従者の視点(2)
それからしばらく、カイルは家の中を駆けずり回っていた。
そしてその後、どうやら自室に行って、少し落ち着いたようだった。
それにしても、カイルがあんなに取り乱しているのを見たのは、初めてかもしれない。
ボクより十歳ほども若いのに、普段小憎らしいほど不敵で余裕綽々のカイル。
それがあんなに慌てているなんて、一体何があったんだろう?
そう思っていたら、今度はカイルが頭上から突然飛び降りてきて、そのまま石垣を飛び越えてどこかへ行ってしまった。
ボクらとしては、ぽかんとしながらそれを見送るしかない。
えーっと……あんまり考えるのは得意じゃないけど、ちょっと整理してみよう。
カイルから、ティトちゃんが帰っていないかと尋ねられた。
パメラちゃんは、ティトちゃんの買い物カゴが道に落ちていたと言った。
えっと、それってつまり──
「──えっ、ティトちゃんが行方不明? ゆ、誘拐されたとか?」
「多分そんなとこじゃねーの?」
抱きかかえていたパメラちゃんを、今になって思い出して、庭の地面に降ろす。
パメラちゃんは妙に落ち着いていた。
「えっと……パメラちゃん、結構ドライなんだね……ティトちゃんのこととか、心配じゃないの?」
「……ん? ああ、そうかも。……なんだろうな、分かんねぇけど、面白くないんだよ。ダーリン、ティトっちにばっかり構って、優しくしてさ。……誘拐されたか何だか分かんねぇけど、どうせダーリンが助けてくんだろ。あたしが心配したって、何にもなんねぇよ」
「あー……そっか。そうなんだ……」
パメラちゃんの拗ねた姿を見て、ボクは少しドキッとした。
って言っても、変な意味じゃない。
パメラちゃんのこういうところは初めて見た気がしたから、驚いたんだ。
パメラちゃんのこれは、嫉妬……なのかな?
カイルはパメラちゃんのこういうところ、知っているんだろうか。
そう言えば、前にも一度、パメラちゃんがこういう風に不貞腐れていたときがあった。
あのときは、その流れで海──王都に行こうって話になった。
それで何となく、丸く収まった感じがあったけど。
でも、カイルはパメラちゃんのこういうの、嫌うんじゃないだろうか。
いやまあ、カイルが何を考えているのかなんて、本当は全然分からないけど……。
カイルに対してのスタンス。
与えるティトちゃんに対して、求めるパメラちゃんっていうイメージになる。
もしそうだとすると、あまりにも分が悪すぎるんじゃないかなって思う。
「あー、もう、何なんだよこの気持ち! むしゃくしゃする!」
パメラちゃんは、イライラした様子で庭の地面を蹴っ飛ばす。
パメラちゃんって、もっと何も考えてなさそうなイメージだったけど、本当はすごく女の子らしい子なのかもしれないと思った。
「ふふっ……随分と愚か。あなたたちも、一枚岩っていうわけじゃないのね」
そのパメラちゃんの姿を見て、フェリルが横で、嘲笑した。
ボクはちょっとムッとしたから、本当はこういう使い方は良くないって思いながら、いつものように彼女の尻尾をつかんだ。
「きゃひぃんっ!」
「そうだとしても、そういうのを嗤うのは、ボク嫌いだから。少し横暴だってするよ」
「あっ、くっ、んんっ……!」
尻尾をぐいぐい引っ張ってやると、お尻ふりふりして身悶えするフェリル。
いつもだったら、それを見ていけない気持ちになるんだけど、今はいい気味だって思った。
そして、あー、ボクもたいがい黒いなぁって思ったりした。
しばらくすると、カイルがティトちゃんを連れて帰ってきた。
玄関で出迎えると、二人は手を繋いで、見るからにラブラブな状態だった。
ボクはパメラちゃんほど楽観的じゃなくて、ティトちゃんのことは少し心配していたから、その二人を見て、あっけに取られてしまった。
「えっと……カイル。ティトちゃん、見つかったの?」
「ああ。ちょっと黒ずくめの連中に捕まってたから、助けてきた。俺のティトに手を出すなんて、けしからん奴らだ」
そのカイルの言葉を聞いて、ティトちゃんが顔を赤くして、きゅっとカイルの腕に抱き着く。
なんか今までに増して、二人のラブラブ度が上がってる気がする。
それを見たボクとしては、
「はあ……」
気の抜けた返事をするしかなかった。
そして、イチャイチャしながら玄関を上がって、ボクの横を通り過ぎ二階の私室に向かおうとする二人を見て──ボクの胸が少しだけ、ズキンと痛む。
……あれ、何だろう。
ボク、ひょっとして、これって……
「あ、あのさ! ボク、今日の夕食作ろうか? いつもティトちゃんに任せっぱなしって悪いし。……ま、まあ、ティトちゃんほどおいしくは作れないかもしれないけど、それなりのものだったらボクでも作れると思うし……!」
振り向いたボクの口から出ていたのは、そんな言葉だった。
違う、そうじゃないだろ、もっと他に言いたいことがあるだろって、もう一人のボクが言う。
でも、そんなの言えるわけがない。
二階に上がろうとしていた二人は、ボクの言葉を聞いて、顔を見合わせる。
そして、次にはティトちゃんが、何やらカイルに耳打ちをした。
ちょっとした、見せつけられる時間。
それから、ティトちゃんがボクのほうを向いて、笑顔を向けてくる。
「大丈夫です、アイヴィさん。私が作ります。ちょっと遅くなっちゃいましたけど、今から準備しますね」
「う、うん。ごめんね、いつも任せちゃって」
「いえ。私も好きでやっていることですし」
ティトちゃんは、すごくいい子だ。
それなのに、ボクは──
台所にぱたぱたと向かって行くティトちゃん。
そして、そのティトちゃんと別れて、そわそわと落ち着かない様子で二階に上がっていくカイル。
一方の、玄関に取り残されたボク。
「……はぁ」
がっくりと肩を落とす。
自分のことが嫌いになりそうな、それでも自分を嫌いになれない、そんな出来事だった。




