ヒロインまだー?
宿に部屋を取って、軽くくつろいだ後。
俺は宿に併設された酒場で、夕食を取っていた。
カウンター席に座った俺の前のテーブルには、わりと豪勢な料理が並んでいる。
大ぶりの白身魚のバター焼き、肉と野菜がふんだんに盛られたスープ、ふんわりと焼かれたパン、ベリー系の果物などがそのメニューだ。
しかし──
「……何かが足りない」
俺はフォークとナイフを手に、ぽつりとつぶやく。
「足りないって、何がっすか? 白いご飯がほしいとか、それ系っすか?」
フィフィがいつものポジション、俺の胸元から聞いてくる。
……いや、別に食事に文句があるわけじゃない。
酒場の夕食は、満足できる量のメニューは銅貨五枚~というのが相場のところ、銀貨二枚ほどをはたいて頼んだ料理の数々は、バリエーションも豊かだし、その味もなかなかに悪くない。
足りないのは、もっと違うものだ。
異世界で冒険者になって、何となく強くなって、何となく小金持ちになって、このまま行けば、何となくいい感じの生活を送れるような気もしている。
だけど、こう──何かが足りない。
それは例えるなら、ふわっとして、あったかくて、もふもふとして──
「そうだ──可愛い女の子の、仲間が足りない」
そのひらめきは、天啓のようだった。
そう、今の俺に足りないものは、まさにそれだ。
すると、胸元のフィフィが、よよよっと涙を流す、ふりをする。
「そ、そんな……! うちというものがありながら──ご主人様、うちのことは、遊びだったんすね……!」
「相変わらずの小芝居をありがとう。でもそれ、どこから突っ込んだらいいか分からんからな」
「うっす、精進するっす」
このどこを目指してるんだかわからない妖精もどきは、わきにどけておくとして。
俺は、どこかに美少女いないかなーと、酒場をぐるりと見渡してみる。
期待はしていなかった。
何となく、見渡してみただけだった。
しかし──いた。
酒場の端っこの方のテーブル席に、一人の美少女。
少女は、どことなく冒険者風の出で立ちだった。
濃緑色を基調としたローブを身に着けていて、わきに立てかけられた木の杖には、ローブと同色の三角帽子が引っ掛けられている。
輝くような銀色の髪は、緩やかに波打ちながら、背中に流されている。
純真そうな眼に宿る大粒の瞳は、綺麗なエメラルドグリーン。
その少女が、酒場の隅っこのテーブル席で、一人もしゃもしゃと食事をしている。
その存在は、周囲の風景から劇的に浮いていた。
だが──そうして彼女を注意して見ると、別のことにも気付いた。
彼女を見ているのが、俺だけではない、ということだ。
別のテーブルで飲んでいる二人組の粗野な男たちが、彼女のほうを見ながら何やら相談していた。
かと思うと、彼らは席を立ち、少女のほうへと向かって行った。
そして彼らは、酒場の端っこの少女のすぐそばまで行くと、一人は少女とテーブルをはさんで対面に座り、もう一人は少女の斜め後ろぐらいに陣取って、少女の肩になれなれしく腕を回し、何やら少女に話しかけ始めたようだった。
酒場の喧騒のせいで、何を話しているかは分からない。
知りあいだろうか?
俺の勘は、そうじゃないだろうと告げている。
俺は迷わずチートポイントを1ポイント消費して、「超聴覚」のスキルを取得した。
これはいろいろな使い方のできるスキルで、例えばこんな用法がある。
俺は、少女のテーブル周りの音を集中的に拾い、一方で酒場のほかの喧騒を除外するよう意識する。
すると、まるで映画の一場面を見ているかのように、少女と、彼女にまとわりつく男二人の会話だけが、クリアに聞こえてくるようになった。
「──なあ、いいだろ嬢ちゃん。一緒に楽しく飲もうぜ」
「そうそう、こんなところで一人寂しく食事してねぇでさぁ」
「……私がどう食事していても、私の勝手です。どうぞお構いなく」
少女は男たちと目を合わせないよう、うつむきながらサラダにフォークを刺し、口に運ぶ。
その様子は冷静をアピールしようとしていたようだが、実際のところ、少女の声は少し震えている。
その様子に気付いているのか、男たちは楽しげだ。
少女の背後から絡んでいた男が、吐息が少女の顔にかかるぐらいの距離まで自分の顔を近付け、
「なあ、そんなつれないこと言わねぇでよぉ。一緒に楽しくやろうぜ?」
なんて言って、少女に寄りかかっている。
「……は、離れてください。怒りますよ」
少女はフォークを置き、両手で自分の肩にかかる男の腕を、物理的にはがしにかかる。
そうすると、男の腕は一度はどけられるが、しばらく後、また同じように少女の肩に回される。
男たちは二人とも、一貫してニヤニヤ顔だ。
──ん、そろそろ確定でいいよな。
あの男二人は少女の知りあいでもないし、少女は絡まれて嫌がってる。
「フィフィ、俺ちょっとヒーロー願望満たしてくるんで、隠れててくれ」
「ほへ? ──分かったっす」
フィフィが俺の服の中に、しっかりと隠れる。
俺は席を立ち、少女たちのいるテーブルへと向かう。
少女のいるテーブルの前まで行くと、男たちと少女が、一斉に俺のほうを見てきた。
「──なんだお前?」
男の一人が、少女の正面に座っていた方が、俺の前へと立ち、ガンをつけてくる。
顔が近い、息が酒臭い──男と顔が近いとか、誰得だよ。
俺はその男に向け、言ってやる。
「嫌がってんだろ。消えろよ」
「──あァ?」
俺の言葉に、あからさまに青筋を立て、さらに顔を近付けてくる男。
まあ、口先三寸で済ませるルートも考えてはいたんだが、これはもう、古いタイプのヒロイックファンタジーをやるしかなさそうだな。
……え、俺のせいだって?
いやまあ、しょうがないべ、元は三十代のプチおっさんなんだから。
「──舐めてんのかテメェこら?」
もう一人の男も俺の前に立って、そっちは俺の胸倉をつかんでくる。
いかつい荒れくれ風の男二人に睨まれて、二対一。
きゃー、怖ーい。
俺は一応、ステータス鑑定を発動して、二人のステータスを見てみる。
意外にも、彼らは冒険者のようだった。
二人とも、クラスはウォリアー、レベルは1。
ステータスは、STRやVITが少し高めで12ぐらいあるが、ほかは10以下が目立つ。
要するに、ただのチンピラである。
「──もう一回だけ言うぜ。さっさと消えろ」
自分で言ってて、歯が浮くような台詞とはこのことか、なんて思う。
しかし今の俺はイケメン美少年らしいから、きっと恥ずかしくない。
「チッ、ふざけやがって──消えるのはテメェだ、クソガキッ!」
ついに、男の一人がおキレになられた。
男は俺の胸倉を左手でつかんだまま、右手で拳を作り、俺の顔面目掛けて殴りかかってくる。
が、まあ遅いこと遅いこと。
俺は体感でゆっくり迫りくるその拳を、顔を少しだけ横に動かして回避する。
「なっ……!」
「あのさ、服がしわになるから、そろそろ放してもらってもいいか?」
「なんだと──イデデデデッ!」
胸倉をつかんでいる男の手首をつかみ、ちょっと力を入れてやると、彼は胸倉をつかんでいた手を放してくれた。
それを確認して、俺もそいつの手首を解放してやる。
「──て、テメェッ!」
もう一人の方が殴りかかってくるが、俺はそれを左手の掌でパシッと受け止める。
でもって、その男の拳を、ちょっと強く握ってやった。
「ぐあっ……な、何だこいつ、バカ力か──ぐああああっ!」
ちょっと痛めつけてやったところで、その拳も放してやる。
「まだやるってんなら、表出ようぜ。店に迷惑かけたくないからさ」
俺が男たちに向かってそう言ってやると、二人は顔を見合わせ、
「──お、覚えてやがれ!」
と捨て台詞を吐いて酒場を出て行こうとした。
だが、それはちょっと待ってほしい。
お前らもさっきまで、この店で飲み食いしてたんだよな?
俺は両手で、背を向けた二人の肩をつかみ、
「勘定は置いてけよ」
そう言ってやると、二人は慌てて財布から銀貨を数枚出してテーブルに投げ出して、今度こそ逃げ去って行った。
みみっちいと言うなかれ。
これで俺が代わりに勘定払えとかなったら、ちょっと嫌だからな。
「……あ、ありがとう……」
少女はポカーンとした様子で、お礼を言ってきた。
「どういたしまして」
俺は笑顔で、そう言ってやる。
そして、「俺も一緒に食べていいかな?」なんて言いたくなる気持ちをグッと抑え、自分の席に戻る。
なんかそれやっちゃったら、あの二人をダシにしてお近付きになろうとしたみたいで、どうにもイヤらしい感じがしたからだ。
しかし、自分の席に戻ろうとする俺の服を、くいっと引っ張る者がいた。
振り返ると、俺の服の裾をつかんでいたのは、目の前の少女だった。
「あ、あのっ──もしよろしければ、一緒に……お食事しませんか。──あっ、あのっ、ちゃんと、お礼もしたいしっ……その、さっきみたいな人たちにまた絡まれても、また嫌だし……」
少女はうつむき、顔を真っ赤にした状態で、俺の服の裾をくいっとつかんでいた。
──俺はそのとき、あたたかな春の息吹を感じた。
ひゃっほい。