従者の視点
──アイヴィ視点──
ある日の夕方頃。
ボクは庭でフェリルに、お風呂の焚き方の一環として、火のつけ方を教えていた。
用意してあるのはほくち箱と、細い木の枝の山、それに薪の山。
ちなみにフェリルは、人間姿にも変身できるみたいだけど、普段は魔族姿でいる。
角と翼と尻尾が生えていて、露出の高い黒の衣装をまとっている。
人間姿は窮屈だからなんだそうだけど、せめて服装ぐらいはどうにかならないかなって思う。
今度専用のメイド服でも見繕ってこようかな。
容姿は抜群だし、似合うと思う。
実際には何歳なのか知らないけど、フェリルの見た目はハイティーンの美少女だ。
それは魔族姿でも変わらなくて、空色のツインテールの髪は、つり目気味の大粒の瞳と相まって、すごく魅力的だ。
それにしても、どうしてカイルのハーレムにはこう、美少女ばっかり集まるのか。
まるで引力でもあるかのように、すごく可愛い子がほいほい引っかかってくる。
ボクだって、今はもうこんな年だけど、若い頃は結構美少女だって評判だった……気がする。
まあ、そのあたりには、お世辞も含まれていたのかもしれないけど。
ああ……そういえば、懐かしいな。
あの頃は、色恋沙汰だの男だのくだらないって思って、言い寄ってくる男たちは全部蹴っ飛ばしていたっけ。
随分と驕っていたなって思う。
あのときもっと真剣に、自分の将来の事のこととか考えていれば──なんて後悔も、まったくないって言ったら嘘になる。
でも一方で、こうしてカイルに出遭えたんだから、結果論としてはそんなに悪くはなかったなっていうのも思ってる。
自分より強い人じゃないと男として尊敬できないボクにとっては、たとえハーレムの隅っこだとしても、カイルのものになれたっていうのは、最上の出会いに巡り合えたと言っていい。
それに、カイルがハーレムをつくるっていうのは、それはそうだよなぁって思うし。
前にティトちゃんとも話したことがあるんだけど、カイルみたいなバケモノじみた才覚を持った人を一人の女性が支えるのって、普通に無理があると思う。
どうしたって釣り合わないし、見合わない。
だからカイルみたいな人は、偉そうに玉座にふんぞり返って、両腕と周囲に裸の美少女をたくさん侍らせて、全部俺のもんだってぐらいに傲慢にしていたほうが、なんかちょうどいいっていう気がする。
そしてその中の一人に、ボクがいるっていうのは、結構悪くないなーなんて思ったりもする。
逆に、ボク一人でカイルの伴侶をやれとか言われたら、いやいや無理無理ボクには無理絶対無理──ってなる。
だから、今ぐらいの位置のほうが、ボクにとっては居心地がいいし、ちょうどいいって思ってる。
それに実際のカイルは、女の子侍らせて傲慢にしている先の想像と比べると、何だか全然対等に接してくれる。
ティトちゃんとは恋人みたいにイチャイチャしてるし、パメラちゃんとは兄と妹みたいに仲良くしてるし、ボクとは奴隷に対しても優しく接するご主人様みたいに……って、あれ?
ま、まあ、とにかく。
ボクはカイルに使える従順な従者として、これからも彼に尽くすつもりだ。
そしてフェリルにも、そういう風になってもらいたい。
ボクは彼女の教育者として、カイルから任されているんだから、頑張らないと。
「──ね、こうやって種火を作るの。それから段階的に火を移して、大きな炎を作っていく。分かった?」
ボクはフェリルに、ほくちに火をつけて見せつつ、そう説明する。
そうするとフェリルは不愉快そうに顔をしかめる。
「ふん……どうして人間はこう、ことごとく湯を使いたがるのか、理解に苦しむ。……体を洗うだけなら、水浴びでいいものを……」
フェリルは文句が多い。
彼女はもともと、魔族の中でもかなりの力と地位を持っていたようで、プライドが高い。
でも、今の彼女は、カイルの従者だ。
そのプライドは、少しずつ適度にへし折ってあげないといけない。
「フェリルはそれでいいかもしれないけど、ボクたちは温かいのが好きなの。ほら、文句言ってないで覚える。ご主人様の従者として、恥ずかしくないようにしないとね」
「くっ……どうして私が、こんな屈辱を……」
「カイルに負けたからでしょ。ボクだってカイルに負けて奴隷……じゃなかった、カイルの従者になったんだから。新入りは先輩の言うことには従うこと」
ちなみにカイルは、ボクのことを「仲間」だって言い張るんだけど、それはおかしいって思う。
だってボクは、カイルに戦いを挑んで、彼に負けて彼に付き従うように要求されたんだ。
ただの仲間だったら、別に敗北の代償として要求される必要はない。
……ね? だよね?
ボク、間違ってないよね?
でも奴隷じゃないっていうから、しょうがないから従者だ。
ここがなんとか納得できる妥協点。
「くぅっ……この首輪の効果さえなければ、貴様などに……!」
フェリルは憎々しげに、ボクを睨みつけてくる。
いつものことだけど、そろそろ慣れてくれないかなって思う。
「『隷属の首輪』だっけ? すごい魔道具だよね」
今はその首輪の効果で、ボクの命令には絶対服従することっていう命令が、カイルから下されている。
でも、それはボクが「命令だ」と意識しないと機能しないようで、普段はその効果を使ってない。
どっちかっていうと、使うのは──
「ひぃんっ!?」
ボクがフェリルの尻尾をつかむと、彼女は頬を真っ赤に染めて飛び上がった。
彼女の可愛いところが見られるから、ボクはこっちのほうが好き。
「でも、いいのかなそんな口きいて。ボクが優しくしてるうちに、言うこと聞いたほうがいいんじゃない?」
「や、やめ、ろっ……!」
ボクは片手でフェリルの尻尾をつかみながら彼女の前へと回り、もう片方の手を彼女の顎に当てて、くいっと持ち上げる。
魔族の少女の顔は真っ赤で、その顔を見てるとすごく嗜虐心をそそられる。
ああ、可愛いなぁ、フェリル可愛いなぁ……。
あんまりやりすぎるとカイルに怒られるし、そもそも無抵抗の相手だからやりすぎは良くないって思うけど……。
でも、すごく可愛くて、暴走しそうになる。
うああ、どうしよう……可愛い可愛い可愛い……!
ボクってこんなドSなところあったんだって思うぐらい、嗜虐心に火をつけられてる。
フェリルって一見ドSだけど、その実、格別のドMだよねこの子。
ボクとよく似てるのか、真逆なのか。
「わ、分かった……! やる、言ったとおりにやるから……!」
フェリルが降参した。
ちぇっ。
「……よし。じゃあ、やってみようか」
ボクは内心少しがっかりしながら、教育の続きに移る。
手取り足取り、くんずほぐれつ、フェリルにやり方を教えてゆく。
──そのときだった。
とんでもないスピードで、何かが庭にやってきた。
その「何か」は、パメラちゃんを小脇に抱えたカイルだった。
「ど、どうしたのカイル、そんなすごい速さで」
「アイヴィ! ティト、帰って来てないか!?」
「えっ、ティトちゃん? まだ多分、帰ってきてないと思うけど……」
「くそっ……! アイヴィ、こいつ頼む!」
「うわっきゃあ!?」
「おっと……えっ、パメラちゃん? えっ、えっ……?」
カイルはパメラちゃんをボクに投げてよこすと、あわただしく家の中へと駆け込んでいった。
ボクとしては、パメラちゃんを抱えたまま、呆然とするしかない。
「どうしたんだろう……パメラちゃん、何か知ってる?」
「ん。ティトっちの買い物カゴが、道に落ちてた」
「はあ……」
パメラちゃんの説明は、いまいち要領を得なかった。




