返事はハイかイエスでお願いします
今更ですが、街の絵としてはざっくりこんな感じのイメージです。
スケールが違う!巨大隕石のクレーターの上に築かれた都市「ネルトリンゲン」
http://labaq.com/archives/51713209.html
自室の窓から飛び降りながら、取得したチートスキルの効果を発動する。
『探査』のスキルは、個人や特定の物品を対象として指定すると、その対象までの方角と距離が分かるスキルだ。
ちなみに有効距離は、INT×一キロメートル。
この街自体が、北門から南門まで二十分も歩けば縦断できるぐらいの広さだし、そもそも『念話』が届く距離にいるのであれば、このスキルの有効距離が足らないということはありえない。
「──あっちか」
方角と距離に関するイメージが、脳内に流れ込んでくる。
意外と近い。
ここからだと、通りを何個かまたいだ向こうといったところか。
俺は着地しつつ、その方角を見据える。
ちなみに俺の自室の窓の下は、アイヴィたちがいる庭だ。
突然頭上から飛び降りてきた俺に驚くアイヴィたちだが、気にしていられない。
一刻も早く、いや、一秒でも早く、ティトを助けに行かないと。
こうなると、地面を走るのも面倒だ。
俺は最短距離を取るべく、庭に着地するなりすぐにまたジャンプし、庭の石垣を飛び越える。
「カイル……!? どうしたの!」
「悪い! 後で話す!」
背中に投げかけられるアイヴィの声を振り切り、家の前の路上に着地。
そしてもう一度大きく跳躍して、うちのお向かいさんの家の、屋根の上へ。
今の俺の跳躍力なら、二階建ての住居の屋根ぐらいは余裕で届く。
その煉瓦色の屋根を蹴って、さらに高く、速く跳ぶ。
今度こそ、本気の跳躍だ。
ぐんと前に飛んだ体の速度は、自分が砲弾として飛ばされたらこんな感じかという勢いだった。
そのままの勢いで、いくつもの住居の屋根といくつもの通りを一気に飛び越え、目的地までの道のりを大幅にショートカットして進む。
「──っとと!」
着地、ブレーキが一番難しい。
三階建ての大きな建物の屋根にどうにかバランスをとって着地したが、たたらを踏み、そこにあった瓦屋根を数枚割り砕いてしまった。
この家の人ごめん、あとで弁償しなきゃな、でもどう説明しよう。
そんなことを考えつつ、屋根の端まで行って、そこから下を見下ろす。
屋根の上から見えたのは、そこそこ大きな通りと、その前にそびえるかなり大規模の商館だった。
薄暗くなってきた頃合いの今、十人を軽く上回る人数の肉体労働者が、今日の撤収作業として荷運びなどをしていた。
そして──ティトを対象に指定した『探査』スキルの効果は、目の前の商館が目的地であることを告げていた。
いや、厳密には、その商館の地下のようだが……。
ティトが商館の地下に捕まっている?
一体なんだ。奴隷商人とか、人身売買の類か?
……なるほど、拉致って人身売買ってわけか。
ティトめちゃくちゃ可愛いからな。
そりゃ高値で売れるだろうよ。ボロい商売だな。
……でもふざけんな。
ティトは俺のもんだ。
ていうかティトが売られた先、あるいは売られる前でもう、十八禁な展開しか思い浮かばない。
エロ同人のようにされるティトの姿を思い浮かべてしまい、俺は頭を振って、その妄想を振り払う。
──くそっ、奴隷商人とか死ねよ。
変態金持ち貴族も死ね。
ふざけんなふざけんなふざけんな。
だいたい、俺だってまだなんだぞ。
パメラとかにいつも邪魔されて、俺だってまだなんだぞ!!!
あんな可愛い彼女いるのに。
あんなに好いてくれているのに。
寝取られどころか、寝取られる以前の問題ってどういうことだよ。
もうやだ。
もうやだもうやだもうやだ。
決めた。
俺帰ったら、ティト連れて帰ったら大人の階段上る!
俺もう決めた。上るったら上る!
『──ティト!』
『は、はい。何ですか、カイルさん』
『俺は決めたぞティト。帰ったら二人で大人の階段上る。返事はハイかイエスで!』
『は、はい! ……はい?』
『よし、承諾したな!』
『えっ、ちょっ、こんなときに、何の話ですか!?』
『えっちなことする話だよ! ティトだって、子どもが何人ほしいとか言ってただろ!』
『えっ、ええっ、ええええええっ!?』
真っ赤になったティトの顔が目に浮かぶ。
やばい、今すぐ会いに行って抱きしめたい。
でもそのためには、目の前の商館が邪魔だ。
くそっ、全部ぶち壊すか?
……いやいや、落ち着け。
ティトが生き埋めになったらどうするとか抜きにしても、さすがに街中でいきなり建造物破壊行為はまずい。
一応アレだ、俺たちにも社会的な立場ってものがある。
無法者、犯罪者になるっていうのは、いただけない。
仮に街中の、あるいは国中の治安維持部隊と敵対しても負けやしないとか、そういう話でもない。
俺が望む平穏な生活のためには、俺は極力、善良な一般市民である必要がある。
しかしどうなんだろう、悪徳商人に対する制裁行為は、犯罪になるのか。
その辺は分からないが、ここまで途中の流れを全部ぶっ飛ばしてショートカットしてきたから、目の前の商館の主が悪徳商人であることを示す客観的な証拠なんて何も持っていないし、何なら悪徳商人である確証すらない。
俺が持っている情報は、ティトが目の前の商館の、地下にあたる位置に捕らえられているという事実ぐらいだ。
ひょっとしたら、目の前の商館とその地下とは、全く関係がない可能性すらある。
そしてもう一つ、いま俺の眼下で働いている労働者の皆さんだ。
元の世界では曲がりなりにも一労働者だった俺は、雇い主や会社が何かよろしくない性質を持っていることと、末端労働者がそうであることとは、必ずしも因果関係がないのだということを知っている。
つまりどういうことかと言うと、雇い主が悪党であっても、その傘下で働く労働者が悪党であるとは限らないということだ。
そして俺には、仕事の後の一杯を何よりの楽しみにしているような善良な労働者の方々には、せめて直接的な迷惑はかけたくないという気持ちがある。
俺のティトへの溢れんばかりの想いは大事だが、労働者の皆さんの日常も大事だ。
なので事はできる限り穏便に進めなければいけない。
よし、落ち着いたぞ。
穏便に、穏便にだ。
俺は改めて、目の前の商館を観察する。
商館は三階建てで、俺がいま足場にしている住居と同じぐらいの高さがある。
石造りで、この世界の建物にしてはなかなか立派だ。
その商館の一階が、車庫のように大きく開けた構造になっていて、そこで十人を越える労働者たちがせっせと荷物を運んでいる。
外観からでは、それ以上のことは分からない。
何にせよ、情報が足りないな。
せめて中の構造を知りたいところだ。
そう思った俺は、迷わず脳内にアクセスをかけ、新しいチートスキルを取得する。
取得したのは、『透視』というスキルだ。
自身の視界内にある、壁などの無機物を任意に透明化し、その向こう側を見ることができるという効果を持つ。
これはもちろん、その壁などが実際に透明になるというわけではない。
あくまでも俺の目からそう見えるようになるということだ。
ティトがこの商館の地下に捕まっているなら、このスキルを使えば見つけることができるはずだ。
俺はそう考え、精神を集中し、『透視』の効果を発動した。




