ。──どうしようもないぐらい好きなんだって、今わかった」
そう言われると、俺は愛おしさが爆発して、パメラを腕ごとぎゅっと抱きしめた。
「俺もだ、パメラ。俺もパメラのことが大好きだ。うちを出て行くなんて、絶対許さないからな……! 逃げたって、捕まえてやる! ストーカーって言われたって構うもんか……!」
「えへへ……いいよ。ダーリンにだったら、あたしの全部あげる。……もらってくれる?」
「もらう! 超もらう! パメラの全部、俺のもんだ!」
「ダーリンの全部は、ティトっちとかと分けてから、全部あたしのもんだね。ちょっとふこーへーだけど、あたしはそのほうがいいや」
そして俺とパメラは、再び唇を重ね合う……。
──それでもなお、男っていうのは実にくだらない生き物で。
全部をあげると言われて想像したのはそういうことで、朝っぱらから辛抱たまらなくなって致してしまったのもそういうことで。
でも、パメラが嬉しそうに笑って受け入れてくれたから、俺はすごく幸せな気持ちでパメラと抱き合った。




