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プリーズ更生

「いやー、なんか悪いなー。朝食一緒にご馳走になって」


 そう言いながら、ターニャは全然悪いとは思っていなさそうに食事にがっついていた。


 朝食の食卓は賑やかだった。

 俺にターニャ、ティトにパメラ、アイヴィ、フェリル、それにフィフィ。

 リビングにあるテーブルはわりとゆったりとした六人掛けだが、これだけ人数がいて人数分の食事が並ぶと、さすがにいっぱいいっぱいになっていた。


「てかめっちゃうまいなこれ。スープの野菜の煮込み具合とか、卵の焼き加減とか絶妙やん。シェフはティトちゃんなん?」


「は、はい。でも、シェフっていうほどでは……」


「いやいや、謙遜したもんでもないよ。うちも職業柄、料理にはちょーっとうるさいけどな。これはケチつけられんわ」


「ターニャの本職は冒険者ギルドのギルドマスターでしょ。パンの屋台のほうに入れ込みすぎだよ」


「アイヴィもそう硬いこと言いなや。職業に貴賎なし、それもまた人生。な、人生楽しまな損やろ。……そーいやカイル、お楽しみのほうはどうなん? そろそろ酒池肉林でウハウハしとるんやろ」


 賑やかなターニャが、話の流れで俺に余計なことを聞いてくる。

 彼女のにんまり笑顔が、からかっているだけなのは分かったが、タイミングが悪すぎた。

 今の俺はその言葉にドキッとするしかない。


 食卓にしばし、静寂が訪れる。


 ティトのほうをちらっと見ると、目が合った。

 慌てて視線を逸らす。


 次いでアイヴィのほうをチラ見すると、こっちは顔を真っ赤にしてうつむいていた。


 それらを窺ってか、ターニャが訳知り顔でつぶやく。


「……ははぁ、なるほどなぁ。色男もまあまあ大変そうやな」


「そーなんすよ。うちのご主人様、根っからの浮気者だから困るっす」


 いつものごとく口回りをべとべとにしながら朝食と格闘していた妖精姿が、言わんでもいい余計なことを横から付け加えてくれた。


「んー、そやけど、ハーレム主が誰か一人に一途っちゅうのも、それはそれで困るやろ。囲うならみんな愛してやらんと」


「そういうもんっすかね」


「そういうもんやと思うよ。な、色男?」


 そう振られたが、同意を求められても困る。

 ていうか、こいつらにはデリカシーっちゅうものはないのか。


 いずれにせよ困ったので、俺は話題を変えにかかることにする。


「ターニャ、お前何しに来たんだ。朝飯に混ざって、場を引っかき回しにきたわけじゃないんだろ?」


「おっと、そやったね。──昨日の件の顛末を話に来たのと、あとそれ絡みで相談が一件。聞いてくれる?」


「……まあ、ひとまず聞くだけなら」


 昨日の件、と言われて何のことだか一瞬思い出せなかったが、ターニャ絡みであればあの、商館の地下で戦った黒ずくめ集団に関することだろうと思い出す。

 俺の中でのインパクトが、ティトとの情事や今朝の出来事に完全に負けているが、あの事件も社会的には結構大きい問題のはずだ。


 ──そうしてターニャの口から話されたのは、俺が昨日片手間に退治した連中が邪教徒の集団で、邪神を降臨させて国家転覆を目論む連中だったということ。

 それに『狂戦士のポーション』の件も、あの連中が黒幕だったということだった。


 それを聞いた俺の反応は、ふーんというものだ。

 正直、あの程度の連中に国家転覆とかできるの? とか思ったが、やろうと思えば自分一人で国家転覆ぐらいできそうな気がしないでもない俺の感覚が、一般人から甚だズレていることは間違いないので、そういうものかと納得しておく。


 でも、国家転覆とかして何が楽しいのかね。

 俺にはさっぱり分からん。


 ……と思ったが、俺も元の世界にいた頃には政治や世の中に不満を持ったことぐらいはあるので、なるほどそれをこじらせたようなものかと理解。

 人間、力を持つことで解消する悩みと、解消しない悩みとがあるんだな。


「──にしても、邪神降臨? そういうのって、実際にやろうとして、できるもんなのか?」


「どうやろね。歴史を紐解くと成功例らしき記述は何件か見つかるけど、はっきり言って眉唾モンやと思うよ。神様なんてものに、そうポンポン降臨されてたまるかいな」


 そうターニャは言うのだが、神様と言えば、こっちには一応それなりのコネがあるわけで。

 フィフィを手招きして、話を聞いてみる。


「ん、神様が地上に降臨するかどうかっすか? 結構気まぐれに降りていくこともあるみたいっすよ。特に自分を敬っていろいろ頑張って準備して儀式とかしてくれた人間たちに対しては、嬉しくなって降臨してやる神様も多いっていう話っす。まあ降りるとしても本体じゃなく、分身体レベルっすけどね」


「お、おう、そうか」


 神様ェ……。

 そんなことばっかやってるから、神々しさとかなくなるんだよ。


 まあそれはともあれ。

 俺は再びターニャに向き直る。


「顛末はだいたい分かった。それで、相談ってのは?」


「ああ、うん、それな。……その邪教徒の連中はだいたいもうどーしようもないんで刑罰対象なんやけど、一人な、ちぃと可哀そうに思う子がいてな。あの子、カイルらと多分同い年ぐらいかと思うんやけど」


 そうターニャから言われて、俺はあの商館の地下で戦った、見張りの少年を思い出す。


「銀髪で綺麗めの、男か女か分かんない感じの見た目のやつか?」


「そうそう。あの子な、どうも幼少期からあの組織の中で育てられたみたいでな。根はいい子なんやと思うけど、思想的に凝り固まってしまっててな。うちとしてはあの子、どうにかまともにしてやりたいんやけど、あの子なまじ腕が立つのもあって、うちの手に余るんよ。──そんでカイルんとこで、更生頼めんかなぁって思って。それが相談」


「はあ……」


 ううむ、更生ときたか。

 いきなりまた、予想の斜め上なのが来たな。


「つーか、俺のところにはそもそも、更生の必要そうな人格破綻者ばっかりな気もするんだが」


「あははは。まあ人格で言ったら、うちかてとても百点じゃないわ。でもそういうこと言いたいんやないのは分かるやろ?」


「……まあな」


 なるほどな。

 つまりはそれなり真っ当に、そこそこに、社会が許容できる程度に丸くしろってことか。


 そしてターニャはさらに、横で黙々と食事をしているフェリルにも着目する。


「なんや知らんけど、魔族の子を手懐ける秘技もあるみたいやしな。パメラちゃんの言う、カイルは何でもできるってゆーのも、あながち大外れでもない気がしてな」


「……勘違いしないで。私は手懐けられたわけじゃない。隷属させられているだけ。この首輪さえなければ、いつでもここにいる全員を殺して──ひぅんっ!?」


「でも今はカイルの奴隷だからね。そこのところは勘違いしないように」


 フェリルの横に座ったアイヴィが、いつものコントのように尻尾をにぎって黙らせる。

 ふと思うんだが、フェリルも人間姿になれば弱点の尻尾を隠せるのに、どうしていつもあの姿でいるのか甚だ謎だ。

 案外クセになっているんだろうか。

 にぎってにぎって、っていう誘い受け?


 まあそれはともかく。


「ちなみに、俺がそれ──あの少年の更生を断った場合はどうなる?」


「あー、カイルにはもちろん実害ないよ。ただあの子は、二度とお悪戯いたできないように両手か両腕切り落として放逐ってあたりになると思う。うちができる限り何とかしたいけどな」


「りょ、両手、両腕切り落とし……? それって、そのあと生きていられんのか?」


「一応治癒魔法はかけて、傷口はふさぐのが慣例やけどな。でも普通は、そのあと生活していくのは無理なんちゃう? まあ国家転覆罪抜きにしても、誘拐だけでも本来なら絞首刑やからなぁ」


 うわぁ……久々にこの異世界にドン引きしたわ。

 そうか、刑務所とかないのか。

 実刑は体に物理的にって、野蛮だなおい。


 でも、うーん……何だなぁ。

 別に俺がどうこうしてやる義理も義務もないんだが、いざそう聞いてしまうと、ちょっともにょるところがある。


 まあ、特に絶対的にやりたくない理由があるわけでもなし。

 いいか、やるか。


「わかった。できるか分からんけど、とりあえずやってみる。それでいいか?」


「ホント!? いやー、めっちゃ助かるわ~。この依頼の報酬はちゃんと出すから」


 まあ人ひとりを更生させるなんて大それた真似が、俺にできるとも思えないんだが、やるだけやってみよう。


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